第57話 後悔と教訓
ガランたちはオオヒグマとの戦闘に辛くも勝利した。しかしその直後、ガランは気を失って倒れる。今は提供された飯場宿舎の一室に寝かされ、アインが看病に付いている。
アッシュとタイガは食堂の一角にいた。ラストールとアダモスも同席し、領兵の到着を待っている。他の鉱夫たちは一部だけが外に、多数はまだ局舎で待機している。
その食堂の扉が開き、オラバウルが姿を現した。
「ふぅー。骨が折れた――」
オラバウルはそう言いながらテーブルに近付き、椅子を引いて腰を下ろすと言葉を続けた。
「――首だけは落とした。血の匂いは残っちゃいるが、どうせこの辺りの獣は逃げちまってる。後は領兵に任せよう」
オラバウルがアダモス、そしてラストールへと視線を投げかけると二人も頷いて首肯し、ラストールが口を開いた。
「ご苦労だったね、オラバウル。いや、それよりもアッシュ君とタイガ君だ。もちろんガラン君とアイン君もだが、魔物の足止めどころか倒してしまうなんて……。改めて礼を言おう。ありがとう」
そう労いの言葉を受けたアッシュは、一度ラストールを見たがすぐに視線を落とした。口を固く引き結び、無言のまま小さく頷く。ガランへの心配からか、冴えない表情のまま俯いている。
アッシュのその表情を見て、タイガが静かに皆に告げた。
「アッシュも戦闘で疲れてます。領兵が来るまで少し休ませてもいいでしょうか?」
「もちろんだとも。君たちは疲れて――」
ラストールはアッシュに近付き、その肩を叩こうとして思い留まった。アッシュがエルフの少女だから躊躇ったのではない。おそらく今、アッシュにラストールの言葉は聞こえていない。タイガに任せたほうがいいと判断したのだ。
「――必要なものがあれば、遠慮なく言って欲しい」
ラストールは行き場を失った手でタイガの背を叩き、アッシュの離席を促した。
「ありがとうございます。俺はすぐに戻ります。――アッシュ、行こうか」
アッシュは黙礼すると力なく席を立った。タイガはアッシュの隣を黙って歩く。
あてがわれた部屋は、二段ベッドが二つ置かれた四人部屋だ。部屋に入ると二段ベッドの下段にガランが寝かされ、アインは椅子に座っていたが、入ってきた二人を見て立ち上がった。
血塗れだったガランの身体は、寝かされる前にアッシュとアインの手によって清められ、傷も処置されている。細かな擦り傷、切り傷は無数にあったが、大きな傷は右の額に一本走った爪痕のみ。跡は残るかもしれないが深刻な傷ではなく、骨も折れている箇所は見つからなかった。しかし頑強なドワーフだからこそ、この程度で済んだのは明らかだ。
アッシュはベッドに近付き、眠るガランの顔を見ながらポツリとつぶやいた。
「――ボク、きっと『天狗』になってたんだ……」
タイガとアインは『天狗』の意味がわからず、視線を交わす。口を開きそうなタイガの腕をアインが掴み、小さく首を振った。口を挟むべきではないと。タイガとアインは黙ってアッシュのつぶやきを聞いた。
「ガランとボク、今まで何でも上手くいったんだ。クーもいたし。――いつも通り、ガランと一緒なら、きっと上手くいくって……思って……」
アッシュは左手をぎゅっと握りしめた。
「もっと、考えなきゃ……考えなきゃいけなかったんだ。――ガランが……ガランが怪我する前に……もっと、もっと……考えなきゃ駄目だった――ボクの」
アッシュはガランの胸元で光る、揃いの首飾りのプレートを右の人差し指でなぞった。
「――ボクの、大事な友達なのに」
アッシュが固く握りしめたその左腕で目元を拭う。
タイガは兄リョウガから聞かされていた危惧を思い出す。
世間知らずで、危うい二人――
『――世間知らずだし、舐めた人とかスレた人は止めてあげて。でないと危ない……あんたたちがね』
それはトゥサーヌの白フクロウ亭で、カミーラが危惧してリョウガに伝えていたことだ。
事実、当初逃げを考慮していたタイガの考えは変更を余儀なくされ、自身を危険に晒した。カミーラの危惧は正しかったといえる。
そしてアインもまた、廃坑でのアッシュとの会話が脳裏をよぎった。
『二人とも、やはり大人だったということか』
『大人かぁ。でも大人って、なんなんだろうねぇ』
大人の条件は、年齢ではなかった。
アインはそう直感し、後ろからアッシュの身体を抱いた。そして耳元で囁くように告げる。
「アッシュ。自分を責めては駄目だ。ガランと二人で決めたのだろう?」
アッシュは力なく頷く。アインは言葉を続けた。
「それならば、ガランが目覚めてから二人で話さねばならない。少しでも傷を癒すために今は休まなければ。二人とも、な」
「うん……」
アインはアッシュの手を引き、向かいのベッドへ座らせる。
