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【書籍化】私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆  作者: ナユタ
◆一年生◆

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13/129

*12* 意外と早くクリア出来るんじゃ……。

 

 月の明るい今夜は〝八月五日〟。


 時刻は深夜の十二時、場所は学園内の裏庭。


 内側が傷だらけの天体望遠水晶から覗き見るのは、夏の今が一番大きく見える〝大蛇〟。星座である大蛇自体は名前の通り大きく長いので、一年を通してどこか一部は必ず見られるんだけど、全体像がくっきり見られるのは今だけなのだ。


 その中でも特に〝尾〟の先を重点的に水晶の中に捉えて意識を集中させる。術者の意識を汲んで星の輝きは水晶の中で、幾筋もの傷に反射してはうねり、伸びる。私達はその星の輝きを掬い取るように【詠む】。


 古来から星詠師と星喚師の文字が〝読む〟や〝呼ぶ〟と書かれないのは、これが元々は歌の形で伝えられて来た名残なのだと言われている。前世でいうところのシャーマンやイタコのようなものだ。


 但し今ではそんな古臭いやり方をする人はほとんどおらず、大抵黙って詠み取った星の輝きを紙に記して、国の中枢機関に籍を置く星詠師達の結果とすり合わせて答えを導き出す。


 ――と、まぁ……堅苦しい説明をしたところで、今夜の結果は芳しくない。


「スティルマン君、粘ったね~……三日分は私の圧勝かと思ってたのに。念の為に二通りの条件で星詠みしといて良かったわ」


 私はそう言いながら手許の紙にある今日の日付の隣に、赤いインクのペンで〝判定不能〟と書き込む。今日の星詠みは失敗だ。月が明る過ぎる。


 こんなに月が明るいと、傷だらけの天体望遠水晶では、星の輝きを上手く掬い取れないのだ。しかも明日の昼頃には彼が領地に帰ってしまうとあって、やる気がだだ下がり気味です、はい。


「だから君も意地を張らずに自分の水晶ではなく、一度俺の水晶を使ってみてはどうかと、最初に訊いただろう? いまさら勝敗の内容は変えられないぞ」


「はい~? 誰もそんなこと言ってませんけど。それにそんな高級な水晶、自領で使えませんから。身の丈に合った道具を使わないと、後から困るんだからね? しかも二通りだったら一つの方はまだ私が勝ってる」


「〝まだ〟な。今夜の勝負で二通りにした意味もなくなるぞ? 悪いが、今回の勝負は俺の勝ちだ」


 背中合わせに大蛇の頭の方角を詠んでいる彼の声に、勝ちを確信した皮肉っぽい響きが混じる。この野郎、ちょっとこっちが好きだからって調子に乗るんじゃないぞ? なんて言えないけどな?


「いやいやいや、勝負は最後まで分からないもんなんです。勝ち誇るな小童め」


 口だけは威勢の良い言葉を吐きながら、実際は落ち着きなく水晶を弄っては夜空に翳している。しかし悲しいかな、やはり今夜の私は星に見放されてしまっているらしい。水晶は悪戯に輝きを纏い、クルリとその球状の輪郭を夜の暗がりに浮かび上がらせるだけだ。


 二通りの方法とご大層に言ってみても、天体観測結果を二枚の用紙に分けただけだ。一枚には毎日観測結果を書き、もう一枚は最初の夜に五日分の星詠みを済ませた結果を書く。


 そして最終日……つまり明日の朝までに、より近かった結果を出した方が勝者になるのだ。ベタな勝利特典として勝者は敗者に対して一つだけ、何でも言うことをきかせる権利がもらえる。


 この権利が地味に、だが猛烈に欲しかった私としては、すでに見えた勝敗にふてくされるのも無理からぬ話だと思う。


 さっきと言い分が違う? 


 そんなのさっきのが建て前でこっちが本音に決まってるだろ。地力からして勝敗なんて勝負する前から決まりきってますからね。前世で何年生きたと思ってるんだ、三十四年だぞ? それだけ生きたら流石に埋まらない才能の溝なんて知ってますから……。


「何だ、急に静かだな? 朝を待たずにもう負けを悟ったのか?」


「ち、違いますぅー。これだからお子ちゃまは。自意識過剰にも程があるなぁ?」


「そこでどもるな。負けを認めるなら認めたで、別に良いだろう? 道具にかけられる金額が違うのだから、そこを恥じるべきではない。俺のこの水晶にしたって、金額的に高くはあるが、君にとってのその水晶ほどの価値はない。高価だがいくらでも替えのきく……ただの道具だ」


 そこでふと、推しメンの声の調子が下がった気がして振り返ろうかと迷ったけれど、弱っている時の顔を見られることは、ゲーム内でも屈指のプライドの高さを持つ彼には辛かろう。


 だから私は気付かないフリをして「この水晶を割ったら代わりが買えないだけだってば」と自虐ネタを披露した。そうしてしばらく二人で背中を向けたまま、無言で星を詠む。深夜といえども真夏の夜はまだ暑く、地面から立ち込める芝と土の香りはどの季節よりも生命力を感じさせた。


