表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆  作者: ナユタ
◆番外編◆ ルシアとクラウスの場合。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

113/129

☆―☆ このシナリオルートはロックされています。

これにてルシアとクラウスのシナリオルート確定です!


本編の読了後もここまでお付き合い下さった読者様方に、

この夜空いっぱいの星の数ほどの感謝を!!!\(*TωT*)ノ<あーりーがーとー!!!



 もう数時間も前から胸が締め付けられて息が苦しい。おまけに無理矢理閉じさせられた目蓋のせいで視覚は奪われ、ずっと同じ姿勢で座ることを強要されている今、自分で自由に動くことすら出来ない状況だ。


 ――と、これだけを述べればまるで拉致監禁されているような、絶望的な絵を思い浮かべてしまいそうなところだけれど、今の私はそんな状況からまったくかけ離れた幸せな時間をすごしている真っ最中だったりする。


「この子の場合は肌の色が小麦がかって濃いから、そういう肌色の子は最後に目蓋のスレスレに銀色の染料で細く線を引いて、あとは睫毛の先に少しだけ白い染料をこうして乗せると……ね? これだけでだいぶ目を開けた時の印象が変わるの。もう目蓋を開けても大丈夫よルシア。ただしゆっくりよ。乾ききっていないと目蓋に睫毛の染料が移っちゃうから」


 お化粧講座が終わったのか、閉ざした目蓋の向こうからようやくラシードのお許しが出たので、出来るだけそうっと目蓋を持ち上げる。すると知らない間にかなり近くで観察していたのか、目の前にカーサと母様の顔が。


 乙女ゲームの作画に毛穴がないのは分かるけど、この距離で毛穴が分からないとかどんだけキメが細かい肌をしているんだ二人とも。それなのにモブ顔の私が鏡を見られないくらいにかぶりつき状態だし……。


 何か緊張で頭の半分くらい素通りしたけど、お化粧テクニックも色々伝授してくれてたから、これは否が応でもラシードの腕前に凄い期待をしてしまうなぁ。


「良いかしらレディース。お化粧の半分以上は目許にかかってるの。だから、ここで“ちょっとくらいいっか”なんて手を抜いたりしちゃ駄目。お化粧は眼力が命と心得て頂戴」


 パンパンと手を叩いてそう講座を締めくくったラシードが「でもま、ソバカスと額の傷跡はしっかり消しといたわよ」と、私の鼻の頭をチョンとつついた。だけど仕上げに少しだけ口紅を直してくれるラシードの指先は、ほんの少しだけ震えていて、私は思わず伏せていた視線を上げる。


 するとそこには早くもうっすら涙ぐんでいるラシードが、私を覗き込むように細かな仕上げを施してくれていた。視線が合ったラシードは「イヤだわちょっと、何見てんのよ」と目を細めて微笑んでくれるけど、私はそんなオネエさんを見て不覚にももらい泣きしそうになる。


 でもそこですかさず私の目の縁に、そっとハンカチをあてがってくれた母様が「まあまあ、うふふふ……ルシアったら母様の骨董品なドレスでも、とっても綺麗よ。これも田舎にはないセンスを持った都会っ子なラシードちゃんのお陰ねぇ」と笑いながら、化粧崩れの阻止をしてくれた。


 今声を出すと泣いてしまいそうで、思わず無言のまま“ナイスアシスト”と親指を立てると、母様も同じく親指を立てる。ノリが良い三十八歳だ。


「あら、メリル様ったらお世辞でも嬉しいわ。でもこのドレスを骨董品だなんて言っちゃあ駄目よ。今時王都の工房でも、こんな細かい刺繍のドレスは珍しいの。だからアンティークって言った方が適切だし、響きも素敵だわ」


 母様のアシストで調子を取り戻したラシードがそう言うと、今度はその隣でずっとウズウズとしていたカーサが、


「うむ……ワタシはあまりドレスのセンスはないが、それでもこのドレスがルシアにとても良く似合っているのは分かるぞ! 小麦色のルシアに真っ白なドレス。その胸元を飾るレースや刺繍の繊細さが際立つな!」


