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ガランとアッシュの旅路  作者: 玲 枌九郎
第五章 領都到達 —水の都・グランサクソン編—
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第70話 備えある者、備えなき者

「足を戻して両足跳び〜」


「いっちにー、さんしっ! 開いて閉じて、開いて閉じて! いっちにー、さんしっ! ごーろっく、ひっちはっち」


「腕と足の運動〜」


「いっちにー、さんしっ! ごーろっく、しっちはっち――」


 アッシュが動きを指示し、ガランが掛け声をかける。

 ガランたちの朝の日課、アッシュが言うところの『ラジヲタイソー』こと、ラジオ体操だ。工房の裏庭で、いつものガランたち四人に加え、アストンとマートン、そしてディーも身体を動かしている。


「――最後に深呼吸〜」


「スー……ハー……スー……ハー……。うーん、気持ちいい!」


「やっぱり朝はこれだよねぇ」


「うんうん。――ところでアッシュ」


 ガランが軽い調子で問いかけると、アッシュもにこやかな笑みを見せて聞き返す。


「うん? なに?」


「いつも不思議に思ってたんだけど……なんで腕と足の運動だけ二回やるの?」


「え? んん〜……? なんでだろ? ま、まぁいいじゃん!」


 そんな会話を交わす二人を横目に、ディーは軽く腰をひねって小さく頷いた。


「…………エルフ流身体ほぐしの効果。――侮れん」


 その横でアストンも同意を示す。


「まったくだよ。朝から身体が軽くなるし、何より気分がいい。――気分がいいといえば今日だなぁ、横断馬車が発つのは。ようやく小蝿もいなくなるってか」


「…………ふん。おそらくな」


「しかし、ずいぶん足止めしちまった。――すまんな、ディーさん。でも心強かったよ」


「…………ふっ。たかだか六日。気にするな」


 ガランたちの泊まり込みも六日目を迎えた。ガランがエストックから順に作ってきた武器は、残すところ自身のハンドアックスの仕上げのみとなっていた。

 最初に剣から作ったのには理由がある。ハンドアックスは薪割り斧、ダガーはナイフと同じ感覚で扱える。が、剣はそうはいかない。少しでも扱いに慣れてほしいという思いから、ガランはエストックを最初に作ると製作計画を伝えた。それを受けて、ディーが武器の鍛錬指導を買って出た。本人曰く、滞在中の暇つぶしとのことだが、善意であることは間違いない。

 今日もその指導を受けるため、ガランを除く三人は裏庭でそれぞれ武器を構え、身体を動かし始めた。


 まずはアインのエストック。構えと突き、足さばきと踏み込みの反復だ。すり足とステップを使い分け、右半身で構えるアインの姿はだいぶ様になってきていた。アインは立ち位置を変えつつ、軽く突きを織り交ぜる。

 次にタイガのブロードソード。こちらも基本は右構え。脇を締め、腰の回転と腕の振りを合わせる。肩、肘、手首を柔らかく使い、剣の重さを生かすように腕をしならせるだけ。タイガは重心を意識しながら、剣先を周囲に滑らせる。

 タイガもアインも、大きく踏み込むこともなければ、振りかぶるような大振りもしない。剣を扱うのは主に閉所。近接特化で十分なのだ。そもそも中距離が保てる場所なら、槍のほうが優れている。

 そしてアッシュのダガー。こちらはもっと極端だった。足さばきはステップのみ。左右、後ろには跳ぶが、前には出ない回避重視。ダガーをチラつかせ、距離を取りさえすれば、中距離以降は弓の独壇場だ。アッシュはダガーの刃先が常に体の外に向くように注意しながら、軽やかにステップを踏んだ。


 ディーは三人に、敵を倒す技ではなく護身の技を指導した。素人が剣を振り回しても、そう簡単には当たらない。それどころか、大きな動きはかえって隙を生むだけだ。まずは無駄のない構え、安定した姿勢、スムーズな運足を身体に馴染ませる。そして次に、牽制。コンパクトに構え、切先を細かく揺らして相手を近づけさせない。最優先すべきは負けないこと。逃げることは決して恥ではない。

