第23話 二度目の旅立ち
風の冷たさも和らぎ、雪解けを急かすかの如く日差しも暖かみを増してきたソウジュの里。間もなく春が訪れようとしている。
レンフィールドは結局、アッシュの旅立ち後に里の皆へ告示をすると決めた。アッシュが発った後に『ドワーフ族との親善使節団』を派遣したと伝えることで、水面下で派遣する国勢調査隊の偽装を兼ね、不自然さも消せると判断したのだ。ガランにセミュエンの情勢を口止めしたのが幸いした形だ。各地区の長老や地区長、自警団で混乱を短期間で収める手筈となっている。
そして。リリアン宅にレンフィールドとジローデン、両名から伝言を託されたケビンが使いとして訪れていた。
「――わかったわケビン。すぐに皆で向かいましょう。ガランも火の工房の前にまずは屋敷に同行してね」
その言葉でアッシュも内心で覚悟を決める。今日、リリアンらに旅立ちを話すのだ。恐らくマリーも屋敷に呼ばれているはず。横に立つガランと視線を合わせ、互いに小さく頷き合った。
ガランは銘板と空になってしまった背負子を背負い、アッシュはクーを肩に乗せて外で待つ。皆も防寒ローブを纏って家を出る。屋敷へと向かう道中、普段であれば賑やかなガランとアッシュが言葉少なく歩く姿に、ついケビンが軽口を叩く。
「二人共どしたー? 見習いが取れなかった俺に気ぃ使ってるか? 俺は春になればすぐにでも昇格して見せるぜ? ハハハ!」
「ケビンはお気楽ね」
ロビンがそんな兄に呆れつつも、これから屋敷で話されるであろう内容の心当たりを思い返していた。
「キュッホホー」
意図を理解してか知らずかクーも鳴く。
リリアンもロビンと同じく心当たりを考え、すぐに思い当たったが言葉には出さない。歩く皆の姿を優しく見守る。
火の工房に差し掛かると、表で待っていたジローデンが右手を上げ、皆と合流する。ガランとアッシュはジローデンに頷き、無言のまま族長の屋敷へ足を進める。ひとり訝しむケビンをよそに。
屋敷に着くと、一同を代表してリリアンが訪れを告げ、出迎えたレンフィールドに促されホールへと入る。中にはマリーの姿があった。驚いたのはここでもケビンただひとり。
「今日はこちらで話しましょうか」
レンフィールドはそう言うと左から二番目の扉を開け、皆を促す。そこは普段、長老会議で使われる会議室だ。それぞれが椅子に座るのを見計らい、レンフィールドは静かに切り出す。
「ではアッシュ。あなた自身の口で皆に話を」
「はい」
アッシュはマリーから順に、皆と視線を合わせていく。最後にガランと目を合わせる。ガランが静かに頷くのを見て、もう一度マリーに視線を戻してようやく口を開いた。
「母さん。約束通り、レンフィールド族長の許可を得ました。私は外の国を見に行きます」
マリーは優しく頷く。隣でリリアンも頷いている。ロビンも遅れて頷きを送る。やはりケビンひとりだけが驚きを隠せずにいた。
「ケビン。ううん、みんなにも黙っててごめん。ボク、どうしても外の国が見たいんだ。だから――」
アッシュはマリーとの約束やレンフィールドに課せられた条件のことを話し、皆に自分が狩人になりたかった理由を伝える。ガランと共に里を出るが、ガランがいなくとも外に出ただろうとも伝えた。
「私はアッシュがうちに来た時からわかってたわ」
意外なことにロビンが一番に同意を示した。
「……だって、ジローデン先生と同じ目をしてるんだもん」
「血の繋がりはありませんよ? 誓いましょうか?」
何故かどうでもいい弁解をしてしまうジローデン。呆れるレンフィールド。
「……ジローデン先生。そういうことじゃないと思うわ。外に出た者……いいえ、出る覚悟がある者の目、かしら?」
