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【書籍化】私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆  作者: ナユタ
◆一年生◆

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*33* 年内最終イベント、聖星祭開幕!〈1〉



 本日は……というか、今夜は今年最後の大きなイベント聖星祭の開催される“十二月二十四日”。天気は雪だけど、それでも前世でいうところのホワイトクリスマス的なものはこちらの世界でも共通するものがあるのか、会場内にはわざわざテラスにまで出向く物好きなカップルもいる。


 ………………リア充爆ぜろ。


 今夜の聖星祭の会場は、普段公開されていない広いドーム型の屋根を持った大ホール内で行われているのだけれど、規模が凄い。外装自体は地味なので、いつも何の建物だろうと思っていた中が、こんなに立派なダンスホールになっているとは思わなかった。


 考えてみたら乙女ゲームの世界観で背景のスチルって、あんまり大きく変わらないから気にしてなかったけど、こうやってダンスホールを見ていると背景の絵師さん達の頑張りだって凄い物があるなぁ。


 こういうゲームってまずキャラクターに目が行きがちだけど、背景の絵が適当だとふとした瞬間に萎えるもんね。説得力のある背景を描くのも大変そうだ。きっと大量の資料を読んだりするんだろうね。眼福です。


 暗めの紅いカーテンでグルリと囲われた大きな窓と、天井から真昼並の光を落とすシャンデリア。磨き上げられた大理石の美しさに、壁に掛けられたタペストリーの刺繍の細かさ。テラスの手摺りはよくよく見れば螺旋を描いているし、床材も中とは違う。


 ゲームのプレイ中はこのどれもに目が行っていなかったのだから申し訳ない。今夜が終われば来年の今日しか見られないから、しっかり目に焼き付けておこう。


 四日前から学園側の要望で今夜の為に即席の給仕指導を受けていたから、推しメンとラシードの二人とはあの部室でお仕着せを披露した翌日から会っていない。なので残念なことに、二人が今夜どんな装いでここに来ているのかが私には分からないのだ。遠巻きにでも良いからその姿を見たかったのになぁ……。


 ラシードはまだ派手な見た目とその人気の高さから見つけることも可能だろうけれど、推しメンはなかなか目立たないのでかなり注意していないと見つけられない可能性がある。


 そして何よりもの問題は――……私と同じ境遇の下級貴族の子息と子女達が会場の隅でコソコソと遊んでいるばかりで全く働かないということだろうか。


 しかし最初は“やっぱり仮にも貴族の子だから顎で使われるのは嫌なのか?”と思っていたのだけれど、どうやら違った。彼等、彼女等も今夜ここで人生の伴侶を物色する出席者達の例に漏れず、今夜ここで未来の伴侶を探すことに必死だっただけなのだ。


 こうなってくると、ある意味お家の為のお仕事なら物凄く熱心にこなしていると言えるだろう。


 確かにここで探しておけば上手くすれば在学中に相手の人となりを知れるし、家同士の釣り合いも分かる。どちらかが高すぎることも低すぎることもない、絶妙な結婚相手が見つかるということだ。何それ賢すぎる。


 それに会場は立食パーティー方式なので、そこまで目くじらを立てなくても良いだろう。実際、皆さんダンスに夢中であんまり食べたり飲んだりということに熱心ではなさそうなのだ。こんな上等なお酒と食事を前にして勿体ない。後で厨房に下げたときに捨てられるようなら摘まもうっと。


 私は結婚相手を探すなら断然故郷に近い男性が良いので、今夜勝負をかけようとは思わないし、そもそも男物の給仕服で働いているのだから、今の私に声をかけられてクラッときてくれる殿方では困る。何より相手に悪い。


 ともかく学園の教職員の監視の目もなさそうだし、頑張っている若者達を応援しないわけにもいかないのでソッとしておこう。ある意味こんな煌びやかな場所に出られることなど、領地に引っ込んでしまえばもうないだろうから貴重な体験だ。そう思ったら男装“しての”(ここ重要)給仕経験も楽しまなければ。


