#118 謝罪
すべりこみあうとぉ!_(:3」∠)_(ずさー
「よし、話を聞いてやる。その前にどっちが俺にぶつかった方だ?」
「あ、あの、私です」
そう言って青髪ロリのウィスカがおずおずと手を挙げる。
「なるほど。まぁ今思い返すとお前は意図せずぶん投げられて俺にぶつかっただけだから、そんなに悪くもないな。ソファに座っていいぞ」
「は、はい……で、でも姉さんが」
そう言ってウィスカが赤髪ロリ──ティーナにチラリと視線を向ける。どうやら自分だけがソファに座るのは気が咎めるらしい。
この反応や自分は悪くないにも拘らず、相方に付き合ってわざわざ俺の毒牙にかかりに来たことを考えればウィスカはそこそこ人のできたやつなのかもしれん。まだわからんが。
「そうか、まぁ無理には勧めないけども。で、話を聞いてもらいたいとか言ってたな」
「は、はい。あたし達はその、今回の件で職も住む場所も失うことになりそうで……」
「いや、そりゃ突然客に暴行を加えるようなのは雇っておけないだろう。常識的に考えて」
住む場所まで失う羽目になるのはちょっとよくわからんけど、社員寮みたいなとこに入っていたならまぁあり得なくもない話だな。
「で、その話と俺のところに押しかけてきたのにはどんな関連性があるんだ? 職と住む場所を失いたくなければ俺にその身を捧げてご機嫌を取ってこいとでもスペース・ドウェルグ社に言われたのか?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……そうでもなしないとあかんかなって思って」
「んん?」
こいつ、スペース・ドウェルグ社に言われて来たわけじゃないのか?
「職も住む場所もって話は?」
「こ、このままだとそうなるんやないかなって……」
「別にそう言われたわけじゃないんだよな?」
「そ、それはそうやけど……」
つまりこいつの独断? え? マジ? 挽回するどころか汚名を上塗りしてるだけじゃねーか。スペース・ドウェルグ社がこの事態を知ったら卒倒者続出だぞ。というかこいつ微妙に似非関西弁みたいなイントネーションで話すな。ドワーフ訛りか何かか?
「お前、誰にも言われてないのに妹を巻き込んで俺のところに身を売りにきたのか?」
「み、身を……はい、そうです」
ティーナが顔を赤くしたり青くしたりしながらそう言って俯く。ウィスカにも視線を向けるが、俺の物言いにこっちはより正確に事態を把握したのか、顔を真っ青にして脂汗を流し始めていた。
「なぁ、俺が何故怒っているのかお前わかってる?」
「えっ……それは、あたしがお客さんに怪我をさせたから──」
「いや違うから。それも大問題だけど、俺が一番怒ってるのはスペース・ドウェルグ社が自社の人間を適切に管理できずに俺に迷惑をかけていることだから。この意味、わかるか?」
「えっと……?」
よくわかっていないティーナが首を傾げ、事態を把握しているウィスカが気の毒になるくらい動揺している。
「つまり、お前みたいなやつが独断専行で素っ頓狂な行動をして、こうして俺に迷惑をかけることを一番の問題としてるわけだよ。今日の発端も客である俺を朝から工場に呼びつけるっていうクソムーブから始まってるのをもうお忘れかな? その首の上に乗っかってるものの中身はお留守か? ん?」
自然と笑みが浮かんでくる。俺、怒りが度を越してくると自然と笑みが浮かんでくる時があるんだよな。笑顔が本来は攻撃的な云々という話が脳裏をよぎる。
「あ、あの、えっと……」
ここに来て事態を把握したのか、ティーナがダラダラと脂汗を流し始める。
