表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆  作者: ナユタ
◆番外編◆ ラシードとカーサの場合。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

120/129

◆7◆ 剣の乙女とダンスを。



 正規の騎士団の構えは両者、お互いの得物を正面に構えて真っ直ぐに相手に晒すように見せ合う。実践ではこんなに儀礼的なことはしないでしょうけど、カーサが言うには騎士道精神を教え込まれる際の決まり事ということらしい。


 いつもはレイピアが主戦武器のカーサも、アタシに教える時は女性でも扱える長さの模擬剣を使用してくれる。通常、女性騎士が装備するのはレイピアが一般的で、男性騎士の扱うブロードソードやロングソードを装備することはまずない。長柄物の槍などもそう。


 もしも女性で装備するとすれば、その武芸の指導で引き立てられたお家の娘さんであることが多い。秘伝とまではいかないまでも、一族の技を確実に残していくための生き残りをかけたこと。


 ――だからこそ、そういったお家の出身ではないカーサの置かれた立場は、やっぱりちょっと特殊な状況なのよね。


 それでも、レイピアよりもだいぶ身幅のある刀身に手を添えて掲げる姿が様になっているのは、彼女が長年ずっとこの構えに真面目に取り組んできたことの現れで。真面目な彼女の不器用な家族愛の形でもあるわ。


 目の前で誓いを立てるように捧げ持たれた模擬剣の表面を、白い日の光が滑り落ちていく。凛とした雰囲気を纏ったカーサは、男の騎士に引けを取らない腕も持っている。実際学生時代には女だからと甘く見て、鍛錬場で返り討ちに遭うお馬鹿な男子生徒も大勢いたわね。


 大抵がカーサのレイピアでの初撃を避けきれずに無様に負けて、彼女の親衛隊に吊し上げを食らっていた。女子の騎士候補生が、男子の騎士候補生を取り囲んでレイピアを突きつける様は何とも華やかだったわねぇ……。


 そんなことを考えながら、ジリジリとお互いに間合いをはかる。


 本番の試合さながらの緊張感は、学生の時に最終試合までもつれ込んだ天恵祭を彷彿とさせるわね……と、カーサの構えた剣先がほんの僅かに下がった。


 それを合図に睨み合いの末に先に動いたのは彼女。初撃は上段の構えから振り下ろされるカーサの速度がなせる鋭い一撃だけど、いつものレイピアでの刺突よりはやや遅い。


 その隙を突かない手はないから、こちらもすかさず身体を横に捌いて下から上へ逆袈裟の要領で剣を振るった。


 だけどちょっとだけ勝ちに拘ってしまったせいで、ついこの国で主流な騎士の型から、アタシの故郷で主流だった湾刀(シャムシール)の振り抜き方をしてしまって、軽く舌打ちする。当然形の違う刀身では空気の切り上げ方も違うものだから、余計な空気抵抗を受けたブロードソードの重さがずしりと手首に響く。


 今度はその隙を突いたカーサの横薙が襲ってくるものの、それを何とか身体を半歩下がって上半身を捻ることで凌ぐ。バランスを崩したまま刀身で受けたりしたら、一気に彼女の独壇場だもの。


 そうなると結局、一度もお互い刀身で攻撃を受けることはなくて、アタシ達はまるで演舞のようにステップを踏み続ける。真正面から視線をぶつけ、刀身では散らない幻影の火花を散らす。

 

 ――飛び込んで、飛びずさって、反転して、睨み合う。


 剣舞(ダンス)の相手として申し分のないカーサの体裁きに、自然と唇が弧を描く。そしてそれは、カーサにしても同じことで。山吹色の瞳が楽しげに眇められた。


 一応マスターしたとはいえ、アタシはこの国の騎士が使う型を始めて日が浅い。けれど激しいステップに耐える体力は、どうしたって残念ながらアタシの方に軍配が上がる。


 だから例え幼少期から叩き込まれたカーサとの錬度が違うとしても、同じ鍛え方、同じ型を性別の違う者同士ですれば男の方が有利になるのは道理だもの。


 けれどなら何故王都にいる同級生で、騎士候補生の知り合い達に手合わせを頼まないかというと、カーサと手合わせをする一番の理由というか、狙いがもっと別にあるからだ。


 結婚を認めてもらう時間を出来うる限り短くしようと思ったら、鍛錬一つ取っても有意義に理詰めで行動しなくちゃ駄目だわ。


 段々とダンスのリードをするように踏み込む速度を上げていくと、カーサが悔しげに眉根を寄せた。教えてくれた側のこういう表情はちょっと辛いけど、天恵祭の時に『勝負の世界に情けはいらない』と言ったのは他でもないカーサだものね?


