#181 セレモニー
帝城内高速列車に乗り、帝城内の駅に降りる。着いた先の駅名は『催事区画』だった。
「催事用の区画があって、それ用の駅まで用意されているというこのスケールのデカさ」
「流石は皇帝陛下がお住まいになられているお城ですね」
「あんまりキョロキョロしないの。みっともないわよ」
物珍しい光景についついあちこちに視線を向けてしまう俺とミミにエルマが注意してくる。そうは言うけども駅から出たらいきなりこう、いかにもお城の中って感じの内装になってなんとなく落ち着かないんだよ。床にはチリ一つ落ちてない赤い絨毯が敷かれていて、なんか高そうな壺とか絵とかが飾られてて、一定間隔で豪華なシャンデリアめいた照明器具が天井に設置されてて……って感じでさ。なんかもう『はぇ~すっごい』って感じの小学生並みの感想しか出てこないね。
そんなどうにも落ち着かない帝城の中を暫く進んでいくと、人の集まっている場所が見えてきた。どうやらあそこがセレモニー会場の入り口らしい。
「セレナ・ホールズ少佐です。キャプテン・ヒロ一行も同行しています」
「はい……はい、確認致しました。席は――」
セレナ少佐が代表して全員の受付を行い、セレモニー会場へと足を踏み入れる。
「Oh……こりゃ凄い」
「ふわぁ……」
舞踏会でも開けそうな大きなセレモニーホールに椅子が沢山並べられており、その八割程が既に埋まっているようであった。天井には巨大なシャンデリアが鎮座しており、右奥には妙に豪奢な玉座のようなものが……玉座?
「今日のセレモニーって皇帝陛下は出席しないんじゃなかったか?」
「その筈だけど……」
エルマの視線も右奥の妙に豪奢な椅子に向けられていた。事前に聞いていた話では皇帝陛下はこのセレモニーにはご出席なされない、という話だったはずだが……他の皇族でも出席するのだろうか?
「うぅ……」
「少しの間の我慢だから……」
ミミはミミで周りから遠慮なく向けられる視線に縮こまってしまっていた。一応俺とエルマで挟んでできるだけ視線を遮っているが、あちこちから驚愕の視線を向けられたり、ヒソヒソ話が聞こえてきたりする。ミミの容姿は本当にルシアーダ皇女と瓜二つだからな……無理もないか。
ちなみに、メイは従者枠に入るので、席は用意されていない。彼女と同様に出席者の従者としてこの場に参列している人々は会場後方の壁際に立って並んでいる。
「ルシアーダ皇女殿下が入場されます。皆様、席を立ってお出迎えください」
司会の人からそんな声がかかったのですぐに立ち上がる。別に俺はグラッカン帝国に対して敵愾心も何も持っていないし、ここで無意味に不服従の姿を晒しても誰も得をしないしな。
全員が起立すると、すぐにセレモニー会場の奥の方から上品なドレスを着た美少女が現れた。うん、こうやって見ると本当にミミにそっくりだな。ミミよりも若干髪の毛が長くて胸の大きさは控えめになって――それでもエルマよりずっと大きいが――いるけど、顔立ちは確かにミミと瓜二つだ。
彼女はしずしずと自分の席――あの豪華な玉座めいた椅子だ――へと進み、お行儀良く膝を揃えて椅子に腰掛けた。そして会場内へと視線を漂わせてから俺達の方向へと視線を定め、一瞬目を見開く。恐らく俺とエルマに挟まれて座っている自分と瓜二つの顔を見てびっくりしたのだろう。あの反応を見る限り、ミミの事については予め聞いていたようだな。
ルシアーダ皇女殿下の入場から程なくしてセレモニーが始まった。今回のセレモニーの目玉はゴールドスターを受勲される俺だということだが、俺以外にも受勲される人は多く居る。なんでも先日の結晶戦役に関するものだけではなく、その他にも様々な功績で受勲される人々が集まっているらしい。
大変広いグラッカン帝国の版図の中では日常的に受勲に値する働きをする者がいるらしく、一月か二月に一度はこういった受勲式が開かれているのだそうだ。
「今回討伐されたマザー・クリスタルからは莫大な量のレアクリスタルの採掘が見込まれており、更に研究次第では継続的にレアクリスタルを――」
最初は細々とした研究や文化的な功績への受勲が行われ、後半に行くに従って経済、軍事関係の功績へと受勲対象者がシフトしてきた。つまらない話を延々と聞かされるのかと思って正直あまり期待していなかったのだが、意外と面白い話が続いている。今は丁度先日の結晶戦役で俺がトドメを刺すことに成功したマザー・クリスタルの有効活用についての話だな。
マザー・クリスタルの死骸から大量のクリスタル系素材を手に入れられるのはわかっていたことだが、帝国はマザー・クリスタルの死骸を利用して結晶生命体の養殖のようなことをするつもりらしい。なんでもマザー・クリスタルの死骸にはパルサーの放つエネルギーを吸収して『増殖』する機能が残っているとかなんとか。上手くいけば尽きること無くクリスタル素材を採掘できるだろうと司会の人が解説している。