「メイ」
「はい、ご主人様。既にスペース・ドウェルグ社に抗議の連絡を入れております」
「よくやった、流石はメイだな」
「勿体ないお言葉です」
姉妹揃って蒼白になっているデッドボールシスターズをとりあえず無視してミミに視線を向ける。
「ミミ、ちょっとこいつら救いようがないぞ」
「え、ええっと……なんとか自分で責任を取ろうという心意気だけは……?」
「その解釈はいくらなんでも苦しいだろう……そもそもこいつらお上の思惑でここに派遣されてきたわけじゃないし、挽回しようとして更にドツボに嵌ってるだけだぞ」
俺の言葉にデッドボールシスターズが「うぐっ」と苦しそうな声を上げる。
「まぁ、別に俺は許しても良いんだけどな。お前達のことを」
「えっ」
「いや、俺がお前達に直接被った被害はちょっとした打撲だけだし。それをいつまでもネチネチと言うのは流石にケツの穴が小さすぎるだろう。ちょっとデッドボール食らっただけで姉妹揃って貞操差し出せオラァとか流石に言わない。そんなどこぞのチンピラじゃあるまいし」
そう言って手を振ると、デッドボールシスターズの表情に光が差してきた。
いや実際問題ね。どんなに事を大きくしようとしてもこの二人が俺にやったのは昼にもメイが言った通り軽微な傷害ってところだ。簡易医療ポッドに入ればすぐに完治したわけだし、酷く痛むわけでもなかったので個人的に慰謝料云々とか言うつもりもない。
そういったことを姉妹に説明していると、メイが入口の扉の方に歩いていった。もう来たか、早いな。連絡を受けてすぐに飛んできたんだろう。
「俺は許そう」
扉が開く。
「だがあいつらは許すかな?」
扉から入ってきたのは高級そうなフルーツのバスケットや酒瓶、それに何かが入っているらしい一抱えほどの箱を持ったスーツ姿のドワーフの男女であった。
☆★☆
「この度は本当に、重ね重ね、申し訳なく……」
ソファに座った俺の前で三人のドワーフの男女が俺に深く頭を下げていた。
俺の真正面、三人のうち真ん中に座って頭を下げているのがスペース・ドウェルグ社ブラド支社の営業部長。サラの直属の上司の上司の上司くらいの立場で、スペースドウェルグ社ブラド支社でも上から数えたほうが早い地位の人間である。
そしてその右隣に座って頭を下げているのが昼間にも会った整備工場の工場長だ。その反対に座って頭を下げているのがサラの直属の上司の上司である傭兵相手の船の売買を担当している課の課長であるらしい。ちなみに、サラの上司の係長とサラ本人、その他数名がソファの後ろに立って深々と頭を下げている。
「御社の営業方法は実に刺激的ですね。全く退屈することがありませんよ、はっはっは」
お前んとこの営業どうなっとるんや? おちおちゆっくりすることもできへんぞオラ。ということを遠回しに言っておく。
「は、ははは……恐れ入ります」
営業部長が脂汗を垂らしながら愛想笑いを浮かべる。おいそこの赤髪暴投合法ロリ。褒めてねぇからな。皮肉を言ってるんだよ、皮肉を。
「彼女達が突然訪ねてきた時は驚きました。まさか花を贈ってことを有耶無耶にしようとしているのかと。確かに私は花が好きですが、私にも好みというものがありますからね。押し付けられたのかと思って、思わず腰に手が行きかけました」
「は、ははは、まさかそのような意図はまったく。はい、我々にとっても意想外の事態というものでして」
営業部長ドワーフが懐から取り出したハンカチで脂汗を拭いながら愛想笑いを継続する。ははは、この段になっては下手な言い訳もできないよなぁ?
