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鬼譚―陰陽記―  作者: こ~すけ
第一章 月神の少女
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一.

 ――燃えている。

 俺の目の前で盛大な炎の柱が立ち上っている。しかし不思議と熱は感じない。

 体は動かない。……というより自分の意志では動かせないと言うべきか。

 その証拠に、俺の右腕が燃え上がる建造物に向けて必死に手を伸ばしていた。手のひらを開いたり閉じたりしているが、その手は虚空を掴むばかりだ。

 ――そもそもこれは俺の右腕なのだろうか? たぶん違う。

 俺よりも太く鍛えられた腕だ。

 どうやら俺は誰かの体に入っているようだ。今見ている景色はその誰かのものなのだろう。

 でも誰だ? ……分からない。

 ――燃えている。

 音は聞こえないが、炎の規模からその激しさが分かる。

 ……どこかの神社か? 建物の雰囲気がそんな感じだ。

 視線が横に動く。

 燃え盛る建物から少し離れた場所に誰かが倒れている。……どうやら人のようだ。それも女の人。それにあれは…………赤ん坊か? 倒れた女の人の腕の中に赤ん坊の姿が見える。どちらもピクリとも動かない。

 ……なんだよ、これ。俺は……いったいなにを見ているんだ?

 その時、炎の中から男が走り出てきた。

 陰陽装(おんみょうそう)と、その背中の赤い八卦印(はっけいん)が目に映る。上級陰陽師だ。

 手には、鬼打とは違う形状の刀を持っている。……あれは、太刀か?

 男が俺を見た。正確には俺が入った誰かを見た。男はシャープな顔つきで、どこか見たことのあるような気がする。年齢はだいたい二十代後半といったところか。

 男がなにかを言っている。しかしそれも聞き取ることができない。

 その時、炎から違う影が跳び出してきた。こちらに気を取られていた男の反応が一瞬遅れる。その一瞬の隙をつかれ、男は左肩から袈裟斬りにされてしまう。

 崩れ落ちるその男を見た時、俺に言い知れぬ感情が湧きあがる。

 悲しみ、悔恨、そして憎しみ。それらが渦巻いているのが分かった。これは俺が入った誰かの感情なのか? それを俺も一緒に感じているのか?

 男を斬り伏せた人物がこっちを見た。

 ……なんだ、あいつ?

 それは人ではなかった。いや、姿形は人なのだ。だが、その額には禍々しく伸びる二本の角があった。――『(おに)』だ。

 けど、こんな『鬼』は見たことがない。角が二本あるといえば「二角(にかく)」の特徴なのだが、学校にあった写真で見た二角の姿は、もっとバケモノ然としたものだった。

 その『人型の鬼』は、男が持っていた太刀をゆっくりと拾い上げた。そして男から鞘を抜き取り、それに収める。

 そして、『人型の鬼』が俺の方に近づいてくる。……殺す気だ。それが分かった。

 背後の炎で、『人型の鬼』の顔は口元しか見えない。その口元がニヤリと笑う。

 なにかを言った。だが、聞こえない。

 そして、動けない俺の前に立ち、その『鬼』は手に持った刀を振り上げ――――。




「ぐぇ!」

 突然腹に衝撃を受けて、俺は眠りの世界から引きずり出された。

 な、なんだ!?

 驚いて顔を起こすと、自分の腹の上に乗る白いハイソックスが目に入った。そこから視線を上へと辿っていく。

 次に目に入ったのはスカートだ。それは制服のスカートで、澪月院指定のものだ。

 さらに上に視線を向けると、ブレザータイプの制服の上着。その左胸には男子と同じく『八卦印(はっけいん)』と月の文字が刺繍してある。

 そして、そのさらに上には、揺れる栗色のポニーテールと、それを携える女の子の顔。

 美少女といえば十人が十人とも納得する面立ち。まだいくらかの幼さを残しているが、それを打ち消すかの如く、小さい口の口角を少し上げ、自信に満ちた笑みを浮かべている。

 切れ長の大きな瞳は、髪の色と同じで栗色をしている。今は、その瞳を細めて俺を見下ろしていた。

 その自信は態度にも表れている。

 腰に手をあて胸を反り、いかにも上から見下ろしている雰囲気を醸し出す。しかし身長がそこまでない上に、誇張すべき胸も絶壁なのでそこまで効果があるとは言い難いのが本音だ。

