第71話 横断道の異変
「こんなに貰うわけにはいかん!」
「だって、これくらいで売ってるよね?」
「そりゃ、手間賃やら諸々込みの値だ! 武器を打ったのはガラン、お前自身じゃないか!」
「でも、炉窯も使わせてもらったし、寝泊まりだって――」
「にしても、多すぎる!」
アストン工房にガランたちが寝泊まりして八日目。
ガランとアストンはその工房のカウンターで、白金貨を押し付け合っていた。
フルオーダーメイドの場合、ブロードソードとエストックは三千から五千ダル、槍は二本で千ダルほど。ダガーとハンドアックスのオーダーメイドは極めて稀だが、一般的な価格は百から二百ダル。宿泊費も、白馬館のような高級宿であれば、一晩で百ダル以上はかかる。
ガランが白金貨一枚、一万ダルを払おうとした算出根拠はそれであったが、技術料という概念が抜け落ちていた。アストンからすれば、原材料と作業場を提供しただけで白金貨を受け取るわけにはいかない。一万ダルは、一般的な庶民の年収の半分以上に匹敵する金額だ。
「じゃあさ、鉄と炭の代金、それと窯の利用料と宿泊代は受け取ってよ。大金貨七枚」
アッシュの提案に、アストンは腕を組んで首を横に振った。
「駄目だ。道中のついでとは言え、うちの師匠への使いも頼んだんだ。受け取るのは大金貨三……いや、二枚だ」
「それだと足が出てるじゃん……お使いって言ったって、アストンさんのお師匠さん――レフトルフタさんだっけ……に、ガランを紹介するためだよね? だから間を取って、大金貨五枚! これは怪我をしたお見舞い金も込みだから、これ以上は譲らないよ。ね、ガラン?」
「うんうん。その金額でも、オレたちだけ得しちゃった気がするんだから……」
「ぐぬぬぬ……」
職人の矜持が許さないのか、アストンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。しかし、見舞い金も込みと言われると無碍にはできない。アッシュは、アストンが善意の金額に多寡を付ける振る舞いを好まないと見越したのだ。アストンはひとつ息を吐き、肩をすくめて小さく両手を挙げた。
「ふう――わかった、わかった。ありがたくいただくよ」
「じゃあ決まり。大金貨五枚ね」
アッシュがポーチから大金貨を五枚取り出してカウンターに置くと、ガランは白金貨を仕舞った。
「ああクソッ、稼ぐつもりはなかったんだがなぁ。こちとらディーさんにも、泊まり込みの礼金を受け取ってもらえなくて困ったってのに……」
困り顔のアストンに、ガランも苦笑いを見せた。
「オレたちへの指導料も、研ぎ代だって言ったきり、話も聞いてくれなかったもんね」
「みんな頑固者だよねぇ。ディーさんも、ボクらと一緒に発てば良かったのにさ」
アッシュは数日前の会話を思い出すかのように、視線を上げてつぶやいた。ガランたちにひと通りの指導をしてくれたディーから、そもそもの武器手入れの理由が遠出のためだと聞き、途中までの同行を提案したのだが、ペースが合わないだろうと断られた。そのディーは昨日、早朝に工房をあとにしていた。
「ディー殿は墓参りと言っていた。――邪魔されず、墓前で語らいたかったのではないだろうか。同僚だったと話していたしな」
アインが理由を推測すると、タイガも頷いた。
「昔の仲間を懐かしむ、か。領境のトーイって街だっけ?」
「シベル横断道の近くらしいから、ばったり会えたりして。っと、そろそろ行こっか」
アッシュが皆を促すと、それぞれが別れの挨拶を交わす。
「そうだね。――アストンさん、お世話になりました。いろんな話も聞けて、楽しかったよ!」
「ああ、俺もだ。気をつけて行ってきな。うちの師匠にもよろしく言っといてくれ。機会があったらまた、な」
「「うん、またね!」」
ガランたちはアストン、マートンに手を振り、東門を目指す。途中、両替所と市場に立ち寄ったが、小麦の価格に驚いた。店主の話では去年の五割増とのことだが、トゥサーヌ周辺の移住問題の余波が感じられた。
「時間もないし、小麦はこの粉のほうを貰うよ。……うん? なんだか、生臭くない?」
ふんふんと鼻を鳴らすガランに、隣店の店主が声をかけてきた。
「ああ、それはこっちだ。魚の加工品を扱ってるからな。こいつは干した小魚を挽いた、魚粉ってやつだ。癖はあるが……安いぞ、味見をどうだ?」
「どれどれ……」
アッシュは魚粉を手のひらに落とし、舐めてみた。ガランたちもそれぞれ味を確かめる。魚の旨味は感じるが、それ以上に生臭く、ざらついて舌に残る。