「そうですよね、まさかスペース・ドウェルグ社ほどの大きな組織がゴールドランクの傭兵を舐めてかかるとは思えませんからね、ははは」
「勿論ですとも。傭兵の皆様、それもゴールドランクの傭兵の方ともなれば我々にとってはとても大切なお客様ですから」
「その割にはあまりに対応が後手後手の上に雑ですよね。現場までちゃんと管理の手が行き届いていないのでは? と思ってしまいます。それに、今回のような事態を頻発されてしまってはアフターフォローにも不安がつきまとうのではないかと心配してしまいます。その点はどう思われますか?」
「と、当社のアフターフォローは顧客満足度も非常に高く、質が良いと評判を頂いております。優秀なスタッフによる十全な整備は他社とは一線を画していると自負しています」
「その優秀なスタッフに怪我を負わせられたんですけどね」
俺の一言に営業部長だけでなくその両隣の工場長と課長もだらだらと脂汗を流し始める。
「しかも一発逆転だかなんだか知りませんが、その当人が私の部屋を訪ねてきて抱かせてやるから許せなどとのたまう始末。問題行動を起こした人物が何故自由に出歩いているので?」
「そ、それはですね……」
営業部長がチラリと工場長に視線を向ける。
「断酒と謹慎を命じておいたのですが、勝手に抜け出したようでして……」
「勝手に。なるほど、彼女達が勝手に抜け出したので、貴方達には責任はないと。そう仰りたいということで?」
「い、いえ! そのようなことでは決して……」
営業部長が俺の発言を慌てて否定する。
「では諸々の監督責任を認められると、そういうことで」
「……はい。この度は本当に申し訳ありませんでした」
再び営業部長が頭を下げ、他の面々も同様に深く俺に頭を下げる。まぁ、この辺が手の打ちどころか。
「はい、謝罪を受け入れましょう。こちらの要求としては速やか、かつ丁寧な仕事してもらいたいということ、理不尽かつ何の説明もなしにこちらの手を煩わせないで欲しいということの二点です。まぁ、本来であればこんなことは要求するまでもない、当然のことだと思いますが」
「まったく、お客様の仰る通りです」
俺が謝罪を受け入れたからか、多少顔色の戻った営業部長がハンカチで汗を拭きながらしきりに頷く。いやほんと、当たり前のことだよなぁ。
「なので、そちらから何か誠意を示したいというような提案があればそれは喜んで受けさせていただきます。私達は今後も傭兵として活動を続け、宇宙を飛び回る予定です。母艦も手に入れたので、交易などにも手を出すかもしれませんね」
当たり前のことなので、何かプラスアルファで誠意を示してくれるなら快く受け取ってやるぞと言い加えておく。これだけ迷惑をかけられたんだから何かしらの便宜を要求してもいいだろう。
「は、は……何かご提案できることがないか、社に持ち帰って速やかに検討させていただきます」
「それは楽しみですね。ああ、それと」
「は、はい」
次は何を言われるのかとビクビクしている営業部長に笑みを向ける。おいおいそんなに怖がるなよ。別に更に何か要求しようってつもりはないよ。
「結局俺は何故朝っぱらから呼びつけられたんですかね? 行くなりデッドボールを食らって大騒ぎになったんで、用件を聞いてないんですが」
「その件ですね。実は、当社で開発している次世代機のテストパイロットが不足していまして……お客様の機体を見た技術者達が短期間でも良いからお客様にテストパイロットをしてくれないかと頼み込もうとしたようです。個人というか、開発チーム毎に別々にお願いをしにいくのは流石に邪魔だろうということで、失礼ながら各チームのリーダーを整備工場に集め、そちらで一度に面談と依頼をこなしてしまおうと考えていたようでして……」
汗を拭き拭き営業部長がそんなことを言う。
「いや、それはそっちで意見を集約して取りまとめて俺に依頼をすれば良い話ですよね。誰が俺に依頼をするかも決まっていない状態で俺を呼び出すとかどう考えても非効率的だしおかしいでしょ。そもそも自分達の個人的な用件で客の俺を仕事場に呼び出すとか失礼じゃないです?」
「申し開きのしようもございません」
俺に視線を向けられた工場長がずんぐりむっくりとした小さい体を更に縮こめて頭を下げる。この人、優秀な職人だから工場長になったけど管理職としてはダメな人なんじゃないだろうか。優秀な職人が優秀な管理職になるわけじゃないものなぁ。
