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【書籍化】私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆  作者: ナユタ
◆オマケ◆

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◆◇ 祝福の言葉で終わらせて。


 白いレンガと青い屋根。

 小麦色よりなお濃い肌の色を持つ人々。


 色とりどりの果物や、鮮やかな絵付けのされた食器、緻密な模様の絨毯を商う市場の賑やかさ。白のタイルで装飾された尖塔(ミナレット)が、馬車の窓の外を通り過ぎていく。


 西洋風なミッドガルド王国とは違い、オリエンタルな空気を漂わせるこの街並みを見ることなんて、もう二度とないと思っていたのに。かえすがえすあの手紙を見られてしまったことが悔やまれる。

 

 乙女ゲームの【星降る】に転生した際の母国ってことになるけれど、ろくな思い出の一つもない土地だからか、気分は最悪。じゃあなんでそんなところにいるのかと言えば、やっぱりあの手紙のせいに他ならない。


 遡ること三週間前。


 多忙なアタシ達のお家デートの日に限ってそれは届いた。それだけでもすでに最悪のタイミングだったのに、内容はさらに上回っていたのだ。


「本当にトルヴィンに戻って来ちゃったのねぇ……」


 窓の外に意識を向けながら零した言葉に、向かい側の席から「まだ言っているのかラシード」と呆れた声で応じてくれるのは、恋人から奥方になって間もないカーサだ。視線を彼女の方へと向ければ、せっかく綺麗なドレスに身を包んでいるのに、騎士服の時のように脚を組んでいた。


 そのせいで義母上が選んだ繊細なレースをあしらったドレスの裾から、すらりと細い足首と脹脛が露になっている。ここが二人きりの馬車内でなければ、狼共が放っておかないでしょうね。


 付け加えるなら、義父上が用意したカツラをアレンジしたのもメイクをしたのもアタシだけど、自分の好みに仕上げすぎた。この国ではあまり見ない西洋風でまとめるだなんて……周囲への牽制のつもりかしら。見苦しいわね。


「ワタシ達は用事が済めば帰るのだから、ここに戻って来た(・・・・・)わけじゃないぞ」


「それはそうなんだけど気分よ、気分。あとねカーサ、そういう格好の時は脚を組んじゃ駄目よ。こんなところでアタシを挑発したいなら別だけど?」


「なっ、ば、馬鹿者。そんなこと……まだ、今日の用事が済んでいないのに、するわけがないだろう」


「あら、終わったらしてくれるの? それは素敵なことを聞いたわねぇ」


 気乗りしていないところに可愛らしいことを言われて思わずからかえば、カーサは頬を染めて「よ、用事が終わったら、しても良い」と頷く。簡単に気を許してくれるのは嬉しいけれど、こういう時には少し毒になる。甘くて優しい毒だ。


 今さら実家から届いた手紙。それはアタシが学生の頃にまだ婚約中だった上の義妹が正式に結婚するという内容と、その式への招待状だった。本当にどういうつもりなのか見当も――……いや、まぁ、ひねくれた考え方をするなら、廃嫡されて落ちぶれた姿を見せろということかもしれない。


「義妹の我儘に付き合わせてごめんなさいね。血が半分繋がってるアタシはともかく、赤の他人の結婚式に呼ばれたって楽しくもなんともないでしょうに」


「何故謝るんだラシード。最初から渋っていたお前に無理に出席を勧めたのはワタシだぞ。我儘を言ったのはこちらの方だ。それにルシア達の手紙にもあっただろう。今さら手紙を送ってくるのは何らかの心変わりで連れ戻すつもりか、ただの現状自慢のためだと。どちらであったとしても、許せん。特に前者は」


 そう言うやキリリと眉をつり上げるカーサの言葉に、親友夫婦へ出した相談の手紙の返事を思い出す。カーサにもルシア達にも幼少期の実家の話をほんの少しだけしたからか、交互に綴られた内容はなかなか辛辣なものだった。


 〝追い出した相手への結婚式の招待状など悪趣味極まる。先方が何を考えているのかは知らんが、どちらにせよ金輪際付き合わないで済むようにすべきだ。放っておくよりは出席すべきだと思う。その際は、もうそこがラシードの家ではないという証人も連れていくことを勧める〟


 〝私もクラウスの意見と同じで出席した方が良いと思うよ。幸せマウントを取られるのも腹が立つけど、連れ戻すつもりだったら絶対許せないし。その点カーサを妻として連れていけば、誰がどこからどう見ても非の打ち所がない幸せ夫婦だから。ラシードはもう一人じゃないんだって見せつけてやりなよ〟


