#141 新天地へ。
五章のプロローグ的なアレ。
あまり進行はしてないかもしれなくもないかもしれない_(:3」∠)_(迂遠
誰かに揺さぶられて目が覚めた。
微睡みの中、まだはっきりしない意識の向こう側から明るい声と、少し遠慮がちな声が聞こえてくる。重い瞼を開いて身体を揺する人物に目を向けると、そこにはなんだか妙に楽しそうな顔をしなら俺の身体を揺さぶる赤い髪の少女と、その少女の蛮行を止めようとしている青い髪の少女の姿があった。
俺が目を覚ましたことに気づいたようで、二対の紅みがかった瞳が俺の顔を覗き込んでくる。俺の顔を覗き込む二人の顔は驚くほど似ており、彼女達が双子の姉妹であるということが見て取れる。
ええと、この子達は……?
「兄さん、もう少しで目的地やって」
「あの、起こすようにってメイさんに言われて」
そうだ、思い出した。
妙な似非関西弁のような言葉で話す赤い髪の少女の名はティーナ。彼女に比べて大人しい印象の青い髪の少女の名がウィスカ。二人は俺の船に乗っている整備士の姉妹だ。
「……おはよう。二人とも」
「おはようさん。ねぼすけさんやな、兄さん」
「おはようございます、お兄さん」
☆★☆
「なんや、一瞬うちらのことがわからんかったん? 薄情やなー」
「薄情と言われるほど深い関係じゃないと思うんだが」
「そ、そうですよね。そういうのは、まだですし」
慎重が俺の胸くらいまでしかない整備士姉妹に左右から挟まれながら俺は宇宙船の通路を歩いていた。この宇宙船は俺の船で、小型船を二隻格納し、更に180tの荷物を積むことができるスキーズブラズニル級航宙母艦『ブラックロータス』である。格納庫には俺の愛機である小型戦闘艦『クリシュナ』が格納されており、いざ戦闘となれば俺はクルーと共にクリシュナに飛び乗って颯爽と出撃するというわけだな。
「そういうの、なぁ……意外とムッツリやろ?」
「そうだな、意外とな。そこで言葉を濁す辺りが」
「慎み深いだけですっ!」
俺とティーナにからかわれたウィスカが顔を真赤にしてプンスカと怒っている。ははは、可愛いな。
彼女達はとても背が低い。背が低いと言うか、単純に身体が小さい。なぜかと言うと、彼女達はドワーフという種族で、人間ではないからである。そう、ドワーフなのである。ファンタジーによく出てくる種族ナンバー2のドワーフだ。
力が強く、身体も頑強で、手先も器用。鍛冶などの工芸品作りに長け、地下に住む矮躯の妖精――というのがドワーフという存在の一般的なイメージなのではないだろうか? ドワーフの女性は男性と同じく髭が生えているという作品も多いが、最近は成長しても人間の少女にしか見えないという作品も増えてきている。
この世界のドワーフは後者のタイプで、一見少女に見えるこの姉妹はれっきとした淑女と言える年齢であるらしい。俺の胸ほどまでしか身長がない彼女達の年齢はなんと驚きの二十七歳だ。俺とほぼ同年齢である。
「で、兄さんは一体いつになったらうちらに手を出してくれるん?」
「えー……だってお前、無理だろう?」
そう言って俺は俺を見上げてくるティーナのお腹の辺りに視線を向ける。仮に俺と彼女達がそういった行為をするとして、それは物理的に実現可能なのか? という疑問が先に立つ。何せ彼女達は身体が小さいので。
「大丈夫やろ。うちらはドワーフやからな。身体は頑丈やし」
「そういう問題か……?」
「そういう問題やって自分で言うたんやん?」
「確かに」
俺の言動はそういうものだったな。
「興味がないと言えば嘘になるけど、そういうのは義務的にすることでもないだろう。別に俺の船に乗ってるからって俺とそういうことをしなきゃいけないわけじゃないし」
俺が迷い込んだこの世界には摩訶不思議な慣習というものがいくつか存在するらしい。その数多あるという慣習の中で、俺を一番最初に仰天させた慣習というのが『男の船とそれに乗る女』に関する慣習だ。
人々が恒星間航行技術を手に入れた当初、恒星間移動にかかる時間は非常に長かった。初期の恒星間航行技術だと、恒星系から恒星系へと移動するのに一年近くの時間がかかることもあったらしい。そんな状況で男女が一緒の船に乗っていると、まぁ余程の事故が起こらない限りはくっついてしまうことが多かったようで……つまり男の船に女が乗ると、半自動的に『そういう関係』になるものなのだと考えられるようになってしまったらしい。
