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【書籍化】私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆  作者: ナユタ
◆番外編◆ ルシアとクラウスの場合。

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◇3◇ 思いがけない贈り物。

今回はお久しぶりの先輩Sです(*´ω`*)<今なにしてる?

本筋の後輩達同様に、甘々でお送り出来ていると良いな~。



 キラキラとしたものが集められた可愛らしい店内に、騎士団の制服に身を包んだワタシが屈み込んでいる姿は、傍目にはかなり異様に映るだろう。しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。


 というのも、ルシア達の結婚式まであと二週間を切ったのだ。それでもまだ当日身に着けさせたいアクセサリーや、お色直し用のドレスを決めきれずにいる。すでに本命のドレスとアクセサリーの第一便は出発しているので、靴やその他の小物を送れるのはこれが最後だろう。


 ルシアには最低でも当日に二回はお色直しをして欲しいし、王都からは我が家のお抱え絵師の弟子も連れて行くので、そうなると描いてもらう際のドレスの見栄えは重要だ。しかもワタシとラシードで決めた決めごとが、事態をさらに難しくしている。


 

『やっぱりね、友人を祝うなら家からのお小遣いや、家から与えられたものを売り払って作ったお金じゃ駄目だと思うのよ。真心とか言うつもりじゃないけど、友人を祝いたい気持ちってアタシ達のものだしね。だから、ルシア達の衣装代なんかはアタシ達のお給金内で賄わない? それに縛りがあった方が個性が出て面白いものが揃うのよ』



 ――と、言うことだ。実際に一便目はなかなかに個性のあるものが送れたので、そこには満足している。


 ただ、以前ラシードに連れて来てもらったことのある衣料品店だけでは、ドレスの種類が足りないので半休の日や、今日のように城下の巡回に出ている昼休みには、他の店や舞台衣装専門のレンタル店も覗いたりしている。


 しかし、ワタシとラシードの休日がなかなか重ならないせいで、お色直し用のドレスと小物選びは難航していた。


 ワタシの見立てだけだとどうしても、レースをふんだんに使った可愛らしいものだけに偏るので、ラシードの意見が欲しいのだが……現状では二週間後の休みをもぎ取ったワタシ達の仕事(スケジュール)は、過密なのだ。


 男物(クラウス)の衣装はすぐに似合いそうなものを見立てられたのに、どうもワタシには女性の装いというものが分からないらしい。現実味のないものを見立てては、ラシードに苦笑されている。


「む……これもルシアに似合いそうで捨てがたいな……」


 それでも可愛らしいものには心惹かれるものがあり、ワタシはまたも細かなレースをあしらった手袋を手にしていた。けれど残念ながら値段が比例して高めだ。この手袋一つで、さっき気になっていた真珠色のビーズの首飾りと同じ値段になってしまう。


 手のお洒落は勿論大切だが、やはり首筋を飾るものよりは重要度が低そうだ。でも可愛い。とても可愛い。ルシアの小さい手にはきっと良く似合う。そこまで考えてから制服のポケットに入れてある財布にそっと触れる。


 中には父上から『……何か必要な時に使え』と頂いた“お小遣い”が入っている。この手袋一つ分くらいなら余裕で購入出来る金額だ。さっきの首飾りだけワタシの給料で購入して、この手袋は父上から頂いたもので購入すれば良いのでは……? 


 そんな風に一瞬魔が差しかけたものの、グッと堪えて震える手で手袋を商品棚に戻した。


「ううん、諦めるには惜しいが……ラシードとの約束があるからな」


 小花が咲き乱れる華奢な手袋に後ろ髪を引かれながら、膝を叩いて立ち上がる。すると突然背後から「偉いわ、カーサ。アタシとの約束を憶えていてくれたのね?」と聞き馴染んだ声がして、驚きで飛び上がりそうになった両肩を掴まれた。


