四.
「なによなによ! 私のどこが大バカだっていうのよ! 私の術、見たでしょ!?」
「見たよ……見たから言ってるんだよ!」
「総真が真面目に授業を受けろっていうから私も頑張ったのに!」
「真面目っていう言葉を一回調べてこい」
「う、うっさい!」
「うるさいのはお前だ。……目立ってるぞ」
「えっ?」
周りのテーブルの視線が、綾奈に注がれている。テーブルに両手をついて立ち上がっていた綾奈だったが、それに気づくと顔を赤らめながら席に座った。さすがに恥ずかしかったようだ。
席に座った綾奈が恨みがましい視線を送ってくる。まるで俺が悪いとでも言いたげだ。
俺はその視線をスルーして手元のコーヒーを一口飲んだ。やはりコーヒーはブラックにかぎる。
コーヒーカップを置いて周りを見渡すと、さすがに学生の数も増えてきた。これからもっと増えるはずだ。
今、俺と綾奈は学生食堂にいる。
四人掛けのテーブルで昼食をとった後、ジュースを飲みながら話をしていた。広い食堂なので少しくらいテーブルを占領しても何の問題もない。
食後の会話は、当然のことながら直前の授業のことになっている。
当たり前だが、綾奈の機嫌は悪かった。
「だ、だいたいさー……」
「なんだよ?」
綾奈が頬を膨らませて言う。
声の大きさは、さっきので少しは懲りたのか、俺にしか聞こえないくらいに小さくなっていた。
「た、たしかに『炎弾』を撃たなかった私が悪いかもしれないけどさー……」
「いや、お前が悪いんだよ」
「それはもう分かったから!」
「じゃあ、なんだよ?」
綾奈が、なにを言いたいのか分からない。妙にモジモジして……上目遣いで見つめてくる。
訳が分からず俺は首をかしげた。
それを見た綾奈が口を開く。
「だ、だから! ……その、私の『豪魔炎』はどうだったかなって……思って……」
出だしは大きかった声が、進むにつれてどんどんとしぼんでいく。最後の方は、目の前に座る俺にすら聞き取り辛くなっていた。
言いきると、そのまましょんぼりとうつむいてしまった。
この様子を見るに、俺が思っていた以上に反省はしているのかもしれない。となると居心地が悪くなるのは俺の方だ。
ただでさえ小柄な綾奈にしょんぼりされると、まるで小学生をいじめているような心境に陥る。
……たく、世話のやけるやつだ。
「まぁ、そのなんだ……術はよかったよ。……驚いた」
「ホント!?」
綾奈が伏せていた顔をバッとあげた。術を褒められて嬉しかったらしい。目を輝かせている。
「術はな! それ以外は反省しろよ」
「はーい! ふふふっ」
笑みを浮かべて、カルピスソーダが入っているコップに手を伸ばす綾奈へ、一応釘を刺しておく。こいつもバカじゃない。もう二度としないはずだ。……たぶん。
「反省しろよ?」
念のためにもう一度だけ釘を刺しておく。
「分かってるってー。あ、それより――」
「いたいた、総真」
俺の念押しを軽く流して、なにかを言おうとした綾奈だったが、その言葉は遮られてしまった。誰かが俺の名前を呼んだのだ。
俺と綾奈がそろって声のした方へと顔を向ける。
するとそこには、手を振りながらこちらに近づいてくる智也と明華の姿があった。
智也がブンブンと手を振っているので、周りの注目を浴びてしまい、一緒にいる明華がすごく恥ずかしそうにしている。
「お、月神のお嬢様も一緒か」
「あー……うっさいのがきた」
俺たちのテーブルまで来た智也が、綾奈を見下ろして笑う。逆に綾奈は、智也を見上げながら露骨にうんざりした顔をしている。
「相変わらず口が悪いなー」
「あんたも、そろそろその鬱陶しい呼び方やめてくんない?」
「ま、まぁまぁ二人とも……総真君座っていいかな?」
「あぁ、どうぞ。智也もまず座れよ」
気を利かせた明華が二人の間に割って入ってくれた。
俺もすかさずフォローに回る。放っておくとこの二人はずっとやってるからな。
「では、遠慮なく!」
そう言うと智也はサッと綾奈の隣に座った。
「明華、座れば?」
「え、え?」
智也が明華を促すと、明華は困ったように俺の方を見た。
「はぁ? ちょ、ちょっと待ちなさいよ! なんであんたが私の隣に座るのよ?」
「いいじゃん、別に」
「よくない!」
綾奈がぐいぐいと智也の体を押し出そうとする。だが、体格のいい智也に小柄な綾奈が力で勝てるわけがない。
智也はまったく意に介していないようで、むしろ逆に気持ちよさそうだ。
なんか仲良いな、こいつら。
テンポよく言い合う二人の様子は、さながら夫婦漫才のように見えた。
この二人はこの四月に初めて会った時からこんな感じだ。智也からからんでいって、それに綾奈が反応するといった感じだ。
とりあえずまだじゃれ合っている二人は置いといて……。
その横でおろおろと立ち尽くしている明華に声をかけた。