 と、やや食い気味に褒め称えてくれた。だけど私から言わせれば、そう言うカーサだって今日の装いは主役が霞む勢いで麗しいと思う。


 片側の髪だけオールバック気味に撫でつけて、もう片側は流しただけの紫がかった髪には、私が贈った髪飾りが華やかさを添え、袖口のみゆったりとした琥珀色のドレスに包まれた鍛え抜かれたその身体は、美術品かと見紛うばかりだ。


 ラシードは今日は真面目に黒一色の燕尾服なんだけど、唯一首のタイだけはカーサのドレスと同色の琥珀色をしたスカーフを着けている。


 そんな華々しい親友二人に並ぶ私が式の一番最初に着用するのは、この辺りのしきたりに則って、母親が代々受け継いできた民族衣装調の花嫁ドレスだ。不思議なことにウエディングドレスの色だけは、世界が違っても白一色なのは面白い。


 前世と合わせても初めてのウエディングドレス体験だけに胸が苦しい……わけではなくて、このドレス、作りがちょっとコルセットのようになっているのだ。前世の記憶で近い形の国のドレスを探すなら、酢漬けのキャベツと、蒸かしたジャガ芋と、ソーセージと、ビールの国。


 あの国の民族衣装に良く似ている。あれも確か普通のお祭りの時は色とりどりなものを着るけど、ファッション雑誌のウエディング特集で表紙を飾っていたのは白一色だった。だからというか……胸元がささやかすぎるとちょっと寂しい見た目になるんだよね……。


「ねぇ、これってさ、もう少しだけでも胸元緩めちゃ駄目かなぁ? ただでさえ緊張で心臓がバクバクいってるのに、こうも締め付けられてると苦しくて」


 いや、うん、本来もっと私の胸元に寄せて上げるものがあれば、何もここまで締め付けられることにはならない。というのも、このドレスは本来胸を押し上げて、谷間がチラッと見えるくらいの方が良いらしいんだけど――……お察し下さいな私の胸元では、普通に着付けたってそんなものは出来っこないわけで。


 寄せられる限りの胸のお肉をギュギュッと寄せて、それでなんとか出来る程度の谷間を侘しい気持ちで見下ろしていたら、私のお化粧の最終チェックをしていた母様とラシードがふと手を止めた。


「まあぁ、うちの子ってば大胆ねぇ。でもそのセリフはまだ早いわぁ。せめて今晩に取っておきなさいな」


「アタシとしては面白そうだから、式の途中にクラウスの前でそれを言ってみてもいいとは思うけど……アンタこの間あげた下着、今日つけてるの?」


 いきなり意味深な発言をしたかと思うと、顔を見合わせてニヤリと笑ったラシードと実母に対して、私の“オモチャにされるセンサー”がビシバシと反応している……!! 


 咄嗟に防御策として「え、ちょっと二人とも、ドレスの胸元が苦しいってだけの発言で何で下着の話になったの?」と緩衝材を挟むことで受ける衝撃を少しでも減らそうとしたものの……ね。


「はあ? なんでも何も、ドレスがキツいって異性の前で言うのは“だから貴男が脱がせて”っていう誘い文句だからよ」


 至極当然のように「そんなことも知らなかったの?」と言うラシードを前に「「それは流石に曲解し過ぎなのでは!?」」とカーサと一緒になって叫んだけれど、ラシードは途端に可哀想なものを見る眼差しになって「イヤだわ~……アンタ達その歳で二人そろって純粋培養なの?」とのたまった。


 しかも母様に至っては「うふふ、今日から純粋に育ちすぎたルシアにクラウスが振り回される姿が毎日見られるのね? 楽しみだわぁ」とウキウキ感を全く隠そうともしない。


 その姿に思わず「小悪魔だ! この人、母親の皮を被った小悪魔だ!」と戦慄する私の背に隠れるように「ルシアの母君は恐ろしい方だな……」と怯えるカーサ。最早花嫁の控え室というファンシーな空気は微塵もない。


