*11* 夏休みイベントに課金は出来ますか?
本日は夏休み一日目にあたる〝八月一日〟。
現在時刻はちょうどお昼の一時だ。
ヒロインであるアリシアは確か、夏期休暇の間に本編の伏線であるミニイベントの消化があったような……? どちらにしてもまだそこまで親しくないから、夏期休暇の間に遊ぶような約束をしていない。
しまったな。こんなことなら嘘でももう少し取り入って、イベントの邪魔を出来れば良かったかも――……って、いかん、心根が汚れきってる。
最後に推しメンルートに担ぎ込めば良いんだから、まだ序盤の学園生活くらい彼女にも楽しませてあげなくては。それに昨日はあの後に彼が、
『屋敷の者に五日ほどこちらに滞在する旨を連絡しなければならないから、今日はこれで解散するとして――明日の予定については、今ここで待ち合わせ場所だけ決めておこう』
と言うので、こちらも『あ、はい。よろしく』とだけ答えて待ち合わせ場所を決めたんだけど……よくよく考えてみたら肝心の時間を決めてなかったことに今さら気付く。お間抜けか。
朝一番でそのことに気付いた時は真剣に落ち込んだのだけれど、時間に厳しい腹時計に急かされて食堂に下りてみたら、さらに気分を滅入らせてくれるお知らせが食堂の壁の一角に貼られていた。
何でも夏期休暇や冬期休暇の時には、この女子寮はほぼ無人の状態になってしまうらしく、その間は食堂での食事も昼の十二時で終わってしまうのだとか。夕飯は各自お昼の内に外で購入してきた物を調理するなり、出来合いの物で済ませたりするらしい。
そもそも大抵の女子生徒はお嬢様なのに、このシステムはおかしいのではないだろうか? と思っていたら、寮に残った数少ない生徒達はそのほとんどが院生か研究員なので、お嬢様というよりは変わり種。
要するに前世の私のような生活をしている女生徒が多い。そのうえ年齢もバラバラなせいで会話も合わないのだから、朝食時と昼食時の食堂は年頃の娘さん達がいるというのに驚くほど静まり返っていた。
何とか朝食と昼食にはありつけたものの、さて夕食はどうしようか? 最悪朝まで水でお腹を膨らませるとか……いや、ナシだな。三年間夏期休暇中そんなことをしたら、身体を壊して卒業前に死んでしまう。
悲しいかなあまりお財布事情が芳しくない私にとって、街は危険な誘惑で溢れている。そのせいでまだ学園の敷地内からあまり街に出たことのない私は、夕飯を買えそうな場所の見当がまるでつかないのだ。
幸いにもまだ時間はあるしいまはちょっと保留にしようと、心折れた私が夜まで時間を潰せそうな場所といえば――。
「はぁ……千載一遇のスチル大量確保の好機は、時間を決めてなかったせいで決行出来るか不明だし、夕飯確保の目処は立たないし。前途多難だなぁ」
すでに私の心の友となっている、クリーム色の〝みんなのせいざ〟を抱えながらそう愚痴る声が響く。図書館西側の一角。
学園が休みの間でも一部の学生達が利用する為に図書館は開いていると聞いて、早速足を運んでしまうあたり、私はすっかりこの場所を地図上でのキャラ待機場所として定めてしまったようだ。
「もう開き直って夜までここにいるか? いやいや、でもやっぱりご飯の確保とか推しメンの捜索とかした方が良いかも」
ブツブツ言いながら読むと児童書の内容ですら頭に入ってこない。ここで膝の上に本を抱えているだけじゃ勉強にもならないし、かといってどうすべきか決めあぐねていると、不意に靴音がして誰かがこちらにやって来る気配がした。
……ホーンスさんかな? 彼も院生だから、寮に残っていたとしても不思議ではない。学園生活が長い彼なら夕飯を買えそうなお店の場所とかを教えてくれるかも。そう思った私は手にした本を棚に戻して足音の主を待っていたのだけれど……本棚の角を曲がって現れたのは意外な人物だった。
「え……スティルマン君?」
星火石ランプを持って現れたまさかの推しメンの姿に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。当の名前を呼ばれた人物は、驚いている私とは裏腹に「あぁ、やはりここにいたのか」と淡々とした声で答える。
そうして冷たい印象を受けるダークブラウンの目が私の姿を捉えて、やや呆れたように眇められた。あ、これはもしやお小言?
