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【書籍化】私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆  作者: ナユタ
◆番外編◆ ルシアとクラウスの場合。

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☆2☆ 花婿(仮)が尊くて辛い。〈2〉



 ――あの後、お色気たっぷりのクラウスの攻勢にたじろぎながら、幸せと忍耐の板挟みになりながら荷台に揺られ続けること二時間。


 道中何度もソワソワして荷台から身を乗り出す私を、そのたびにクラウスが抱き寄せて「不安を取り除くまじないだ。ルシアにはこれが一番効くだろう?」と、からかい混じりに額や頬に口付けの雨を降らせてくれた。この旅路で随分とキャラが変わってしまった番星に翻弄されまくりである。


 領地へと続く最後の分岐路に差し掛かった時、荷馬車がゆっくりと速度を緩め、御者席に座っていたおじさんが私達を振り返って、すまなさそうに“ここで降りて欲しい”と言ってきた時は驚いたけど、運んでいた荷物の配達が結構時間ギリギリだったみたい。


 勿論多少の労働はしたけど、実質タダでここまで運んでもらえただけでも万々歳だった私達としては、むしろ申し訳ないくらいだった。出来れば領地に帰ってもてなしたかったけれど、そういう事情なら仕方がない。


 荷台から先に降りた私が少ないながらもお金を渡そうとしたら、後から降りてきたクラウスに止められてしまい、代わりに彼は小さく折り畳んだ紙をおじさんに渡して二言、三言、会話を交わして別れた。


 おじさんに何を渡したのか訊ねると、クラウスは「これから先、二週間分の天気の予測だ。荷物を運ぶ仕事についている人間なら知っていて損はないだろう?」と教えてくれた。


 ここへ来るまで少しも知らなかった初耳情報に驚いて「今までもそうしてたの?」と訊ねれば、あっさりと「ああ。情報は時に金より重宝がられるからな」と涼しい顔で言われてしまう。部屋が別々で分からなかったり、野宿で私が眠ってしまった後なんかにやってくれていたんだろうか。


 ――……相変わらずソツのない奴だなぁ。もう実家まで二十分くらいの距離しかないのに、思わず惚れ直してしまうだろうが。


 再び走り出した荷馬車を二人で見送り、学園の女子寮を出る時に不要なものは処分して来たので、三年前と同じくらいコンパクトになってしまった荷物を片手に、クラウスが杖をつく側と反対側に回り込んでその腕に自分の腕を絡めてみる。


 クラウスはそんな私の唐突な行動に一瞬だけ目を見開いたものの、すぐに柔らかく微笑んでくれた。二人で一歩を踏み出すと、王都のように石畳で舗装されていない地面のジャリッと懐かしい感覚が靴底から伝わってくる。


 三年前にはただ推しメンを助けたい一心で旅立った故郷の道を、今日はクラウスと歩くのかと思うと、何だかとても不思議な気分になった。朝の農作業はすっかり終わっている時間なので、人通りはかなり少ない。


 いや……こんなことで見栄を張っても仕方がないので正直に言おう。人っ子一人おりませんとも。ええ。それこそ元よりいつだかクラウスに皮肉られたように、道の両側に広がる放牧地に放された牛の方が多い。良く言えば牧歌的、悪く言えばド辺鄙。それでも愛してやまない、懐かしの我が領地だ。


 クラウスの腕を軽く引いて放牧場の柵にもたれ、牛達に向かって口笛を吹くと、数頭がノロノロとこちらに向かってやってきた。


 それを見たクラウスがまた少しだけ驚いたような表情を浮かべる。牛の接近に驚く都会っ子、可愛い。若いお客が珍しいのか、若い雌牛が柵の外にヌッと顔を出す。そのピカピカの鼻に恐る恐る触るクラウス。……可愛い。


 鼻面を撫でられて気を良くした雌牛に、指先を舐められて「うわっ?」とか言って手を引っ込めるクラウス。…………可愛い。


 おっと――――駄目だ、このままでは両親と話す前に語彙が死滅してしまう。


 そう思い至った私は、再びそーっと雌牛の鼻面を撫でようとしているクラウスの横顔に「ゴホン!」とわざとらしい咳払いをして興味を引く。いくら牛相手だとはいえ、同性に目を奪われているクラウスをずっと見ているのも癪ですし?


