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【書籍化】私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆  作者: ナユタ
◆一年生◆

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*15* たまには、肩の力を抜きなよ。


 よし、落ち着け私。落ち着くんだ。

 ここで少しだけおさらいをしよう。


 本日は〝九月十四日〟。


 秋口にはまだ早いけど、それでも日の傾く時間が少しずつ早くなってきた気がする今日この頃である。


 さて、そんな素敵な夏期休暇明けの登校日一日目に教室に現れなかったスティルマン君。意気消沈しつつも、有名校ならではの休み明け授業を終えて向かった図書館の西側。ここまでは何もおかしくなかった。


 しかし……本棚の角を曲がっていつもの場所にやってきた私の視界に飛び込んできたのは、思いも寄らないご褒美。


 それは休みの間の推しメン不足が著しい私の目の前に突如降り立った、天使の寝顔とは言い難いけれど、くっきりと眉間に深い皺を刻んだ彼の寝顔だった。


 あ、これはあれだね。乙女ゲーム界隈で有名な〝寝顔スチル〟攻撃。


 普通に考えて校内のこんな場所で昼寝したりしないみたいなところで、無防備に昼寝してる推しの意外にあどけない寝顔にドキッとさせる手口か。ほうほう、これがかの有名な〝そんなに気になってなかったキャラクターでも可愛く見えて意識するようになる〟やつねぇ……。


 ――……うわぁぁ、生で見ると尊い……休み明けの授業で疲れた私に推しメンの寝顔スチルとか、神様も小粋な悪戯をして下さるな。良いぞ、もっとやれ。


 そもそも何でこの世界には現像技術の進歩がないのか。未だに肖像画や似顔絵しか手段がないとか酷すぎる。彼のスチルが欲しかったら絵師を連れ歩けとでも言うのだろうか?


 気配を悟られてすぐに起きられてしまっては勿体ないので、真横までそうっと足音をさせないように近付いてしゃがみ込む。しっかりと閉ざされた目蓋に長い睫毛が小憎らしい。


 絵師よ、何で男の子にこんな睫毛を増量させる必要があるんだ。少しで良いからそのやる気をモブの女子にも向けてくれ。


 いやでもこうして見てみると、何だか推しメンの顔が二次元(イラスト)でないからかもしれないけれど、ゲームのスチルより三割増しほど男前に見える。


 たまにある〝あれ、原画の手直し担当が交代したのか?〟となる例のあの感覚だ。


 それともここが三次元(リアル)だから〝成長〟しているのかもしれない。このくらいの年頃の男の子って、長期の休みの間に一気に身長が伸びる子とかいたもんなぁ。何となく顎や鼻筋がシュッとしたような気がする。あくまで感覚だけど。


 あぁ、でもそうか。どうせヒロインに選ばれない噛ませ犬であっても、あんまり他のモブと見分けが付かないと、彼女がどこに惚れたのか分からないもんね? 元々周囲の攻略対象キャラ達が煌びやかな見た目の面子だから忘れていたけれど、スティルマン君は決して不細工というか、モブ顔ではない。地味だけど。品は良いお顔をしているよ。地味だけど。


 地味地味言ってるけど、私はこの薄味加減が好きなんだよ? なので、ヒロインちゃん以外は推しメンへの同担は拒否する。異論は認めない。


 所詮人間、一番最初に見るのは見てくれなわけですし。それが段々付き合う内に人となりだとかに引きずられて、外面という鍍金(メッキ)が削ぎ落とされていくんだから。


 とはいえ脚を組んで背中を本棚にもたれかけた体勢で眠る姿は、スヤスヤというよりはギリギリとかいう擬音が付きそうな表情で……何だか苦しそうな寝顔だ。原作になかった寝顔スチルだし悩ましい表情と言えなくもないけど、これはあんまり良い睡眠とは言えなさそう。


 私には推しが苦しむ姿を楽しむような嗜虐趣味はない。勿体ないけど起こしてあげた方が良さそうだ。でもその前に、ちょっとだけ。ちょっとだけやってみたいことがあるんだ。


「……よしよし、いつもお疲れ様。スティルマン君は頑張り屋だなぁ」


 目の前で苦しげな表情のまま眠るこの彼は、元はといえばゲームの中のキャラクター。だけどおかしな話、ずっとこうして褒めてあげてみたかった。誰にも褒められない、認められないことの辛さを、前世の私はとてもよく知っていたから。


 私だけ一抜けして新しい家族の元で幸せになっちゃったけど、今度は君の番なんだからね。私が絶対に幸せにさせるから、もう少しだけ捻くれずに待っててよ?


