#238 赤いのは押しが強い
寝坊したのもあるけど難産であった_(:3」∠)_
結局俺も自分の身が可愛いので、二日間を大人しく過ごした。常にクルーの誰かが俺の側に控えるようになっていたのはアレかな? 俺が何か悪戯をしないようにってことかな? 別に俺は子供じゃないんだから、そんなの必要ないと思うんだけど? あ、そう。目を離すと何かやらかしかねないと。なるほど。
「なんだかんだと構ってくれるのは嬉しくはあるからヨシ!」
「久々にヒロ様とゆっくり過ごせた気がします」
「ここのところ忙しかったものね」
待機二日目の夜。食堂で食事を終えた俺達はそのまま食堂でまったりと過ごしていた。
「うちらはゆっくりしてる暇はあらへんかったけどな」
「なんとか仕上げは終わったけどね」
くたびれた様子の整備士姉妹は未だ作業用のジャンプスーツを身に着けたままである。作業を終わらせて、そのままこの食堂で食事をしていたのだ。
結局のところ、ミミやエルマ、メイの受け持った作業というのは整備士姉妹の受け持った作業に比べると時間的な余裕が多かった。なので、基本的には三人のうち誰かと、或いは全員とゆっくり過ごす時間が多かったのである。
「この埋め合わせはボーナスでするから」
「ボーナスもええけど、うちも兄さんとゆっくりしたい」
「埋め合わせということなら平等にするべきだと思います」
「えぇ……? ぐいぐい来るじゃん?」
なんかこの前の会食以来、ティーナとウィスカが積極的である。今まではこう、一歩引いた感じというか、本当か冗談かちょっと判別しづらいアピールをする程度だったのに、こういうストレートは発言が増えているように思う。
「うちらな、気づいたんや」
「お兄さん相手に迂遠な手を使うのは逆効果だって」
「なるほど」
「ついに気付いたのね」
ミミとエルマがそれぞれ頷いたりニヤニヤしたりする。俺としては大変複雑な気分なのですが?
「ちゅうわけでな、これからは当たって砕けろで真正面から行くから」
「砕けちゃ駄目だよ、お姉ちゃん」
「ティーナさんとウィスカさんなら歓迎しますよ」
「そうね。二人はしがらみも少ないし、別に断る理由もないわよね?」
「そこで俺に振るのはやめて欲しい」
ここでそうだねって言ったらじゃあそういうことでってなっていきなり今晩にでも二人が俺の部屋に突撃してきかねないじゃないか。俺にも心の準備ってものがあるんだからあまり追い詰めないで欲しい。
「メイはん的にはどう?」
「私ですか? 私が口を出すべき問題ではないと思います。ご主人様のご判断次第かと」
「でも、メイさんは私達をその……」
「監視はしております。ですがそれはお二人に何か思うところがあるわけではなく、単にお二人がスペース・ドウェルグ社から出向してきている外部の人間だからです」
「なるほど。じゃあ仮にうちらがスペース・ドウェルグ社と縁を切って、エンジニアとしてこの船に乗るってなったら?」
「先程も言いましたが、私が口を出すべき問題ではないと思います。ただ、客観的な評価をするならば、プラスになる点が非常に多いと評するべきでしょう」
「……」
メイの発言を受けてウィスカがジッと俺を見つめてくる。ティーナも俺に視線を向けてくる。OKOK、二人の気持ちはよくわかった。だからそんなにジッと見つめるのはよしてくれ。
「OK、二人の気持ちはよくわかった。でも先日の会食以来態度が豹変しているというのも自覚して欲しい。衝撃的な事実を受けて、舞い上がっていたりはしないか、今一度よく考えて欲しい。その上でなお心が変わらないなら俺も二人のことをしっかりと受け止めて、覚悟を決めようと思う」
全員の視線が俺に集まる。
「ヘタれたわね」
「そこはビシッと受け止めるとこやない?」
エルマとティーナが俺にジト目を向けながら非難し、ウィスカも何も言わないけど同じような視線を向けてきている。俺の後ろに立っているメイの視線がどんなものなのかはわからないが、ミミは少し不思議そうな視線を向けてきていた。
「どうした、ミミ」
「いえ、その……エルマさんの時は結構パパっとそういう関係になってたのに、なんでティーナさんとウィスカさん相手にはそんなに慎重なのかなって」
「それはそうだな……ふむ」
右手で顎を擦りながらティーナとウィスカに視線を向ける。何故据え膳にパパっと手を付けないのか。別に俺は奥手って性質でもないし、二人は手を出したら行動に支障が出るほどのしがらみもない。二人とも貴族とかってわけじゃないし。ならば何故俺は二人に手を出すことに積極的ではなかったのか?