「俺の方は詠めたが、そっちはどうだ?」


「あー……うん、私の方は今夜駄目だわ。悔しいけど不戦敗で良いよ」


「何だそうなのか? 悪足掻きをする時間くらいなら取ってやるが、どうする?」


 あぁ、もうね……変態だと言われようが、推しメンのこの一言多いところが可愛いと感じてしまう。何でこうも余計なことを言いたいのか。その失言たるや、前世の私を上回る。


「悪足掻きとか言うな。良いよ良いよ、今回の勝ちは譲ってやりますよ」


 勝負に負けたとはいえ、こちらにも歳上としての矜持があるのでそう引き下がってやったのに、彼は「採点にとる時間の無駄がなくて助かる」と返してきた。本日二度目のこの野郎だ。


 けれどムッとした表情をするこちらのことなど気にも留めずに、私の手の上に小箱を載せたスティルマン君は、相変わらず人を少し小馬鹿にしたような角度に口角を釣り上げて「これを。返却不可だ」と言った。


 それが勝者の言葉なら敗者は頷くしかない。ヒロインちゃんへのプレゼントだな。良いぜ、この大役しかと引き受けた。


「任せて、これを女子寮の誰に渡せば良いの? それと、もしかしたら受け渡しは休み明けになっちゃうと思うんだけど大丈夫?」


 一応〝誰に〟と付けたのは、私が彼の想い人を知っているのはおかしいからだけど、その他にも誕生日プレゼントだったりしないのかという確認の為である。乙女ゲームでプレイヤーが主人公の生年月日を選べるのが主流な昨今では珍しく、このゲームでは星座が関係する以上、主人公のプロフィールは固定なのだ。


 そして……あまりヒロインちゃんに感情移入出来なかった私は、彼女のプロフィールを全く憶えていない。そんな私の発言に目の前で眉をしかめる推しメン。何というか、役立たずで本当に申し訳ない。


 しかし彼は不甲斐ない私を見て深い溜息を吐くと「何を言っているんだ? それは君の物だ」と、耳を疑うような言葉を口にした。


 そして思いがけない発言にポカンとする私の手から小箱を取り上げ、中から淡く輝きを放つ涙型の首飾りを取り出す。日頃から良くお世話になるその淡い輝きは、真夜中の闇をほんのりと照らし出して。憮然とした表情の推しメンまでも、少し優しく彩った。


 そんな感じでちょっぴり彼との友情を深めつつ、その翌日に彼が学園を去ってからも日々は順調に穏やかに流れて。


 本日は〝八月十二日〟。


 外に立っているだけでも汗ばむような晴天だ。


 あの星詠み勝負の後、彼が領地に戻ってから早いもので今日で一週間。私は以前にも増して精力的にサポートする気に満ちている。図書館の西側で星火石ランプを必要としない私にとって、最早怖いものなどないからな。あぁ、今日も私の中で推しメンが尊い。そもそもあの場で言うに事欠いて、




『星の観測に出向くには星火石ランプの方が良いだろうが、あまり光量が強いと警備員に見つかるだろう?』




 ――とか、何だその気遣い。絶対に幸せにしてやる。それで結婚式には友人として出席してやるから覚悟してろよ。


 まったくあの日のスチルは美化なしでご飯三杯はいけるぞ。このゲーム内にご飯は存在しないけど――などと考えながら、一人ニヤニヤと涙型のペンダントトップを革紐に通しただけのシンプルな首飾りを弄りながら星座の本をめくる。


 何となく私の出現で、推しメンと星のエフェクトを持つ攻略対象キャラクターとの衝突や、ヒロインちゃんの不興を買わなかったことで、ここまですんなりとことが運んでいる気がするぞ。


 もしやこのままだと楽勝で、一年生の冬には交際開始とか出来るんじゃないだろうか? 任務があっさり完了するのは寂しいけれど、学生の本分が残るのだからまぁ良しとしよう。


「ふふふふふ……」


 すぐそこに見え始めたゴールに、思わず淡い光を放つ涙型のペンダントを弄りながら笑みが零れた――と、そこへ本棚の影から「おや、リンクスさん。今日は何だかご機嫌そうだね?」と柔らかなテノールの美声がした。


 この場所でそんなに良い声で話かけてくる人物など私は一人しか思い付かない。


「そうなんですよ! ホーンスさんにも分か――、」


 私は弾んだ声でそう答え、夢見心地のままペンダントから視線を上げて横に立った人物を仰ぎ見ようとして……目の前の現実に凍り付いた。


「ほう、そんなに嬉しいことがあったのなら、自分も是非聞いてみたいものだな」


 その圧迫感のある身体の大きさに似合わない、穏やかな微笑みを湛えて私を見下ろす大柄な熊、もといホーンスさんだが……周囲を飛び交う巨峰色の星形エフェクトが、以前のぼんやりとした色よりはっきりとした輪郭を持っていて。


 このゲームがまだ終わりそうもないことを、私の平和惚けした脳に刻みつけた瞬間だった。

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