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【書籍化】私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆  作者: ナユタ
◆二年生◆

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*9* え、何の話をしてたんだっけ?



 翌日のお昼休み。


 私は昨日の帰り際にこっそりラシードに“ヒル、トショカン、ウラ”という犯行声明のようなメモ用紙を渡して呼び出した。こんな怪しい呼び出しにも付き合ってくれるこのオネエさんが大好きである。


「――というわけで、スティルマン君の新しいルートが開いたみたいで、しかもまだこの先どうなるか分からないけど、ヒロインちゃんの好感度が分かるようになる星のエフェクトもちゃんと出てきててね? これはもうお赤飯炊かなきゃならないようなイベントだと思わない?」


 手に持ったサンドイッチをそっちのけにして、如何に推しメンのルート出現が尊いかということを熱く語る私の手から、パサパサに乾いたサンドイッチを救出したラシードは、それを口にしながら変わりに私の口に自分が食べていたケークサレを一切れ突っ込んでくれる。

 

 口を塞がれたことに不満を持った私が少しだけ睨むと「分かったから、取りあえず食べなさいな。お昼休みが終わっちゃうでしょう?」とラシードが苦笑した。あ……それもそうか。


 納得した私は頷き返すと「良く噛みなさいよ?」と頭を撫でてくれるラシードにくすぐったい気分になる。上にお姉ちゃんがいたら、きっとこんな感じなんだろうなぁと思う。もそもそとケークサレを咀嚼(そしゃく)すると、バターで良くソテーされたキノコと玉ねぎの優しい味が口内に広がった。


 奇抜な味覚のラシードにしてはだいぶマトモなメニューだったから、もしかするとこういうことを想定してくれていたのかもしれない。


 これも学園のカフェテリアメニューなのだろうか。ケークサレは注文してみたことはなかったけれど美味しい。ラシードに訊いてみるとそうだとのことなので、次回試してみようと思う。


「はい、ご馳走さま、と。ほらルシア。あと二十五分あるわ。さっさと続きを話しちゃいなさいな」


「それ話の最中に人の口にケークサレ突っ込んだラシードが言うの?」


「あら、だったらお喋りに夢中でお昼食べ損ねたまま、お腹空かせて午後の授業の方が良かったかしら?」


「滅相もございませんオネエ様。ケークサレ大変おいしゅうございました」


 そう分厚いその肩に手を載せて“反省”のポーズを取ると、ラシードは「分かれば良いわ」と私にデコピンすると共に笑った。そんな頼もしい前世仲間の同意を得たりと嬉しくなった私は、この先に起こりそうな乙女ゲームのテンプレの考察を述べて、その上で恋愛強者のラシードからの助言を求める。


 シナリオが新しいルートに入ってしまったということは、以前までの知識を頼ってばかりではクリアが出来ない。そして今までのシナリオが当てに出来ないということは即ち、現実としての恋愛の駆け引きが必要になるということだ。


 そんなものは前世と今世を生きた時間を足したところで持ち合わせがないので、恥も外聞もなくラシードに頼る! これが今のところ私が推しメンに対して唯一出来る手助けだからね! 


 “さあ、助言をカモン!!”とばかりに熱い気持ちごとズイッとラシードの方に身を乗り出せば、ラシードは溜息を一つ。


「そうねぇ……普通に考えつくものだと思って去年からずっと黙ってたことがあるんだけど、アンタそれが何だか分かる?」


「いえ、全然見当がつかないであります!」


「アンタねぇ、たまには自分を想定した恋愛ごとを考えなさい? 良いこと、今からアタシが言うのは乙女ゲームの話じゃなくて一般論よ?」


「うーん……恋愛してる自分とか気持ち悪くて想像できないけど、ラシードがそう言うなら分かった」


「それを今の状態のアンタが――って……まあ良いわ。あのね、好きな人の情報で一番聞き出す難易度が低くて有効なものって何だか分かる? “分からない”っていう即答はナシよ」


 先回りしてそう釘を刺されてしまっては仕方がない。私はラシードに手渡された食後の紅茶が入ったテイクアウト用のコップの中身を一口飲む。直後に舌が痺れそうな酸味にむせそうになって、目を白黒させている私に気付いたラシードが「やだわ、間違えちゃった。アンタのはコッチね」と普通の紅茶を手渡してくれる。


 間違えた方の紅茶を澄ました顔で飲んでいるラシードに中身を訊いてみると「リアルにレモン百個分のビタミン入り紅茶よ」と返ってきた。うん、あのね、ラシード。それはもうただのレモン果汁だよ? 紅茶の味なんてしなかったもん。


 反論しようかとも思ったものの、ラシードに「ほら、あと十五分もないわよ?」と急かされたので飲み込んだ。けれどだからといって答えが急に閃くはずもなく、私は“降参”と言いかけた、が。


