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【書籍化】私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆  作者: ナユタ
◆一年生◆

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*7* 第一回捏造イベントを主催してみた。


 なんて思いつつ、事前の下調べは完璧にこなしたつもりでも、万が一にもまだいなかったら台無しなので、私は確認の為にヒロインちゃんよりも一足先に踊場に上がる。するとそこには急に現れた私に少し驚いた様子の推しメンの姿があった。


 ――ほらね、やっぱり、私の下調べは完璧だ。


 彼は人が多い場所が嫌いなのか、自然物のよく見える静かな場所を好むから、この小階段の存在を知った時から張り込……んん、当てを付けていて正解だった。大体この時間に自習室にいない時はここにいる。


 私は得意な気分になって心持ち口角を笑みの形に持ち上げたのに、彼はそんな私を見て不機嫌そうな表情になる。


 うん、何だ? 顔も見たくないくらい嫌われた気はしていなかったのだけど――などと思っていると、ツカツカとこっちにやってきた推しメンは、私の手から有無を言わせずノートを奪ってしまった。


「あ、えぇ……と?」


「またクラスの奴等に雑用を押し付けられたのか? 長い物に巻かれる主義なのか知らんが、いい加減たまには断れ」


 吐き捨てるようにそう言う推しの表情に〝怒り顔のスチルゲット〟などと思ってしまう喪女を許してくれ。そしてどうやら彼は、クラスメイトが私に雑用を押し付けていることも知っているようだ。


 生前が社畜だった私にしてみれば、雑用と言うにもおこがましい程度のことなので、別に気にしていないのだけど――。


「そう言いつつ……ノート、持ってくれるんだ?」


 私が思わずポツリと口にしてしまってから、彼の表情が微妙にぎこちない笑みに変わる。その呆れと若干の照れが入り混じったような表情に、一瞬自分が何の為にここに来たのかという目的を見失うところだった。要するに私の脳が〝スチルゲット!〟と騒ぐことも止めて見とれたのだ。


 いまのは推しメンが、私にくれた〝表情〟だった。しかしそんな風に惚けた私だったが、背後からかけられた言葉で一気に現実に引き戻される。


「は、ふぅ、リンクスさん、階段を上るのが早いの、ね、」


 先に上って来た私の後を追って踊場に辿り着いた彼女は、そこにいた人物……彼を視界に捉えた途端に笑みと言葉を飲み込んだ。今のところ水と油の関係なのだから無理のない反応ではある。


 けれどここからが私の橋渡しの腕の見せどころだ。多分。前世でもやったことはなかったけど。


「あ、ティンバースさん。ここに居合わせちゃったスティルマン君がノート持ってくれるんだって。ふふ、スティルマン君にとったら災難だけど、私達にしてみたら運が良かったね?」


 この場で固まったのは、彼女だけでなく彼もだったけれど、私は気付かないフリをしてそう言う。演劇の経験なんてないから、こういう時に白々しくならない演技って難しいな。


 しかし私の下手くそな演技でも、お互いに動揺している二人には気付かれなかった様子で、推しメンは無言のままノートを持っていない方の手を差し出し、ヒロインちゃんは抱えていたノートをその手に渡す。


 流石に〝これにて一件落着!〟とはならないだろうけど、これで彼女の中で彼が〝高圧的で嫌味な同級生〟から少しでも〝優しいところもある人〟という認識に変わってくれないものだろうか。


 実際に今回はここで二人を出逢わせるだけが私の任務内容だったので、彼が紳士的な対応を見せてくれたのは嬉しい誤算だった。


 彼女がおずおずとだが「ありがとう……」と言えば、彼がそれに「いや、これくらい構わない」とソツなく返す。よし、これで今度こそイベントスチルゲットですよ。まぁ、実際は起こるはずのないイベントだから捏造なんだけどね。


 それでも、それで良いんだ。向かい合った二人は、ややまだお互いに硬い表情をしているけれど、その間に漂うのは以前のようにピリッとした雰囲気ではない。不当に低かった好感度がこれを期に正当な評価に繋がって欲しいところだ。


「スティルマン君はいつも小難しいこと言うけど、根は優しいもんね?」


 援護も兼ねてそう声をかければ、彼はさもおかしなことを聞いたとばかりに眉を顰めて「何のことだ?」と返してくる。


「あとは、意外に照れ屋だけど」


 駄目押しにそう付け足すと、推しメンは「馬鹿は放っておくとして、これはどこに運べば良いんだ?」とアリシアの方を向いて問いかけた。急に問われた彼女は咄嗟に「職員室に……」とだけその形の良い唇から答えを紡ぐ。それは、見逃してしまいそうなほんの一瞬。


