#100 襲い来る帝国面
思う存分にゆっくりと三人で過ごし、俺達は万全の状態でハイパーレーンからのワープアウトを迎えようとしていた。
「やっぱワープアウト直後を狙ってくるかねぇ」
「それが自然ね」
「何事もないのが一番だと思うんですが……でも、今更バルタザールがダレインワルド伯爵を襲う意味なんてあるんですか? もうダレインワルド伯爵本人がバルタザールの所業を把握している今、これ以上何をしたところでバルタザールは終わりですよね?」
「恐らくはダレインワルド伯爵とクリスティーナ様を弑することで無理矢理ダレインワルド伯爵家を継ぎ、後の事は自らが伯爵になってから取り繕おうと考えているのだと思います。このままであれば身の破滅は間違いないですから。今までの行動パターンから考えると凡そ81%の確率で襲撃を仕掛けてくると思われます」
「100%じゃないんだな?」
「ご主人様の働きによってバルタザールは次々に繰り出した手を潰されており、その影響力は著しく低下していると思われます。そのため、襲撃を仕掛けるだけの戦力を用意できない可能性もあります。そういった部分まで正確に予測するには情報不足です」
「なるほど。バルタザールがどんな奴とコネを持っているかまではわからないものな」
「はい」
などと話しているうちにコックピットにアラート音が鳴った。これは別にロックオンされたとか敵影を確認したとかではなく、ワープアウト5分前を通知するものだな。
「そろそろかー。とりあえずウェポンシステムは即立ち上げられるようにしといたほうが良いよな」
「そうね。こっちも準備しておくわ」
「ヒロ様、レーダーレンジはどうしたら良いですか?」
「とりあえずは最大で良いんじゃないか?」
待ち構えて最大火力を一斉に叩き込んでくるだろうし……と思ってそう言ったのだが、メイから物言いが入った。
「いえ、どちらかといえば近接戦が予想されますので短めにしたほうが良いと思います」
「マジで」
「はい。私の予想が正しければ、ですが」
それだけ言ってメイは口を閉ざした。うーん? 近接戦かぁ……もしかしたら反応魚雷をガン積みした魚雷艇を大量に投入してくるとかだろうか? 流石にそれは骨が折れそうというか、一発でも通したらアウトになりそうだから勘弁してもらいたいな。
まぁ、反応魚雷は弾速が遅いから本当に肉薄しないとなかなか当たるものじゃないけど。迎撃にも弱いし、正直に言えばロマン武器枠だ。当てる技量が無いと大量に投入しても抱え落ちが頻発するだけだと思うし、そんな一か八かの賭けには出ないと思いたい。まさかの反応魚雷の飽和攻撃とか恐ろしくて目も当てられん。
「ヒロ様、まもなくワープアウトです」
近接戦とはどういうものになるのか、ということに思いを馳せていたらワープアウトの刻限が迫ってしまっていた。
「おっと。まぁ高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するしかないな」
「要するに、行き当たりばったりってことじゃないの」
俺の発言にエルマがぼやく。仕方ないだろう? 実際ワープアウトしてみないと状況なんてわからないんだから。いち戦闘艇に出来ることなんて臨機応変に暴れまわることくらいだよ。
「5、4、3、2、1……出ます!」
後を引くような甲高い音が響き、艦隊がハイパースペースから通常空間への出現を完了した。ミミが素早くハイパースペース用のセンサー類を通常空間用のものへと変更する。特にダレインワルド伯爵の船団以外の反応は……あるな? すぐさま伯爵の船団が警戒態勢に入り、クリシュナにも警告が飛んできた。
レーダーに映る光点の動きを見る限りではどうやら不審船はこちらの船団を取り囲んでぐるぐると飛んでいるようである。その動きはなんとなくこちらの隙を窺うサメか何かのように思えた。どう見ても不自然な機動である。下手に船団を動かすと衝突しかねない。足止めだろうか?
