☆6☆ まさか軍馬で来るとは!?
――私とクラウスの結婚式当日まであと三日に迫った。
取引をしている商人さん達や遠方からの親戚に加え、結婚を期にこの領地から出て行った元・領民の皆も次々に到着して、親戚の家や家族の待つ我が家、小さな商隊を泊める宿に。
そもそも娯楽が少ない土地柄のせいか、たかだか田舎領主の一人娘が結婚するだけで領地全体がいつもより活気づいて、今から早くもお祭りムードになっているのが若干気恥ずかしいなぁ……。
でもそんな中に未だラシードとカーサの姿がないのが気がかりだ。まだ日はあるものの、私達の目の前で本日最後の乗り合い馬車が帰って行くのを眺めながら、溜息をつきそうになるのをグッと堪える。
「あの二人今日もいなかったねぇ。まあ、カーサはともかく、ラシードは絶対乗り合い馬車で来るような奴じゃないけどさ。それとも、やっぱり仕事で駄目になっちゃったとか?」
気落ちしていることを誤魔化そうと隣のクラウスを見上げてそう言えば、クラウスにはそんな私の強がりが見え見えだったのか、ポンと頭に手を置かれて左右にぎこちなく動かされた。うん……やっぱり、何度味わっても推しのこのぎこちない撫で方は堪らない。
頬が緩んでだらしない表情にならないように気を引き締める私を見て、クラウスはふっとあの溜息をつくような微笑みを零す。そして少しだけ眉根を寄せ、なるべく言葉に気を使って返答してくれた。
「いや、あの二人に限ってそんなミスはないだろう。式までの星詠みでは晴天の方が多かった。道がぬかるんでいるとも考えられないが、それとは別に道中で何かがあったのかもしれんな」
最後に付け加えられた内容に苦笑を浮かべた私に気付いたクラウスは、遅ればせながら「あの二人なら大抵何があったところで大丈夫だ」と焦って言葉を付け足してくれる。そういうことじゃないんだけど……フォローすることに気付いただけ成長していると思って良いのかな?
けれどここは今後の領地での生活のためにも、心を鬼にして釘を刺しておかなければ。そこで「クラウスはいつも何か一言余計なんだよ」と笑って言えば、彼は悩んだ表情のまま「これでも……分かっては、いるんだ」と眉根を下げた。
思わずシュンとしたクラウスの、ゲーム時にはなかったその表情に悶絶しそうになるじゃないか。今ここで全身全霊ギャップ萌えと叫びたい。三日後にこの可愛い人が私の旦那様になるとか……未だに信じがたいな。
こちらが内心そんな不謹慎なことを考えているとは露知らず、隣でクラウスは私があまりショックを受けないで済みそうな可能性を考えてくれている。きっと言葉にしてしまえばまた余計なことを付け足してしまうだろうけれど、それでも真剣に考えてくれる姿が嬉しくて。
ブツブツと可能性を考えて難しい顔をしているクラウスから、視線を周囲に向けるけれど……誰も彼も三々五々に散らばって行っている最中だ。こちらに興味を向けている人物がいないことを確認した私は、少しだけ大胆にクラウスの肩に手をかけ、爪先だってその頬に唇を押しつけた。
そしてそんな私の奇襲に驚いて目を丸くするクラウスを見て、しみじみと幸せを噛みしめていたのだが――その数分後。
突然田舎の暢気な気風には不似合いな地響きと砂煙を上げながら、二頭の大きな馬の背に跨がって登場した人物達を見て「何そのでっかい馬ぁ!?」と素っ頓狂な声を上げた私に周囲の視線が集まる。
それを見たラシードが馬上から「あと三日で人妻になるのに、相変わらず色気がないわねぇ」と笑い、カーサは「久しいな、クラウス。騒がしくしてしまってすまない」と言うや馬上から私の前に軽やかに飛び降りてきて「ルシアは少し見ない間にまた綺麗になったな!」と私を抱きしめてくれた。
同性の親友からの熱烈な抱擁に「カーサこそ!」と抱擁仕返す私の背後で、同じく馬上から飛び降りたラシードがクラウスと握手を交わしている。クラウスが「随分と遅かったな。ルシアが毎日心配していたんだ」とまたもや余計なことをバラしたので睨みつければ、奴は咳払いと共に白々しく視線を逸らした。
「ああ、それがねぇ……ギリッギリまで小物やらを探してたら、馬車でこっちに向かったんじゃあ間に合いそうになくなっちゃって。そうしたら走る速さと持久力、そこに野宿やら追加の小物類とかの荷物も運べるってなると、馬がだいぶ限られちゃうじゃない? だからカーサのお家の軍馬用に調教してた子達を借りて来ちゃったのよ」
いけしゃあしゃあと言ってのけるラシードに、一抹の不安を感じたのは私だけではなかったらしく、またも眉間に皺を寄せたクラウスが「――それは、大丈夫なのか?」と至極もっともな突っ込みを入れた。