「あら残念、時間切れよ。アタシ次の授業は移動教室なのよね。だから答えは今日の放課後に温室で聞くことにするから。アタシはもう行くけど、アンタもそれ持って教室に帰りなさい」


 そう言うが早いか後片付けを終えたラシードは、さっさとズボンのお尻を叩いて立ち上がる。こっちも思わずつられるようにして立ち上がったけれど、ラシードはそんな私の髪に飾られた赤い小花のヘアピンに気付いて「カーサの見立ててくれたコレ、似合うわね」と微笑んだ。


 思わず自分が褒められたようなドヤ顔をした私に「さっきの問題のヒントよ」とヘアピンをつついたラシードは、次の瞬間には身を翻して校舎へ通じる渡り廊下に向かっていた。その広い背中を見送りながら、私は紅茶を片手にヒントと称されたヘアピンにそっと触れる。


 そういえばカーサの髪型はいつもキリッとしているから、私からもこういう可愛らしい物を贈りたいけど、カーサは真面目だから何でもない日に渡したら気を遣わせちゃうかも――……って、分かったわ。


「ああ~……そっか、そうだよ、何でこんな大事なこと忘れてたかなぁ!?」


 前世の私には友人も家族も他人のようなものだったから、全く思い付かなかったけれど、確かにそういう日があったよ。乙女ゲームとか関係なく大切な人が生まれたその日を、世の中の人は“誕生日”って呼ぶんだよね……。



***



 お昼休みの答えを胸に意気揚々と温室のドアをくぐれば、そこには珍しくすでに他の三人が集まっていた。というよりも、今日に限って久々に私が実習棟にある職員室に呼び出されて遅れただけだけど。


 こういうときに事情を説明しないでも察してくれる友人がいるのは良いね。でも出来れば少しくらい説明させてくれるとなお嬉しい。贅沢な悩みだとは思うけど一斉に察しないでくれ。


「遅かったじゃないルシア。でもこれでようやく最後の一人が揃ったわね。じゃあ全員揃ったところで今日はアタシからちょっとした提案があるのよ」


 四阿の中に入った私にだけ分かるようにチラッと微笑んだラシードに、こちらもこっそりと頷いてカーサの隣に腰をおろす。するとカーサが「気に入ってくれているようで嬉しいぞ」とヘアピンを見つめて笑うものだから、私も「当然。凄く気に入ってるよ」と答えた。


 けれどこの“議会”を始める上で、一つだけ自分の名誉のために言っておかねばならないことがある。


「すみません議長、最後に来て話の腰を折る無礼をお許し頂けますか?」


 悪ふざけにピシッと挙手した私を見たラシードも表面上は「良いわ、発言を許します」と厳かに頷く。その横では推しメンが「何を馬鹿なことをやっているんだ」と苦笑しているけれど、その表情は穏やかだ。星の色もまだ昨日と同じ真珠色で、今日一日での変化はない。


 そこからは推しメンらしい慎み深い性格が見て取れるけれど、恋愛はそんなに受け身だと駄目だよ……たぶん。


「今日呼び出されたのは成績が酷いっていう話じゃなくてですね……星詠みの成績が急に上がってきたから、無利子の奨学金制度で新しい天体望遠水晶購入を検討してみてはどうかという打診を受けていただけです」


 ほんの少し誇らしげな気分で胸を張ってそう言えば、三人から割と本気の“おお!”という歓声が上がった。確かに今までは今一つ奮わない成績だったけれど、そんなに意外なのかよ。


 とはいえ急な呼び出しに私も欠点講習の方かと思っていたから、三人と一緒であまり状況が飲み込めていなかったりするのだけれどね?


 でも温室内の雰囲気が入ってきた時よりも、何となく浮き足立っているように思えて。それが私にはとても心地良かった。


「ならちょうど良かったわ。アタシからの提案って言うのはね、去年は知り合って間もなかったから誕生日とか聞きそびれたけど、アタシ達って学年も違うのにこうして親しくなったでしょう? 運命感じちゃうわよね? だからこれを機にルシアの成績向上祝いと明後日のアタシの誕生日もかねて、去年の全員分の誕生日を祝ってみたいんだけど」


 けれどそんなラシードの発言に“あー、成程”といきなり納得出来る柔軟性を、私だけではなく、カーサと推しメンも持っているはずがない。結果として「明後日!? もっと早く言ってよ!」「ワタシは今からケーキの発注をしてくるぞ!」「まず落ち着け。欲しい物の注文はあるか? 出来れば学生の財布にある金額設定で頼む」と蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


 そうしてそんな中で満足そうに私達の反応を眺めていたラシードは、楽しげにもう一言。


「次の休みにこのメンバーで二対二のチームに分かれて、この四人で交換するプレゼントを探すダブルデートをするわよ」


 “しない?”でも“しましょう”でもなく“するわよ”という断定の言葉に、予測外の出来事に弱い私達三人は、まるでラシードの操り人形のようにコクリと素直に頷いていた。

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