第14話 それぞれの力
「なんか騒がしかったねぇ〜」
「お騒がせしちゃった……」
精霊に選ばれたガランとアッシュ。あれから十日ほど騒がしい日が続いた。
まず、ガランがレンフィールドに聖銀の飾りを贈ったことで、『聖銀がガランとドワーフ族からの友誼の証として、エルフ族に贈られた』、と里の民の前で告示せざるを得なくなった。
そしてガランとアッシュの二人が精霊に選ばれたことを知り、精霊銀に触れれば精霊に選ばれるのではないかと噂が回ってしまう。そのため翌日からガランの外出はレンフィールドにより止められる。
翌日夕刻。ジローデンが、アッシュより先に火の工房で多数の職人が既に触れていたと、触れた職人達自らに誓いの証言をさせることで噂は否定されたが、今度は身に着ければ選ばれる、と話がすり替わる。
しかしそれも、ガランが初めから礼として贈るつもりの相手であった、リリアンとロビンが飾りを身に着けていたことによりすぐに否定された。リリアン、ロビン共に精霊に選ばれておらず、身に付けても選ばれることはなかったのだ。ガランは、ジローデンとクラックスら狩人三人にも贈る準備をしていたのだが、これもレンフィールドに止められた。騒ぎが収まるのを待てと。
「みんなの精霊大好き、って気持ちはわかるけど。聖銀を使って選ばれようって、そんな勝手な考え。精霊は好きかなぁ」
とある作業場の手伝いをしていたアッシュが、思わず漏らしたその言葉が里の皆に徐々に伝わり、噂はようやく沈静化した。
そして昨日、ガランは『客』から『里の友』として扱いが変わることとなり、今日から外出が許可された。
とはいえ話題の渦中にあった二人である。揃って地区内を歩き、好奇の目が再びガランに向くのをアッシュが嫌って、今日は狩人達と共に獲物が取れた時の荷運び要員として森に付いてきていた。
アッシュは背に弓と矢を、ガランはピッケルを手にしている。二人の腰には蔓を編んだ籠もぶら下がっていた。
狩人チームは見知ったクラックス、ケビン、マクレンの三人。
「ま、すぐに皆馴れるさ。悪いことをした訳でもないしな」
クラックスはそう言ってガランを見る。
マクレンも機嫌良く二人に告げた。
「そうだよガラン、アッシュ。今日はのんびり、とはいかねーけど、森の恵みを持って帰ろーぜ」
「『見習い』が取れたマクレンは余裕かよ。余裕ブッこいてっと俺にすーぐブチ抜かれっぞー?」
ケビンが悔しげにマクレンに言う。レンフィールドの語りが功を奏したのか、マクレンは無事『ひよっこ』へと昇格していた。先を行かれる形となったケビンは対抗心を燃やしていた。秋がもう少し深まれば禁猟の時期に入る。それまでにクラックスからの評価を得ねば、来年まで持ち越しとなってしまうかもしれないのだ。
「あ、ムカゴだ! クラックスさん、採っても良い?」
アッシュが目敏く蔓に成る瘤を発見する。
「ああ、いいぞ。その蔓はヤマノイモだ。ガラン、根っこまで辿って掘ってみるといい」
「はい!」
「やった!」
アッシュは瘤を採り、ガランは根を掘る。それほど時間をかけずヤマノイモを掘り当てた。長さはないが太さは手首ほどある。
「これ食べれるのかー。知らなかった」
ガランはまじまじとムカゴとヤマノイモを眺め、自身の籠に入れる。
「このムカゴ、茹でて塩付けて食べると美味いんだぁ〜。あ、アケビだ」
ムカゴとヤマノイモを採り終え、歩きだすとすぐにアケビを見つけるアッシュ。
「アッシュは目がいいな。ケビン、こういうのも評価かもしれんぞ?」
クラックスはアケビを採るアッシュに苦笑いしながらも素直に褒め、ついでにケビンも焚き付ける。
「くっ……。アッシュには負けらんねー!」
「これは知ってる! クコウの実!」
ガランも葉に隠れた赤く細長い実を採り、籠に入れていく。ケビンは勢いよく首を動かし、ガランに驚愕の眼差しを送ってしまった。
