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【書籍化】私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆  作者: ナユタ
◆番外編◆ ラシードとカーサの場合。

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◆9◆ この一本で、攫われて。

次回で番外編の最終回を予定しております(´ω`*)

もう少々お付き合い下さいませ。



 カーサ達が見守る中で所定の位置につき、向かい合ったままお互いの得物を正面に構えて真っ直ぐ相手に晒す。ずっと馬鹿馬鹿しいと感じていたこの構えも、流石に今回の相手を前にすれば精神統一に持ってこいかもしれない。


 そんならしくもない緊張感を悟らせないように、わざと軽く「今日はよろしくお願いしますわ、お義父様?」と口にしてウインクを投げかけると、案の定不愉快そうに顔をしかめたセシリオ様は、一瞬だけその研ぎ澄ませた感性を揺らがせた。


「……ほざけ。娘に何を吹き込んだのか知らんが、まだお前達を結婚させるつもりはない」


「あら、まだそんなこと言っているのね? そもそも、お義父様の指図を受けることではないわ。本当ならアタシはこんな席を設けたりしないで、さっさと攫って逃げても良かったんだけど……カーサがお義父様を説得したいと言ったからここにいるのよ。結局はそんな娘の思いも無駄だった訳だけど?」


 僅かな綻びはこちらの勝利を引き寄せる鍵だ。カーサには必ず勝つと言ったし、自分でもその自信はある。けれどどれほどアタシがこの国の剣技をマスターしたと思っていたところで、まだまだ現役の聖騎士様と真っ向勝負をするにはやや心許ないわ。驕った馬鹿のふりはしても良いけど、本物の驕った馬鹿になったらお終いだものね。


 本当に欲しいものがあるのなら、勝ち方に拘ったりしない。絶対に、確実に手に入れるわ。その為なら過程に多少濁りが生じても構わない。アタシ達の巻き添えを避けるために離れた場所で見守るカーサ達に、この会話は届かない。


 だったら清廉なセシリオ様の心の泉に小石を放って、迷いが剣の速度を鈍らせるならやってみる価値はある。


 真実と偽りを半分ずつ足して割った、アタシの見え透いた言葉の狙いに気付いたセシリオ様が「下らん無駄口は閉ざしてもらおう」とブロードソードを構え直した。こちらもそれに倣ってブロードソードを捧げ持つように相手に晒す。


 アタシが思った通り、先に動いたのはセシリオ様。


 カーサだとダンスを始める前の軽いステップのように踏み出された一歩は、静かな殺気を纏って地を蹴ったセシリオ様のものとは全くの別物だったけれど……放たれた初撃は、上段からの速さと重さの乗った一太刀。


 威力は段違いにありそうなそれをかわすことが出来たのは、その剣筋が何度も手合わせを重ねてきたカーサのものと、寸分違わなかったからに他ならない。しかしセシリオ様はこちらが剣で受けることすらしないとは思わなかったのか、僅かにその威圧的な目を見開いた。


 まさか一刀の下に決着をつけられるとでも思っていたのかしら? だとしたら自信家にもほどがあるし……何よりも、自分の娘を舐めすぎよ。カーサはアタシを“代理人”と評したけれど、今この“男”に向き合うのは、間違いなく長年ここまで剣技を昇華させた“貴女(カーサ)”だわ。


 そんなことを考えていたら、自然とあの時と同じ様に身体を横に捌いて、下から上へ逆袈裟の要領で剣を振るっていた。勿論、今度はブロードソードの空気抵抗を考えて、ね?