「うーん、やっぱりまだ二人との仲が深まっていないってことなのかな。そんなに急ぐ必要はないんじゃないだろうか」
「……つまりミミとエルマ姐とメイがおるからうちらは要らんっちゅうことか。せやからうちらには本気になれんと」
「いいや、それはないな。もしそうなら俺はもっと二人を雑に扱ってる。二人の警護のためにメイをつけたり、戦闘ボットを揃えたりはしない。もし二人が宙賊だの貴族だのに略取されたら命懸けで助けに行く。それだけは絶対に間違いない」
俺に厳しい視線を向けてくるティーナにそう断言して真正面からティーナの目を見つめ返す。これで信用してくれないならそこまでだろうな。
「もー……なんやねん。めっちゃ本気やん。そこまで本気なのになんでうちらに手を出してくれんの?」
「それはそれ、これはこれ。もう少しゆっくり関係を進めていくってことで一つ、納得してくれ。俺も本気で考えるから」
「はぁ……ウィー?」
「うん、お兄さんの言う通りにしよう。お兄さんが本気で私達のことを考えてくれるって言うなら、焦ることはないと思う」
「もー、いい子ぶって。ウィーかてうちと同じように思ってたくせに。これだとうちだけみっともなく騒いだ感じやん」
ティーナが頬を膨らませて怒り、ウィスカがクスクスと笑いながらティーナの頬をつつく。とりあえずこの場はこれで収まったようだけど、二人のことも本気で考えていかないとなぁ。宙ぶらりんのままにしておくのは良くない。良くないんだけど、そうなると背負うものが重いなぁ。
俺の腕は二本しか無いんだけどなぁ……これは色々と覚悟を決めなきゃならないか。
☆★☆
と、このように考えさせられる夜を過ごして翌日。俺達は心機一転リーフィルⅣ――現地で言うところのシータへの降下を目指してリーフィルプライムコロニーを出立した。今回はブラックロータスごと降下するので、俺達クリシュナのクルーは休憩スペースでのんびりと降下を待つだけだ。艦の制御もメイに全て任せる形になっているからな。
「で、早速これか?」
「心の距離を詰めるには身体の距離を詰めるのが一番やん?」
「い、嫌ですか?」
「嫌ではないです」
休憩室のソファに身を沈める俺の両脇にティーナとウィスカが座り、俺にベッタリとくっついている。今日は作業用のジャンプスーツではなく、薄手の普通の服を着ているので、二人から直接伝わってくるちょっと高めの体温が心地良い。
左下を見ればニマニマとした笑みを浮かべているティーナの顔。右下を見れば顔を真赤にしながらちょっと緊張した表情で俺を見上げてくるウィスカの顔。うん、こうしてみるとますます二人とも可愛いけど、このべったり加減は些か落ち着かないな。
そんな俺達を少し離れた場所からミミが微笑ましいものを見る顔で、そしてエルマは仏頂面で眺めている。
「ミミは楽しそうね」
「なんだか恥ずかしがっているヒロ様が可愛くて」
「そうかしら。鼻の下を伸ばしてるだけじゃない?」
「エルマさんも可愛いです!」
「ちょっ」
ミミがエルマに抱きついている。あっちはあっちで楽しそうだなぁ。まぁギスギスするよりは百倍良い。クルーの間をマネジメントしていくのも俺の仕事だな。これも自分が撒いた種なので、頑張るしかあるまい。
「兄さんはこれから大変やねぇ」
「おい、元凶」
「わ、私はその、たまに構ってもらえれば……」
「そうはいかないだろう……ウィスカは我慢しがちだろうから、ちゃんと言ってくれよ。俺も頑張るけど、どうしたって目が届かなかったり、鈍い面があったりもするだろうから」
「うちは?」
「ティーナはこっちが気を遣うまでもなくグイグイ来るだろ」
そう言いながら左手でティーナの頭をわしゃわしゃと撫でてやる。きゃーやめてーとか言いながらも嬉しそうなのは実に可愛い。そうしていると右脇のウィスカもぐりぐりと頭を押し付けてき始めたので、ウィスカの頭の方は髪の毛が乱れないように撫でてやる。
「やっぱり鼻の下伸ばしてるわよ、あれ」
「それはそれで良いじゃないですか。皆仲良しってことで」
「……はぁ、ミミは大物よね」
「?」
エルマにそう言われたミミは首を傾げているが、俺もそう思う。なんだかんだで傭兵の生活に適応し、帝室に入るという選択もせずに自由な生活を選んでこうしてニコニコしているミミの器の大きさは俺達の中でも抜きん出てるな。間違いない。
そのようなことを考える俺を乗せ、ブラックロータスはリーフィルⅣへと降下していくのであった。