 あの戦闘力が高めな手紙の内容を思い出し、への字に曲げていた唇が弧を描いたその時ようやく馬車が停車して、賑やかな宴の声が外から聞こえてきた。


「到着しちゃったみたいね。それじゃあ、奥様。アタシを幸せな男に見えるようにエスコートして下さるかしら?」


 緊張をまぎらわせる為にふざけて差し出した手を、躊躇いなくとったカーサが「当然だ。完璧な王国騎士のエスコートをして見せるぞ」と笑う。指を絡ませて馬車を降りたアタシ達に集まる視線。参加者のほとんどがカフタンに身を包んでいる中で、モーニングを着ているアタシが浮くのは仕方ない。


 ただカーサが目立つのは純粋にその佇まいの美しさだわ。深い青のほっそりとしたドレスは彼女の魅力を最大限に活かしている。男達の視線からカーサを隠して少し歩くと、見覚えのある顔の使用人が近付いてきて。


 こちらを訝かしむ使用人にやや横柄に招待状を見せれば、慌てて親族席まで案内されたのだけれど……一人半くらいしか席が用意されていないとはね。きっとまだ独り身でいると思われたのだろう。案内してきた使用人も冷や汗をかいている。

 

「仕方ないわ。空いている後ろの席まで移動しましょう。どうせ親族だなんて思われていないのだから、そっちの方が気も楽よ」


「ラシードがそう言うのなら構わないが、ベルジアン家なら父に何と言われるか」


「あー……セシリオ様はお許しにならなさそうねぇ」


 脳裏に厳格なものの不器用な愛情の持ち主である義父の姿が思い浮かぶ。滲み出る不機嫌さを隠さないカーサに救われた。この子のおかげで、ここにアタシの居場所がないということがこんなに嬉しいと思える。


 二人で後ろの席に移動する間も好奇の視線はついて回ったものの、いざ式が始まるとその視線も減っていった。新郎が祭壇の前に立ち、神を讚美する音楽が奏でられて教会のドアが開く。この国の伝統に則り義妹を抱き上げてヴァージンロードを歩いてくるのは――……何故か義母の兄だった。


 幼い頃に何度かゴミを見る目で人のことを見てきた男も、姪を抱き上げる時は優しい眼差しの伯父でしかない。でもあれは本来実父の役目。どうしてクズ親子でないのかと疑問に思っていると、隣から殺気を感じて。そちらを見下ろすと鋭い視線で射殺さんばかりに伯父を睨むカーサ。


 面白い人違いを正そうか迷っていると、殺気に気付いたのか伯父がこちらを向いた。目が合った瞬間、嫌悪を込めて睨まれる。当時と変わらないその反応に思わず噴き出したら、伯父の変化を感じ取ったらしい義妹がこちらを振り向いた。


 それは瞬きほどの時間で。ほんの数秒、時間が止まる。


 当時はまだあどけなかった表情が僅かに大人びて、義母と同じ榛色の双眸が見開かれた。赤の地に金の刺繍が施された花嫁衣装が良く似合う。足早に祭壇へと向かう伯父の肩を握りしめる手に力が籠るのが見えた。

 

 祭壇の前で教典に手を置いて宣誓の言葉が交わされ、祝福の拍手の中で口付けをする二人の姿に、ようやく本当の意味で解放された気がする。その後は隣で不穏な気配を放つカーサの肩を抱いたまま、義母や義妹達と言葉を交わせる機会を待つことにした。


 ――……のだけれど。


 あまり馴染みがなくて忘れていたものの、トルヴィンの祝事にはお酒が付き物。婚礼の儀式が済んでしまえば、二次会は一気に飲みの席に雪崩れ込んで。そんな男女を問わずに賑やかに酒を酌み交わす酒宴で、アタシ達は主役である新婦の元に呼ばれてしまった。


 耳許で新婦に何事か囁かれた新郎は、柔和な笑みを浮かべてこちらに会釈をし、他の親族達の方へと去っていく。その中にはこちらを心配そうに見つめる義母と、厳しい表情の伯父の姿もある。せっかくの結婚式なのに気を使わせてしまって申し訳ないけど、これきりだと思って大目に見てもらおう。


 残ったのは固い表情の義妹が二人。上の義妹はダムラ、下の義妹はエセン。十八歳と十六歳の姉妹のうち、先に口を開いたのはダムラだった。


「お久しぶり、ラシード。今日は招待に応じてくれてありがとう。ですがそちらの方はどなたかしら? 出来れば身内だけで話がしたいのだけれど」


「久しぶりね、ダムラ。元気そうで良かったわ。でも残念。この女性はアタシの身内なの。彼女の前で出来ない話なら聞かずに帰るわ」


 彼女の警戒心の強い声に応じれば、エセンが毛を逆立てた子猫のようにこちらを睨む。するとアタシの目の前に割って入る人物がいた。


「お初にお目にかかるカサンドラ・ベルジアンだ。ミッドガルド王国で騎士の任に就いている。本日はワタシ達の結婚報告もと思った次第だ。我が夫、ラシードをお招き頂き感謝する。ワタシの耳に入れられない話をするというのなら、今ここで帰らせて頂くが、どうか?」