 するとようやく雌牛の呪縛から逃れたクラウスが、不思議そうな顔でこちらを振り向く。その反応を確認してから、私は口を開いた。


「あのですね、まだ家につくまでにはちょっとだけ早いんだけどさ、クラウスに言いたいことがあるんだ。聞いてくれる?」


「それは構わないが、何だ急に改まって」


 うむ、ここまでは予想通りの反応だ。こちらの出方を訝しんではいるけれど、まだ眉間に皺は寄っていない。ここからが大事だぞ私。しかし腕を絡めたままの状態だと緊張するので一旦腕を解こうとするが……抜けない。


 何だ何だ、訝しんでいるはずなのに腕を解くことは許してくれないのか。なかなかに難しい線引きだなぁ。自分で話を振っておきながら、内心口から心臓が飛び出しそうな気分だ。思わず及び腰になって「あ、全然そんな大したことじゃないんだけどさ」と余計な前置きを挟んでしまった。


 そんな私の煮え切らない発言に「そうなのか?」と返すクラウス。いやいや、嘘です、大したことです。ダチ○ウ倶楽部でいうところの“絶対に押すなよ!”くらいの前振りだと思って察して。


「えっとね、まずは……うちの領地にいらっしゃい、クラウス。これから毎日こんな感じの長閑な風景しかないような場所だけど、退屈しないように一緒に何か楽しいことを探そうよ。仕事はまだ父様が現役だから、明日からは私の……む、む、婿養子として、皆に紹介したいから同行してもらっても良いかな?」


 よしよし……緊張でかなり噛んだし、途中からやたらと早口になったけどちゃんと言ったぞ。しかしながら、今ので心臓がバクバクいっているのが自分でも分かるくらいだ。やっぱり腕を離してもらうべきだったと思いつつ、クラウスの反応を確認しようと恐る恐る視線を上げる――が。


「そ、そうか。歓迎の言葉と日常生活については分かった、と、言いたいところだが……すまん。実はその、ルシアからそんなことを言い出してくれるとは思わなかったから、勝手だとは分かっていたのだが、先に俺だけで少し領地の人達に挨拶してしまった。この春先に……リンクス家の婿養子になると」


 その夢のような発言に、聞き間違いでなければさらに「先回りしておかないと、ルシアと戻って来た時に、誰か領地の歳の近い男が言い寄ってこないとも限らないから」とか何とか聞こえた気がする。


 ついに幻聴が聞こえたのかと思って“ははっ、まっさか~!”とか言って聞き間違い対策を取ろうかとも考えたけど、たぶん今の私と同じくらい頬を上気させながらクラウスがそう言うから。


 ついつい「馬鹿じゃないの?」と心にもない暴言が口をついて飛び出したけれど、急に視界が滲んでクラウスの輪郭がぼやける。


「お、おい――……ルシア? どうした、どこか痛むのか? それとも勝手に挨拶廻りをしたのがそんなに嫌だったのか?」


 そんなクラウスにしては珍しいオロオロと取り乱した声で、私は初めて自分が泣いているのだと分かった。


 嬉しいけど同じくらいその事実が悔しくて、悔しくて。理不尽だとは認識していても「私が先にクラウスを泣かせようと思ったのに!」と、聞きようによってはかなりバイオレンスな発言をしながら絡ませていた腕をベシベシと叩いてしまった。


 結局私が泣きやむまでにそれから五分を要して、二十分で済んだはずの家までの道のりは、クラウスの歩く速度と、途中で再び泣き出しそうになる自分のせいで四十分にまで延びることとなる。


 どうやら遠足とおんなじで、両者が平穏無事に家に辿り着くまでが【恋】というものであるらしい。



***



 気分的には荷馬車を降りて、さらに三日ほど歩き続けた感覚を味わったけれど、三年ぶりの娘の帰還に対しての我が両親の対応は「あら、ルシアお帰り~」「王都は楽しかったか?」という【ちょっとそこまで遊びに行った娘が、夕方になって帰って来た】くらいの軽さだった。


 ちなみに途中でチラホラ出会った領地の人もこんな感じだったけど、何と言うか……外に出るとうちの人間が如何に緩かったかが分かる。それが悪いかときかれれば断じて否だけど、こっちの真剣に悩んでいる胸の内を明かすにはもう少し緊張感が欲しいところだ。


 両親に会うのは三年ぶりとはいえ、まだ二人とも三十八歳なので若々しい。実は帰って来た時に、もう一人くらい兄弟が出来ていたらどうしようかと思っていたけど杞憂に終わった。良かったような、残念なような複雑な気分。


 母のメリル・リンクスは相変わらずフワフワとした美人で、父のエヴァン・リンクスは黙っていれば厳しめのハンサム。何でこれから生まれた(ルシア)はこんなにモブ顔なんだろうか。解せぬ。


 あー……せめて母様に似たふっくらした唇とパッチリ二重の目なら、とか。


 あー……せめて父様に似た癖のない黒髪とキリッとした形の眉なら、とか。


 帰ってきて早々に両親との顔面格差に悩むとは虚しい。悶々としたまま狭い玄関ホールで両親からのハグを受け、荷物を持ったままあまり使用されることのない客間に通された私とクラウス。


 いつ残念な結果を言い出そうかと悩む私の隣で、母様が「お茶の用意をしてくるわね~」と席を外し、父様は「クラウス君は少しルシアに近すぎるんじゃないか?」と言いながら手にした新聞を私達の隙間に埋め込んでくる。


 それに対してクラウスが涼しい顔で「ははは、義父上。もうすぐ夫婦になるのですから、これくらい普通ですよ」と返しているけど――うう、結婚したらこの距離が普通なのか、毎日緊張しそうだなぁ。