「ダンスの後の喉の渇きの癒しにワインは如何ですか? エールと果実酒もご用意しておりますよ」


 お盆の上に載ったグラスの中身を少しでも減らして軽くしたい私は、ダンスを終えてホールから戻ってくるカップルに当たりをつけて近付く。その間に少しだけダンスホールの方へ視線をやり、出席者達の中に推しメンとラシードの姿を探す。


 あと、最も重要なヒロインちゃんの捜索も。結局今日まで自由に時間を使えなかった無能な私は、ぶっつけ本番の賭けに出ることにしたのだ。もしもヒロインちゃんが他の攻略対象キャラクター達と踊っていたら、何とかして阻止しようと心に誓う。……我ながら嫌な誓いだ……。


 けれど、何だかおかしいな? 星のエフェクト持ちの対象キャラクター達の傍にいるだろうから見つけやすいと踏んだヒロインちゃんが、何故か会場内のどこにも見当たらないのだ。せっかく見つけた赤色(アーロン)水色(カイン)は、これまた何故だか他のご令嬢方と楽しげに踊っている。


 それに何だか両者共に前よりもエフェクトの色が薄い。これはキャラクター達の好感度を表しているものだから、色が薄いということは単純に、心が離れているということだ。新緑色(ヨシュア)に至ってはほぼ見えない状況だぞ。まぁ、出逢ってもないんだから当然か。


 さっきチラッと巨峰色のエフェクトが見えたから、この会場内にホーンスさんもいるのかも。近付く前にエフェクトが人の波間に消えてしまったから探せなかった。


 ふぅむ……しかしこうしてみると、相手にされないと分かったらさっさと次の獲物ってことなのだろうか。邪魔しておいてなんだけど、皆わりと見込みのない恋愛を割り切るのが早いのかな? 


 潔い生き方だけどちょっぴり寂し……いや、そうさせた張本人が言うのは駄目だね、本当にごめん青少年達よ。君達のヒロインちゃんは必ず幸せにして見せます。私の推しメンがな。


 思わずエフェクトのチラチラと見え隠れするダンスホールに向かって、決意表明のように親指をグッと立ててみた。けれど私のそんな行動に気付いた数名の出席者達から訝しそうな視線を向けられて、そそくさとその場から退散する。


 その後は真面目に仕事をこなしつつ、ダンスの動きを目で追いかけたり、揺れるエフェクトの中からマンゴー色の星を探したり、ダークブラウンの髪をした男子生徒の顔を、ドリンクを配るふりをしながら正面に回り込んで確認したりと忙しく過ごす。けれど、やっぱり二人の姿もヒロインちゃんの姿も見えなかった。


 開始から一時間半もすると半ば飽きてしまい“もう三人共出席していないのではないか?”という諦めが頭を過ぎる。そんな悪魔の囁きを振り切ろうと、私はドリンクを配り終わって空になったトレイを手に、一旦賑やかなホールを離れて人気のない通路に出た。


 どうせ夕方の五時から始まったこの聖星祭は、深夜の十二時まであるのだ。三人共途中から参加するのかもしれないと考えて、ウロウロと通路を歩きながら散策することにしたのだけれど――。


「――うん?」


 光量の低い星火石の落とす薄明かりを頼りに人気のない通路を歩いていると、何だか言い争うというよりも、一方が困っているような響きの声が聞こえてきたので立ち止まる。


 もしも痴話喧嘩の修羅場化した場合だとか、そういう行為を無理強いされて困っているとかだとあれなので、声のした方を覗きに行くことにした。


 これは決してデバガメ的なあれではない。そんな存在とは一緒にしないで頂きたいものだ。しかしながらこっそりと柱の影から覗いた私は、女子生徒の顔を確認して息を飲む。


 げ、相手って……まさかのヒロインちゃん!?


