#182 熱狂的なファンは厄介
とりあえず、絡まれた俺はすぐさまセレナ少佐に視線を向けた。
おい、どうにかしろよ。
俺の視線の意味を彼女は正確に汲んだのであろう。セレナ少佐は頬を引き攣らせ、咳払いを一つしてから青筋を浮かべている若い貴族――腰に剣を差しているから貴族だろう――に話しかける。
「クライアス男爵。どうかその辺りで矛を収めていただけませんか。彼は映えある帝国の貴族どころか臣民でもない傭兵なのです。いわば他国の人間に等しい。彼に帝国貴族と同等の帝室への忠誠を期待するのは酷というものでしょう」
「一定の敬意は払っているつもりだぞ?」
俺の発言にセレナ少佐がギロリと睨みつけてくる。黙っていろと言いたいらしい。へいへい、仰せのままに。
「しかしその男は皇帝陛下の温情で銀剣翼突撃勲章と一等星芒十字勲章を拝受した身だ。そこまでの恩を受けてのあの発言、度し難い!」
オイオイ勝手に評価して勝手に受勲することに決めたのは帝国だろうが。評価してやったんだから恩を感じろよとか何様だよ? 銀河帝国様か。うん、まぁ偉いな。うん。
だがこれはダメだな。この切り口で攻められるとセレナ少佐では反論できまい。もっと頑張れよ、もう。これだから少佐殿は残念なんだよ。
「お言葉ですが、クライアス男爵様。俺はどうあっても傭兵なのです。傭兵を動かすものは報酬、恩や情で動く傭兵など傭兵ではありません。また、他の同業者のためにも恩や情、名誉などという形の無いもので働くわけには参りません。領地からの税収や帝国から受け取る俸禄で生きていくことのできる貴族様と違い、我々は報酬を得なければ明日の食事にも困るようなことになりかねませんので」
「なっ……!?」
俺の物言いにクライアス男爵が絶句する。彼だけでなく、周りの貴族にも絶句している人が居るようだ。
「そもそも、男爵は俺のような傭兵に何を求めておいでなのです? 俺は運良く働きを評価され、たまさか勲章を頂けることになっただけのケチな傭兵です。そのような男が勲章を貰ったことによって偉大なる帝国への忠誠に目覚めました! と急に言い始めても信用ならないのでは?」
「むっ……」
いきり立っていたクライアス男爵が言葉に詰まる。ここが攻め時だな。
「正当な評価と報酬を頂けるのであれば、今後も帝国と共に歩んでいきたい。そういう意味で傭兵なりの信義を尽くします、というのが先程の俺の発言の意味です。聡明なルシアーダ皇女殿下はそうと理解した上で俺を咎めなかったのだと思いますが」
「ぬぅ……」
実際にルシアーダ皇女殿下は俺の発言を咎めなかったので、彼女を引き合いに出せばこの男爵様は何も言えまい。というか、ゴールドスターを受勲したんだから俺ってもう扱いとしては子爵相当の筈だよな? こんな気軽に男爵に絡まれるのってどうなのよ。
「そこまでだ、クライアス男爵」
重々しい声が響き、人垣を掻き分けて一人の男――爺様が現れる。背が高く、がっしりとした身体つき。白髪の目立つ豊かな頭髪。鷹のように鋭い黒い瞳に、俺と同じように腰に差した大小二本の剣。
「うげ」
「壮健のようで何よりだな、キャプテン・ヒロ」
「は、はは……これはどうも、ダレインワルド伯爵」
人垣を割って俺の前に現れたのはクリスのお祖父さんであるアブラハム・ダレインワルド伯爵その人であった。どうにも苦手なんだよな、この人は。基本的に無口だし、なんだかやたら睨みつけてくるし。
「卿の忠誠心は同じ帝国貴族としては頼もしい限りだが、行き過ぎてルシアーダ皇女殿下の意に沿わぬようなことをするのは如何なものかな」
「ダレインワルド伯爵は私の行動が皇女殿下の意に反するものだと仰るのか?」
「皇女殿下はキャプテン・ヒロを咎めなかった。それが全てであろう」
殺気すら滲ませて睨みつけてくるクライアス男爵の視線を真正面から受け止めながらダレインワルド伯爵が厳かにそう言う。緊迫した空気が漂う中、第三――いや、第四の声が場に割り込んできた。
「取り込み中のところすまないが、皇帝陛下がキャプテン・ヒロとその仲間達を連れてくるようにと仰せだ」
場に割り込んできたのはエルマのパパ――エルドムア・ウィルローズ子爵その人であった。何故彼が俺達を呼びに来るのか? 俺達の調査をした際にエルマの事が皇帝陛下に知られて、その線で彼が呼び出しの使者になったのか? 宮廷でどんな政治的力学が働いているのか傭兵の俺には全くわからんな。内務府に勤めているらしいし、あり得なくもないのかね。
「なっ……陛下が!?」
「彼らを連れて行くが、構わないな?」
「……勿論だ」
帝室の熱狂的なシンパであるクライアス男爵としては皇帝陛下の命と言われれば引き下がるしか無いのだろう。ダレインワルド伯爵も一歩身を引いた。
「キャプテン・ヒロ」
「はい」
「クリスが会いたがっている。帝都にいる間に我が屋敷に足を運ぶように」
「はい」
「うむ」
