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#099 嵐の前の

 いかに自由な傭兵と言えども、雇われてしまえばその間はしがない雇われ人である。雇用主にそうそう具申などできないし、そもそも相手は帝国貴族、それも上級貴族の伯爵閣下である。そんな人に『あんたのとこの手下が裏切りそうな予感がするから警戒強めません?』とか言ったらどんな反応を返されるか……想像するだけで恐ろしい。いきなり剣を抜いて切捨御免とかしてくるかもしれない。


「というわけで何も言えないキャプテン・ヒロなのであった、と」


 とメッセージを送りながら画面をタップし、要らない手札を捨てる。


『お祖父様も叔父様の襲撃についてはかなり警戒している様子でした。恐らく、ご心配はいらないかと思いますけれど……』


 そういうメッセージと供にデフォルメされた黒猫のような生物が困ったような表情を浮かべたスタンプが送られてくる。ふむ、クリスはなかなかに手堅い打ち筋のようだ。


『きっと大丈夫です! 何かあってもヒロ様がいればなんとかしてくれます』


 そういうメッセージと一緒にリスのような生物が力こぶを作るポーズをしたスタンプが送られてくる。そう言いながらミミが切ってくる札は非常に大胆である。でも何故か当たらないんだよな。


『いくらヒロの腕が良いって言っても限界ってものがあるわよ……まぁ大抵はどうにかするでしょうけど』


 メッセージと供にコミカルな単眼エイリアンが溜息を吐きながらグラスのワインを飲むようなスタンプが送られてくる。そして切った札は──。


「あ、それロンだわ」

『私もです』

『なんでよ!?』


 単眼エイリアンが目からビームを放って街を焼くスタンプが送られてくる。いや、エルマは打ち筋は悪くないんだけど、なんというか不運なんだよな。ウ◯コみたいな来そうも無い待ちに引っかかるというかなんというか……もしかして滅茶苦茶運が悪いのではないだろうか。ギャンブルとかめっちゃ弱そう。というか弱い。このカードでやる麻雀アプリで対戦を始めてから三位か四位にしかなっていない気がする。総合スコアがダントツのビリケツだ。

 ちなみにぶっちぎりのトップはミミである。滅茶苦茶な打ち筋に見えるのに全くこちらの待ちに引っかからないし、一撃が妙に重い。実は物凄い豪運の持ち主なのかも知れない。

 小型情報端末でメッセージをやり取りしながら遊んでいる俺の現在地はどこかというと、コックピットである。そしてミミとエルマは休憩中だ。

 クリシュナではハイパーレーン内の移動中でも、一応コックピットに人を置くようにしているので。ミミとエルマは食堂か自分の部屋に居ることだろう。特に疲労することないのメイはサブオペレーターシートに座っている。会話には参加していないが、オブザーバーとしてカード麻雀を閲覧してはいるらしい。


『レースゲームなら負けないのに!』


 コミカルエイリアンが失意体前屈をしながら愚痴っている。そんなに悔しいのか……まぁ現状はこうして駄弁って遊んでいるくらいしかやることがないわけだが。ハイパーレーンの移動中は基本的に自動航行だし、襲撃を受けることもないわけで。

 ちなみに今はジーグル星系からウェリック星系への移動中である。ウェリック星系の次はダレインワルド伯爵の領地──領地? であるコーマット星系。そしてその次が最終目的地のデクサー星系だ。

 ジーグル星系にワープアウトする時にもそれなりの警戒態勢は敷かれていたが、ジーグル星系の領主とダレインワルド伯爵は友好関係にあったらしく、ジーグル星系の移動中には星系軍が護衛についてくれていた。それで何事もなくジーグル星系を通過し、今に至るというわけだ。

 ちなみにジーグル星系からウェリック星系へのハイパーレーン通過時間はおよそ十時間である。ハイパーレーンに突入して丁度一時間くらいかな、今は。


「ご主人様。ハイパーレーン移動中の警戒であれば私がしておきますが」


 小型情報端末でメッセージをやり取りしながら麻雀を続けていると、メイがそう声をかけてきた。


「確かにメイに任せれば万全なんだろうけど、あまり扱き使うのはなぁ……」

「私は全く構いませんが。有機生命体と違って疲労することもありませんので」

「そうなんだろうけどなんとなくな。まぁ、メイの存在に慣れてきたら任せるということもあるかもしれない。というか、ハイパーレーンの移動中に何かすることもないしな。こうやって遊んだり駄弁ったりするくらいしかやること無いし」

「お二方と仲を深められては?」

「爛れた生活を送り続けるってのもな。そういうのは程々が一番だと思うぞ。というか、あまりそういう方面を頑張りすぎると堕落する。俺が」


 ミミもエルマも俺からすれば紛うこと無く文句のつけようもない美少女に美女である。当然ながらメイも美人という意味ではそうだ。そっち関係に溺れてしまうと抜け出せなくなる自信がある。既に手遅れかもしれないけど。


「そういうものですか」

「そういうものです。変な話、今の俺の資産なら適当にあちこちフラフラしながらたまに宙賊退治しつつ毎日美味い飯を食って三人と爛れた生活とかできちゃうし。そんな生活に入り込んでしまったら抜け出せないよ。マジで」