マリーの問いにロビンが頷く。
そしてリリアンも同意を示す。
「そうね。私もそう思うわ」
「だから……ガランがどうこう言うつもりもないし、二人にそういうのが決定的に足りないのもわかる。友情はあるけど、ね」
「婚約はそもそも無理だったとロビンにも指摘されてる気がするわ……」
レンフィールドは思わず小声でつぶやいた。ジローデンは苦笑いである。それに気づかずケビンも話す。
「そうかアッシュが……。俺はロビンが言う、そういうのが何か知らねーし、よくわかんねーけど、一人より二人のほうが生き延びられるのはわかるな。マクレンはムカつくこともあっけど……やっぱ頼りになる。そこは狩人と似てるってね。それにクーもいるし。な?」
「キュッ!」
またもタイミング良くクーが鳴いた。
アッシュはその後の数日間、アッシュはマリーの家で「最後の手伝い」に明け暮れた。それは母から娘へ、あるいはひとりの元女狩人から次代へ、里の知恵と想いを血肉に変えて受け継ぐための、静かで暖かな時間だった。
そしてガラン。彼もジローデンと泊まり込みで自身の槍を仕上げる予定で火の工房へ来ていた。先ほどジローデンと共に、明日から始まる鍛冶の準備を終えたところである。
「ガラン、お疲れ様でした。今日は『ドワーフ流』で食事しましょうか」
ジローデンはそう言って準備していた食材と枡樽、それから大きな鉄板をガランに見せる。
「ドワーフ流って……あ!」
「そう。鉄板焼きです。食べてたでしょう?」
意図せずガランの腹が鳴る。
ドワーフ流の鉄板焼きは豪快だ。食材などまず切らない。イモや人参を皮も剥かずに葉で包み、かまどの灰に埋める。鉄板の上には塊肉が鎮座し、表面をこんがりと焼き、焼けたところからナイフで削ぎ落として塩で食う。いつもと違うのは岩塩とハーブソルトが用意してあることと、ソーセージ、チーズがあることだ。
問答無用の肉尽くし。焼けた肉を切ってはナイフで口に運ぶのだ。口元を切る間抜けはドワーフにはいない。
そして食べては語る。味の感想をその場で伝えずにはいられない。酒があれば酔いも手伝って口がよく回るはずだ。
そんなドワーフ流をジローデンもよく知っていた。普段なら食事中ほとんど口を利かないエルフが、ガランと共に肉をナイフで喰らい、肉談義から鍛冶談義も交え、語る。イモが焼き上がれば二つに割り、チーズを乗せて片方をガランに差し出す。人参が焼ければ鉄板に溢れた肉の脂でさらに炙って塩をかけ、これも半分に割り共に喰らう。
エルフが『相手の思いを感じとる共感の優しさ』であれば、ドワーフは『相手と共にある共有の優しさ』なのだ。大きくは変わらない。
「ローランドの……ロランの話をしましょう」
かまどから漏れる火に照らされながらジローデンが切り出す。
「はい」
ガランは懐から祖父の銘板を取り出す。
「裏面の一番上をご覧なさい。もう、読めますね?」
「ガーランド……オレの名前はガーランドなんですね?」
「ガラン、でいいのです。あなたはロランや他の皆から『ガラン』と呼ばれたのですから。呼び名を捨て、新たに変える必要はありません。あなたは『ガラン』です」
「はい!」
ジローデンの優しい微笑み。ガランも力強く頷く。
「その銘板にロランの他、私が知っている名が二つあります。少し珍しい名なので恐らく間違いありません」
ガランはジローデンを見て頷く。
「まずひとり目。ヴィシュカルマン。南部の小国、イスード王国にいたドワーフです」
「ヴィシュカルマンさん……」
ガランは銘板で名を探す。あった。
「そして二人目がルフター。ここシベル王国の東部にある街、スカッチに住んでいたヒト族の鍛冶師。ですが恐らく、もう故人です」
