★4★ 日が昇るのが、待ち遠しくて。
今回はあれです。
スローライフに和むクラウスが書きたかったので(´ω`*)<甘め!
ルシアの生家であるリンクス家にやってきてから、早五日が過ぎた。
物置部屋を間に一部屋挟んだルシアの部屋のドアが開く気配がするのは、毎朝五時から五時半だ。そして足音を殺して俺の部屋の前までくると、こちらに気付かせる気のなさそうな控えめなノックしてから部屋に入ってくる。
この間、寝たふりをする俺のベッド脇に現れたルシアが最初にすることといえば、一度こちらが起きていないかの確認の為に前髪を梳くことだ。そしてそれに対して俺が無反応だと、額に素早く口付けてくれる。
本来は人の気配が少しでもすると目が覚めてしまう俺にとって、入室時に律儀にノックまでしてくれるルシアの侵入で目覚めない訳がない。
ルシアは五日間気付かれていないと思っているこの行為は、実のところ初日からずっと気付いていたし、言わずにいるのだが……荷馬車でのことをすっかり忘れているのが彼女らしくて。そういう抜けたところが可愛らしいと思うのだから、恋という感情は、人間をどうしようもなく愚かにする。
それにすぐ傍で「睫毛長いな~……」という声が聞こえるのも毎朝のことなので、その声に思わず笑ってしまいそうになるのを、寝返りをうっただけで軋みを上げる元・ルシアのベッドに紛れさせるのは、俺の日課だ。
ただこれに関して言えば、寝心地にもだいぶ慣れてはきたが、近いうちにどこかの心材が折れるだろうからあまりやりすぎるのもよくない。元からの傷みに加えて、女性の体重を計算して作ったと思われる手作り感のあるベッドは、義父上のお手製だそうだ。
そう聞いては尚更無碍にも出来ないし、何よりもルシアが悲しむ。そんなこともあり、ルシアの部屋の調度品は処分されることなく、この元は急な来客があった時ように空けている部屋に置いてくれるように頼んだのだ。
これは正式に結婚するまでは寝室は別々でなければ、色々と問題があるという見解は義父上と俺の数少ない同意点だ。
――……と、ベッドの脇にルシアが膝をつく気配がして、小さく“コホン”とわざとらしい咳払いが聞こえた。これもやはり、毎朝のことだ。
そして一瞬間をおいたかと思うと、閉ざした目蓋の向こうからパッと光が射し込む。恐らくいつもそうするように、ベッド脇にあるサイドテーブルに置いたロウソクに火をつけたのだろう。
「クーラーウースー、朝だよ、起きて?」
今度はきちんと起こそうという意志のある呼びかけに、こちらも軽く唸って寝起きの悪さを演出してみる。そうすることでルシアが「ふふ、真面目君なクラウスも朝は苦手なんだよね~?」と笑ってくれるからだ。
少し得意気なその顔に向かって「……朝の弱い男は嫌か?」と嘯けば、すぐに「そんなことあるわけないでしょう」と額の髪を指で掬い上げて微笑むルシアが見られる。こんな目覚めは非効率的で馬鹿げていると、以前の俺なら鼻で嗤ったことだろうと思う。
王都から戻った翌日には星詠みの能力が失われたことを気にしてか、俺から見ても働きすぎなルシアのカサついた指先。だというのに、それでもこうしてこちらを甘やかそうと無理をする彼女が、愛おしくて憎らしい。
カサついた指先を捕まえて口付けながら「もっと俺を頼ってくれ」と伝えれば、傍目には無表情になったルシアの手が、ジワジワと熱を上げていく。
自分の言葉が伝わったことに満足した俺は、さらにわざと意地悪く「それとも……甘やかしてくれるというのなら、着替えるのを手伝ってくれるか?」とルシアの瞳を覗き込んで訊ねた。
けれど次の瞬間、慌てたように俺の手から自らの手を引き抜いたルシアが「ばっ、馬ぁ鹿!」と枕を顔面に押し付けてきたかと思うと、さっきまでの距離感はどこにいったのかという素早さで、ドアの向こうへと姿を消す。
――こうした他愛のない朝が、俺はかなり気に入っているのだ。
***
ルシアをからかった後は“家族四人”で本格的な朝食ではなく、身体を温めて脳を活性化させる程度の軽めの朝食を摂ってから朝の仕事へと向かうのだが――……正直、俺の手伝える仕事は多くない。
