八.
「……まさか、気づいたの? 気づいて……でもそれでも守るって言ってくれてるの?」
「……気づいたよ。すべて分かった。……それでもお前は守るよ。だって、俺はお前の彼氏だろう? 恋人を守るのは当然だ。――その、ペンダントに誓うよ」
俺は明華の首元を見た。そこには、風と鳥の翼を模したデザインのペンダントが下がっていた。俺が、昨日プレゼントしたものだ。さっきまでは、服の中に入れていたから気づかなかったが、綾奈と戦闘している間に服から零れたみたいだ。おかげで、刀を受けた時に気づくことができた。
「つけてくれてたんだな。ありがとう、嬉しいよ」
俺は明華に向かって微笑んだ。今の言葉は、まぎれもない真実だ。俺と明華の心が、しっかりと繋がっていることが分かったのだから。
「……っ……くっ……」
明華は、地面に膝をつくと、両手でペンダントを包みこんだ。そして、体全体を振るわせて嗚咽を漏らす。明華は、これまでこの体に、大きな重荷を背負って生きてきたのだろう。それを俺はどんなものか知らない。俺には想像することしかできない。……だけど、これからは一緒に背負ってやろう。自分自身をこんな風にしてしまうまで明華を苦しめたものを、俺が少しずつでも取り除いていこう。これは俺になら……いや、俺にしかできないことだと思うから。
「明華」
俺が名前を呼ぶと、明華は濡れた瞳で俺を見た。真紅の瞳は涙で煌めいていて、子供の時にプラネタリウムで見た「バラ星雲」と呼ばれている星々の輝きを思い出した。
俺は、無言で見つめてくる明華に右手をさしだす。明華は、俺の右手に目をやってから、もう一度俺自身に目を向けた。
「総真君……いいの?」
そしてそう呟いた。しかしその一言には、多くの意味――俺が想像すらできないことも、もちろん含まれているだろうが――を含んでいるのだろう。
「もちろん。――明華、お前が『鬼』だろうが、人間だろうが関係ない。明華は明華だ。ここにいるのは、俺がこの二年間、ずっと見てきた片桐明華だよ」
俺は即答して頷いた。
明華は、目を閉じると、もう一度ペンダントをギュッと握った。まるで、俺のその言葉を、ペンダントへ、大切にしまい込んでいるように感じた。
「それにな、明華」
呼びかけると、明華は目を開けて俺を見た。
「俺だけじゃなくて、この綾奈だって同じ思いだよ」
「えっ……?」
「今日、こいつがお前に会いたがってたのは、お前と友達になりたいからだったんだぜ」
俺が言うと、明華がきょとんとした表情になる。今日一番予想外の言葉だったみたいで、俺たちに襲いかかってきた冷徹な明華の顔はどこにもなく、いつもの明華の顔になっている。俺の後ろでは、綾奈が「ちょ、ちょっと!」と狼狽している風だったが、この際だから無視した。
「喧嘩するほど仲がいいって言うけど、殺し合いをしたお前らなら親友になれるんじゃないか?」
俺が笑いかけると、今度は「う、うっさい!」と綾奈が喚いている。きっとまた顔を赤くしているに違いない。
一方の明華は、きょとんとした表情で俺を見ていたが、堪えきれなくなったのか、その表情に笑顔が浮かんだ。
「……そっか、そうなんだ。うん……そうかもね」
明華がその表情のまま呟いた。すると、
「か、勘違いしないでよね! 今日のこの騒動があったんだから、総真に言ったことは白紙よ! 白紙! 私も考え直すことにするわ! ……今夜一晩、考えて決めるから待ってなさい!」
振り向くと、綾奈が思った通り顔を赤くしながら、そっぽを向いていた。
――一晩考える。待ってろ、か。それは「明日も会ってあげるわ」という意味を込めたなんとも遠回しな、そして実に綾奈らしい言葉だ。
それに苦笑しながら、明華の方に視線を戻す。明華にも意味が伝わったのだろう。俺の方を向いて、柔和な顔で頷いた。
俺もそれに頷き返すと、もう一度、さし出していた右手を明華へ向ける。
明華もそれに答えるように手を伸ばしてきた。ゆっくりと、明華の手が俺の手へと近づいてくる。その動きはもどかしいほどゆっくりだ。しかし、俺は自分から明華の手を掴もうとはしなかった。強引にではなく、あくまで合意して手と手を取り合いたかったからだ。
明華の左手の中指と、俺の右手の中指が触れ合った。明華の手はヒヤリとして冷たい。
――もう少し、もう少しで……。
逸る気持ちを抑えて、その時を待つ。
そして遂に、明華の手が俺の手に重ねられる。あとはこの手を握るだけだ。――そう思い、手を握ろうとした瞬間だった。
「アスカ……そこまでだ」
すでに漆黒に染まった神社の境内。その闇の中から、闇より深い声が響いた。