「いや肉だ……俺は肉を獲る……肉を獲るぞ……」
ケビンがブツブツとつぶやき、自分に言い聞かせる。クラックスとマクレンは目を合わせて苦笑いだ。
そろそろ森が深くなる所まで進むと、クラックスが皆に注意を促す。
「さて、ここから無駄口は禁止だ。マクレン、ケビン。自分達でまず獲物を探ってみろ」
マクレンとケビンは頷いて先行する。その二人から離れて歩き出すクラックス。付き従う形でガラン、アッシュも周囲を警戒しつつ歩く。アッシュも念のため弓を構えている。
マクレンもケビンもしばらく歩いては《風の波紋》を断続的に発動させる。《風の波紋》は長時間の持続は出来ない。自身が動いていては連続して発動させる意味もあまりなく、精神力を消耗させるだけ。引いては集中力を乱し、隙を生むだけなのだ。
クラックスも断続的に《風の波紋》を発動し、先行する二人を陰ながらフォローしている。
そのフォローのお陰で危機を早めに察知できた。素早い何かが《風の波紋》の範囲内に前方から飛び込んでくる。
「二人共戻れ! 魔物だ!」
クラックスの声に四人が一瞬硬直する。
先行していた二人と入れ替わるため、クラックスが走り出す。遅れてケビン、マクレンがクラックスの意図を読み取り、ガランとアッシュを護るべく戻る。
しかし。
魔物の動きは早かった。早過ぎた。
直進して来た速度そのままに地を蹴り、幹を蹴り、クラックス、マクレン、ケビンを次々と躱し、残された二人との間に身を躍らせ、その姿を見せる。
狐の魔物である。
顎から覗く牙は獣より長く。
脚の爪は異様に鋭い。
全身から仄黒い何かが浮かんでは消え。
そしてその目は爛々と赤く光る。
咄嗟にケビンが矢を射かける。
それにマクレンも続く。
的が小さく、早い。
当たらない。
矢は二本とも地に突き立つ。
クラックスも矢を番えるが、射線上にガランとアッシュの姿があり放てない。
「ちいぃ! アッシュ、ガラン! 離れろ!」
硬直したアッシュを左腕に抱え、ガランが走り出す。
怖い。
恐ろしい。
ガランは夢中でアッシュを肩に担ぎ、逃げる。
追ってくる魔物。
弱者が誰か理解している動き。
狩人達も魔物を追う。
まっすぐ逃げてはだめだ。
射線が通らない。
気づいてアッシュが叫ぶ。
「ガラン右へ!」
ガランもアッシュの意図を理解し、右回りで迂回するように走る。
魔物はあちこちの岩、幹、地を蹴り、跳ね飛びながら二人を追う。
「ケビン、そのまま追え! マクレンは射線が通れば迷わず放て!」
魔物を追うケビン。
もちろん恐怖はある。
だが追われる二人のほうが何倍も怖いはず。
己を奮い立たせて追う。
マクレンも狙う。
万が一にも二人に当てられない。
クラックスも同様。
しくじりを重ねる訳には行かない。
ガランも走る。
友と生き残るために足を止めない。
アッシュは魔物を睨む。
魔物が跳んだ方とは逆へ。
ガランに進む方向を教える。
ガランはピッケルを振り回し走る。
時に幹に掛け、急旋回する。
時に枝に掛け、倒木を飛び越す。
時に岩を突き、跳躍する。
しかし遂に開けた場所に出てしまう。魔物も飛び跳ねるものがなくなるが、こちらも身を守る障害物がない。
「おおおぉ!」
ガランが吼える。
踏み出す足に力を込め、大地を踏み込む。
ドシン!
振動が周囲の地面に伝わる。
……大地の縛り》
不完全ながら地の精霊魔法が発動。
足を取られた魔物の動きが止まった。
アッシュが構えた弓を引き絞る。
……風》
制御の甘い《風》が矢を包む。
周囲を乱気流が襲い、髪を巻き上げる。
構わず放つ。
シュッ!
魔物の左後脚、膝から先が弾け飛ぶ。
「でかしたアッシュ!」
クラックスが叫び、好機を逃さない。
《風》を纏わせ矢を放つ。
マクレンも放つ。
息を切らしてケビンも放つ。
風を切る音に続き魔物の咆哮。
グアウ!