つまり、男が自分の船に乗るように女に言うということは遠回しに『俺の女になれ』と言っていることに等しく、それを了承した女は『はい、わかりました』と言ったに等しいことになってしまうと。逆に女の方から貴方の船に乗せてください、と言うことは『貴方の女になります』と言うことに等しいと。
で、クリシュナとブラックロータスだが、これはどちらも俺の持ち船である。そんな船に乗っているティーナとウィスカも当然ながらその慣習が適用される対象となるわけで、俺はまだ手を出していないが世間的には俺の情婦として見られるのだということだ。
「それに、二人は会社から出向するように命令されて乗ってるわけだし、慣習からは外れるんじゃないのか?」
彼女達は俺の船に乗っているが、それは彼女達の自由意志によるものでなく、彼女達が所属するスペース・ドウェルグ社の業務命令によるものである。つまり、二人の雇い主は俺ではなくブラックロータスの製造元であるスペース・ドウェルグ社であるというわけだな。彼女達はスキーズブラズニル級母艦の最新ロットであるブラックロータスの整備とデータ取りのために派遣された人員なのだ。
「そんな甘い話あるかいな。それも込みでスペース・ドウェルグ社はうちらをこの船に赴任させたんやし」
「お前らそれで良いのか……?」
「嫌なら断っとるよ。兄さんはうちら相手は嫌なん?」
「ストレートに聞いてくるね」
二人とそういう関係になるのは嫌なのか? と言われると別に嫌でもない。俺は据え膳は遠慮なく頂く主義だ。ただ、立場を使って無理矢理とか、義務感でというのは趣味じゃない。
「まぁ、機会があればな。義務感でとかじゃないなら断る理由はない」
「そっか。ならあとはタイミングやな」
「そうだな。ムードとかな」
「うちにそういうのは難しいで……ウィスカ?」
俺とティーナが割とあけすけに話しているうちにウィスカは羞恥心が限界に来ていたらしく、俺と手を繋いで歩きながら顔を真赤にしてしまっていた。
「刺激が強すぎたようだぞ、お姉ちゃん」
「ウィスカはむっつりやなぁ」
「む、む、むっつりじゃないもんっ!」
「痛い痛い。俺を叩くな、俺を」
顔を真赤にしたウィスカが涙目になりながら繋いでいた手を振り払って俺をベシベシと叩く。ナリは小さくてもドワーフなので、力が強くてとても痛い。やめて。
俺は顔を真赤にしているウィスカを宥めながらブラックロータスのコックピットへと向かうのであった。
☆★☆
ティーナとウィスカに手を引かれたり叩かれたりしながら向かったブラックロータスのコックピットには三人の女性が待ち構えていた。いや、待ち構えているわけではないか。普通に席に着いているだけだ。
「ヒロ様、もう少しで到着です」
俺がコックピットに入るなり振り返って笑顔を浮かべたのはミミだ。俺の船の最初のクルーで、元はコロニーに住んでいた普通の女の子である。身体が小さいのに立派なお胸を持っている美少女で、今は俺の船のオペレーター兼補給係として船の運行や物資の補給、それに戦利品や交易品の売り買いなどを一手に引き受けるべく猛勉強中である。俺にこの世界の慣習を最初に実感させてくれた女の子でもある。
「あまり寝られなかったでしょう? 向こうについて用事を済ませたらすぐに寝ていいからね」
次に声をかけてきたのは銀髪で、耳の尖った美人さんである。彼女の名前はエルマ。ベテランの傭兵で、ちょっとしたポカをやらかして酷いことになりそうになっていたところを俺が助けた縁でこの船に乗っているエルフの女性である。
そう、エルフである。ファンタジーと言えばエルフ、エルフと言えばファンタジーとも言えるメジャーな種族である。美男美女揃いで、耳が尖っていて、魔法が使えて、寿命が長いエルフである。
宇宙船が飛び交い、レーザー砲撃や電磁投射砲などが戦いのメインウェポンであるこのSF世界にエルフ? と思わなくもないのだが、実在するものは仕方がない。滅多に使わないが、本当に魔法も使うことができるエルフである。
「ご主人様。凡そ十五分後に通常空間にワープアウトします」
