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鬼譚―陰陽記―  作者: こ~すけ
第三章 真実
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二.

 智也に話を聞いてもらい、自分の意志が固まったことで、俺は調子を元に戻すことができた。まだ明華のことはなに一つ解決してはいないのだけれど、それは俺が行動して解決すればいいと考えることにした。

 おかげで午後の授業はいつも通りに受けることができ、午前中の俺の様子を見ていたクラスメイトを驚かすことができた。そして、なんとか授業をさぼったという事実も隠すことに成功したのだった。

 すべての授業が終わり、多くの生徒が帰宅していく。俺もその生徒たちと同じく校舎をあとにする。空は少しずつ夕焼けに染まっていく。美しい時間だ。しかし、この情景が昔も今もたくさんの人々を魅了しているのは、ただ美しいだけではないのかもしれない。

 この夕焼けを越えた先には夜がある。夜は古来より魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界といわれている。人が眠りにつき、代わりに人でないものが活動する世界。夕暮れはそんな世界への入り口だ。人と人ならざるものが交わる時間、『逢魔(おうま)(どき)』。文字通り、魔に逢う時間帯。人は、自分でも知らないうちに魔に魅せられているのだろうか。だからこそ、それを感じる夕焼けに魅了されるのかもしれない。

 そんな感慨にふけながら、俺は正門へと向かって歩く。正門では、幾人かの生徒が立ち止まっているのが見える。みんな誰かを待っているのだろう。通学生のほとんどはこの正門から出ていくので、絶好の待ち合わせ場所にもなる。俺はその生徒たちの中に見慣れた人物を見つけた。周りの生徒より頭一つ分くらい低い身長と、トレードマークのポニーテール、そして他の生徒を委縮させている存在感。

「……綾奈」

 近づいて声をかけると、綾奈が顔を上げた。今日初めて見る綾奈の目には、なにかを決意したように、強い光が宿っていた。

「待ってたわ。ちょっと付き合って」

 それだけ言うと、綾奈は正門からスタスタと歩いて行く。どうやら人気のないところに行きたいようだった。

 俺は明華のこともあり、一瞬だけ逡巡したが、すぐにその後についていくことに決めた。朝から顔も合わせようとしなかった綾奈が、わざわざ待っていてくれたのだ。ついていくしかない。

 正門から校舎までの道を街の表通りとするならば、俺たちが今歩いているのは、裏路地のような場所だ。滅多に人が来ることはない。だからと言って、裏路地のように汚らしくはなく、しっかりと手入れされた芝生や花壇などが置かれている。いわば知る人が知る澪月院の秘密スポットのようなところだ。

 芝生の中を伸びる小道をしばらく歩いた後、綾奈は立ち止まった。小道の両脇には黄色や紫色の花が咲いている。残念ながら花に関しての知識に疎い俺には、花の名前などは分からないが、どれも綺麗で心が落ち着く。

 綾奈は、立ち止まって俺に背を向けたまま動かない。話の切り出し方を考えているようにも見えるし、俺から話せと促しているようにも感じる。

 昨日、こいつを怒らせたのは俺のせいだ。ここは俺から謝っておくのがいいだろう。

「綾奈、昨日はごめん。お前にひどいことを言った。……謝るよ」

 そう言って頭を下げる俺に、綾奈は背を向けたまま答えた。

「……私がなんで怒ったか、分かってる?」

「分かってる」

「……なんで?」

 俺は一歩、二歩と綾奈に近づいた。そして綾奈の肩に手を乗せる。乗せた瞬間、綾奈はピクッと体を反応させた。

「関係ないなんて言って悪かった。お前は俺のことを心配していてくれたのにな」

 もう一度謝る。すると、綾奈の体が小刻みに震え始めた。そして次の瞬間、綾奈はバッと振り返ると、俺に思いっきり抱きついてきた。俺の背中に手を回し、顔を胸の辺りに埋める。

「お、おい――」

 俺は驚いたが、密着している俺の胸と綾奈の顔の隙間からくぐもった嗚咽が聞こえてきて、なにも言えなかった。

「……ごめんな、綾奈」

 その代わりに、俺はそのきめ細やかな栗色の髪を携えた頭へ、右手をそっと置く。そして、その手をゆっくりと動かした。たぶんしばらくはこのままだろう。

 こんな風に頭を撫ぜながら、綾奈が泣きやむのを待つのはいつ以来かな。

 ふっとそんな考えがよぎる。おそらく最後にしたのは、もう四、五年は前なんじゃないかと思う。まだ綾奈が俺のことを「お兄ちゃん」と呼んでいた頃だ。

 ……そうか、そうだったんだな。

 俺はあることに気づいた。綾奈は、昔と同じことを今もしているのだ。

 綾奈はなに一つ変わってはいなかったんだ。今も昔も俺のことを慕ってくれている。家来なんかじゃなくて家族として。

 それが分かった瞬間、俺は綾奈の背中に残っていた左手を回すと、少しだけ力を込めた。

 呼び方や態度が変わっても、内面は変わらず、綾奈は俺のことを思ってくれていたのに、結局それを信じてやれなかったのは俺だったようだ。

「綾奈、ありがとう」

 俺がそう言うと、綾奈は微笑んでくれた。顔は見えなかったけど、今の俺にははっきりとそれが分かった。

 その後、数分間にわたって俺は同じ体勢で綾奈の頭を撫ぜ続けた。そして、涙がとまり、落ち着いた綾奈を解放すると、待っていたのは「な、な、な、なに勝手に人の背中に手を回してるの!? へ、へへ、変態!」だった。

 ……おい。

 言い返したいことはたくさんあるが、ここはぐっと堪える。綾奈のことをまた一つ理解したと思ったそばから喧嘩したんでは何の意味もない。

 両手で自分の体を抱き、頬を赤らめたままジト目で俺のことを睨んでいる綾奈。その姿を見ていると、逆に可笑しさがこみ上げてきた。

「くくく……あははは!」

「な、なに笑ってるのよ!」

 突然笑い出した俺に、綾奈が驚いた顔をする。

「いや、また一つ胸に引っかかったものが取れたと思うと、なんだか嬉しくてな」

 俺がそう言うと、綾奈は少し表情を曇らせた。

「やっぱり、昨日のことで落ち込んでたんだ」

「そうだな。けど、お前のおかげで元気出たよ。綾奈、昨日はあんなに酷いこと言ったのに、わざわざ待っててくれて、ありがとうな」

「お礼なんていいわ。私だって本当は待つつもりなんてなかったから」

「え? じゃあなんで」

 俺が聞くと、綾奈は頬を膨らませる。そして少しばつが悪そうに顔を背けると、

「そ、それはあいつが……立花智也がわざわざ言ってきたからよ。その、総真が落ち込んでるって」 

「智也が……」

 俺の頭にニヤリと笑った友人の顔が浮かぶ。

 ……智也のやつ、昼間の話を聞いて綾奈に声をかけてくれたのか。

 俺は、智也の気配り、配慮にもう一度心の中で深く感謝をした。あいつはやっぱり最高の友人だ。


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