そこで私もその言葉を引き継ぐように「そうだよ、カーサのお父さんの許可とかちゃんと取ったの?」と他でもないカーサに訊ねれば、お伽話の姫騎士のように美しい親友は「勿論だ。書き置きはきちんと残してきたぞ!」と胸を張る。ラシードも……いや、このオネエさんは確信犯だろうに「そうそう、流石に無断では借りてこないわよ~」と言う。
違う、私とクラウスが欲しい答えはそうじゃない。もっと常識的な……とはこの二人が相手じゃ無理か……。諦めの境地に達した私とクラウスの周辺に暢気なうちの領民が集まってきたことで、この穏やかで優しい時間にようやくラシード達も合流してくれたのだ。
けれど当然宿屋に泊まろうにも、結婚式に駆けつけてくれた人達ですでに満室。元から少ない宿泊施設は軒並み軍馬連れのお客を入れる余裕なんてなかった。
でも私は最初からうちに招くつもりだったので問題はないし、うちの両親は何だかんだ目前に迫った式の準備に飛び回っていたので、夕食は最近クラウスと私だけだったんだよね。まあ、唯一心配があるとすれば食材。
今日はラシード、カーサ、クラウス、私の四人だけで囲むことになったから人数が増えたことで質素になるかと思ったんだけど――……。ラシード達がここまでの道中で野宿するために持っていた保存食用のお肉などのお陰で、割と豪華な食材の数になった。
私が夕食用に発酵させていたパン種をオーブンに入れる横で、クラウスがジャガ芋の皮を器用に剥く姿に刺激されたカーサが、とってもスリリングな皮むきを披露してくれたり、ラシードがシチューに隠し味と称して砂糖をぶち込もうとするのを阻止したりで、なかなか賑やかな夕飯準備に――……。
そうして完成した具だくさんなシチューは、カーサの剥いてくれたジャガ芋が溶けきって良い感じにとろみがついた。食感はクラウスのジャガ芋が仕事をしてくれたので、何も問題はない、はず。
あの温室での日々の再来を感じさせる食堂で、学生の時はこっそり飲んでいたお酒も堂々と飲めるから、自然と会話をする舌も滑らかになる。
例えば、ここに来る前にヴォルフさんに会ったから結婚式に誘っておいてくれた話や、カーサのお父さんをラシードが会う度にからかう話に、切れたお父さんが剣を振り回そうとしたところで、カーサのお母さんにコレクションの剣を叩き折られそうになったことなど。
「前までのよそよそしい家族間が近くなって嬉しい」と言うカーサに、私が「もうすぐラシードもそこに入るもんね?」と言ったら、顔を真っ赤にして「そ、そうだな、うん」と小さく頷く親友。このゲームに百合様ルートがあったら本当に危険だったなぁ……。
そんな私達の横では「ねぇ、あの下着見つけたのかしら~?」と、悪戯好きなチシャ猫のように笑うラシードに対して「あれのせいで義父上が気の毒な目にあったんだぞ」と、言葉ほど気の毒がっていないクラウスの笑いを含んだ声がする。
勿論、あの時に散々おかしな発言をしたことなどおくびにも出さずに。
……ちなみにあのびっくり箱とは別に、細長い箱に入っていた青いベルベットとサファイアっぽいガラスで作ったチョーカーが、サムシング・ブルーの本命だった。あの仕返しを目の前にいるカーサにするのかと思うと今から胸が痛いわ~……なんて、全く思わないです。
クール系の美女が狼狽える姿とか絶対可愛い。むしろその姿を見られるのがラシードだけとか羨ましすぎる! どんな下着を送りつけてやろうか今から胸が高鳴りますよ。
そうして散々飲んだり食べたりした私達は、夕食の後片付けを済ませたあとに、お酒でフワフワとふらつく足取りのまま外へ出た。
ラシードとカーサが空を見上げた時の表情に、初日に一緒に空を見上げたクラウスの姿を思い出して一人でニヤニヤしていたら、いつの間にか隣にクラウスが立っていて。少しだけ身を屈めてこっそりと「初日の俺もあんな風だったのか?」と訊ねるから。
お酒のせいで陽気になってクスクスと笑いながら「そうだよ。あんな風に可愛かった」と答えた私の頬に、不意にクラウスが口付けを落とす。二人がいるのにそんな行動に出たことに驚いてクラウスを見つめると、私の反応に「大丈夫。あの二人も、今はこの星空に一組だけの番星だ」と笑うから。
私も「今だけその言葉を信じてあげるよ」と背伸びをして、クラウスの頬に口付けようと思ったら「そっちはもう夕方にしてもらっただろう?」と悪戯っ子のようにクラウスが言う。
お酒のせいで大胆になっているのか、それともこれが本心なのかは分からない。でも、それもそうかなと思ったから。クラウスの背後でラシードとカーサの陰が重なったのを確認してから、そっと口付けをやり直す。
その後は何事もなかったようなふりをして、草原の上に四人で大の字になって寝転びながらの天体観測を楽しんだんだけど――……皆して熟睡してしまったせいで数時間後にその場で朝日を浴びるとは、誰もこの時は思ってもなかったんだよねぇ。