「ガランなら大丈夫。発熱もしていないし呼吸に乱れもない。きっと疲れただけだ。――私とタイガは外にいるから安心して休むといい」
アインはそう言うとアッシュの前髪を横に撫でてにっこりと笑みを見せ、困ったふうな顔をしているタイガの手を引いて部屋を出た。アインは歩きながらタイガに告げる。
「タイガ、私たちのミスだ。二人から目を離すべきでは……なかった」
「そう、だな。ガイド……いや、護衛ってのは難しいな。俺たちは冒険者だ、なんて大見得切っちまったが――冒険者ってのは……遠いなぁ」
タイガもまた自らを反省し、ひとつ息を吐いた。
タイガとアインが食堂に戻ると、ラストールらが今後について話し合っていた。
「――魔物に追われた獣が戻る前に柵を強化しよう。鉄のイバラだったか、そいつを巻き付ける杭を打っておけば、今よりは安全だろう。可能なら新しい鉱脈を見つけるためにもう少し西まで」
ラストールの提言に、アダモスとオラバウルが頷く。
「じゃあ採掘を止めて伐採だな。獣もすぐには戻ってこんだろ。戻るのは早くて十日、いや七日ってとこか」
アダモスがそう言えば、オラバウルも顎髭を撫で、仕方なさげに口を開いた。
「鉱夫から木こりに職変えか。ま、それも仕方ない。ラストール支局長、斧の手配は頼んだ。ツルハシじゃ木は切れん」
「近隣の村から一時的に徴収しよう。またネロスに走ってもらうが……鉄のイバラの件もあるし、領主のサガナス・サクソン公爵閣下に書簡も出しておこう」
ラストールの言葉を聞いていたタイガの脇を、アインが肘で突いた。
「タイガ。アレを伝えてしまおう」
「アイン、アレは発つ時にと――いや、注目される前に、ってことだな?」
「ああ。オラバウル殿もおられるし、伝えるなら今だと思う」
タイガとアインは小声で話していたつもりだったが、名前が出たオラバウルがその小声を聞き逃す訳はなかった。
「ん? なんだ? 今、名を呼んだか?」
こうなっては黙っている訳にもいかず、タイガが苦笑いしつつもオラバウルに、そしてラストールへと視線を向ける。見られたラストールが視線でタイガに問いかけると、タイガは口を開いた。
「ここに来る二日ほど前ですが、俺、あいや、私たちはある物を見つけまし――」
「その前に」
タイガが言い終える前にアインが口を挟む。
「タイガ少し待って。話の前に――ラストール支局長殿、私たちはこれ以上の騒ぎを望んでおりません」
アインが言うこれとはガランとアッシュが魔物、それもオオヒグマの魔物を倒したことだ。ラストールはそれを察し、アインの目を見て先を促す。
「私たちが見つけた物のことを、可能であれば伏せていただきたいのです。できれば魔物のことも、なのですが……」
アインの言葉に訝しむラストールは曖昧に頷く。
「見てみねば確約はできんが……。騒ぎになる物、か?」
「はい。ご覧になった後で構いません。ご一考を」
「ふむ。わかった」
「ありがとうございます。――タイガ、オラバウル殿に」
アインがタイガに視線を送ると、タイガはポーチから手ぬぐいを取り出してオラバウルに渡した。廃坑で発見した聖銀を包んでおいたものだ。
「これです。騒がず、頼みます」
「ん? あ、ああ。――どれどれ」
オラバウルは畳まれた手ぬぐいを開いて中を見る。
「あぁ、こりゃ自然銀だ……ん? ――まさか……!」
根状結晶を摘み上げ、確認のために地で叩いたオラバウルの目が見開いた。
「その根を無数に見つけました。そしておそらく――脈も」
アインの言葉でオラバウルが驚愕する。ラストールとアダモスは意味がわからず、ただオラバウルが摘む根を訝しげに見ていた。
「ラストール支局長殿。オラバウル殿はその根が何か、ご承知いただいたようです。私たちはここを立ち去る時にお話をしようと考えておりました。ですが、魔物討伐で騒がれ、その根でも騒がれるとなれば私たちの手に余ります。どうかお静かに。――オラバウル殿、それは聖銀に間違いはございませんか?」
アインがオラバウルに確認するように問うと、アダモスが両手をテーブルに付き、椅子から立ち上がる。
「まさかッ!」
ラストールは驚きつつもオラバウルが持つ根――聖銀からオラバウルの瞳へと視線を移して改めて問う。
「本物……なのか?」
オラバウルがラストールへ向けて頷きを送った時。食堂の扉が叩かれた。オラバウルが素早く聖銀を包み直し、懐へと仕舞ったと同時に扉が開かれる。
現れたのはヨゼフであった。
「ラストール支局長、サクソン領兵団が到着いたしました」
「わかったすぐ行く。――皆、ひとまずその話は後。アイン君、君の申し出は受ける」
ラストールは素早くそう告げるとアイン、タイガに視線を合わせて力強く頷き、他の者を外へと促した。タイガとアインも顔を見合わせ、大きく息を吐いた。




