*32* 何でこう、私は格好がつかないのか。
本日は“十二月十五日”の休日。天気は朝から生憎の雪。
情けないことにあれだけの決意を固めておきながら、ヒロインちゃんと推しメンの距離を縮める切っ掛けのないまま、本日までダラダラと日数を過ごしてしまった。――と、いうのは流石に冗談だ。本当はもっと質の悪い理由。
その理由というのが、一年の三学期が終わる時点での私の一部教科が“二年に上がれるギリギリだぞ”と教師に釘を刺されたことによる、下手をすれば留年待った無しという、ありがたくも何ともないイベントに邪魔をされてしまったからだ。
そもそも学園側からしてみれば“【星詠師】の才能が爪の先くらいにあるから拾っておこう”程度のお情け合格。編入の筆記試験は合格ラインだったけれど、それにしても可もなく不可もない程度の一芸入試のようなものだったからなぁ。
……結局、私はその脅しと推しメンとラシードからの苦言に屈して、自分の天体望遠水晶を一時封印。推しメンから天体望遠水晶を借りて半月予想を立て、首の皮一枚繋がったという進級報告をもらったのが昨日だったのだ。
無能すぎる時間の潰し方にラシードからは『アンタ何してるの……』と若干どころの話ではない引かれ方をした。私も自分の能力についての疑問と不信感を一年目から味わうとは流石に考えていなかったけれど、たぶん来年の今頃また同じことをしている自分の姿が目に浮かぶ。
せめて授業の提出物だけはしっかりと手間をかけてしないと。前世の学生時代もテスト期間前は急に“友人”を名乗る人物が増えたものだ。
私の授業内容を纏めたノートで点数を取れないのは、悲しいかな、それを作成した私だけだった。陰での徒名は“板書屋”。書き留めたところで憶えられないのはメモ魔の悲しい性である。
しかし、今回の敗者復活戦にはまだ手が残されていた。それが前回ラシードに説明した聖星祭の給仕係だったんだけど……本来ならこれだけで済むはずのものらしい。それでも足りていなかった自分の点数が恐ろしいなぁ。事前の救済措置があってくれて本当に助かった!
今日はその聖星祭で着用するお仕着せが、女子寮の個人用受取ボックスに届けられる日だったのだけれど――。
「……うわぁお」
お仕着せの入った箱を自室で開けた瞬間に上げる第一声としては、相応しくない声が出た。学園側に提出していた発注書のお仕着せが、何の手違いか、受取用ボックスの中で随分斬新なデザインになってしまったようだ。
取り敢えず引っ張り出した女子生徒用のお仕着せは、元はフリルなどの装飾の一切ない白いエプロンと、真っ黒なワンピースに襟と襟口だけが白いメイド服だったはずなんだけど……。
手許で広げたそのメイド服だったものは、最早ダメージジーンズよりも激しく痛めつけられた跡のあるボロキレと化していた。
「はは、全く最近の若い子ときたら……人よりちょっと星詠みの精度が高くて、人よりちょっと家格が高くて、人よりかなり顔が良いのに……全部持ってて、それでまだスレスレ下級貴族の私相手に嫉妬心抱けるとか――……どれだけ上昇志向強いんだか。上級貴族様方は伸びしろあるよなぁ。指の甘皮程度しか頭出してない杭なんてわざわざ打たなくても良いだろうに……」
人間こうなってくると、腹立たしさよりも突き抜けた格好良さを感じるので許せてくるところが不思議だ。ちょっとした相手側の美学のようなものを感じる。
「……まぁ、これは女子寮内で起こった事件で私のせいではないし……双眼鏡の時みたいに弁償案件には含まれないでしょ」
取り敢えず明日の朝一番で職員室に持ち込んで事情を説明して、代わりのお仕着せを用意してもらおう。そう暢気に考えて、ベッドに仰向けに寝ころんだ。
まだ起きてからほとんど何もしていないにもかかわらず、ここ最近ずっと気がかりだった進級の緊張から解放された私は疲れ切っていた。このまま夕飯の時間まで眠って鋭気を養ってから夜中の星詠みに挑もう。そう怠惰な休日を過ごすことへの言い訳を胸に、意識はトロリと真白いシーツに溶けていく。