「ああもう、馬鹿なこと言ってないで、さっさと行くわよ。この部屋の外でエヴァン様がずっとアンタを待ってらっしゃるんだから」


 ラシードは言うが早いか私のきっちりと結い上げた髪の上から、顎のラインより少しだけ下までを覆い隠す程度の短いヴェールをかぶせてくれる。


 けれど一瞬で乳白色の白い靄に覆われたようになった視界の中で、それまで一緒になってはしゃいでいた母様が「もっと待たせておいたっていいのよ。本当、娘と一緒に教会の入口から祭壇に向かうまでの道を歩けるだなんて、男親は良いわよね」と言うや、急にプイッとドアとは逆の方を向いてしまった。その表情から察するに、珍しく結構本気の発言らしい。


 この世界には当然前世の宗教の概念はないけれど、それでも娘が結婚するときに誓いの祭壇まで娘を送るのは、死別でもしていない限り男親の役目とされている。どうやら母様はそれがお気に召さないみたいだ。


「だったら母様も一緒に歩こうよ。こんな田舎で身内だけの式なんだもん。一緒に歩いたって誰も格式だとか、慣例だなんてうるさく言わないよ」


 なんて、本当は単に私がこの両親と一緒に歩きたいだけなんだけど。それでも母様は「あら、それも素敵ねぇ」と嬉しそうに手を叩いてはしゃいでくれるから、これも一つの親孝行ってことで。


 うちの領地にいる教会の牧師様だってきっと許してくれる。何故なら領主も領民もそろって緩い気風だからね。


 そうと決まればと四人で控え室を出ると、ドアの前でずっと待ちかまえていたのであろう父様が「遅かったじゃないか、うちのお姫様は」と、嬉しそうに目を細めて出迎えてくれた。


 私達親子がそろったところでラシード達は「アタシ達は先に客席で待ってるからね」と言って席を外してくれる。残されたのはリンクス家の親子三人だけだ。


 そっと差し出されたその手に自分の手を重ねて「だけど待たされた甲斐があったでしょう?」と嘯けば、父様は「勿論だ。あの生意気な小僧のお嫁にやるには惜しいよ」と笑うけど、横でそんな父様の言葉を聞いていた母様はすかさず「貴男も昔は同じことを言われたものね」と突っ込む。


 今度は私が笑いながらそんな母様の方へと手を差し出せば、母様が私の手に自分の手を重ねてくれる。二人のその手の温もりに、まだ泣くまいと食いしばった歯の隙間から嗚咽が漏れそうになった。


 そしてついにたどり着いた教会のドアが開き、私とクラウスのために集まってくれた来客者達から拍手と祝福の声が沸き起こる。そんな中を両側を大切な人達に挟まれて一歩ずつ歩く赤い絨毯の上は、本当に本当に格別で。


 ――前世の何もかもが、今ここで全部報われたような心地になった。


 一歩、一歩と進むたびに、ヴェール越しに祭壇の前で私を待っている人物の像が濃くなっていく。その像は彼のプライドの高さを表すように、自らを支えるステッキを持たずに真っ直ぐに立っている。


「うふふ、いよいよねぇ」


「ああ、悔しいことにな」


 そんな両親の声が聞こえる幸せを噛みしめながら、私はゆっくりと二人の手を離して――……新しく目の前に差し出されたその手を取った。


 未だにこれが現実であるかが疑わしくて恐る恐る視線を上げた私の前で、同じように不安に揺れる人物と視線が絡む。その唇が「綺麗だ」とぎこちない称賛の言葉をくれたことに、緊張で張りつめていた心がふっと楽になった。


 牧師様の星女神と自然への感謝の朗読を聞き、誓約の言葉を交わしたあとは、少しの間お留守だった互いの指への指輪交換と、震える手で結婚証明書への署名をする。そしていよいよ新郎の手によってヴェールが持ち上げられて……何故か一瞬固まったクラウスが「やっぱり綺麗だ」とはにかんだかと思うと、誓いの口付けが静かに唇に落ちてきた。