 アタシは素直な教え子だから、動きの鈍った彼女の剣を巻き上げるようにして掬い上げた。でも上に向かって弾き飛ばされた剣の切っ先を、危なげなくかわす動きは流石ね。


 学園の剣術の授業では、時々避け損ねた男子生徒が切っ先に顎や額を引っかけて流血沙汰になることがあったけど、カーサにそんな心配は少しもいらなかった。


 弾き飛ばした模擬剣を拾って戻ってきたカーサは、むすりとした表情のまま額から流れる汗を服の袖で乱暴に拭ったかと思うと、何か言いたいことがあるのに、上手く纏まらない時の表情を見せる。


 話の内容は大体想像がついたけれど、アタシはそんなカーサを微笑ましい気持ちで眺めつつ、くしゃくしゃになった前髪を整えてあげながら言葉を待った。濡れて束になってしまった髪の先を、汗の滴がポタポタと落ちて日に焼けた細い首筋を滑り落ちる。


 こうして近くでみると、カーサの肌の色は日焼けだけでなくて、元々少しお義父様に似て浅黒いのかしら? 自分と並んでいるカーサを想像してみると、あまり色味が違わないで悪くないわね。


 風邪をひかないように襟足を重点的に拭いてあげていたら、言いたいことが纏まったのか、難しい顔をしていたカーサの眉間が緩んだ。それを見て「言いたいことは纏まったかしら?」と訊ねると、カーサは大袈裟に驚いた表情を浮かべてアタシをその山吹色の瞳に映り込ませる。


 そんな様子を見てクスクス笑うアタシを一度だけ睨んだカーサは、小さく空咳を一つして、ようやく口を開いた


「クラウスが迎えに来たのは喜ばしいが……それにしても平手打ちの一発もなく結局許してしまうだなんて、ルシアはお人好し過ぎると思わないか? クラウスはあんなにルシアを傷つけておきながらあっさり許されるだなんて、ワタシは何となく納得がいかん」


 やっぱり思った通り、話題の内容は昨日こちらに到着したクラウスと、この王都に家出をしに舞い戻ったルシアのことだった。


 女性のカーサとしては全面的に男のクラウスが悪くて、同性のルシアが可哀想ということなのだろうけれど、この件に関して言えばアタシの意見は男のクラウスよりだから、カーサの意見とは少しだけ違うわね。


「うーん……そうねぇ。確かにそうかもしれないけど、それはあの二人にしか分からないわよ。周囲がどう思って、何を言ったって、結局は好きな者同士の価値観でしかないわ。お互いの言葉さえ通じれば、他の言葉なんていらないのよ。それに、アタシにはルシアを遠ざけたクラウスの気持ちが少しだけ分かるわよ?」


 からかうような含みを持たせたアタシの言葉に、素直なカーサは案の定形の良い眉を吊り上げて「何故だ?」と若干低い声を出す。その姿が大型の猫科が毛を逆立てて唸る姿を連想させるから、笑うのを堪えるのに苦労したわ。


 だから猫をあやす時のように優しく、目を細めてこちらの言葉を待つカーサの顎を持ち上げ、その耳許に唇を近付けて教えてあげる。


「男にとって心底惚れた相手はね、他の同族とは比べ物にならないくらい、とっても美味しそうに見えるものなのよ。それこそ傍にいたら、ずっと食べていたくなるかもしれないわ。そんなのって困るじゃない?」


 見つめる先にあった横顔が一瞬だけ考え込んで、予想がついたのか、次第に緊張から硬直していく姿が面白くて今度こそ笑ってしまったけれど。あの二人の姿を今日はまだ一度も見ていないから……嘘を言っていないわよ?

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