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鬼譚―陰陽記―  作者: こ~すけ
第三章 真実
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四.

俺は知らぬ間に呟いていた。この人と人ならざるものが交わる時間。この空の色はまさにその象徴といえる。

 神社の鳥居をくぐって、俺と綾奈は同じ歩調で石段を上がっていく。そんなに長い階段ではないのだが、上がるたびに外界と隔絶されていくような感覚にとらわれる。そんな風に思うのは、やはりここが神社という神聖な場所だからなのだろう。

 石段を上がり終えると、目の前には境内が広がる。この月ノ森神社は普段は無人だ。だが名前から分かる通り、月神一族の流れを組む神社なので敷地は広く、本殿や拝殿といった建物も立派なものだ。周囲は木々に囲まれており、西の空に傾いている太陽の光は遮られ、境内は薄暗い。

 俺と綾奈は、境内に足を踏み入れ、周囲を見回す。ほぼ約束の時間通りに到着したが、一見したところでは明華の姿は見えない。まだ着いていないのだろうか……。

「あ、あそこ!」

 そんな考えは、綾奈によって打ち消された。綾奈が指をさす方向を見ると、拝殿のちょうど正面に白い影があった。俺たちはいる場所から、ちょうど境内をまっすぐ横切った場所だ。

 薄暗いため見えづらい視界と、この特別な雰囲気の中で白い影を見たとなると、一般人なら一発で幽霊を見たと騒ぐのかもしれないが、俺たちは澪月院の学生で陰陽師の卵だ。慌てることなくその白い影に少し近づく。その輪郭がややはっきりと見えてきた。

さらに近づく。もう完全に白い影の輪郭を捉えることができた。

 拝殿の前でひっそりと佇んでいたのは、やはり明華だった。白く見えていたのは、今まさに俺たちが着ている学校の制服を着ていたせいだ。今日は学校に来ていないのに、なぜ制服を着ているのかは分からないが、とにかく明華と首尾よく合流することができそうだ。

 そう思い、俺と綾奈は境内を歩く。そしてその半分ほどまで来た時だった。

 拝殿の前に腰を下ろしていた明華がゆっくりと立ち上がった。そして、

「そこで止まって」

 俺たちに向かってそう言った。俺と綾奈は、反射的に立ち止まった。明華の声質は、固いというのを通り越して冷たかった。今まで聞いたこともない声質だ。

 俺たちを立ち止まらすと、反対に明華が少し歩み寄ってくる。そして明華は、俺たち二人から少し間を空けて歩みを止めた。

 多少距離が詰まったことで、明華の表情が読み取れるようになった。その表情は、さきほどの声と同じで冷たく固い。いつもの柔和な明華の面影はどこにもない。むしろ別人じゃないかと疑いたくなるほど違っていた。

「あ、明華……?」

 思わず名前を呼び、俺は一歩踏み出す。

「動かないで」

 次の瞬間、明華の冷徹な声がそれに制止をかける。俺はあまりのことに一歩前に踏み出した足を戻すことすらせず、そのままの姿勢で停止した。頭の中が疑問で溢れている。

 そして明華は、そんな俺をあざ笑うかのように、腰にさげた刀を抜いた。右腕を真っ直ぐに伸ばし、切っ先をぴたりと俺たちに向ける。

「あ、あんたどういうつもりよ! いったいなんの真似!?」

 隣に立つ綾奈がたまらず叫んだ。その声は動揺して微かに震えていた。綾奈も俺とまったく同じで今の状況を理解しかねているみたいだ。

「……あなたたちをここで殺す」

「なっ!?」

 綾奈が息を呑んだのが分かった。それは俺も同じだった。

 ……殺す? 殺すって誰を?

 明華の言葉は、頭を鈍器で思いっきり殴られたような衝撃を俺にもたらした。

 い、意味が分からない。……殺すって誰を? あなたたちを? ……あなたたちって俺たちか?

「……あんたそれ本気なの?」

 頭が混乱し、喋る機能さえ正常に動いていない俺より、いくらか綾奈の方が余裕はあるようだ。先ほどよりは落ち着いた口調で明華に聞く。

「ここまでして遊びだと思う?」

「あんた!」

「待て、綾奈!」

 冷静に言葉を返した明華に、怒りを孕んだ声と共に綾奈が跳びかかろうとする。それを俺は腕を出し制止した。

「総真?」

 出鼻を挫かれた形になった綾奈は、ぐっと堪えてその場にとどまった。しかし視線は明華を睨みつけたままだ。

 俺は、綾奈の半歩前に出ると、明華に話しかけた。

「明華……冗談だろ? お前がこんなことする意味がないじゃないか」

「意味は……あるわ。私は、この瞬間のために澪月院での生活を送ってきたの」

「……どういうことだよ」

「『人型の鬼』」

 俺は、明華が口にしたその言葉を聞いてハッとなる。それこそ今日俺が聞きたかったことなのだ。それが明華の口から紡がれた。

「そう! それだ! 『人型の鬼』! 明華、お前はその『人型の鬼』に追われているんだろ? なにかの理由で『人型の鬼』から逃げているんだろ? ……もしかして今こんなことをしているのもそれのせいなのか? お前は『人型の鬼』から脅されてこんなことを――」

「総真君」

 必死に明華がこんなことをしている理由を見つけようとする俺の言葉を、明華がゆっくりと遮った。今日初めて俺の名前を呼んで。

「違う……違うのよ」

 明華が首を横に振る。

「なにが違うんだよ!? 理由を言えるなら言ってくれ! 俺と綾奈がきっと力になる! お前のことを守るから! だから!」

 俺は体中に纏わりつく嫌な予感を振り払うように叫んだ。明華が首を縦に振ってくれることを願って。そして次の瞬間には、自分がなんでこんなことをしたかを話してくれることを心から願って。

 だが、現実はそうならなかった。明華はもう一度首を横に振るうと、決定的な一言を発した。

「……私が『人型の鬼』なのよ」


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