「ルフターさん……」
またも銘板を探す。こちらもあった。
「ヴィシュカルマンとルフター。この二人に共通するのは鍛冶師。そして……彼らの師の名前が、ローランドだということです」
「爺ちゃんの……お弟子さん……」
「私はルフターの口利きでヴィシュカルマンに出会い、鍛冶を教わりました。度々ローランド、ロランの名も聞かされたものです」
じっと炎を見つめ、語るジローデン。
ガランはジローデンの横顔を見つめる。やはり祖父を知っていた。それも孫弟子。
「遅くなって申し訳ありません。ガラン、私は恩人である大師匠の孫、同じ師弟筋とも言えるあなたに、生きて師のことを知ってもらいたかった。――騙すような真似をして、すみませんでした」
ジローデンは詫びる。しかしガランは感謝こそすれ、怒ってなどいない。慌てて止める。
「や、止めてください! ジローデン先生! オレは感謝しかしてません! それに」
ガランは言葉を切り、ジローデンと視線を交わす。
「一緒に槍を作ってくれるんでしょ? 同じ弟子として」
ガランの問いかけにジローデンも微笑み、頷きを返す。
「ええ。もちろんです。共に鉄を打ち、夜は共に語りましょう」
それから三日間。ガランとジローデンは寝食を共にしながら昼は鉄を鍛え、夜はロランのことを語り、槍作りに励む。
鉄を打ち、伸ばし、鍛え、鋼とする。
鍛えた鋼で穂先と石突きを作り、繋ぐ。穂先は菱形を引き伸ばした諸刃に仕上げ、石突きは短い四角錐。重量のバランスを見て柄は樫で作り、中央の握りは布革をきつく巻いて膠で貼り付けた。
仕上がった槍で立会稽古を行い、揃って工房裏で水浴びまで済ませたら、最後の食事としてまたもドワーフ流。そのまま野外で炭火の網焼きを行っていた。
そこに現れたレンフィールド。口元が汚れるのも構わずドワーフ流の仲間入りを果たした。けして匂いに釣られた訳ではないと思いたい。
そんなレンフィールドが、口元と手を濡れ手ぬぐいで拭いながらガランに話しかける。
「――ガランはその、銘板の意味は知っているのかしら?」
「意味……やっぱり身の証ですか?」
「それもあるわ。でも我らエルフと同じであれば――本来は墓標、かもしれない。我らは木で作り『聖域』に埋め、そして自然に還るの。ドワーフであれば恐らく『地脈』へと還る。あなたが言っていた『寝床』と呼んでいた氷室こそが、本来埋める場所だったのだと私は思うわ」
最後に眠りにつく場所だから『寝床』。だからこその聖域。恐らくそうなのだろうとガランも頷く。見送った爺さん達もまた、そこに眠っているのだ。祖父が眠らずにガランに託した理由も朧げながらわかった気がした。ならばいつか――。
ガランがそう想いを胸に抱いた時、ジローデンが静かにガランに告げる。
「いつか……」
図らずも重なる言葉にガランもジローデンを見つめる。
「いつかまた、今度は酒を酌み交わしながら、また食べ、語りましょう。ガラン」
その言葉にレンフィールドも頷く。それが嬉しくてガランも元気良く返す。
「はい! いつか必ず!」
数日後早朝。まだ日も出ていない曙の空に向かう影。大きな荷と革服にローブを纏って東へと旅立つ二人の姿。その後ろから見送る家族と大人達。いつしか日が昇り、朝の光が二人の姿を見えなくさせるまで手を振ったのだった。
お読みいただいてありがとうございます。
アッシュが旅立つ直前の家族だけで過ごすシーン、二人で旅立つ別れのシーン。
言葉にできない、家族にしかわからない思いがきっとあったと思います。
さてついに旅立った二人。第二章もう少し続きます。