「これはちょっと……生臭いね」
顔をしかめたガランとは対照的に、アッシュは瞳を輝かせた。
「巾着にいっぱい……ううん、その枡ごと買う!」
「ええー?! アッシュ、こういうの好きなの?」
ガランが呆れたように問いかけ、アッシュはにこやかな笑顔で頷く。
「まあまあ。任せておいてよ!」
アッシュは魚粉の他、魚を発酵させた調味料、魚醤も購入した。ガランたちはその生臭い物に困惑しながらも、小麦粉や干し豆、イモや根菜など、約十日分の食料を買い込んだ。
街中を流れる川や水路、隣接する水車小屋を覗き、網を投げる漁師の姿を眺め歩く。東門近くの馬車発着場で、横断馬車を見たいと思っていたガランとアッシュだが、横断馬車は既に二日前に発っているのは知っている。横断道を進めばいずれすれ違うだろうと話していた。
「横断馬車は見れなかったけど、いろいろ見れて面白かったね」
「領主様に食べさせてもらったあの異国のお菓子、あれも美味しかったよねぇ。ボク、秋になったら作るって決めたんだぁ〜」
「蜂蜜漬けも長持ちするって言ってたね。白馬館のマスの姿蒸しも美味かったよ。――実はオレ、釣り針も作っちゃったんだ」
「道中に川があったら、釣りもいいね! ――今日は関所を過ぎたとこで狩り、だけどね」
「俺とアインの腕試し、だな」
「ああ、そうだな」
抜かりないガランの準備をアッシュは喜び、タイガとアインは狩りの初陣となる、新しい槍を持つ手に力を込めた。狩場はカカラからラストールを護衛した領兵から聞いている。東の関所近くの森に、猪や鹿が生息しているとのことだ。
やがて東門の検問所に到着し、ガランたちは税の預かり証を関所手形に交換した。
「白丸が二つに、黒丸ひとつ、ばってんが三つ……うーん、意味は……なんだろね?」
アッシュは衛兵から渡された手形を見て、首をひねって考える。人数や性別、種族かと考えたがどれも数が合わない。横からそれを覗いたガランは、解読を早々に諦めた。単なる符合だと言っていた、領兵の言葉を思い出したからだ。
「ま、いっか」
アッシュがそうつぶやいて指笛を吹く。しばらくしてクーが舞い降りてきた。
「キュッキュキュ〜!」
数日ぶりに見たクーの羽根は、艶が増しているように見えた。水辺の多いグランサクソンで、存分に水浴びを満喫したのだろう。
「キュ〜?」
アッシュの肩でクーが首を傾げ、嘴でリュックを突付く。生臭い魚の匂いに気がついたようだ。
「クーまで嫌がることなくない? きっと美味しいんだからね!」
アッシュは乱暴に言いながら、クーの頭をぐりぐりと指先で搔く。加減をしているようで、クーは嫌がったりしなかった。
日が中天を過ぎた頃。ガランたちは到着した関所の衛兵に手形を渡した。
「――うん、確かに。最近は荒くれ者も多い。気をつけてな」
「はい! っと、オレたち今から獲物を狩りに行くんだけど、この近くで野営したらダメかな?」
「野営か。それなら、ほらそこ――あの場所なら構わない。ただし、何があっても我々は任務が最優先。我々を当てにはするなよ?」
衛兵は街道から外れた、あまり広くない場所を指差した。野営に使った跡がある。
「うんうん。兵隊さんは関所の仕事があるもんね。ボクら、自分たちのことは自分たちでやるから大丈夫!」
「ああ、そうしてくれ」
「「はい!」」
ガランたちは森へと入り、まずは水場を探した。マークス川支流の、さらに支流があると聞いていた通り、水場はすぐに確認できた。念のため薮に荷を隠し、更に奥へと進んだ。今回はタイガが先行して獲物を探る。ガランとアインはその補佐を、アッシュは《風の波紋》を断続的に発動しながら警戒だ。
「……ッ! いたぞ……!」
タイガの声に全員が反応、その目を確認する。山猪の成獣。魔物ではなかった。
事前の打ち合わせ通り、まずはアッシュが矢を射かける。矢は右後ろ脚に刺さり、猪の逃げ足を奪った。次いでタイガが槍を右肩に突き立てる。鋭い穂先は、そのまま肺へ到達した。短い鳴き声を上げた猪の、その首元をアインの槍が貫く。最後にガランが心臓を突き、断末の苦しみから解放した。
タイガとアインは、今までとは違う穂先のついた槍に、十分な手応えを感じていた。
「やはり手に合う……」
つぶやいたタイガはアインを見る。アインもしっかりと頷きを返した。やはりディーの槍の見立ては、確かだったようだ。
「じゃあ、オレが運ぶよ」