最後に声をかけてきたのは黒髪のロングヘアーを腰まで伸ばした怜悧な顔つきの長身のメイドさんである。彼女の名前はメイ。見た目は人間に見えるが、両耳の部分にヘッドホンのようなメカニカルパーツが露出している。彼女は女性型のアンドロイドで、その中でもメイドとして主に仕えるために製造されたメイドロイドと呼ばれる類の存在である。
アンドロイドと言っても小型の陽電子頭脳を搭載した彼女は機械知性と呼ばれる存在であり、一応であるが俺達の滞在している帝国法のもとにおいて一定の人権を有している。この帝国における機械知性の存在というのは語り始めるとキリが無いほど複雑な立場なのだが、とにかく彼女は俺に購入され、そして俺に尽くしてくれる存在だ。
購入する際に値段などを全く気にせずに最高の素材と最高のパーツを惜しみなく使ってカスタマイズしたので、彼女のスペックはメイドロイドとしては規格外とも言えるものになっている。ぶっちゃけていうとパワーアーマーを装備しても俺が彼女に勝てる可能性はあまり高くないだろうというレベルで強い。肉弾戦においては間違いなくこの船最強の存在であろう。
「一応俺とミミとエルマはクリシュナで待機していたほうが良いかな」
「そうね、その方が良いと思うわ。向こうには帝国軍がいるのだから滅多なことはないと思うけど」
そう言ってエルマが席を立ち、ミミもそれに倣って席を立つ。メイは席を立たず、この場に残ってブラックロータスの操作を続けることになる。
「どうだった? ブラックロータスは」
「まだ触りだけだからなんとも。一番苦労するのはヒロだと思うわよ」
「そうですね。私はレーダーとセンサー系だけですから、クリシュナとあんまり変わらないと感じましたけど、操縦となるとクリシュナとはかなり勝手が違うんじゃないですか?」
「まぁ、そうだよな。メイ、この場は任せるぞ」
「はい、お任せください」
メイにこの場を任せ、ミミとエルマを連れてクリシュナへと向かう。ティーナとウィスカも格納庫近くにある自分達の部屋に戻って待機するつもりのようで、俺達の後ろについてきた。
「俺達が操縦する機会はそう無いと思うけど、一応は訓練しておかないとな」
「そうね。何かの都合でメイがブラックロータスの操作をできない状況っていうのもあり得るわけだし」
基本的にこのブラックロータスに関しては全ての制御を機械知性であるメイに任せることになっているが、エルマの言う通り何かあった場合には俺達がこのブラックロータスを動かさなければならないことも考えられる。それを考慮して目的の恒星系に向かう際の暇な時間にコックピットのシミュレーターを使って操作の慣熟訓練をしていたのだ。
「結晶生命体との最前線ねぇ……用心するに越したことはないよな」
「そうね、用心するに越したことはないわね。舐めてかかって奴らに同化吸収されるのは嫌だし」
もうじきワープアウトするイズルークス星系は帝国航宙軍と結晶生命体と呼ばれる宇宙怪獣の最前線である。結晶生命体というのは中々に厄介な存在で、その繁殖速度と高い攻撃性に天下の帝国航宙軍も手を焼いているらしい。奴ら、一体一体はそんなに強くないんだけどとにかく群れで来るし、シールドを破られて装甲や船体に食い込まれると危険度が跳ね上がるからなぁ。
「おっかないなぁ」
「大丈夫、ですよね?」
「ヒロ様なら何の心配もいりませんよ。結晶生命体とベレベレム連邦軍が入り乱れる戦場でも船に損傷なく大戦果を上げましたし」
「なにそれこわい」
あったな、そんなことも。歌う水晶を使ってベレベレム連邦の連中を轢き殺してやったのも良い思い出だ。奴らにとっては災難だっただろうけど。
「奴らにインターディクト能力はないし、超光速ドライブを起動中は何にも起こらないから大丈夫さ。目的地のアウトポストが襲われてでもいない限り、俺達の出る幕は無い」
「ヒロがそういう事を言うと、アウトポストが襲われてたりするのよねぇ……」
「やめろよ縁起でもない」
「前にクリシュナの試運転に出た時も……」
「アカン」
皆して酷いな。そんなことがそうそうあるわけがないだろう? あったとしても帝国軍のアウトポストがどうにかなっているわけ無いだろうが。