「昨日は時間を決め忘れていたから探してみようと思ったんだが……すぐに発見出来るのは利点だが、君は行動範囲を読みやすい人間だと人に言われたことがないか?」
うん、やっぱりそうだったね。
それと前世でも自分の行動範囲の狭さについては自覚があったので「ですよね~」と苦笑混じりに答えてしまう。彼はそんな私に向かって苦笑らしき物を返してくれると「時間が勿体ない。行くぞ」と手を差し出して来た。
どうやらここでの一件で、彼の中で私は暗い場所が全く駄目だと思われてしまったらしいけれど、外が明るい時間帯はまだ大丈……いや、ここはご褒美イベントだと思っておこう。
内心ドギマギしながらそうっと握った手に、少しも私を意識していない推しメンは力を込めて握り返してくる。これは、あれだな。心の温度差が成せる技というか。何でも良いや。ありがとうございます。
そのまま明るい場所まで手を引いてくれた彼は、その手を離すと私を振り返り昼の日差しの下でこう言った。
「今日すぐに見つけられたところを鑑みるに、君はこの学園の長期休暇の過ごし方を知らなさそうだな? 星詠みが出来る時間まではまだ暇がある。それまでに今夜の夕飯が買えそうな店を案内をしよう」
――って、いやいやいや。
これは今日でいよいよ私もこの世界とお別れなのか? そういえば前世の最後くらいから流行っていたフレーズに〝ここにアナタが転生したのは実は手違いでした〟とか曰う天使とか、女神様の出てくる作品があったな……。
「――い、おい、何を呆けているんだ?」
我が身に起こっている出来事を処理しきれずに、頭の中でぼんやりと前世を懐かしんでいたら、いきなり肩を掴まれて思わずビクリとなる。遅れて散漫になっていた焦点が段々と像を結んでいくと、そこには訝しげに眉を顰めた推しメンの顔があった。実に眼福である。
「さっきからずっと呼んでいたのにどうした? まさか人混みに酔ったか?」
まだ状況が飲み込めずに目をパチパチと瞬かせている間に、彼は思案顔のまま言葉を続ける。
「王都はどこもこんな人通りだが……そうか、人よりも家畜の方が多い辺境領から出たことがないのであれば無理もないな。一度どこか適当な場所で休もう」
彼の頭の中にヘイトを稼がない心配の仕方はないのだろうか? 心配されるのはありがたいんだけれど、流石にムッとくるぞ。
「うーわー、お優しいですねー。でも大丈夫だよ、少し暑さにクラッとしてただけだから。それにうちの領地はそこまで家畜と領民の数に差は……確かにあるけども、そうさ、そこまで田舎だよ、ははっ……」
くそう、駄目だ。自領のはずなのに都会生まれの人間相手に、全く庇い立て出来る言葉を思い付かない。
「そうか。いまの君の説明で、悲しいくらい何もない長閑な場所だというのは分かったから、取り敢えず行くぞ」
「うぅ、都会生まれのその余裕腹立つわ~」
「そう思うならせめて道の真ん中で立ち止まるな。止まるなら隅に寄らないと、」
おかしなところで言葉を切った彼に腕を引かれてたたらを踏むと、すぐ後ろを数名の子供が走って通り抜けて行った。腕を引いてくれなかったら、危うく往来で子供に轢かれるところだったぞ。
びっくりして後ろを振り返っていた私の反応に気付いた彼は、どこか面白そうに「いまのように轢かれそうになるぞ?」と笑った。
何だか今日はスチルの大量放出の日なの? このゲームは家庭用据え置き型機だったはずなのに、ネット配信での課金システムでもついたのか。お支払はこちらのお金でないと駄目?
というか、もっと言うならこの現状ってアレに似ているな。喪女や喪男を相手にした悪名名高い〝デート商法〟に。大丈夫だぞ、推しメン。
私相手にそんな法に触れそうなことをしてくれなくても、きちんとヒロインちゃんとの橋渡しはするから。
「恐らく人酔いと暑気あたりだろう。何か冷たい物を口にするならこっちだ」
そんな風に優しくされると困るんだよなどとは言い出せるはずもなく、私はその背中を追いかけた。そうして二人で街を歩く間に、要所要所で立ち止まっては簡単に店や道案内をしてくれる。
途中で約束通り、良く冷えた蜂蜜レモン水を売っている露店で水分補給を済ませ、さらに本屋や雑貨屋などの建ち並ぶ、表通りとは違った趣のある小さな商店街を案内してくれた。
並んでいる商品の値段は表通りよりは幾分お手頃な物が多い。表通りにはなかった古本屋や古着屋などもあるので、長期休暇の期間だけでなく、学園が始まってからの、休日のちょっとした買い物にも重宝しそうだ。
意外なことに彼は下町の道にも詳しく、そのことが気になって訊ねれば「俺とて無駄遣いをしないで楽しむ術くらい知っている」との庶民派な答えが返ってきたので、思わず笑ってしまった。
それから数時間は夕飯になりそうな物を少しと、夜に小腹が空いた時に食べるドライフルーツやナッツを購入して、古本屋の棚で夏休み中に星座の勉強に使えそうな本を選んで頂いたよ……。
半日やそこらで脳内のスチル枚数が、ボックスをパンクさせそうな勢いで増えているのが分かるから、今夜寝る前に整理しとかないと本の内容が入りそうもない。色んな店を覗いたり冷やかしたりする内に、ふと気付けば日の長い夏の夕焼けのあわいに紫色が混ざり始めた。
「お、スティルマン君、そろそろ空が良い感じになってきたから戻ろっか」
そう声をかけると彼も素直に応じてくれたので、二人で寮へと歩き出す。両手に持った荷物がガサガサと音を立てるせいで賑やかではあるけれど、どうせなら会話がしたい。
「そういえば、これだけ付き合ってもらっておいていまさらなんだけどさ。スティルマン君、今回は五日も家に帰るの遅らせて大丈夫だったの?」
「あぁ……問題ない。精々呼ばれていた下らん茶会が一つ潰れたくらいだ」
「お、おいおい、それは問題大ありでは? 都会の人達とのお付き合いにお茶会とか命でしょうが。それ断って後から怒られたりしないの?」
「茶会が命かどうかは知らんが、少なくともこうしているより退屈だ。それにどうせ断る気でいたからな」
う、うぅむ――……複雑ではあるけれど、そう思われていると思うと少し嬉しい。だが騙されるな私。これは所謂あれだ。
「ふぅん? それは綺麗なドレスでお上品に話しかけてくるご令嬢より、同性みたいな感じのする私相手の方がマシ……ってことかな?」
おどけてそう笑う私に、推しメンは「ご明察」と片眉を意地悪く上げる。女の子の数に入っていないのは残念だけど、まぁ良いか。彼にとってアリシア以外は男も女も一緒だもんね。
「じゃあさ、五日間でどっちがより正確に的中させるか賭けようか?」
だったらそれで良い。
それでも良いから、いまだけは私と遊ぼうよ。