 温かいけどかさついた唇が離れた直後に「もう泣いても良いよね?」と笑った私の頬をクラウスの掌が優しく包む。すぐに滲み始めた視界の中でクラウスが「ご存分に、俺の奥方」と困ったように微笑んでくれた。



***



 教会での式を終えたあと、再び屋敷(うち)の庭園という名の半ば草原に会場を移して、親戚や友人を無礼講でもてなす二次会へとなだれ込んだ。


 皆が飲んだり泣いたりする中で、私とクラウスはカーサがつれてきてくれた絵師さんに言われるままポーズを取り、簡単なスケッチを何枚か描いてもらった中から気に入ったものを二枚選んだ。


 絵師さんは半年くらいで仕上げるからと請け負ってくれ、スケッチの完成品はカーサ達が持ってきてくれると申し出てくれたんだけど……私はこのスチルが今までの比ではない代物だったのではないかと内心ビクビクだった。


 それから急な招待に駆けつけてくれたヴォルフさんにお酒を、ビアンカには塩をふっていないお肉を勧め、クラウスはヴォルフさんから新しい顧客の情報を聞いたり、星詠みの情報を教えたりして楽しんでいる様子だ。


 私は私でここから嫁いで出て行った友人達との再会を喜んだり、幼馴染み達にお祝いの言葉をもらったりと忙しくしていた。


 だけど途中でふと来客者達との会話を切り上げて、会場から一人だけ離れていくクラウスの姿を目にした私は、カーサとラシードに声をかけてからその姿を探しにその場を離れた。


 主賓が離れるなんて本来あっては駄目なんだろうけど、お酒が入ってすっかり出来上がっている来客者達にしてみれば、もう結婚式の本番は終わったのだからこれからはお祭り騒ぎの時間くらいのものだろう。


 クラウスの歩き去った方角にそって歩いて行くと、周囲よりもやや小高くなった丘の木陰でぽつんと座り込んでいる彼の姿を見つけた。


「おーい、どうしたのクラウス。こんなところに一人で座って。もしかしてうちの父様と、娘さんが全員お嫁に行っちゃった親戚のおじさん達の“あんなに小さかった娘が……!”とかいう思い出話がうるさかった?」


 なんとなく儚げな様子の彼に普通に声をかけるのが怖くて、ちょっとだけおどけてそう声をかけると、ぼんやりと俯いていたクラウスがハッと顔を上げた。


「ああ……いや、あれはルシアの小さい頃の話も含め、隣で聞いていても結構楽しめたからそうではないんだが……」


 こちらの呼びかけにそう答えてくれる言葉は歯切れが悪く、視線もこちらをきちんと捉えてくれない。


 ははあ、これはひょっとしてまた何か気落ちしているのかな?


「うーん、何をどの程度聞かされたかかなり気になるところだけど……まぁ今はいいや。それじゃあさ、やっぱりどうして主役の一人がこんなところにいたのか訊きたいな~とか」


 別に無理強いしたいわけではないけれど、今日は私とクラウスの人生において、新しい船出の日だ。出来ることなら笑っていて欲しいと思うくらいの我儘を、私達はもう言い合ったっていい関係のはずだから。


 そんな私の問いかけに何かを口にしようとして開きかけたクラウスの唇は、すぐに逡巡したように閉ざされた。


 それだけだと話したい言葉が纏まらないのか、それとも話したくないのかを判断出来なくて。だけどこの場に一人にするには心配な様子のクラウスの隣に腰を下ろすと、クラウスは僅かに身体を固くした。


 ジッと隣でクラウスが話し出すのを待っていると、そんなに距離的には離れていないはずなのに、式の二次会場である庭園の方から宴に興じる来客者達の楽しげな声が遠くに感じる。