「まぁ、船の整備中はコロニーの外にも出られないし、どちらにしても母艦が完成するまではこの星系に滞在するつもりなんで、テストパイロットの依頼は受けても良いですけどね。こっちの都合と報酬次第ですけど。傭兵ギルドを通して指名依頼でも出してください」
「ありがとうございます」
工場長だけでなく営業部長と課長も一緒に頭を下げてくる。経緯はどうあれ次世代機のテストパイロットというのは少し興味がある。俺のSOLの知識にない機体や装備を目にできるかも知れない。今の情勢ならワンチャン入手の芽もあるかもしれないから、可能なら是非やってみたいところだな。
「じゃあ、とりあえずはこんなところですかね。何か決まりましたらご連絡下さい。ああ、ストップしていた母艦の取引に関しては再開ということで」
「承知致しました。この度は本当にご迷惑をおかけ致しました」
「ええ、本当に。これ以上何もないことを祈ります。ああ、その二人の処分に関しては……」
俺の言葉にビクリとデッドボールシスターズが身を震わせる。周りのドワーフ達がスーツ姿であるため、扇情的──というには色気が足りないな。薄着な二人は滅茶苦茶浮いている。
「まぁ、正直あんまり庇いようも無いんですが、路頭に迷うような処分だけはやめて下さい。そんなことになったら俺の寝覚めが悪いので」
「前向きに検討致します」
そう言ってスペース・ドウェルグ社の人々は部屋から去っていった。後に残ったのは高級そうなフルーツのバスケットといくつもの酒瓶、そして何かの入っている一抱えほどの箱である。
「はー、疲れた」
「ちょっと見直したわ。あんた、交渉もそれなりにできるのね」
離れたところでこちらの様子を窺っていたエルマがそう言いながらスペース・ドウェルグ社の人々が置いていった酒瓶の物色を始める。
「あー、どうかな。ベストだったかどうかはわからんが、ベターであったとは思いたい」
そう言いながら俺は俺で箱を開けて中を見てみる。中に入っているのは真空パックになっている何かの燻製のようなものや、何かの瓶詰めのようなもの。それに高級そうな缶詰などが入っていた。高級おつまみセットってところだろうか。
「良い引き際だったかと。相手の謝罪を受け入れて譲歩を要求し、こちらからも譲歩をして丸く収まったのではないでしょうか。相手も部長級の人員を出してきたとなると、ここで謝罪を突っぱねるのはあまり得策とは言えませんから」
俺の後ろに控えていたメイもそう言ってくれた。単純に換算することはできないが会社の部長といえば、軍組織で例えたら中佐以上……下手したら少将くらいの地位の人間だと言っても過言ではない。スペース・ドウェルグ社内の序列で言えばあの営業部長はセレナ少佐よりも格上なのである。
しかも営業部といえば社内でも所謂花形部署と呼ばれるところだろう。その長が顔を青くして脂汗を流しながら何度も頭を下げたのだ。それを突っぱねると逆に相手の態度が硬化する恐れもあったと思う。なんでもかんでもゴネりゃいいってもんでもないしな。
「メイにもそう言ってもらえると安心できるな……ミミ?」
ミミはと言うと、何か考え込んでいる様子であった。どうしたのだろうか。
「あっ……いえ、その、私もヒロ様みたいにかっこよくああいった事態にも対応できるようになりたいなって。なんというか、ヒロ様は今までも凄かったんですけど、別の凄さを見たと言うか」
「クリシュナを操縦してバッタバッタと宙賊を倒したり、パワーアーマーを着て暴れまわるだけじゃなくて、大企業の重役とも対等に渡り合う姿に惚れ直した?」
「そんな感じです」
エルマの言葉に同意してミミが頷く。
「やめてくれ。そんな言うほど上手くやれたとは思ってないから」
「あら、照れてるの? 可愛いわね。さっきまでの堂々としたヒロはどこに行ったのかしら?」
「だからやめろって。それよりほら、美味しそうな珍味とフルーツだぞ。早速食おうぜ」
からかってくるエルマになにかの燻製の入った真空パックを放り投げて話題を逸らす。
今日は疲れたよ、ほんと。美味しい珍味とフルーツで疲れた心を存分に癒やすとしよう。
なお燻製のような何かは真空パックを破いた瞬間蠢きだしてミミが悲鳴を上げた模様。
ちなみにお味の方は「おいしかったです」とのことでした。(結局食った




