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【書籍化】私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆  作者: ナユタ
◆番外編◆ ラシードとカーサの場合。

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◆3◆ 惚れ直しちゃうわ。



 一ヶ月に二度の約束である食事会に利用したのは、以前カーサとデートに使ったあの気の利いたカフェレストラン。前回の店員の彼にテーブルの世話をしてくれるよう頼んだのは正解だったわね。


 ワインの選択も、おつまみに摘まむチーズの種類も完璧だった。気難しい将来の義父や、天然なのか難しい質問を投げかける義母を相手に、突っ込む隙を与えないあたりかなりのものだと内心舌を巻いたもの。


 最初の二度目くらいの食事会では萎縮していたカーサも、三度目には少しずつご両親と打ち解け始めてきた。それに何よりも、アタシも最初の顔合わせはカーサの父親の容貌に少し驚いたわ。


 だって全くカーサの容貌からは想像もつかないような異国風……って、アタシもかなりな見た目だから人のことは言えないけれど、それくらいこの国の人達とは見た目に違いがあった。


 父親の方はほんの少し浅黒い肌で、髪はカーサと同じ色ながらも、クルクルと巻いた癖毛がルシアを彷彿とさせる。


 本人はそれを気にしているようできっちりオールバックに撫でつけているのだけれど、アタシに言わせれば渋みのある色男なのに、無難な髪型にするのは勿体ないわ。カーサと結婚した暁には色々といじりがいがありそうな人だし楽しみね。


 高い鷲鼻にちょっとだけ影になる目許が気難しそうで、ともすれば威圧的な印象かしら? 娘であるカーサが顔色を窺って怯えるくらいには厳ついわね。この顔と体格で娘に手を上げるっていうのは……はっきり言って頂けないわ。


 もうこの国の騎士団で習う正規の型は完璧にマスターしたし、カーサから太鼓判ももらったから、この人に負ける気はしていない。カーサを長年苦しめてきたものでカーサの仇を討てるだなんて、まるで物語の騎士ね。


 カーサをお嫁にもらう時に地面に這いつくばってもらうのは決定事項としても……やっぱり長年積み重なってきた親子の確執みたいなものは根深いのか、それを避けて一気に歩み寄るのは無理みたい。


 それでもカーサが彼女の言葉で会話をすることが大切だと思うのは、前世のアタシの負い目がそうさせるのかもしれないわね。


 母親の方は良く見知ったこの国の人の顔立ちらしく、栗色の豊かで癖のない髪と、アーモンド型の山吹色の瞳が綺麗な美人さん。大人しくて口数も少ないことから、穏やかな微笑みを浮かべる様は人間と言うよりも、どこか妖精めいた人だわ。


 カーサは父親の凛々しさと、母親の美しさという、両親の特性を上手い具合に取り入れた顔立ちになっていたみたい。


 前々からベルジアンだなんて姓は珍しいとは思っていたけど、ご両親との顔合わせ前に予習しておこうと訊いてみれば、納得な答えがカーサから返ってきた。


 何でもベルジアン家は、随分昔にこの国と戦争をした敵国の下級騎士で、捕虜として捕らえられたものの、その能力を惜しまれて貴族としての地位を与えられ、この国に降ったのだとか。


 父親であるセシリオ様は今年で四十五歳。母親であるソフィア様は三十七歳で、両親の年齢を考えればカーサは遅い子供だけれど、それもソフィア様の身体が弱かったから。だから体調が整うのを待ったせいで出産が遅くなったらしい。愛妻家なのは間違いなさそうね。


 今回でもう四度目の食事会も和やかに済んで、後は食後のデザートを待つだけとなった時に、ふとセシリオ様が爆弾発言を落としてきた。


「それはそうと……カサンドラ、食事の席でその子供っぽい口紅はなんだ。ベルジアン家の人間としてそんな浮ついた色はみっともない。前回の食事会でソフィアがお前のために用意したものはどうした?」


 恐らく食事中はほとんど会話に混ざってこないで、ソフィア様に会話の水を向けさせていたから、何かこう自分も参加しての“家族の席”というようなものを演出したかったのでしょうけど……残念ながら明らかに作戦は失敗している。


 だって食事がすっかり終わる今更になって言い出す台詞でもなければ、年頃の娘の好みに口出しするなんてことも悪手としか言いようがない。急な夫からの娘への駄目出しに、ソフィア様も驚いた様子で目を瞬かせている。


「――それと、ガラハット殿。ここ数日君の家にわたしの娘以外の女性が出入りしているらしいが、どういうことか説明したまえ。返答次第では次の食事会はないと思ってくれ」


 流石は職業軍人といった風な無駄に威圧的で、人の意見を必要としない独断的な物事の考え方。ともすればまるで昭和の父親像を彷彿とさせる、前世の父親に似ていた。


 思わず懐かしさから苦笑するアタシの隣で、カーサがピクリと不快そうに眉を跳ねさせる。あまり見ないようなその表情は、これから起こる嵐を予兆させるに充分だった。


「待って下さい父上、彼女はワタシの親友です。それをそのようなおかしな捉え方をしないで頂きたい」


「口を挟むなカサンドラ。今はお前に話を訊いている訳ではない。娘が父親相手に出過ぎた真似をするな」


「いいえ、この件に関しては父上が何と言おうが挟みます。そもそも今更になって娘扱いとは都合が良すぎではありませんか。彼女はワタシの親友で、初恋の人です。悪し様に仰るのは止めて下さい。それに彼女は夫と喧嘩をして家出をしてきただけで、妙な噂を囁かれるような人物ではありません」