「明華、その二人はほっといて座れば?」
「う、うん……でも、いいの?」
明華が横目で綾奈の方を見ている。
「あきたら終わるよ」
そう言うと明華はおずおずと俺の隣に腰かけた。
「あー!」
と同時に、智也とじゃれていた綾奈が声を上げた。……うるさい。
「なんで私の許可なく総真の横に座ってるのよ!」
綾奈が敵意むき出しで明華に迫る。
なぜか分からないが、この二人は仲が悪い。というより綾奈が一方的に嫌っている。
それはそうと、誰かが俺の隣に座るのに、綾奈の許可がいるとか初めて聞いた。やっぱり俺のことは家来かなんかだと思っているようだ。
そんな綾奈に智也が横からツッコミを入れる。
「別にお嬢様の許可はいらないだろー」
「うっさい! それとお嬢様って呼ぶな! いい加減にしないと封じるからね!」
綾奈は、今度は智也に噛みつきそうな勢いでくってかかる。
本気でやりそうだから怖い。下手をするとリアル浦島太郎になりかねない。
「綾奈……」
さすがに見かねた俺は綾奈に声をかけた。少しだけ重い口調にする。
「だ、だって! こいつが……」
それが綾奈に伝わったようだ。声が動揺している。
だが、智也を指さしておくことも忘れない。あくまで智也が悪いのだと主張している。
俺はため息をついて智也の方を見た。
「智也もあんまりからかうな」
「はいはい」
智也が笑みを浮かべながら肩をすくめた。
智也も面白いことはすぐにネタにするやつだから困る。綾奈がネタの宝庫なのは分からなくもないが。からかうと、それをすべて拾ってくれるわけだから、からかう側としてはこんなに面白い素材なないんだろう。
……俺としては悲しいかぎりだけど。
また頭が痛くなりそうだったが、それを振り払うと、気を取り直してあとから来た二人に聞く。
「で、なんでここに来たんだ? 飯は食ってきたんだろ?」
「食ってきた。そのまま教室に行ってもよかったんだけどな。明華がなー」
智也が意味ありげに明華を見た。口元がニヤリと笑っている。
「えっ? わ、私!? 私はただ食堂に総真君いるかなーって言っただけだよ。……朝から学校にいるってメール来てたし」
智也の視線を受けて、明華が慌てた様子で言った。いきなり話をふられたからだろう、少し顔を赤くしている。
「あぁ、そうなのか。わざわざ来なくても俺もこれから教室に行ったのに」
「あ……うん……」
「ダメだこりゃ……」
智也がガックリと肩を落とした。
なにがダメなのかさっぱり分からない。正論だろ、今のは。
「お前なー……ハァ……」
「……?」
やはり意味が分からない。しかし、いきなりため息をつかれることを俺はしたらしい。綾奈ならともかく、俺はその辺は気を遣っているはずなのだが。
しかし、そんな俺の心境とは裏腹に、智也はあきらめたような口調で言った。
「まぁ、もういいよ。……実習の時とかのお前の指揮や状況把握は完璧だからな。多少は頭が回らない所があった方が、魅力があるってもんだ」
「……バカにしてるよな?」
「してないよ?」
「なんで疑問形なんだよ」
「さぁ?」
絶対バカにしてるな、こいつは。
ニヤニヤと笑う智也。……やっぱり封印してやろうか。どす黒い感情が胸に湧き上がる。
しかし、その隣で俺たちの会話を聞いていた綾奈がしきりに頷いている。
「そうなんだよねぇ……総真って大事なとこ鈍いんだよー」
「だよなー!」
さっきまであれだけ言い合っていた二人がいきなり共感しだす。しかも俺の話題で。
「そうそう! それにね、私が毎朝起こしにいってあげてるのに、ありがとうの一言もないんだよ! ひどくない? 自分が朝弱いくせにー!」
酷い嘘を聞いた。それは綾奈が目覚ましアラームより先に来るからだろうに。
「それはひどいなー! それに俺は、朝は普通に起きてるって聞いてたんだけど」
それはそうだ。毎朝二歳年下の女の子に、どこかしら踏んづけられて起きてますとは言えない。それはどこの変態だ。
「えー! 嘘ばっかり! ……ってなんであんたと共感しないといけないのよ! 信じらんない! ほっんと最悪!」
途中まで笑顔で会話していた綾奈だったが、思い出したように声を荒げだした。しかし、智也は逆ににんまりと笑顔だ。
「いやいや、今俺たちけっこういい感じだったよ?」
「あんた本当にしばくわよ!」
「……いや、お前らは結構いいコンビだと思う」
「そ、総真までそんなこと言うー!」
本当にそう思うからしかたない。おかげで俺の心は傷だらけだが。
カクッと首を折る綾奈。その横で、
「そこまでの拒否反応を出されると、俺もショックだわ……」
と、智也が肩を落とす。
隣同士仲良く落ち込む二人。
その様子に苦笑しながら隣を見ると、明華も面白そうに笑っていた。
窓から差し込む柔らかな日差しを浴びながら、俺たち四人の昼休みはゆっくりと過ぎていった。