 重みを上手く分散させたお陰で手首にさしたる負荷はなく、けれどそうして上手く捌けたにも関わらず、アタシの振るった一撃はあっさりとかわされてしまった。


 今度はきっと横薙が襲ってくる。そう思った直後に風を切った音がして――……自分でも意識しないまま、半歩下がって上半身を捻ることで凌いでいた。このことで何か違和感を感じたのか、攻めの一手だったセシリオ様が後ろに半歩下がり距離を取ろうとする。


 だけど駄目よ、させないわ。違和感の正体に気付かれてしまっては、せっかくのダンスが台無しじゃない。それにここで半歩下がって距離を取ろうとしたのは悪手よ? 今ので完璧な“勝利のステップ”がズレてしまった。


 ベルジアンの剣技はその苛烈なまでの攻めの一手。だからこそ、守りに入ると攻めよりほんの僅かに精細さを欠く。ああ、カーサは本当に……良くもここまで真似たものね。


 瞬きも、焦りも、全てが同じ。


 違うのはただ、性別だけだわ。


 こちらが短く息を吐いて剣を倒した姿勢で一気に間を詰めると、セシリオ様が強引に下がりかけていた足でもう一度地面を蹴り、やや前傾姿勢のままアタシの勢いを殺そうと自らの剣の腹で刃を受けた。


 初めて切り結んで鋼同士が削れ合う感覚に、腕にズシリとくる鈍い衝撃と、鼓膜を苛む不協和音が空気を震わせる。年齢の違いを感じさせない一撃の重さに思わず口角が上がった。


 痺れる腕の感覚と、耳の奥にこびりついた金属音すらも……面白くて悪くない。強い相手とぶつかる瞬間の一種異様な興奮状態は、得難いものがある。


 そんな気分を感じたのはアタシだけではなかったようで、正面で姿勢を立て直したセシリオ様も同じように笑みを浮かべていた。


 もう一度その感覚が知りたくて、今度は子供のように無心で斜め上段から振り下ろすも、これは簡単に防がれてしまう。まるでリズムのなっていない、金属製の打楽器を打ち鳴らすような酷い音がする。


 一撃、二撃と模擬刀の刀身を打ち合わせて身を翻すごとに、その素直で苛烈な剣がアタシを狙う。ただ、時折まだ少し元の剣筋を引きずって荒くなるアタシの剣先を、ふっと持ち上げるようにセシリオ様の剣先が掠める。


 まるで“良くない”と導いているようで、押しつけがましくないその指導は、すんなりと手に馴染んだ。本人は無自覚のようだったけれど、アタシはそこに在りし日のカーサとセシリオ様の鍛錬風景を見たように感じたわ。


 (カーサ)が可愛くないわけではなかった。むしろ不器用な彼なりに愛情をかけているつもりだったのだと。でもそれはあの子が欲した愛情ではなかった。だとするのなら、それは暴力と変わりない。


 そんなことにも気付かずに、この苛烈な剣をカーサは受け続けた。受け続ける果てに“娘”の自分をそのまま愛してくれると信じて。


 そうしてそれは、前世にアタシも感じたことのある絶望で。やるせなくて、やりきれなかった。


 あれは中学生の頃、クラスで編みぐるみが流行ったことがあった。ちょうど母親の誕生日が近かったこともあって、クラスの女子に教わりながら作り上げたそれを、厳格な父親が“軟弱だ”と詰って取り上げられたことがある。


 アタシは母親の誕生日、編みぐるみの代わりに市販のスカーフを贈った。母親は喜んでくれたし、父親も満足そうだったから忘れていたわ。あの時はそれを少し残念に感じたけれど、今となってみれば悲しかったのだ。


 赤いベレー帽をかぶった焦げ茶色のクマの編みぐるみ。


 小さな白いビーズで作った花束も持たせたのに。


 あれを受け取って喜ぶ母親が見たかった。


 良く出来ていると褒めてくれる父親を見たかった。


 今となっては全てが遠い、手に入らない過去のものだわ。最初は小さな軋みだったのに、あれから何かが狂って行った。全部が全部駄目になるのにかかる時間なんて、そんなに長くはないのよ?


 アタシの考え事をしながら振るう剣に気付いたのか、セシリオ様の導くような指導がやや荒くなった。剣を握っている間は考え事をするなと叱るように。感情の乗らない言葉とは違って、剣の方は雄弁なのね。


 ……そういえば、これは代理試合だもの。そっちがそのつもりならこれを期にボコ――いえ、お仕置きしても良いんだったわ。欲しいものを手に入れたいなら……どんな手を使っても勝ちさえすれば、良いのよねぇ?