結晶生命体から手に入るクリスタル素材はレーザー兵器のコア素材になるし、装甲にも使える。確かコロニーの構造材としても優秀なんじゃなかったかな? 丈夫なのに柔軟性があって、上手く加工すれば損傷を自動的に回復するような機能もつけられたはずだ。
同じような特徴を持つクリスタルフレームや結晶複合装甲を装備した探査船は長期間修理や補給を受けられない深宇宙探査を専門とする冒険家プレイヤーに重宝されていた覚えがある。防御力がさして高くないから戦闘にはあまり向かないんだけどな。ああ、通常の装甲よりもレーザー兵器に対する耐性が高いという特徴はあったか。それでも俺は使わないけど。
やがて司会者の説明が終わり、結晶戦役功労者への受勲が始まる。作戦立案や結晶生命体の情報分析において顕著な功績を認められたセレナ少佐には白銀光芒勲章というなんだか凄そうな勲章が授与されていた。
「最後にイェーロム星系における対マザー・クリスタル討伐戦において大きな働きを果たし、更に小型艦でマザー・クリスタルに肉薄して決定的な一撃を加えた傭兵のキャプテン・ヒロに対し、ルシアーダ皇女殿下より直々に勲章が授与されます」
「なぬ?」
「うぇ?」
「えっ?」
そんな話は聞いていないぞ。俺達以外の参加者も予想外だったのか、場がざわめく。しかし、そのざわめきもルシアーダ皇女殿下が席を立ったことですぐに収まった。
「キャプテン・ヒロとクルーのミミ、エルマ・ウィルローズ子爵令嬢は前へ」
そんなに大きくはないのによく通る声でルシアーダ皇女殿下が俺達を呼び出す。そうなると俺達も覚悟を決めるしかない。三人で席を立ち、俺が先頭となって皇女殿下の下へと向かう。
「貴方がキャプテン・ヒロですか……傭兵の方と見えるのはこれが初めてです」
「えぇ、まぁ、なんというか……失望させていなければ良いんですが」
なんとも答えに窮するコメントをしてくれるものだ。あまり喋るとボロが出そうだからとっとと勲章を渡して終わりにして欲しいんだが。
「ウィルローズ子爵令嬢が少し羨ましいです。私も叔祖母様のように帝室を飛び出してみたいものですね……いずれお話を聞かせてください」
「はい、機会があれば」
エルマが優雅にお辞儀をする。ううむ、堂に入っているな。流石は子爵令嬢か。
「貴方がミミさんですね。本当に、私とそっくりなのですね」
「は、はい。その、申し訳ありません」
「謝ることなんて何も無いではありませんか」
ルシアーダ王女殿下がクスクスと笑う。ううむ、笑うとますますミミとそっくりだな。
「本当はゆっくりお話がしたいのですが、それは後のお楽しみとしておきましょう。では、キャプテン・ヒロ。対マザー・クリスタル戦における貴方の勇敢な行動を称え、一等星芒十字勲章を与えます」
「有り難く拝受致します」
頭を下げ、ルシアーダ皇女殿下の手ずから勲章を拝受する。流石にゴールドスターと言うだけあって金色でピカピカキラキラである。中央に配置された真紅の宝石も見るからに高そうだ。
「叶うならば、これからもその力を帝国のために役立ててください」
「はっ、報酬次第でお引き受け致します」
ここでYESと答えてしまうとそのままなし崩し的に帝国航宙軍に組み入れられてしまいそうなので、無礼かなとは思いつつ傭兵らしく答えておく。
「まぁ、流石は傭兵ですね。では、貴方のような優秀な傭兵に帝国内に留まって貰えるよう、帝国としても何か策を練らねばなりませんね」
「ハハハ……お手柔らかにお願い致します」
策を練るとか怖いことを言う皇女殿下に思わず引き攣った笑みがこみ上げてくる。マジで怖いからやめていただきたい。気がついたら柵で雁字搦め、なんて状況になったら俺はケツ捲って隣国に逃げるぞ。
「それでは、また後で」
小声でそう言うルシアーダ王女殿下に頭を下げて用意された席へと戻る。なんつうサプライズを仕掛けてくるんだ、あのお姫様は。いつもは余裕たっぷりのエルマが珍しく憔悴してるじゃないか。ミミなんて半ば放心してるぞ。口からエクトプラズムとか出てない? 大丈夫?
俺にゴールドスターを授けたルシアーダ王女殿下は現れた時と同じくしずしずと優雅かつ楚々とした足取りでセレモニー会場を後にし、俺達参加者は全員で席を立ってそれを見送った。そして司会の人が閉会宣言をしてやっと受勲セレモニーの終了である。
時間にして一時間半程だろうか? この一時間半のために帝都で過ごした時間を考えると実に呆気ないものである。
「はー、終わった終わった。じゃあ帰――」
「貴様! 先程のルシアーダ皇女殿下に対する無礼な言葉は何だ!?」
問:やっと面倒事が終わったと思った瞬間更なる面倒臭そうな奴に絡まれた俺の心情を答えなさい。
答:なんだァ? てめェ……?
まさかこのタイミングで仕掛けてくるとはたまげたなぁ。