左脚を失い、三本の矢に貫かれる魔物。
黒い煙のようなものを吐き、倒れる。
そして森に静寂が戻ってきた。
「ぶはぁ……」
息を吐くガラン。
駆け付ける狩人三人。
倒れた魔物から目が離せないアッシュ。
一部黒く変色した灰色の毛皮、そして赤い目。
「アッシュよくやった。ガランもだ。よく動けた」
クラックスが二人を褒める。
「マクレン、よく狙ったな。急所を射抜いてる。ケビンも上がった息で当てるのは大したもんだ」
マクレンとケビンにも労いの言葉をかける。
「怖かった……」
涙目のガランがしょんぼり眉でつぶやく。
「ガランごめん。ボク動けなかった……」
アッシュが悔しそうにに俯く。
「俺が一番しくじった。だが反省は後だ。大騒ぎしたから獲物は離れたろう。狩りはまた中止だな」
クラックスはアッシュの頭をわしわしと撫で、そう伝えると狐の魔物に近付き、念のためその頭に足を踏み降ろし頭蓋を砕いた。
「森のイバラを抜けてきたか。穴がないか見回りだな」
クラックスは一瞬険しい表情をしたが、皆に指示を出す。
「さぁてこいつを埋める。ガラン、すまんがそいつの出番だ。一丁頼むよ。ケビン、マクレンは警戒だ」
「はい!」
ガランは元気よく穴を掘り始める。
「「アッシュ」」
マクレンとケビンの声が重なる。
「アッシュ。気にすることないぜ。俺らも動けず躱されたんだ」
「そうそう。マクレンなんか股の下抜かれたんだ。それに比べりゃどーってことないさ。次、やってやろーぜ」
「おい! 股の下は余計じゃねーか?」
「あぁん? 『ひよっこ』様は油断したんじゃねーのかぁ?」
口喧嘩をしはじめた二人を見て、ようやくアッシュに笑顔が戻った。
「相変わらず二人は仲良いね〜」
「「仲良くねーし!」」
「いいから警戒しろ」
笑顔を見せたアッシュを確認して、クラックスは二人に改めて警戒の指示を出す。
「しかし、アッシュもガランも力を借りる練習をしてたんだな」
クラックスは二人が使った精霊魔法を、練習の成果だと思って問いかける。
「え?」
「してないよ?」
「おいおい……本当か?」
「オレは力を貸してって思っただけ」
「そだね。お願いって」
「なるほど。暴発、か。なんて運の良さだ、全く」
その後五人は狩猟を諦め、恵みの採取へと方針を切り替えた。ムカゴやヤマノイモの他、モリブドウやグミンなどの木の実類、薬効のあるクロウウリの根株や薬草類を採り、帰路に付いた。ガランは今まで知らなかった、食べられる物の多さに驚いてしまっていた。ケビンが活躍できたかは彼の名誉のため、ここには記さない。
里へと戻ってきたガランとアッシュ、クラックスはジローデンの下へと向かう。マクレン、ケビンとは北門で別れた。二人は今頃、弓の稽古に励んでいるはずだ。
「そうですね……。クラックスの言うように、冬が来る前に里の外周を見回りましょう。ベテランチームを組みます」
クラックスの報告を聞き、ジローデンはそう決断を下す。
「わかった。指示があれば動けるようにしておくよ。じゃこれで」
「「クラックスさん、またね!」」
ガランとアッシュは立ち去るクラックスに手を振る。クラックスも二人に手を上げて応えた。
「アッシュもガランも怖かったでしょうね。でも丁度良かったと思いますよ」
ジローデンは二人に告げる。
「「丁度良い……ですか?」」
ガランとアッシュは揃って首を傾げる。
「ええ、そうです。特にガラン。あなたには」
「オレですか?」
「秘伝を求めて同胞を、ドワーフを探しに行くのでしょう?」
アッシュはジローデンのその言葉にハッとしてガランを見つめる。ガランも頷きをジローデンに返す。
「あなたが向かう旅路には、あの様な魔物や獣が住む山や森、草原や原野が広がっているのです。そしてあなたは山で、困ったこともあったのではないでしょうか?」
ジローデンの言葉に再度頷き、ガランは答えた。
「寝床とか水、食べ物も取れないことがあった……」
「そうでしょうね。ガラン、あなたにはまだ『生きるための力』がもう少し必要です。そして『言葉』もです。言葉が通じなければ手がかりすら掴めないかもしれない。それと文字も。それらを身に着けなければ、旅は困難を極めるでしょう」
「はい……」
「それにもう秋。冬は直ぐ目の前です。怪我もまだ治ったばかりですし、まずはこの冬。里で学びながら過ごすことをお勧めしますよ」
「はい……。わかる。わかるけど……。春になれば、探しに行けますか?」
ガランは切なげにジローデンを見て問う。アッシュも切なげにガランを見つめる。
そんな二人に優しく微笑み、ジローデンは言葉を続ける。
「あなた次第です、ガラン。もしかしたら、もっとかかるかもしれません。全てあなた次第です。そしてアッシュ」
「はい」
「あなたもガランと共に学びませんか? ひとりで学ぶより二人で。その方がお互い、教え合い、尋ね合えますから学びも深くなります。どうでし――」
「学ぶよ! 自分のためにボクも学ぶ!」
アッシュは決意を胸にジローデンに告げる。
その返答で、ジローデンはアッシュの成長を感じると共に、一抹の不安も胸に去来する。もしかしたらアッシュも――。
色々な思いを飲み込んだジローデンは、それでも二人に微笑みかけ、優しく頷くのであった。
これにて第一章完結です。
第二章はどんなストーリーになるのか。
ここまでお読みいただいてありがとうございます。
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