 今も既にそれに近い生活になっているような気もするが、まだ俺は金を稼いで自分の夢である惑星上居住地に庭付き一戸建てを得る夢を捨ててないからね。とりあえず目下の短期目標は今回の報酬を使っての母艦の購入と整備だろうか。より大きく稼ぐための投資というものは重要だからな。


「私はそういう生活も良いと思いますが、ご主人様がそう仰るのであれば。そういう生活がしたくなったら是非お申し付けください。全力でサポートさせていただきます」


 そう言うメイの声音は至って真面目な様子であった。真面目に堕落への道に誘ってくるメイはある意味で一番恐ろしく、油断のできないクルーかも知れないな……奉仕精神が高すぎるのもちょっと考えものかもしれない。いや、忠誠度が高いから言えばちゃんと聞いてくれるか。俺がしっかりしていれば大丈夫だ。多分。


 ☆★☆


 船団は無事にウェリック星系へと到達し、ウェリック星系内のコロニーには寄らずにそのままウェリック星系を通過した。ウェリック星系でもジーグル星系の時と同じように星系軍が警備の戦力を寄越してくれた辺り、ダレインワルド伯爵は近隣の領主とは上手くやっているようだ。


「ワープアウトは12時間後ね……交代で仮眠を取る?」

「ハイパーレーンの移動中は私がコックピットに詰めておりますから、皆様はお休みになられてはいかがですか? コーマット星系へのワープアウト後が一番危険度が高いわけですから、万全に体調を整えられたほうがよろしいかと」

「いや、メイ一人に任せるのは……」


 と、遠慮しようと口を開いたところで俺の言葉をミミが遮った。


「ヒロ様、メイさんに頼んだほうが良いんじゃないでしょうか? メイさんが危険度が高いと分析するなら、本当にその通りだと思いますし。メイさんがそう言ってくださるならそれに甘えるのが良いと思います」

「私もそう思うわ。ヒロは妙なところで遠慮をし過ぎだと思うわよ。メイに面倒事を全て押し付けるのは私もどうかと思うけど、気を遣いすぎて彼女の特性を活かさないのは逆に失礼よ?」

「……そういうものか?」

「そういうものです」


 昨日俺が言ったのと全く同じセリフを言いながらメイがコクリと頷く。


「私を一つの知性として人格を認めてくださるのは嬉しいですが、私はメイドロイドです。ご主人様の役に立つのがメイドロイドとしての私の存在意義ですから、そのように扱ってくださる方が適当です。つまり、嬉しいです」

「そうか」

「はい」


 メイがもう一度コクリと頷く。うーむ、難しい。俺からすればメイもミミやエルマと同じように普通に美人のメイドさんだからなぁ……耳の機械部分を除くとあまりに機械っぽく無さすぎる。いや、ここに来る経緯から彼女が機械だということは認識してるんだけどね? そもそもシエラⅢで初めてメイドロイドを目にした時から美人メイドじゃウホホーイくらいの印象だったからな。

 それこそメイが何かしらの攻撃を受けて表皮が損傷してメカバレ状態にならないと彼女を機械だと完全に認識するのは難しいかもしれない。なまじ彼女の体温と柔らかさを知っているだけに。


「それじゃあそういうことでコックピットはメイに任せるか……と言っても、休むったってなぁ」


 俺が前に睡眠を取って目覚めたのはほんの三時間ほど前である。コーマット星系にワープアウトする前に仮眠を取って起きたばかりだ。


「最後の晩餐ってわけじゃないけど、ちょっと豪華なご飯を食べてお風呂に入って、部屋でゆっくりしたら?」

「ほほう、エルマはそれがお望みか」


 つまり食欲を満たしてこざっぱりした後に部屋で『ゆっくり』したいと。


「や、あの、その……一般論としてね?」


 俺の言葉の裏を読み取ったのか、エルマが顔を少し赤くしてしどろもどろになる。


「私もそれでいいと思います。今日は三人でゆっくりしましょう」


 ミミは俺とエルマのやり取りの意味を知ってか知らずか、実ににこやかにエルマの提案に同意する。ほう、三人で。興味があります。昨日爛れた生活に溺れるのは云々といっていたけど掌をくるりと返そうと思います。なぁに、溺れずに戻ってくれば大丈夫大丈夫。


「よしよし、じゃあ三人でゆっくりしようなー」

「ちょ、ミミ、ちょっと」

「ゆっくりしましょうねー。まずはごはんですね! 今日は人造肉出しちゃいましょう!」

「いいね」

「ちょっと!」


 騒ぐエルマを放置して俺とミミは高性能自動調理器であるテツジン・フィフスに美味しい食事を作ってもらうべく動き出す。そんな俺達をメイはどことなく楽しげに見える無表情で見つめているのだった。

長い年月を経て麻雀はカードゲームと化していたのだ(´゜ω゜`)(断言

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― 新着の感想 ―
楽しげに見える無表情 その表現が好きです(笑)
[一言] 懐かしいなぁ、学生時代にカード麻雀を持ち込んで、賭けて大負けして弁当を差し出してた⟵現金はバレたらヤバいので食べ物学生時代種銭だった
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