 あれだけ長く畏れていたはずの父親に対して、小さく震えながら、それでも負けじと瞳に怒りを湛えたカーサが噛み付く。その横顔を見ながらふと、場違いにも美しいと思う自分がいた。


「は、何を言い出すかと思えば……。ではあれが、学生時代お前に余計な入れ知恵をした友人か? 夫と喧嘩をして家出とは、いかにも成熟していない。まるで軽率な子供の癇癪のようだ。夫の方も同じだろうがな」


 娘の必死な抵抗に、面白くなさそうに顎を上げたセシリオ様がそう答えると、直後にカーサから殺気にも似た気配が膨れ上がる。


 唐突に始まった夫と娘の激しいバトルに顔色をなくすソフィア様と、デザートを出すタイミングを逸してしまった店員。


 ほんの数分前まで漂っていた和やかさはすでに欠片もなく、そんな一触即発の場となってしまった食事会でアタシが思い出したのは、カーサが初めて思いの丈をぶつけてくれた、あのパフェの美味しいバーでの一コマで。


「余計なことではありません。彼女がいなければ、今頃ワタシは性犯罪者のお飾りの妻になっていた。元より男に嫁ぐことが嫌で嫌で仕方がなかったワタシが、決定的に男性不信になる前に彼女が救ってくれたから、今こうして嫁ぎたいと思える相手を得ることが出来たのです」


 そう怒りを押し殺した声で、恐怖とは違った意味で肩を震わせる姿は、あの夜の再現のように映る。


「彼女を……ワタシの親友である彼女とその夫を愚弄することは、例え父上であったとしても許すことは出来ません。食事会の取り止め、大いに結構。しばらくはお声も聞きたくはありません!」


 そんな宣言と共にガタンッ! と大きな音を立てて席を立ったカーサは、一度だけ深呼吸をして、自身を心配そうに見つめてくるソフィア様に視線を向けると「そう言うことですので母上。しばらくは会えませんが、お身体を大事になさって下さい」と言い残して席を離れてしまった。


 しかしそんな娘の怒りが意外だったのか、一瞬だけポカンとその背中を見送っていたセシリオ様は、すぐに「待たんかカサンドラ! まだ話は終わっておらんぞ!」と怒鳴ったけれど、もう遅いわよ。


「あらら、お義父様ったら嫌われちゃったかしら? だけどアタシもカーサと全く同意見だから、今日はもうお暇しますわ。それではお義母様、お食事を最後までご一緒出来なくてごめんなさいね」


 すでに店の支払いを済ませたらしいカーサが、肩を怒らせて表に出て行く背中を追うアタシの背後で、パシンッと何かを打つような軽い音と「いや、しかしだなソフィア」という困惑したセシリオ様の声が聞こえたけど、知らないわ。



***



 嵐の起こった食事会の翌日の夕方。アタシとカーサはルシアが働いている食堂の前で待ち合わせて、そのままその店で食事をする約束をしていた。


 騎士団の制服を着たカーサが、アタシの姿を見つけるなり嬉しそうに駆け寄ってくる姿を見ていると、昨日の凛々しい姿が夢だったような気さえしてくる。


 誰もが振り返る婚約者を人目から隠すようにエスコートすれば、店内を忙しそうにちょこまかと動き回っていたルシアが、すぐにこちらに気付いて満面の笑みを向けてくれた。


 ちょうど休憩時間に入るところだったらしいルシアは、アタシ達の注文を取り終えると、一度厨房にオーダーを通してから、まず注文分の飲み物だけをトレイに載せてアタシ達のいる席まで戻ってくる。


 以前に昨夜が四度目の食事会だと教えてあったので、乾杯もそこそこに、早速ルシアがその話題に興味を示してきた。アタシはそんなルシアの問に憮然とするカーサに変わって、昨夜の出来事を面白おかしく語って聞かせたわけだけど――。


「ええっ……ちょ、何か私が軽々しく家出してきたせいで、カーサ達が大変なことになっちゃったみたいでゴメンね!?」


 案の定、驚きと申し訳なさに目を白黒させながら謝るルシアにアタシが笑っていると、カーサはそれを上回る勢いで「違う!」とテーブルを叩いた。その音と声に驚いてルシアと顔を見合わせれば、カーサはイチゴジャム色の口紅をひいた唇を尖らせて腕を組む。


「別にルシアが謝ることじゃない。むしろ謝るのはワタシの方だ。本当に我が父ながらあんな下世話な勘ぐりをしてくるとは許せん!」


 昨夜の怒りがまたぶり返してきた様子のカーサにアタシが苦笑すれば、ルシアはそんなカーサに感極まった表情で「カーサが男の人だったら………もしくは私が男だったら求婚してたよ!」とお馬鹿なことをのたまう。


 だけどまぁ、昨夜のカーサを間近で見ていた身としては、確かにルシアの言い分も分からないではない。カーサの方もルシアの言葉がまんざらでもなかったようで「ワタシが男なら、クラウスからルシアを奪ってやったのに」と笑って嘯く。


 そんな二人のやり取りを見ていたら、不意に悪戯心が芽生えてきて、アタシはルシアとのお喋りに夢中になっているカーサの隙をつき、鍛錬と巡回で日焼けした頬に口付けを落とす。


「残念ね、ルシア。この子は売約済みなのよ」


 そう笑って告げたアタシにカーサが目許を赤く染めながら「ひ、人前ではやらないでと言っただろう」とボソボソ呟くその隣で、ルシアが小さく舌を出した。

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