 賑やかな声が聞こえてくる分、ひっそりと静かな環境よりもかえって寂しさが増すのは不思議な気がしたけれど、こういう孤独感は前世も今世もいっぱい味わった。こんな風に二人でいるのに会話もなくて、二人でいるのに孤独だなんてつまらない。


 だから――、


「ふふふふ……あのね、クラウス。実はラシードからもらった青いアイテム、今日は二つともちゃんと身に着けてるんだよ? さてここで問題です。一つは首につけてるこのチョーカーだけど、もう一つはどこに着けてるでしょうか?」


 我ながらもっとまともな問題が出せないものかと情けない気分になったけど、他にこの空気をぶち壊せるような問題を思いつかなかったのだから仕方がない。むしろここは空気を弛緩させるためにも、馬鹿馬鹿しい問題の方がいいに違いないんだと信じろ。


 ちなみに二次会のお色直しはラシードとカーサが見立ててくれた、貧弱な私の身体を割とそれなりな姿に見せてくれる、シンプルなパステルイエローのワンショルダードレス。


 パッと見ただけだと淡くてぼやけた色味に見えるけど、縁取りに使われている黒いサテンリボンと幾つにも細かい襞を重ねたデザインだから、そんなに大人しすぎる感じもない品の良いドレスだ。


 最初に説明されたときは、ワンショルダーが何を指すのか分からなくて、怒られるだろうなと思いつつラシードに訊ねてみたら『片側にしか肩を覆う部分の布地がない服のことよ』と、物凄く呆れた声で教えてもらった。


 でも考えてみれば、前世で好んで使っていたショルダーバッグって肩掛け鞄だったもんね。


 一方、そんな私の決死のネタを聞いたクラウスは二度、三度と目を瞬かせ、首筋のチョーカーからスッとその視線を――……下げかけてから、ようやくあることに思い至ったのか、頬を僅かに染めながら「な、にを馬鹿な――」と口にして身体の強張りを解いた。


 そのまずまずな反応に気を良くして「あはははは! びっくりした?」と私が笑えば、それまで弄られキャラの空気を纏っていたクラウスが、不意にスウッとその雰囲気を改める。


 それから急にジリジリと私との距離を詰めてきたかと思うと、薄く暗い微笑みを浮かべて「ルシア……そういう冗談は責任を持たないと感心しないな?」と、いつかのように色気を感じさせる低音で囁いた。


 突然のクラウスの変貌ぶりに動物的な本能なのか、捕食者を前にした小動物のような心許ない気分に肌が粟立つ。唇からは「え?」という気の抜けた声が零れるだけで、視線はダークブラウンの瞳に釘付けのままだ。


 その間にもさらに距離を積めたクラウスの手が私の背中に触れる。真っ直ぐ射るように注がれる視線にぼうっとなっていると――。


「確認出来ない冗談は、冗談にならないからな。少し確認させてもらおうか」


 そんな聞き逃せば大変なことになりそうな発言に我に返れば、いつの間にか腰の辺りにまで降りてきていたクラウスの手を慌てて掴む。


「え? え? ちょっと待って、二次会とはいえまだ式の最中だからっ――!?」


 軽い冗談のつもりが冗談でなくなることへの危機を感じた私が、必死でその手を押し戻そうと身を捩ったのだけど……クラウスの肩が小刻みに震えている。何だか様子がおかしい。それを指摘しようとしたその時だ。


「くっ、ふふふ、ふ、ははははは!!」


 もう堪えられないとばかりに声を上げてクラウスが笑い出した。掴んだままの手はそれ以上不埒な動きを取ることもなく、私の手の中で大人しく動きを止めている。ということは――。


「ク、クラウスッ――か、からかったなぁ!?」


 冗談でからかったつもりが、逆にからかわれていたと気付いた途端に、今までの自意識過剰な自分の姿を客観的に捉えてしまい、ブワワッと頬に熱が集まる。誓いの口付けを来客者の前でした時よりも、さらに強い羞恥心が私を襲う。