この領地に着いたばかりの時にルシアが言ったように一緒に行動し、時々子供でも出来そうな簡単な仕事を任される。その間にルシアは手慣れた動きで次々と牛の乳搾りや畑の点検を終え、三年ぶりの領民達とちょっとした会話を楽しむ。
俺はそんなルシア達の会話に耳を傾けながら、自由に放し飼いにされている鶏の卵を、ランプの明かりを頼りに探し出して籠に入れる。たまに草に紛れて見えない卵を踏んで割ってしまっても、彼女や彼女が愛する領民達は「大丈夫、大丈夫。それもこの土地の肥料になるから」と大らかに笑う。
それどころかステッキを手にしたまま同行する俺を見ても、
「おや、ルシアお嬢の旦那さんじゃないか。今日も精が出るねぇ! うちの男共にも見習ってもらいたいよ」
「ああ、どうもどうも。王都近辺の方だと、まだ朝が早いのに身体が慣れてないんじゃねぇですか? おーいお嬢、いつまでもうちの母ちゃんと喋ってねぇで、さっさと旦那のとこに戻ってきてやんな」
「あ、ルシア姉ちゃんのとこにお婿さんに来た人だよね? 二日前に姉ちゃんに教えてもらった天気予報、ばっちり当たったお陰で釣りに行けたよ。あれ、兄ちゃんが詠んでくれたんだって聞いたよ。だからもしも大物釣ったら、お礼に持って行ってあげるからね!」
「ふふ、ルシア様って親しみ易くて良いけど、凄く鈍いでしょう? だってうちの兄貴なんか小さい頃から……って、あー、やっぱ今のナシで!」
「あんた様が、凄腕の星詠みが出来るっちゅうルシア嬢ちゃんの旦那様かい。あのな……あの子が星詠みが出来んようになったっちゅうて気にしとったから、あんた様からも気にせんでええと、そう毎日言うて下さいのぅ」
「やあ、お早うございます。ここでの生活にはもう慣れましたか? うちの領地には王都みたいな便利さはないですが、自然だけは豊かでしょう?」
――と、臆面もなく話しかけてくれる。その中にはたまに、とても現状が気になる話題や、気を引き締めなければならないものが混じるが、概ね領民達との関係は良好だ。
そして空が段々と薄明るくなってくる頃になれば、朝の仕事の第一段目が終わる合図となる。
ここには仕事に必要不可欠な時計はなく、季節ごとに変わる日の光に左右されて、生かされる。そんな原始的とも言える生活は、慣れてくれば机にしがみついてめくる書類仕事よりも心地よくて。
「おお~、今日は卵いっぱい拾えたねぇ。うちの鶏ってば偉い! それに、色んなところに隠れてる卵を捜し当てたクラウスも凄いねぇ!! よし、それじゃあ一旦その卵を食べに戻ったら、お昼からは一緒に羊の毛を刈る練習しようか? あれってかなり難しいんだよ~」
そう言いながらさりげなく俺の手から、卵の入った籠を取り上げようとするルシアの手に、自分の手を差し出して繋ぐ。
ガサガサとした感触に目を細めれば「貴族の子女には程遠くて幻滅した?」と訊ねてくる、愚か極まるルシアに顔を寄せて「まさか自分が子女になれるとでも? 自惚れるのも大概にすべきだな、ルシア」と囁くと、酷く心細そうな顔になった。
その表情に満足して「自分で言っておいて傷つくのなら、最初からそんな風に卑下するな」と、うっすら傷の残る額に、自分の額を押し付ける。
すると下から「クラウス酷い、このドS」と、恨めしそうに涙目で見上げてくるルシアに苦笑が漏れた。
「今更ルシアに子女は無理だろうが俺は……俺は、ずっとこうしていたいほどには、今のルシアが気に入っている」
銀色に光る左手の薬指をスルリと撫でて、そのカサつく指に自分の指を絡めれば、どこからか聞こえてくる子供の下手くそな口笛に、ルシアが顔を真っ赤に染める、こんな朝が。
「結婚式まで……ラシードとカーサを待つ時間が惜しいほどだ」
こんな弱音と独占欲を剥き出しにした言葉の先にあるのが幸せなどと、未だに信じられないそんな朝が。次の日が昇るのが、待ち遠しくて堪らない。
――今までのループの中で最も贅沢で、幸福な朝がまたくるから。
「生まれてきて、良かった」
いつの間にか、ルシアを腕の中に抱きしめてそう呟く俺に「生まれてきてくれて、ありがとう」と抱きしめ返してくれる微笑みがあるから。きっともう、新しい朝が来ることが恐ろしくなることはないのだろう。