 でも何故だ。相手の男子生徒は顔は整っているものの、星のエフェクトは一欠片も散らせていないモブだぞ? そんな乙女ゲームに不必要な野郎が、どうして身の程知らずにもヒロインちゃんに声をかけたりしているんだ?


 憶えている限りの脳内イベントシナリオをめくってみるが、どこにも今夜のイベントはない。そうこうしている内に相手の野郎は、ヒロインちゃんのドレスの上からその太腿付近を撫でているではないか!! 何だあの破廉恥クズ野郎は!?


 ヒロインちゃんは恐怖からか動けずにいる上に、声を出すことを忘れたかのように立ち尽くしている。このままでは拙い。確実にバッドなルートに入るやつだ。しかし人を呼ぼうにもここを離れて呼びに行く暇は――……あるわけない。


 ――――ええい、ままよ!!


 ヤケクソになって飛び出した私は、足音を忍ばせたまま助走をつけて飛び上がり、背後から持っていた金属製のトレイを全身全霊の力を込めてクズ男子生徒の後頭部めがけて叩きつけたっ……!!


 その直後に“ゴグワシャン!!”という痛そうな音と「うぐぅっ!?」という声。それと腕に駆け上がる衝撃を感じて身体が震えた。やったか、と確認するまでもなく目の前で膝から崩れ落ちた男子生徒の背中にトドメの蹴りを叩き込み「こっちに!」とヒロインちゃんの手を取って引っ張り上げる。


 ヒロインちゃんは“何が起こったのか分からない”みたいな顔のまま、それでも腰を抜かさずにその場から逃げられたのはかなり偉かった。あの場で腰を抜かされていたら、あの程度の攻撃ではすぐに気付いた男子生徒にテイク・ツーをされてしまうところだ。そうなったら私など手も足も出ない。


 チラッとしか服装を見る余裕がなかったけど、明らかに格上っぽい服装だったから捕まったらただでは済まないだろうし、私だけの問題なら構わないが、領地の家族や領民に累が及ぶのは明らかだ。


 ……おや、これはもっと記憶をなくすくらいのトドメを刺しに戻るべきか?


 そう思い直してふとヒロインちゃんの手を引いていない方の手を見たら、何と言うことでしょう! 急いで逃げようとするあまり、犯行現場にトレイを投げ出して来てしまった。


 ガラスの靴とかならロマンチックだけど、傷害罪の物的証拠は非常に拙い。あのトレイは今夜お仕着せと一緒に支給された物だから、あれから身許がバレるのはすぐだ。一刻も早く明るいホールの真ん中で、誰か安全そうな人にヒロインちゃんを押し付けて戻らないと。


 そう思ってヒロインちゃんの方を振り返ったら……あ、泣いちゃったか。そうですよね、あんなことされたら怖かったよね。これでヒロインちゃんが男性不信になったりしたらさっきの野郎の何を潰してやる。私は内心の焦りを隠して立ち止まり、ヒロインちゃんの方へと向き直った。


「よしよし、もう大丈夫だよティンバースさん。今からホールに出て誰か知り合いに貴女を預けるから泣かないで。せっかく綺麗にしてあるお化粧が落ちちゃうから。ね?」


 そう声をかけると、ヒロインちゃんは「リンクス、さん……?」と呆然としたまま呟くので「そうだよ、この格好なかなか似合うでしょ?」とおどけて見せる。男子用のお仕着せで恐怖心をあおるのは避けたい。なので出来るだけ表情筋を駆使して穏やかに見えるように微笑む。


「だから、ね、もう泣かないで。明るい場所に出たら、もう何も怖いことなんて起きっこないから」


 ヒロインちゃんに言い聞かせながら、我知らずお仕着せの下に隠してある首飾りを握り締めていた。この場面で暗い場所が一番駄目なのが自分とか恥ずかしい。それでも涙ぐんでいたヒロインちゃんがへにゃりと笑ってくれたので、思わずキュンと来てしまったぞ。美少女の泣き笑いって同性であっても刺さるね。