 彼の無意識下の表情だったのだと思うけれど、眉間に寄っていた皺が和らいで、口許に微笑みらしきものを浮かべた彼が「そうか。では君のクラスの担当に渡しておこう」と言って踵を返そうとする。


 私はそのまま一人で行ってしまおうとする彼の背中に「いやいや、急に隣のクラスの子に渡されても、担当の先生が困るでしょう。一緒に行こうよ」と突っ込みを入れてしまった。


 せっかく無理やり仲良くなれるイベントを発生させたのに、もうサヨナラでは勿体ないじゃないか。


 すると居心地悪そうな表情で振り返った彼に、彼女も「えぇと……そうですね。その方が良いかと思います」と声をかけてくれたので、私は二人にバレないように小さく息を吐いた。


 流石にアリシアが凄く嫌そうな顔をすれば提案を取り下げようかと思っていたけれど、そんな様子はなさそうだ……というか、彼女が彼に向ける微笑みにもやや柔らかさがある。


 ――ふふん、どうだスティルマン君。君は好きな子の見せる、この微笑みの誘惑に堪えられるのか?


「そうそう、それに私はティンバースさんに、ここから見える裏庭の花を見せてあげようかと思ってたんだよ。とは言っても、私は花に詳しくないから一緒に見ても綺麗だね~、くらいしか言えないんだけどさ。好きな花の名前くらい憶えたいんだけど。スティルマン君は花の名前とか知ってる?」


 まだ揺さぶりが足りないのか、また眉根を寄せて難しい表情になってしまった彼を畳み込みにかかるけれど、この発言の半分は嘘だ。


 というのも今世の母親は花がとても好きな人なので、幼い頃から一緒に世話を手伝っていた私には、裏庭に植わっている程度の草花や木は大体分かる。だからこれはゲーム内での好感度アップを促すサービスだ。ほら、早く言えよ推しメン。


 あまりあからさまに目で訴えることが出来ないので歯痒いけれど、原作の彼は要所要所で博識さを見せていたので、花の名前にもそこそこ詳しいのではないかと推測される。


「……はぁ、何だその無茶な言い分は。遠目からだと色の同じような花の名前は分からんだろう」


「そっか、だったら早くこのノートを職員室に届けてさ、三人でちょっと裏庭まで散策しに行ってみない? 私はほら、授業について行くのがやっとだからさ。入学してからまだ裏庭の散策したことないんだ。悪いんだけど二人とも付き合ってくれないかなぁ」


 これは嘘ではないので素のままの感情で言えた。ここまでの話が全部嘘なのは心苦しいけど、必要悪と言うやつだから星の女神【ウィルヴェイア】も許して下さるよ、きっと。


 するとそれまで隣で私達のやり取りを聞いていた彼女が「ふふ、お二人は仲が良いのね」と、とんでもない勘違い発言をする。なんてことだ。他の誰との間柄を誤解されても構わないけれど、彼だけは駄目でしょうが。


 私達はその誤解を解くべく、可愛らしく笑いを堪える彼女に向き直り「「いや、別に仲が良い訳ではない」」と声を揃えて言ってしまった。


 ちょ……この人は面倒なところで被るなぁ? そう思って推しメンの方を向けば、彼もこちらを睨んでいた。いやいや、こっちはそれなりに気を使って会話の選択してるんですけど?


 無言のまま睨み合う私達を見ていたアリシアの、鈴を転がすような軽やかで気持ちの良い笑い声が響く小階段の踊場で。私は密かに彼女に優しい微笑みを向ける彼の横顔を眺めながら、脳内にいまこの瞬間を写し込んだスチルをため込んでいく。


 このスチルボックスのファイル名は【憧れ】かな?


 その後、無事にノート提出を終えて三人で散策した裏庭は、遠くから見る何倍も美しく鮮やかに私の脳内に焼き付けられる。


 途中からは二人の邪魔にならないように適当に相槌を打ちつつフェードアウトしたけれど、私が抜けた二人の会話は、花の種類とその花のいわれから星詠み談義にまで発展していった。何だよ、心配して損したぞ。


 零れ聞こえる会話の内容は次のミニテストの役に立ちそうな物も多かったので、私は近くに咲く花の花弁を弄りながら聞き耳を立てる。時折聞こえる彼女の笑い声と、推しメンの低くて穏やかな声に目蓋を閉じて。


 このまま何の邪魔者も入らずに、そぅっと。そぅっと、推しメンの望むヒロインちゃんとの穏やかで幸せな未来が来れば良い。


 こうして前世も含めて私の人生初めての橋渡しは、なかなかの好感触を残しての無事成功と相成った。

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