「あら、驚かせてゴメンなさいね? 昼食を食べ終わってこのお店の外を歩いてたら、何だか女の子達がキャアキャア言ってるものだから、気になって店内に入って来たのよ。そうしたら、カーサがいるじゃない? でも声をかけようにもあんまり真剣に悩んでたから可愛らしくて、つい観察しちゃったのよ」


 そう悪戯っぽく笑うラシードの浅黒く滑らかな肌に、鮮やかな夕陽色の瞳と同色の髪がとても良く映える。この至近距離で見つめられると、結婚の約束をした仲でもドギマギしてしまう。


 思わず固まってしまったワタシの横をすり抜けて、ラシードが今し方棚に戻した手袋を手にした。その仕立てと値札を確認していたラシードは、次の瞬間チラチラとこちらを見ていた店員に向かって「ねえ、これのサイズ違いを見せてもらえるかしら?」と声をかける。


 ラシードに声をかけられた、店の雰囲気にピッタリの可愛らしい店員は、日焼けとは無縁の頬を染めて「畏まりました!」と返事をすると、慌てて店の奥へと消えていく。きっとあの店員の彼女にも、この手袋はピッタリサイズだろう。


 それに比べて……女にしては大きすぎる自分の手の何と不恰好なことか。華奢なあの手袋は掌の中頃で止まってしまうだろう。たったそれだけのことが面白くないと感じてしまうワタシは、酷く狭量な人間だな……騎士たる者、嫉妬など見苦しい。もっと精進せねば。


 しかしこの手袋は恐らくルシアの手にちょうど良いサイズだろう。わざわざサイズ違いを探す必要はない。モヤモヤとした心を落ち着けるために「ルシアの手はそのくらいだ。何度も握ったから間違いない」とワタシが言うと、ラシードは「あら、妬けちゃうわね」と嘯いた。


 けれど、それだけの言葉でほんの少し気分が上向いてしまう自分の単純さが、不思議と嫌ではない。ワタシがどう返事をしたものかと視線を泳がせていると、店の奥からサイズ違いの手袋が入った箱を持った店員が戻ってきた。


 差し出されたその箱も、中身の手袋と同様に非常に可愛らしい形をしており、目の前で店員が淡いグリーンの箱を開くと、まるで葉っぱの中に隠れていた白い花が一斉に現れたようだ。


 そっと店員が広げる手袋に、ラシードが「もう少し大きいものはないの?」と声をかける。訝しむワタシをチラリと見た店員は微笑みながら「では、このサイズでは如何でしょうか?」と、それまでの手袋よりも二回りほど大きいサイズのものを取り出した。


 あしらわれた意匠をそのままに、サイズだけ大きくしたその手袋は、ワタシの手でも包み込めそうな大きさだ。もしやラシードもこの手袋が欲しいのだろうか? ああ、今日ここで会うと分かっていたら、もっと自分の給料を持って来てプレゼント出来たのに――……父上から頂いたお金では贈れない。


 しかし次の瞬間、そんな風に自分の迂闊さに落ち込んでいたワタシと、店員とラシードの間で交わされる会話に微妙な齟齬(そご)が生じた。


「この商品はサイズで買うのを諦めるお客様もいるだろうから、棚に出すなら一番小さいサイズと、一番大きなサイズの両方を置かなきゃダメよ。それと、当然サイズが違うんだから値段も違うわね?」


「あ、は、はい。そちらの大きなサイズのものの方は、このお値段となっておりまして――小さいサイズの方は意匠も少なく済む分このお値段に……」


「そう、それじゃあポップは二種類用意した方が良いわね。それからこの値段の品物をこんなに低い場所に陳列するものじゃないわよ。陳列が下の方だと、どれだけ良いものでも目につきにくくなって勿体ないわ。何よりこれを作ってくれた職人さんもがっかりするわよ?」


 キビキビと指示を出すラシードに、可哀想なくらい萎縮した店員は「す、すみません!」と頭を下げた。いくら正論であっても、ここはラシードの店ではないし、流石に涙目になっている店員を黙って見てはいられない。ワタシが店員を庇おうと口を開きかけたその時――。