 しかしここで和んでいる間に目覚めたクズ野郎が追ってくるかもしれないので、私はまだ震えているヒロインちゃんの手を握り返して、大勢の人の声で賑わうホールへ足早に向かう。


 無事に飛び込めたホールのさらに中心部を目指して乗り込んだ先に、あれだけ探して見つけられなかった姿を発見して、ヒロインちゃんの手前控えたけれど、内心ガッツポーズを取ってしまう。


 この引きの強さ持ってるね! こっちにもだいぶ運が向いて――は、いくら何でも不謹慎だ、私の馬鹿。これで喜んだら人間的にクズ過ぎる。未だ震えているヒロインちゃんの手を握る自分の手に力を込めて、私は今夜ずっと探していたその人の名を呼んだ。


「――スティルマン君!」


 私の声に振り返った推しメンの姿に心臓が跳ねる。ああ……周囲の新しい夜会服の着こなし方に流されない、オールドファッションな着こなしが格好良いです。人をかき分けてこちらにやってくるその姿が素敵過ぎて、にやけそうになるだろう。


「ルシア、探していたんだぞ。今までどこに――……」


 と、これから文句を言う前置きをしかけていた推しメンの視線が、私の背後に立つヒロインちゃんをみとめて止まった。驚いたように少しだけ見開かれた目にイベントの成功を確信する。


 ふふふふ、どうだ、推しメン。今夜のヒロインちゃんはさっきちょっと泣いちゃったけど、綺麗でしょう? ちゃんと害虫駆除をしてつれてきた私を褒めても良いぞ?


「あのね、ティンバースさんったら、ダンスのお相手が決まっていなくて気後れしてたみたいなんだ。だからさスティルマン君、もしまだパートナーがいないなら踊ってあげてよ!」


 そう早口にまくし立てた私は、後ろに立っていたヒロインちゃんの手を引いて固まっているスティルマン君の前に立たせる。突然の展開にオロオロするヒロインちゃんの背後で「踊ってたら声をかけられないから」と囁くと、彼女は素直にコクンと一つ頷いた。少し狡いとは思ったものの、一応本当のことだからね。


 まださっきの今では男性は怖いだろうけど、大丈夫。私の推しメンはあんなクズ野郎とは訳が違うんだから。そう伝える為に背中をポンと軽く叩いて笑って見せると、ヒロインちゃんも淡く微笑んでくれた。


 それにしても明るい場所で見ると、ヒロインちゃんの美しさが際立つ。


 ほっそりとした身体のラインに程良くフィットする淡いピンクのドレスに、高く結い上げたプラチナブロンド。憂いを帯びたアーモンド型の黒い瞳。


 さっき急いだせいで少しだけ崩れているけれど、うなじに零れる後れ毛がかえって良いアクセントになっている。こっそり会場に入ってきたのに、数人が彼女の美しさに視線を寄越したのを背中で感じた。


「私はまだ仕事が残ってるから、もう行くね。二人とも今夜を楽しんで!」


 かなり強引に話を進めた自覚はあるけれど知らん。これ以上ダンスホール内にお仕着せの人間がいたら怒られてしまう。それでなくともいまは目立つわけにいかない。


 誰かにつまみ出される前に、せめて自分で退場したいから。私は二人に背を向けて人の間を泳ぐように突っ切る最中、背後から“ルシア”と推しメンに呼ばれた気がしたけれど。


 ヒロインちゃんが目の前にいるのに私が呼ばれるはずがない! そんな妙な自信を持ったまま会場内を抜け出した私は、銀色のトレイを回収しに現場へと駆けた。お願いクズ野郎、まだ寝ていてくれと願いながら。


 

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