 次の瞬間、正しい型に導こうとする剣先を乱暴に弾き落とす。ガギンッと鈍い音を立てて弾いた剣先がブレることを嫌ったセシリオ様が、半歩下がって間合いを取ろうとする。それこそ面白いくらい、カーサの動きと全く同じように。


 もしもこの世に同じ人間が二人いたら、きっとこんな風なのだろうと思わせる動きに合わせて一気に間合いを詰め、セシリオ様の剣を絡めてカーサ達のいる方向とは逆の方角に弾き飛ばす。

 

 ブオンッと大きく風を切る音を耳にしたセシリオ様が、至近距離で驚きに目を見開くけれど……この好機を逃がしはしない。彼が冷静さを取り戻す前に自分の持っていた模擬剣から手を離し、邪魔にならないように蹴り飛ばす。 


 それだけで徒手空拳になったアタシの狙いが分かったのか、今度こそ距離を取ろうとする彼の襟首に下から右手をかけ、左手を二の腕に伸ばした。そのまま自分の方に引き寄せながら背中を向け、彼の胸に身体を押し付けるようにしてから――……地面を蹴り上げる!


 一瞬だけ背中にのしかかった体重は、けれど。あっという間に背中から離れ、直後にセシリオ様の呻き声と砂埃が上がった。


 咄嗟とはいえ見事に受け身を取って衝撃を逃したのか、咳き込む素振りも見せないセシリオ様は面白味にかけたけれど、何が起こったのか分かっていないようで呆然としている。


 この技を人にかけるのは久し振りだったけれど、割と上手く決まったかしらと思っていたら「え~……剣の試合でまさかの一本背負い?」と駆け寄ってきたルシアが苦笑した。言いたいことは分かるけど、絶対に負けたくない勝負にロマンを求められても困るわね。


 後ろから後れてついてきたクラウスが「何だ今のは、体術か?」と興味津々といった様子で訊ねてくる。


「そ。こう見えても文武両道だったのよ、アタシ。第一よくよく考えたら模擬剣だって当たれば血が出るじゃない? カーサのご家族にしてみたら娘はとられるわ、流血沙汰だわじゃあんまりでしょう」


「あ、それもそうか。でもカーサを攫っていくのは止めないんだ?」


「そりゃあ奥さんに欲しいもの。攫うって宣言したんだからそうするわよ」


「いや、そもそも今のは俺がかけられていたら、恐らく無事では済まなかったと思うのだが……。ラシードの体格で今の技は、武術の心得のない一般人だと死ぬんじゃないのか?」


「あら、物騒なこと言わないで頂戴。これでも手加減くらい心得てるわ」


 本音を言えば、今までカーサに対して行ってきた数々の虐待に対して、肋の一本でも折ればよかったのにと思わないでもないけれど。そこは胸の奥にしまっておく。そんなわちゃわちゃと騒がしい合いの手を入れてくる親友二人の声を手で制し、投げられたセシリオ様と同じく呆然とする人に向かって微笑み、手を伸ばす。


「……ねぇ、ほら、カーサ。そんなところに突っ立ってないで。宣言通りきちんと勝ったんだから、ここで泣いて駆け寄ってきてくれなくちゃあ、アタシの格好がつかないじゃない?」


 その言葉に弾かれたように駆け寄ってくるカーサの為に、親友二人が道を開けて。アタシは抱きつかれる寸前にその身体を地面から抱き上げた。


 自分から初めて欲しいと手を伸ばした人は、思っていたよりもずっと軽くて。


「ふふ、やっぱりカーサったら泣かせ甲斐のある子ねぇ? 涙を取っておいてもらって良かったわ」


 そう笑って舌で掬い取ったその涙は、アタシが想像していたよりも、ずっとずっと、甘かった。

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