 ……まぁ、それを言ったら本気で怒るから言わないが。

 俺を踏んづけている美少女の名前は、月神綾奈(つきがみあやな)という。

 俺が居候している月神家の長女で、俺と同じ澪月院の一年生だ。居候といったが、別に他に家があるわけじゃなくて、生まれてこのかた、ずっと居候状態なのだ。

 俺が生まれて、すぐ両親が亡くなったらしく、一人になった俺は、この月神家に引き取られた。だから俺には両親の記憶とかは一切ない。

 そんなわけでこの綾奈とは兄妹同然の付き合いだ。と俺は思っているんだが、綾奈の方はどう思っているのかは分からない。

 ただ、ことあるごとにこんな風に接してくれる。……悪い意味で関係は冷え切ってない。

 俺はため息をつくと、口を開いた。

「足をどけてくれ……重い」

「な……」

「聞こえなかったか? だからおも――」

「女の子に向かって重い重い言うな!」

 俺が言い切る前に、綾奈の足が再度俺の腹を狙う。

 ――危ないって!

 俺はとっさに布団を蹴り飛ばして足を回避する。深夜、せっかく内部破壊から守った腹を朝一で外部破壊されては笑い話にもならない。 

 俺は、これ以上の追撃を受けないように素早く立ち上がる。

「逃げるなー!」

「逃げるに決まってるだろ!」

「うぅー……」

 綾奈が悔しそうな顔で総真を睨んでくる。しかし、立ち上がってしまえば何の問題もない。

 綾奈の身長は俺の胸ほどしかないため、睨むとすると必然的に俺を見上げる形になる。まるで拗ねた小学生を相手にしているようで逆に可愛く見える。頭を撫ぜてやりたくなるが、以前それをやった時はいろいろとひどいことになったのでやめておく。

 俺は、そんな衝動を押さえつつ綾奈に聞いた。

「いったいなにしにきたんだ? 綾奈」

 すると、綾奈はさっきの威勢を取り戻すように両手を腰にあてると、起伏の少ない胸を反らして言った。

「朝だから起こしてあげたのよ。感謝しなさい」

「あのなー……」

「な、なによ! ため息なんかついて、失礼でしょ!」

 正直、ため息もつきたくなる。なんとなく予想はしていたが、あまりに予想通りだと逆に肩を落としたくなるものだ。

「……俺は今日、学校は昼からなんだけど」

「えっ?」

 俺が言うと、綾奈は目を真ん丸にしてポカンと口を開けた。

 やっぱり忘れてたな、こいつは。

「昼からなの! 昨日、職務実習だったからな」

「…………」

「言ったよな? たしかお前にも。夕食のときに」

 俺がジト目で睨むと、綾奈は気まずそうに視線を逸らした。

「目を逸らすな! 目を!」

「…………さい」

「は?」

「うるさいうるさい! 私はそんなの聞いてないし! ちゃんと言ってない総真が悪いのよ!」

 ……いや、俺は言ったぞ。

 夕食の時に、綾奈の方をしっかりと見て。ただ、綾奈本人はテレビの方を見ていたような気がするが。理不尽な逆ギレに内心で反論する。口に出さないのが俺の弱いところだ。どうも綾奈には甘くなってしまう。

 そんなこと考えているうちに、綾奈は再度口を開く。

「そ、それに……」

「それに、なんだよ?」

「…………」

「ん?」

 なにか呟いているようだが、声量がいきなり小さくなったため聞こえない。

「…………総真がうなされてたから」

「なんだって?」

「――っ! もういい!」

 俺が言うと同時に、綾奈は足元にあった枕を投げつけてきた。そして、さっと部屋から出ていく。

 顔に当たった枕が床に落ちるのと、乱暴に襖が閉まるのは同時だった。

「……台風みたいなやつだな」

 俺は毎度お馴染みのひとり言を呟く。

 毎朝起こしに来てくれるのは素直に嬉しい。けど、俺がセットしている目覚ましアラームの五分前に起こしにくるのはいまだに解せない。

 今日はセットしていないが、綾奈(たいふう)が去った後に鳴り響くアラームを聞くことほど空しいことはない。

 ――ま、いいか。

 不機嫌そうに出ていった綾奈の顔を思い出すと笑えてくる。あれで可愛いやつなのだ。それよりもすっかり目が覚めてしまった。もう寝るのは無理だろう。

 ……どうするかな。とりあえず朝飯食べに行くか。

 朝はいらないと言っていたんだが、一人分くらいはなんとかなるはずだ。もし無理なら食パンでも焼けばいい。

 いきなりできた朝の時間。その時間の潰し方を考えながら、俺は手始めに着替えをすることにした。


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