「足止めね。何を狙っているのかしら?」
「いつかの俺みたいに歌う水晶でも放り込んでくるつもりかね?」
「流石にそれは無いと思うけど……というかあんな使い方するのはあんたくらいだと思うわよ」
「そうか? 良い手だと思うが」
俺とエルマが警戒しながら様子を窺っている間にもダレインワルド伯爵の船団から不審船に向かって誰何の声がかけられているが、不審船は応答していない。攻撃をするわけでもなく、ただ周りをぐるぐると取り巻くような機動を取り続けて船団の移動を阻害し続けている。
飛び回っている艦艇そのものはオーソドックスな小型から中型の戦闘艦である。所属がすぐにスキャンできないところを見ると、何らかの隠蔽装置を作動させているらしい。やっぱりどう考えても限りなく黒寄りの不審船だな。
ダレインワルド伯爵の船団から最終警告が発される。これ以上船団の進行を妨げるのであれば撃破すると。不審船はその最終警告をも無視して飛び続け、緊張感が頂点を迎えたその時であった。
「ヒロ様、何か来ます。速いです」
「なんだ?」
船団を囲む不審船の更に外側から超高速で何かが突っ込んでくるのをクリシュナのレーダーが捉えた。その物体が目指す先はダレインワルド伯爵の乗る旗艦のようである。
「突っ込むつもりか?」
それを察知したダレインワルド伯爵の船団がウェポンシステムを起動し、迎撃を開始する。それと同時に周囲を飛び回っていた不審船もウェポンシステムを起動し、船団の船を攻撃し始めた。
何はともあれ、このまま傍観しているわけには行かないので俺もクリシュナを加速させて旗艦に向かって行く。どうもメイの言っていた通りに旗艦を狙った近接戦になりそうな感じだ。
スラスターを噴かして旗艦へと一直線に突っ込んでいく謎の物体──細長い小銃弾のような形の船に追い縋る。
「見たことのない船だな――シールド堅いな!?」
SOLをやり込んだ俺でも見たことのない船だ。とりあえず落としてしまおうと考えて四門の重レーザー砲を浴びせてみたのだが、全て細長い船のシールドに阻まれてしまった。小さいくせになかなかに強力なシールドを積んでいるようだ。
「あれは帝国航宙軍のサプレッションシップですね」
「サプレッションシップ?」
「はい。目標の船にシールド飽和装置を備えた衝角で突撃を仕掛けて敵艦の装甲を貫徹。衝角を経由して敵艦内に歩兵戦力を送り込み、制圧するための船です。強力なシールドと推進装置、そしてジェネレーターを装備していますが、武装の類は一切ないはずです」
「何その頭おかしい船」
要は人間魚雷の類じゃねぇか。
え? まさかそれでダレインワルド伯爵とクリスを殺す気か? 本気で? というかもっと効率の良い兵器作れるでしょ? なんで衝角突撃の上で白兵戦? 頭がおかしくなりそうだ。パンジャンド◯ム並みの暗黒面を感じる。帝国面とでも言えば良いのか。
「帝国貴族は剣で戦うのが好きだから……」
「そうですね。暴れん坊エンペラーとか確か今シリーズ2406期とかだったと思います」
「やめてやめて、情報量が多すぎて頭壊れる……ってちょっと待って? まさかアレにバルタザールが乗ってるとか無いよな?」
「乗ってるんじゃない? 最後は剣で決着をつけるとか帝国貴族が考えそうなことだし」
「頭が痛ぇ」
ハイパースペースを経由して俺はコメディ時空にでもワープアウトしてしまったのか?
ええい、俺の目が黒いうちはそんなふざけたことを罷り通らせはせんぞ! 墜ちろ! 墜ちろォ! 散弾砲をぶち込んでそのふざけた細長い船体を穴だらけにしてやる!
しかし執拗な追撃も虚しく、クリシュナは速度を増したサプレッションシップに振り切られて旗艦への衝角突撃を許してしまうのであった。
Tips:帝国航宙軍には白兵戦を大真面目に戦術に取り入れようとする元陸軍派閥が存在する。