 安全面を考慮したディーの提案で、三人の武器はまだ研がれていない。ガランがいればいつでも研げる。扱いに慣れてきてから、少しずつエッジを立てていく予定だ。

 三人は、ガランがそれぞれの体格や手に馴染むよう仕上げた装備を手に、仮想敵を思い浮かべながら基礎の反復を繰り返した。


「あは。何度想像しても、逃げる動きは追いかけっこかな……!」


 そうつぶやいたアッシュの脳裏を『記憶』がかすめる。


『鬼さんこちら……手の鳴るほうへ……』


「あれ、これって……」


 しかし、そのメロディはすぐに霞む。アッシュはステップを止めそうになったが、すぐに思考を切り替えた。ディーから指導を受けられるのは明日まで。それまでに鍛錬方法を身に付けなければならない。追わなかった記憶は、意識の奥へと沈んだ。


「――ま、いっか。跳びながらでも風の波紋(リプルス)を放てるように、タイミング合わせてみよっと……」


 アッシュが独り言をつぶやいている頃、ガランはマートンと一緒に炉窯で鉄と格闘していた。


「――オレとマートンさんじゃ力加減が違うけど、鉄の加熱温度は一緒だよ」


「色、だよね?」


「そうそう。ムラがあると、思ったように形は変わってくれないからね……っと。火床を均すときも気をつけるといいよ。ふいごで熾らせて、鉄の厚いとこを多めに――こんな感じ」


 ガランがふいごを押し吹き、火掻き棒で火床――燃える炭の厚みを変える。


「ずっとふいごで吹いとけば早いんじゃ……」


「ダメダメ! 肉を焼くときと一緒だよ。強火だと表面は焦げて、中は生焼けでしょ? 鉄もじっくり焼かなきゃ!」


「鉄と肉が一緒……それじゃ料理人も鍛冶が……?」


「例えだよ、例え」


 ガランはマートンとの微妙に噛み合わない会話をしながら、焼き入れと焼き戻しを済ませる。粗熱が取れたところでハンドアックスを手に、裏庭へと向かった。


◇ ◇ ◇


 一方その頃。東区にある横断馬車の発着場では、慌ただしく出発の準備が整えられていた。


「あのう……その、そちらの出発はまだで?」


 アイダ領から来ていた荷運び人夫が、揉み手と猫なで声で護衛騎士に尋ねた。護衛騎士はその男を鼻にも掛けず、冷たくあしらう。


「こちらはこちらで運行している。構わず出立すればよかろう?」


「いや、ま、そうですね。――チッ……おい、出るぞ」


 男たちの荷馬車は五台。御者台にひとりか二人ずつしか乗車していない。八人で五台の馬車運行。他に人の姿はなく、明らかに手薄だとわかる。

 男たちは手綱を打ち、ゆっくりと発着場を離れた。


「グロンダン家の荷馬車ですか。さすがに目に余りますね」


 発着場の衛兵が近付き、ややへりくだった口調で護衛騎士に話しかけた。騎士は王家の家臣。領兵の一部門でしかない衛兵とは立場が違う。


「護衛を雇わず領外の通行を許可した、アイダ領の問題と割り切るしかあるまい」


「アイダ領主はヴァレンタイン公の派閥ですしね。――しかし、隣領までとはいえ、横断馬車の護衛を当てにするような荷運びは……。私は感心できませんね」


「さて、な。――では我々も最終確認に取り掛かる。出立は昼九つ正刻、乗客は十二名で、随行馬車は二台だ」


「共有しておきます。――お邪魔をいたしました」


 横断馬車の運行は、サクソン領、アイダ領、ヴァレンタイン領の三領主家と王家によって運行管理されている。

 王家は騎士を派遣して馬車の運行を助け、各領主は騎士との行軍訓練として、領兵を随行させる。馬車運行の主目的は軍事訓練なのだ。しかし、ただ兵を移動させるだけでは費用がかさむ。乗客、荷主から運賃を取り、客を重要人物に見立て、護衛の訓練も兼ねる。荷は兵站の扱いだ。


 グランサクソンの乗合馬車も同様であった。馬と馬車の所有は貴族にとっては当たり前。有事の際に兵を送れないとあれば、高貴なる義務が果たせないからだ。その馬車を乗合馬車として、領都民に安く提供する。馬が養えればいいので運賃は最低限に抑え、領都民を動かすことによって経済も動かす一石二鳥の施策。領主サガナス・サクソンは案外したたかだった。


 横断馬車隊は昼九つ正刻、いつもの定刻より一刻遅れてグランサクソンを出発した。

 その二日後、宵五つ刻。急を知らせる使者がサクソン邸へ駆け込んだ。


 それは横断馬車隊からの救難要請であった。

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― 新着の感想 ―
馬車についての説明が興味深かった。 物語に出てくる一つ一つの事象をいつも丁寧に説明されている点にいつも驚かされます。 こういう知識の積み重ねが作品にさらなる深みを出していると思います。
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