「なんて……厳しいこと言っちゃってゴメンなさいね? だけどこのお店、センスの良いもの置いてるから、アタシも同業者だからつい勿体なく感じちゃって。それにさっきから色々目移りしちゃって困ってるのよ。今度から通っちゃいそう」


 それまでの厳しい口調から一転、常の柔らかい口調に戻ったラシードが、萎縮しきっていた店員に笑いかけた。その途端に蒼白に近い顔色になっていた店員は、パッと紅をさしたように頬を染める。


 ……またしても面白くない感情が胸の中を過ぎったけれど、先ほどまでの怖がり方を見ていた手前、それほど腹も立たない。


「今日はこんな良いお店を見つけた記念に、この手袋、思い切って買っちゃうわ。うんと可愛くラッピングして頂戴」


 そう言うとラシードは、ワタシが悩んでいた値段よりもまだ上乗せされた値段をあっさりと支払い、代金と満面の笑みを受け取った店員は「当店の全力をかけてラッピングさせて頂きます!」と再び奥へと消えていく。


 ……それから十五分後。


 ラシードと一緒に商品棚のアイテムを手に取ったり、次回までに購入を考えてしまう商品の値段との折り合いを考えていたところへ、さっきの店員が「当店のラッピング担当者の自信作です! お納め下さい!」と意気揚々と素晴らしい【作品】を持って現れた。


 金銀のリボンとパールホワイトのオーガンジーでラッピングされた箱は、もう外見からでは中身が手袋だとは思えない仕上がりだ。思わず「可愛い」と口にしたワタシに、店員は「きっとお似合いですよ!」とはしゃいだ声をかけてくれる。


 ――これは……ワタシが身に着ける訳ではないと言いにくいな……。


 そもそも何故支払いにも全く関わっていないワタシに言うのだろうか?


 とはいえ、鼻息も荒くそう言ってくれる店員の言葉を否定するのも忍びないので、曖昧に笑って受け取り、ラシードと一緒に店の外へ出た。少し歩いてから店を振り返ると、さっきまでワタシ達が手袋を見ていた棚の前に人集りが出来て、店員達が総出で接客に当たっている。


 ――あの棚に急に何が起こったんだろうか? でもこれでもう大丈夫だろう。


「ラシード、彼女はもう他のお客の接客に回ったようだから、もうこれをお前が持っていても大丈夫だぞ。しかし……ワタシと同じものを気に入ってくれて嬉しいな」


 きっと店内では気恥ずかしくて自分では受け取れなかったのだろう。そう思って手袋の入った箱を差し出したのだが――。


「は? 何を面白いこと言ってるのカーサ。それはアタシからカーサへの贈り物のつもりだったんだけど?」


「……え?」


「“……え?”じゃないわよ。何でアタシの分だと思ったの? 確かに素敵なデザインだけど、流石にそのサイズは入らないわよ」


「でも、何故だ? ワタシはまだ誕生日ではないぞ?」


 何を言っているのか理解出来なくて眉根を寄せるワタシに向かい、苦笑したラシードは言葉を続けた。


「何故って、カーサが気に入ってたからよ。アタシ達の式はまだ先だけど、その時に運良く気に入ったものが揃うとは限らないじゃない? だったら先に多少無理をしてでも気に入ったものを揃えておいて、当日うんと幸せな式にした方が断然良いわ。アタシはルシア達も喜ばせたいけど、カーサのことだって喜ばせたいのよ?」


 そう言ったラシードは蠱惑的に微笑んで。


「もう、そういう自己評価が低くて鈍いところも可愛いけど……いいわ。これからアタシがアンタにどれだけ執着しているか、身を持って教えていってあげるから覚悟なさいね?」


 突然グッと肩を抱き寄せられて、耳許に吐息と共に囁きかけられる甘い言葉は、ワタシを酔わせるには充分だった。

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