***
本日は“十二月十九日”。天気は細雪。
前回のお仕着せ騒ぎから四日経ち、新たに学園側から女子寮の寮母さんの部屋に直接お仕着せが届いたのは今朝。
寮母さんから呼び出されて受け取った箱を何の疑いもなく開けて中身を二度見し、どういうことかと中に一緒に入っていた手紙を読んで驚き、これはかえって貴重な体験だからまぁ、これはこれで良いかと思い直してそのお仕着せを箱ごともって通学。
箱は部室である温室に隠しておいて、放課後は単身でさっさと温室にやってきた。温室にまだ誰もいないことを確認してから箱開けて、手早く中のお仕着せに着替える。
「お、おお~! 流石に学園側からの提供だけあって着心地が良いなぁ。この間のは着られなかったから反応のしようがなかったけど……これは結構良いんじゃない? これで給仕用のお仕着せとか勿体ないなぁ。正装でも通用しそうなのに」
ラシードが四阿に持ち込んだ姿見に全身を映して一人はしゃいでいたら、背後から「何だ、もう来ていたのか」という推しメンと「呼びに来ないなら前日にそう言いなさいよ~」と文句を言うラシードの声がした。
二人の声に四阿を飛び出した私は、何故か一瞬身構えた二人の前で「二人とも良いところに来た! これ聖星祭のお仕着せなんだけど……どうかな?」と両腕を広げて見せる。
――――が。
「え……いやだ、ルシアなの? アンタそれ、その格好どうしたのよ。聖星祭のお仕着せなら地味で面白味のないメイド服のはずでしょう? それとも胸が無さ過ぎてサイズがなかったの?」
「一瞬知らない男子生徒が勝手に入って来たのかと思って身構えてしまっただろう。それにその格好は何なんだ? 聖星祭は仮装大会ではないぞ」
仲良く失礼な発言をする二人に大股で近付いて背伸びをし、笑顔を浮かべて両者の頬をギュッと引っ張ってやる。痛みに表情を歪める二人に対し、私はこの格好をする羽目になった理由をこんこんと説明してやった。
べ、別にちょっとは似合うとかいう言葉を期待した訳じゃないんだからな! あと、二人ともまず性別を疑ってくれても良さそうなもんでしょうが!
――、
――――、
――――――。
「ふうん? それじゃあ最初に届いたお仕着せは不良品で、それを学園側に送り返して新しい物を用意してもらおうと思ったら、女子のお仕着せはもう貸出の数が出払っちゃってて男子のしかなかったのね?」
「そうそう。もう少し枚数用意しとけって話でしょう? 何で男子のお仕着せに余りはあるのに女子のはないんだ~」
女子寮内で起きたことは女子寮内で起きたことだから、そこを説明することはない。それよりも不満だったのは、ラシードに漏らしたように枚数を用意していなかった学園側の在り方だ。私は良くも悪くも標準体型なのだし、一番いそうな体型のお仕着せを用意してくれていても良さそうなのに。
けれどそんな私の表情に気付いたのか、言いにくそうな表情で口を開いた推しメンの「普通は下級貴族の子女とはいえ、自ら給仕係を申し出る者は少ないからな……」という発言で納得した。
後ればせながら苦笑しつつ「意外に見慣れると似合っているな」と言ってくれる推しメンの言葉に頬が熱くなる。どうせならちゃんとメイド服姿で褒められたかったけど……これもまぁ、悪くないかな。
そう思ってチラリとその隣に座るラシードに視線をやれば、何故かジィッとこちらを観察するプロの視線とかち合った。けれど私の視線に気付いたラシードは、それまでの真剣な眼差しを誤魔化すように艶やかな微笑みを浮かべる。
その微笑みに微妙な引っかかりを感じつつも、私はラシードに微笑み返した。
聖星祭まで、あと五日。
私は何とか残りの時間で推しメンのイベントを助ける手立てを考えないとな!




