一.
「総真君、あれ! ねぇ、見に行っていい?」
俺の袖を軽く引っ張りながら、明華がもう片方の手でペットショップを指でさしている。
大型ショッピングモールの一角にあるその店は、通行人の興味を引くために出入り口をしきることなく開放感を持たせている。なので、店外にいる俺たちにも店内の様子はよく分かった。
ゲージの中に入った子犬や子猫が動き回っている。
その姿は当然可愛い。俺たちの他にも、多くの人が、足を止めてその愛らしい動物たちの様子を眺めている。
「そうだな。行ってみよう」
「うん!」
俺が言い終わると同時に、明華はペットショップへと小走りに向かって行く。
よっぽど行きたかったみたいだな。明華の返事から動き出しの速さに俺は小さく苦笑する。
ペットショップの店内に入っていく明華の服装は、白いブラウスに薄いピンクのカーディガン、そして黒のミニスカートだ。明華にとても似合っていてすごく可愛い。さらにまったく予想外だったミニスカートの破壊力といったら……。
待ち合わせ場所で思わず凝視してしまった。――けどそれは仕方ないと思う。だって俺も男なのだから。逆に流す方が失礼じゃないか。しかも一応付き合っているんだし。
と、行為の正当化をしつつ、俺もペットショップに行くことにする。
あと、ちなみに俺の服装は、ジーンズに上は七分袖の黒いカットソー、それに白いシャツを羽織っただけのラフな格好だった。
おしゃれとは縁遠い俺にとって、変に着こなすよりも普段通りの格好をしてみたんだが……失敗だったかな。
明華の隣を歩く俺は正直全然釣り合っていない。
付き合い始めて三か月になるから周囲からの視線には慣れたけど、自分自身の不甲斐無さはまだまだ消せていない。……もっと頑張って明華と釣り合うだけの男にならないとな。
臆すことなく「こいつが俺の彼女だ」って堂々と言えるくらいに。
そんなことを思いながらペットショップに入っていくと、ゲージを見つめて目を輝かしている明華の姿があった。
周りに小さな子供たちもいるが、その中でもひときわ目を輝かせているように思う。
その目からは今にも星が飛びだしそうな勢いだ。
「はぁ……可愛いなぁ」
ゲージに張りついて感嘆のため息を明華が繰り返す。
お前の方が可愛いよ! と心の中で俺は呟く。できることならいつまでも見ていたいと、本気で思う。
しかしゲージに張りついている明華に、その中にいるゴールデンレトリバーの赤ちゃんは心なしか怖がっているように見える。
まぁ、あんな至近距離で見つめられたら、たしかに怖いとは思う。動物相手にもTPOは大事なのかもしれない。
「一匹ほしいなぁ……」
明華がさらに呟く。それを聞いて、俺は苦笑と共に頬をかいた。
実は、今日の俺の目的は、明華へなにかプレゼントを渡すことだった。
今まで明華にはなにかとお世話になっている。そのお返しがしたかった。それに、付き合ってから、まだなにも贈ったことがない。そういう意味でも今日は明華になにかプレゼントをしようと思っている。
そのプレゼントは、なにがいいか聞き出そうとしていんだけど、あまりに予想外なものを聞いてしまった。
……さすがに買ってあげられないなぁ。
ゲージに掲げられている値札の金額は、とても学生に手が出せる値段ではない。たとえ出せたとしても動物はちょっと……というところが本音だ。
「明華」
「あ、総真君」
後ろから声をかけると、明華はゲージから目を離して俺の方を見た。声をかけるまで俺に気づかなかったみたいだ。
よっぽど子犬に夢中だったんだなー……なんか悔しい気もするが。
それに今でもチラチラとゲージの方に目が行っている。……こ、子犬に負けてるぞ。
……こうなったらちょっとだけ意地悪してみるか。
「子犬が怖がってるぞ? 顔、近づけすぎじゃないか?」
我ながら大人げない……が、半分以上は冗談のつもりだし、問題ないだろう。
しかしそう思ったのも束の間、
「そうかな……やっぱり怖がられているかな……」
俺の予想に反して、明華はひどく落ち込んでしまう。さっきまであれだけ輝かせていた目も伏せてしまう。その様子を見た俺は、慌てて弁解する。
「ご、ごめん……そんなつもりで言ったわけじゃなかったんだけど……」
「総真君は悪くないよ……。なんかね。私、昔から動物にあんまり好かれないんだ。なんでだろうね……」
「ごめん……」
まだ顔を伏せている明華に、俺は頭を下げた。
知らなかったとはいえ、昔から気にしていることだったなら嫌な気持ちになるのは当たり前だ。せっかくここまでいい雰囲気で来れたのに、自分からそれをぶち壊すなんてまぬけもいいところだ。
なにかフォローしないといけない。が、こういう時どうすればいいのか分からない。
普段からあまり興味を持たなかった罰なのか、恋愛というか女の子と接する時の経験値のなさが浮き彫りになる。綾奈を相手にしてる時は、自然となんとかなるんだけど。
内心でものすごく焦っていると、俺の頭にコツンと軽い衝撃が伝わった。
……なんだ?
俺が顔を上げると、軽く手を握ったままクスクスと笑う明華の顔があった。
「総真君、謝らなくていいよ」
「え?」
「ふふふ、なかなか見られない総真君の慌てる顔も見られたし、お返しもしたからもういいよ」
そう言って明華がにっこりと笑っている。……お返しは、今のコツンのことらしい。
「いいのか?」
「うん。あ、でも今の姿を写真に撮っておけばよかったな。そうすれば立花君にも見せられたのに」
「……それだけはやめてくれ。絶対に面倒なことになるから」
俺たちの関係がばれたので、智也には今日のことは話してある。それだけでだいぶからかわれたのに、明華に頭を下げている写真なんて見られたら……想像したくないな。
とにかく明華が明るさを取り戻してくれたことが一番だ。同じ失敗をしないように気をつけないといけない。
かなりホッとした俺は、自然に笑顔になってお礼を言う。――やっぱり明華には助けられてばかりだ。
「ありがとう、明華」
「うん。――さ、いこっか!」
明華が俺の手を引っ張る。ペットショップはもういいようだ。というより明華も気を遣ってくれているのかもしれない。
ちょっと情けないが、気分を一新するためにも他の場所に行くのがよさそうだ。
「あぁ、そうしようか。次はどこいく?」
「んー……本屋!」
「了解」
次の目的地は本屋に決まった。ペットショップからは少し歩かなければならない。自分一人なら面倒に思う距離だが、今は違った。
俺の右手に温かみを持った柔らかな手が握られている。明華の左手だ。
明華が俺の手を握ったのはとっさのことだったんだろうけど、明華からももちろん俺からも離すことはなかった。そのことが俺は嬉しかった。
なんだか俺たちの間にたしかな絆があると思えたから。
これならどこまでも歩けるな――なんてちょっとバカなことを考えて、俺は自分自身に微笑んだ