ダレインワルド伯爵が頷き、身を翻して颯爽と去っていく。必要最低限のことだけを話していったな……あの人、あんな調子だから息子達の争いを止められなかったんじゃないだろうか。
「そういうことだから」
「はいはい……」
クライアス男爵を止めるのに何の役にも立たなかったセレナ少佐が疲れた様子でそう言ってぞんざいに手を振る。侯爵令嬢とは言っても貴族の当主本人にはあまり強く出られないのかね。
「ダレインワルド伯爵と何か縁が?」
「ええまぁ、ちょっと仕事で」
歩き出したエルドムアが俺達とダレインワルド伯爵の関係について聞いてきたが、俺は内容についてははぐらかしておいた。ダレインワルド伯爵家のお家騒動に関する話だし、そもそもの話として受けた依頼の内容をベラベラと喋るようなのは傭兵として失格だろう。
「ふむ……まぁ良い。ついてきたまえ」
エルマの父であるエルドムア子爵が先に立って歩き始めたので、その後についてセレモニー会場を後にする。壁際に立っていたメイもしっかりと付いてきて、セレモニー会場を出る際にこちらに注目していた貴族達に丁寧にお辞儀をしていた。如才ないなぁ。
「しかしさっきは驚いたな。いきなり斬りかかられるかと思ったぞ」
「そんなわけないでしょう……いくらガチガチの白刃主義者でもあの程度のことで決闘を挑んできたりはしないわよ。ヒロがルシアーダ殿下を怒らせるような不敬を働いていたらどうなっていたかわからないけど」
「貴族怖いなぁ」
「私もその貴族なんだがね」
前を歩いていたエルドムアがそう言ってチラリと振り返ってくる。
「父様?」
「わかっているよ。ミルファとエルフィンにはきつく言い含められているからね。それに、今更彼を斬り捨てたところでどうしようもないんだろう?」
「ま、まぁ、その、そうね」
「はぁぁぁ~……」
エルマの返事を聞いたエルドムアが肩を落としてクソデカい溜息を吐く。物凄い激烈な反応だが、一体どういうことだ?
「ミミ、話の筋が見えないんだが」
「えっ!? え、えーと……そ、そのうちエルマさんから話があると思います」
「そうなのか?」
「うぇっ!? う、うん、そのうちね?」
ミミとエルマが何故か顔を赤くして慌てる。そしてエルドムアが血涙でも流しそうな顔で俺を睨みつけている。おい待て、その剣の柄に置いた手をどうするつもりだ。ステイ、エルドムア氏ステイ。
ミミとエルマ、そしてエルドムアの反応から考えるに、エルマが俺から離れられない何かがあって、それは多分性的な意味でセンシティブな事象で、不可逆的なものであるのだろう。ふーむ?
「もしかしてエルマ、お腹に子供が――ぶふっ!?」
「まだできてないわよっ!?」
「なんで殴るの!?」
エルマに思いっきり腹パンされた。ドレス姿で見事なボディーブローを放つのは如何なものかと思うぞ、俺は。しかしまだできてない、か。なるほど? 宇宙エルフはその辺りに種族的な何かがあるんだな。そのうち話してくれるらしいし、待っていれば良いか。メイに聞いたら教えてくれそうだけど、本人がそのうち話してくれるならわざわざ聞き穿ることもないだろう。
その後は黙ってエルドムアの後について歩き、帝城内高速列車を使った移動も挟んで帝城の奥へと向かう。
「この辺りからが本当の帝城となる。つまり、帝室の方々の私的な区画だな」
「なるほど」
ここに来るまでに何度も剣を携えた兵士――近衛兵が詰めているゲートのような場所を通った。流石にグラッカン帝国の皇帝がいる場所というだけあって警備は厳重であるようだ。最初に通ったゲートで武器の類は全部取り上げられたし、メイには腕輪型のリミッターがつけられた。なんでもメイの身体能力を人間とほぼ同等にまで下げてしまうものらしい。
とはいえ出力が落ちてもメイの人工皮膚の下には特殊金属でできた金属製筋繊維が隠れているわけで、普通の人間よりも何倍も重量があるし頑丈なんだけどな。
「き、緊張してきました」
「そうね、私もよ」
「そうか、大変だな」
「なんでヒロ様は平気なんですか……?」
「相手の身分が高すぎて実感が湧いてないんだと思うぞ」
とは言え相手は銀河の何割かを支配している権力者だからな……下手なことを言って怒らせないように気をつけよう。今の俺は子爵相当のプラチナランク傭兵かもしれないが、彼は帝国航宙軍を顎で使える皇帝陛下だ。格が違いすぎる。
そうやって変なことを言わないように自分を戒めていると、明らかに他とは雰囲気の違う豪華な扉に行き着いた。恐らくここが謁見の間的なサムシングなのだろう。
「では、行くぞ。陛下は気さくな方だが、決して無礼を働かないようにな」
「了解」
「はいっ」
「ええ、わかってるわ」
エルマはそう言って俺にチラリと視線を向けてくる。俺が何かしないか心配なんですね、わかります。大丈夫だよ、俺はやればできる子だから。
なんだか思い立って超久しぶりにSkyrim始めました。
MOD選んでるだけで時間が溶けるぅ^q^