「ふふ……髪の毛柔らかいな。憎たらしい」


 目を細めてその見た目よりも柔らかい髪に指先を滑らせていると、それまで大人しく撫でられていた彼が、僅かに身動ぎして「……アリシア……」と囁いた。


 その秘め事のような切ない囁きに、思わず髪を撫でる手を止めて苦笑する。それはそうだ。君が認めて欲しいのも、撫でて欲しいのもヒロインちゃんだもんな。


「私に任せろ。絶対に彼女にスティルマン君を思い出させてみせるからさ。そしたらきっと、上手くいくよ」


 私がそう言って最後にポンと頭を撫でると、まさか聞こえていたわけではないだろうけれど、それまでスティルマン君の眉間に寄っていた、マッチ棒が挟めそうなくらい深かった皺が和らいだ。


「うーん……何だか現金なタイミングだけど、まぁ、良いか?」


 辛そうでなくなった寝顔は、いつまでも眺めていられそうなくらい穏やかで魅力的だ。大切なことだからもう一度言う。魅力的だ。


「ふむ、でもよくよく見れば顔色もあんまり良くないし、目の下のこれ、影かと思ったらクマかな?」


 寝顔が穏やかになったらなったで、険の取れた表情には疲労の色が濃い。そうなるとシュッとした印象が薄らいで、やつれた印象が勝ってきた。


「何だか寝不足みたいだし、もう辛くなさそうなら起こさなくても良いでしょ」


 いやいや、決して推しの寝顔をもう少し見ていたいとか、そういう不純な動機ではない。うん、全然違うぞ? あぁ、でも……カメラ欲しいわ。


 そんな純粋だが純真ではない思いを抱きながら当初の目的通り本棚に向かう。


 抜き出して膝の上に広げた本に集中するふりをしつつ、その寝顔を盗み見ていたのだけれど、しばらく真面目に本の内容を追っていたものの、横から聞こえてくる規則正しい寝息に抗うことが出来ず。


 欠伸を噛み殺す回数が徐々に減っていった。


 ――、

 ――――、

 ――――――……。


「――い、おい」


 ペチペチと頬に当たる冷たい感触に、思わず眉をしかめながら「うぅん……あと五分」と答える。しかし一度止んだかに思えた安眠妨害はすぐに再開され、またペチペチと頬に軽い衝撃を与える。せっかく人が気持ち良く眠っている時に何の権限があって邪魔をするんだ――。


「おい、いい加減に起きろ。そろそろ閉館時間だぞ。先に寝ていたのは俺だが、一緒になって寝るやつがあるか」


 その低いけれど硬質で、ともすれば不機嫌そうにも聞こえる声に、一気に眠気が飛んだ。さっきまで最低でも一晩は待たないと、持ち上げることも出来なさそうだった目蓋がパチッと開いて、視界に飛び込んできたのは眉間にくっきりと皺を寄せた推しメンの顔だった。


 スティルマン君の半眼のスチルは普通の乙女ゲームではまず発生しないスチルだ。夏期休暇明けから貴重なスチル目白押しだなぁ……なんて。


「いや、だってさぁ……隣で熟睡してる人がいると眠くなるじゃない?」


 流れるように言い訳してから、ふとしまったと感じたけれどもう遅い。半眼だった彼は、やはり私の迂闊な返事の言葉尻を捕まえて深~い溜息を吐きながら「だとしても、君は女だろう――と、以前も言ったな?」とこっちが思った通りの答えを返して来る。


 そこで何とかこのままお小言路線に流れるのを阻止しようと、大雑把な進路変更に舵を切ることにした。


「いや、そもそも何で教室にも来られない体調の人がここにいるのさ?」


「教室に行くのは面倒だったが、ここにいれば君が来るだろう?」


「まぁ、それはそうだけど。どうしたの、何か相談事とか?」


「君に相談したところで、解決出来そうなことの方が少ないと思うが」


 はて……変更は成功したはずなのに、何故私はここで盛大に馬鹿にされているのだろうか? というか、これはあれだな。自分で繰り出した技を、そのまま返されてしまった形だ。


 それにしてもスティルマン君ってば、夏期休暇明け一番のヘイト稼ぎとか働き者過ぎじゃないの?


「お? 喧嘩売ってるのかな? 表出ろよ」


「あぁ、そうだな。そろそろ星が出ている頃だろう」


「はぁ? いったい何の話して……」


「君と違って俺は夏期休暇の間は多忙なのでね。領地ではおちおち星詠みも出来ない。だから学園に戻って久し振りに星詠みをしようと思った。ここにいれば……君が来るだろう?」


 個人的にはほんの少しだけ言い淀んだその間が、非常に狡いと思います。えぇ。口にした本人も柄にもないと思っているのだろう。食い入るように覗き込む私から、バツ悪そうに顔を逸らした。


「何だ、意外に寂しがり屋だなスティルマン君は」


「まだ寝ぼけているのか? それとも……ははぁ、君は寝ぼけている状態が通常運転なのか」


「言うじゃな~い。よし、表出ろ。それで勝負しよう。これでも夏期休暇中に少しはこっちの星空に慣れたんだから。吠え面かかせて差し上げますわよ?」


「ふん、残念だがご期待に添えるかどうか」


 そう憎まれ口を叩くスティルマン君と一緒に連れ立って出た図書館の外は、すでに闇に飲み込まれて。並んで見上げた夜空には、零れ落ちそうに広がる秋の星座が瞬いていた。

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