ガランが槍を背に戻し、猪の前後の脚を掴んで持ち上げる。百キロ近い重量のはずだが、それを軽々と持ち上げたのは、さすがはドワーフの膂力である。
水場まで戻るといつも通りの解体と保存食作りだ。日が傾く前に野営地と水場を何度か往復し、塩漬けと獣脂漬け、干し肉の作業を終えた。そして夕食の支度に取りかかる。
アッシュは鍋に魚粉を落として乾煎りしはじめた。ガランはその様子を見てつぶやく。
「それ、使うんだね……」
「もちろんだよ! こうやって煎ってしまえば、生臭いのは消えると思うんだぁ」
アッシュの言葉通り、鍋からすぐに香ばしい匂いが漂いはじめた。焼き魚のような香りに、ガランは目を丸くした。その心境を代弁するかのように腹も鳴る。アッシュは鍋に水を注ぎ、切ったイモと根菜を入れる。端肉を薄切りにすると表面をさっと焼き、それも鍋に入れて煮ていく。
次に膝下脛肉を骨付きのまま炙る。蜂蜜と魚醤を混ぜたソースを塗ったものだ。炙っては塗り、炙っては塗りと、こんがりと焼き目をつけていく。焼き目がついた頃にはもう、生臭い魚の匂いは一切しない。そうこうする内にスープも煮上がった。スープの仕上げにも魚醤をひと垂らし。アッシュはスープの味見をすると、満足気に頷いた。
「できたよー!」
完成したのは魚粉出汁の具だくさんスープ、脛肉の炙り焼きだ。
「祈りを……」
四人は精霊に祈りを捧げる。
「では、召し上がれ!」
「ありがとうございます」
ガランはまず、スープの香りを楽しむ。黄色い油の浮いた澄んだスープは、やや茶色がかっているが魚の生臭さは全く感じない。鼻腔をくすぐるのは肉の脂の香り。発酵した魚醤の酸味も極わずかに含んでいるが、嫌な感じではない。そのスープを口に含んだ瞬間、驚きが走る。控えめな塩味の中に、力強い旨味。普段食べ慣れた肉の味だけではない。白馬館で食べた、魚の柔らかな味わいが隠れていた。
そのまま具材も口に運ぶ。ホロリと崩れるイモは、絶妙な加減で煮えていた。しかも、ただのイモではない。崩れた瞬間に出汁の旨味が滲み出し、舌に広がる。ニンジンを噛めば甘みが増し、優しく出汁を引き立てた。イモのまろやかさ、ニンジンの甘さ、猪肉の脂が調和し、魚粉出汁が見事にまとめ上げている。思わずアッシュを見ると、自慢気に微笑んでいるように見えた。ガランは、この味は誇るべきだと感じ、素直に頷いた。
続いて炙り焼きを手に取る。焦げ茶色に照りが浮かぶ肉の表面。濃厚な脂を感じさせ、食欲を掻き立てられる。大きく口を開け、ガブリと噛みついた。
「んふっ……!」
ガランは鼻から息を漏らした。パリッとした薄皮が香ばしく、肉の確かな歯応えは充足感があった。肉を喰らう満足感は何物にも代えがたい。その肉には蜂蜜入りの甘辛い魚醤ソースが幾重にも塗られ、旨味を閉じ込めている。甘味と辛味が絶妙に絡み合い、ジューシーな肉汁が舌を喜ばせる。焦げた魚醤の香ばしさは鼻腔を抜け、甘さの中にあるほろ苦さが食欲をさらに掻き立てた。
「うんま……!」
隣でつぶやいたタイガの声が聞こえた。ガランはタイガにも力強い頷きを送る。アッシュはいい買い物をしたと、皆が納得した夕飯であった。
その夜。
「ピキュ! ピッピキュ!」
クーの警戒の鳴き声に、全員が勢いよく起き上がった。ガランはすぐに《地》を発動。何かの振動を捉えた。
「振動を感じる……。警戒しよう」
ガランはそう言って、熾火になっていた焚き火からランプに火を灯し、関所の衛兵の姿を確認する。関所の篝火の下、衛兵たちの様子に変わったところはなかった。
「木が多過ぎて、《風の波紋》はまだ届かない。――けどこの音、馬……かな?」
アッシュの言葉に耳をすませば、遠くかすかに蹄の音が聞こえた。
「この時間に馬か。一応、兵隊にも伝えてこよう」
タイガが衛兵に伝えに行き、会話を交わす。不審がっていた衛兵たちだが、はっきりと聞こえはじめた蹄の音に、警戒をあらわにした。
やがて、アッシュの《風の波紋》が動く馬を捉えた。
「やっぱり馬が一頭だね……魔物じゃなきゃいいけど……」
ガランたち四人も槍と弓を構える。
灯りの届かない街道の暗闇から不意に、馬の姿が浮かび上がった。
「か、火急だ! 俺は横断馬車隊の、ず、随行兵! 横断馬車が、お、襲われた! 助けを、助けを頼む……!」
馬上からの要請を、ガランたちは驚愕の眼差しで聞いたのだった。
貨幣再掲。
銅貨=1ダル
銀貨=10ダル
金貨=100ダル
大金貨=1,000ダル
白金貨=10,000ダル
現代日本円換算で1ダル=100円です。