 けれどクラウスはそんな私の抗議の声にゆっくりと首を振って、あまり悪びれた様子もなく再び口を開いた。


「そうは言っても先にからかったのはルシアだろう? それに信用や信頼をしてくれるのは嬉しいが、あまりされすぎるのも困る」


「へ? 何で? 私はもうクラウスの奥さんだし、クラウスはもう私の旦那様じゃないか。何でそれで信用も信頼もしすぎちゃ駄目なの? もしかして……愛情が重いのは嫌、とか?」


 いきなりの難問に私から漏れ出す“もしもそうだっただらどうしよう”という悲壮感を感じ取ったのか、クラウスは苦笑してさらに言葉を続ける。


「違う。むしろ愛情は重すぎる方が良いが――忘れたのか? 俺は以前ルシアに対してドロドロに甘やかして、浸すような愛し方をしたいと言っただろう?」


「う、うん……ごめん」


「別に俺は怒ってはいないから謝る必要はないんだが……要はだな。あまりルシアに不用意に可愛らしいことを言われると、甘やかす俺の方が手加減も、我慢も難しいと言いたいんだ」


 ゲームでも見たことのないような激甘なセリフと胸熱なスチルに、鼻の粘膜が危険信号を発しているけど我慢。ここまでの道のりを思えばこの尊い存在が一際輝いて見えるというか……輝きすぎてさっきから直視出来ない。


 だってうっかり直視でもしようものなら、このまま星女神の元に召されてしまいそうだからな! 花婿を直視出来ない花嫁とかどんな状況だと内心自分に突っ込んでいたら、不意に私の首につけた青いチョーカーの隙間にクラウスが指先を滑り込ませた。


 完全な不意打ちに思わず「ひゃうっ!?」と間抜けな悲鳴を上げてしまい、恥ずかしさからクラウスを睨みつけようと振り返ったんだけど……。


「ルシア、俺は一生涯をかけてお前を護り、愛すると誓う。だから――」


 そう囁きかけるクラウスの声音からは、今までの挑発的な響きはすっかり失せて。私はあとに残った心配そうに消え入るようなその声ごと、その吐息も、不安も、全部、全部――……深く自分から唇を押し付けて喉へと流し込む。


「馬鹿だなぁ、クラウスこそ忘れたの? そんなクラウス“だから”好きになったんだって、私も言ったじゃないか」


 突然の私からの口付けに驚いて見開かれたダークブラウンの瞳が、泣きたくなるほど恋しくて愛おしいから。


「ずっと傍にいてくれないと息も出来ないって言ったでしょう?」


 泣き笑いみたいなその笑みも、不器用な言葉も。もっともっと、画面越しではないそんな君が欲しくなるんだよ。



 愛してる、


 愛してる、


 愛してる。


 この言葉をくれた君のことを、君のくれたまっさらな【“私”】のことを。



「今さら頼まれたって離れないし、何なら来世の予約もしちゃうよ?」


 浮かれた私はそう言って、クラウスの頬へと手を伸ばすけれど、クラウスはそんな私の言葉に一瞬切なげに眉根を寄せた。


「これ以上まだ円環(ループ)を繰り返すだなんて冗談じゃないと言いたいが……」


 呆れたような苦笑と溜息混じりのその声に、無神経だったかなと後悔しかけたその直後――。抱き寄せられてよろけた私を抱き留めたクラウスが、蕩けるような微笑みを浮かべて「その意見には、賛成だ」と、早速私のことを甘やかそうと額に口付けを落としてくれた。


 それに“もしもこの先、何度も円環(ループ)に捕まったとしても、何度だってねじ曲げて大切な君を取り返しに来るから心配しないで大丈夫!”だなんて、番星の私達にそんな確認の言葉なんていらないから。


 あとはただ、奇跡のような愛にお互いを、


 (ひた)して、


 (くる)んで、


 生きるだけ。

えー……また不定期になりますが、

ラシードとカーサの番外編も“予定?”しております。


もしも“たまになら覗いてやっても良い”と

いう読者様がおられましたらまたいずれお会い出来れば幸いです|ω・*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