 有無を言わせぬ圧力のあるカーサの自己紹介に、二人は顔を見合わせて戸惑っている。トルヴィンでは女は男を立てて穏やかであることを求められるから、彼女のような女性を見るのは初めてなのだろう。

 

 しかしその困惑も束の間で、カーサの本気を悟った姉妹は頷き合うと再びこちらに視線を戻した。


「お父様が、去年病に倒れて余命幾ばくもないと診断されたわ。今さらこんなことを言うのは都合が良いと分かっているけれど……わたし達は、貴男に謝りたくて今日の席に招いたの。けれどこの謝罪にお母様は関係ない。わたしとエセンからだけの謝罪だと思って」


「ほう? 許してくれると分かっている相手に許してほしいというのは、あまりに身勝手なように思える。それもラシードが未だ一人で味方のいない状況だと仮定して呼びつけておいて。そんな謝罪に意味があるとでも仰るおつもりか?」


「それは――……」


「お待ち下さいベルジアン様、聞き捨てなりませんわ。元はと言えばラシードの母親の不貞行為のせいではなくて? お母様もお姉様も私も、その犠牲になってきたのだもの」


「だとしても、それはラシードの母君の責任だ。もっと言うならばここにいない義父上のせいだろう。ワタシの夫に責などない。義父上をこの手で殴れなかったのは残念だが、すでに天からの罰が下っていたようで何よりだ」


 当事者のアタシ抜きで段々とヒートアップしていく三人娘。姦しいという漢字の成り立ちを思い出しつつ、ひとまず愛しい人の肩をそっと叩いた。不満気に振り返るそんな表情まで綺麗で、こんな時なのに苦笑してしまう。


「カーサ、落ち着いて頂戴。アタシの為に怒ってくれるのは嬉しいけれど、貴女がこの場で悪役みたいに扱われるのは嫌よ。それとダムラとエセン。貴女達には悪いけれど、その謝罪は受け取れないわ」


 そう言った直後の三者三様の表情に笑いそうになる表情筋を何とか引き締め、清々しい気持ちのままに言葉を続ける。


「それに今日はそもそも喧嘩しに来たのでも、過去の話を蒸し返しに来たのでもないわ。ダムラ結婚おめでとう。少し気弱そうだけれど良さそうな旦那様じゃない。アタシも結婚したの。強くて優しい自慢の妻よ」


 背後からカーサを抱きしめるように腕の中に囲い混んでそう言うと、さっきまでの剣幕を手放したカーサがみるみる内に頬を染めるから、何だかちょっぴり意地悪をしたい気分になったけど、馬車につくまでは我慢しなくちゃね?


「見ての通り、アタシもとっても幸せなの。だからもう一度言うわ。おめでとう。それから……さようなら」


***


 白いレンガと青い屋根。

 小麦色よりなお濃い肌の色を持つ人々。


 色とりどりの果物や、鮮やかな絵付けのされた食器、緻密な模様の絨毯を商う市場の賑やかさ。白のタイルで装飾された尖塔が、馬車の窓の外を通り過ぎていく。


 華奢な肩口に頭を預けて遠ざかるそれらをぼんやりと眺めていたら、額に柔らかな感触が落ちてきて。視線を窓の外から隣で肩を貸してくれる人物に向ければ、何故か眦を細い指に拭われた。


「これでお前の帰る場所はワタシだけだ」


「凄い殺し文句を言ってくれるわね……アタシの番星は」

 

 溶けていく窓の外の景色を遮る口付けも言葉も、過去との訣別を告げるのにかかった年月を払拭するほどに、格別上等なご褒美だわ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カーサが男前すぎて悶えます。 ラシードがラシードすぎて尊い。 もうね、このふたり主役カップルに負けず劣らず大好きさ。 青い屋根に白い壁、で地中海の島を思い出しました。 トルヴィンはもうち…
[一言] ラシードのような人が、いつまでも不毛な昨日の中で足踏みしてるわけがないじゃないですか。 昨日での知り合いは、そんなことにも気がつかない程度の知り合いでしかなかったってことなのかなぁ。 「赦…
[一言] おおお! 更新ありがとうございます! しっとりとさっぱりが見事に同居している本作、やっぱり4人とも大好きです。優しく強いこちらの2人も、手紙だけなのにインパクトのあるあちらの2人も。みんな困…
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