 チラチラと父様とクラウスのやり取りを眺めていたら、ワゴンを押しながら母様がお茶の用意を持って現れた。それまでボーッと座っていた私は、慌てて母様の配膳を手伝い、ようやく全員が紅茶とお茶菓子を前に席につく。


 ――そして、私はニコニコと王都から戻った娘の話を楽しみにしている両親を前に「あのね、二人とも、帰って早々にアレなんだけど大事な話があるんだ」と、重苦しい気持ちで口を開いた。


「星がちっとも詠めなく……というか、王都を出る少し前に急に三年かけて高めた能力が元の三日予報しか出来なかった頃まで戻っちゃって……。だから、その、せっかく皆が応援して送り出してくれたのに、全部無駄になっちゃったんだ。……ごめんなさい」


 覚悟は決めていたはずなのに、いざ口にするとやっぱり幸せからくるものではない涙がこみ上げる。


 情けなさと申し訳なさで、膝の上で握りしめた拳が震えるけれど、隣に座ったクラウスが、そんな私の手を自らの手で包み込むように握ってくれた。


 そこからほんの一瞬の沈黙が四人の間に落ちて、母様がティーカップをソーサーに戻す“カチャリ”という音と、父様がクッキーを咀嚼する“サクサク”という音だけが聞こえる。何でだろう……この絵面と音だと、緊張感があんまり伝わらない気がするのは。


 ふとそんな間の抜けた疑問が脳裏を過ぎったその時「いきなり深刻な声を出すから何かと思ったら、お話って今のそれだけなのね?」と、母様がさもおかしそうに笑い、父様も「え、今ので終わりなのか? 父様はてっきり式の前に孫が出来たとでも――」とか何とか、男親特有のデリカシーのない発言をし、直後に母様から肘鉄を食らって悶絶していた。


 ……隣でクラウスが震えているのが手を伝わってくるけれど、これは絶対笑いを堪えているに違いない。賑やかな両親でゴメンね……我が家というか、我が領地の人達は基本的にギャグ時空に生きているんだよ。


 一人で深刻ぶっていたことが恥ずかしくて、耳まで真っ赤になっているだろう私を前に、二人は尚も執拗なギャグ攻撃を放ってくる。


「そんなことなら良いのよルシア、環境や体調の変化でそんなこときっと良くあるわ~。それよりも何だか随分綺麗になったわねぇ。母様それが嬉しいわぁ」


 あまりに斜め上な会話の脱線ぶりに思わず「あのねぇ……母様はまたそうやって暢気なこと言って私を甘やかす。そもそもそんなに変わってないから!」と突っ込めば、母様の肘鉄のダメージから回復した父様まで、


「いや、そんなことはないぞルシア。美人になった云々も含めて母様の言うことは尤もだ。いつでも同じような環境にいたらある日急に元に戻るかもしれんぞ? 何事も後ろ向きに考えすぎては勿体ないだろう、な?」


 とか何とか言って楽しそうに笑う。二人して暢気か!! 知ってた!!


「ちょっともう、父様までそうやって無責任に優しくする~……。クラウスの前で親馬鹿発言止めてよ恥ずかしいから。あと甘やかすのも禁止! クラウスからも二人に言ってやってよ!」


 訳の分からない褒め殺しにシリアスが息をしていない。


 もうこうなったら、ここで唯一私以外に一般人の感覚を持っているであろうクラウスにそう助けを求めれば――、


「すまんなルシア。俺もお二人の仰ることに全面的に賛成だ。ここでのんびり元のような穏やかな生活を続ければ、いつかフッと戻るかもしれないし、そうでなくとも俺が出来る。当初のルシアの目的通り、領地に星詠みの能力を持ち帰ったことには違いがないのだから、何の問題もない。それに、綺麗になったな」



 ~~まさかのクラウス、お前もか!!!



 そんな何だかおかしな四面楚歌状態に私が頭を抱えていると、母様が柔らかな声音で「そうだわルシア。夕飯までまだ時間があるのだし、ここで不毛な話をするよりも、一度自分のお部屋を見に行ってごらんなさいな」と言う。思わず「私がいない間に物置にでもしちゃったの?」と訊ねたら、身を乗り出した母様から強烈なデコピンを見舞われた。


 悶絶する私を生暖かく見守るクラウスと「失言仲間のルシアが帰って来てくれて嬉しいよ」という非道な父様の声。そんな賑やかなティータイムの終了とともに、私とクラウスは追い立てられるように二階へと上がった。


 しかし……上がった先で自室のドアが見つからない。


 いや、ドア自体は記憶と何ら変わらない階段を上がって右手の奥、日当たりが一番良い場所にちゃんとあるのだけれど、デザインが全然違う。はっきり言って、ちょっと古くてくすんだ色の我が家では考えられないくらいピカピカだ。しかも妙にファンシー。


 まさか二人が私の帰郷に合わせてドアだけ変えてくれたんだろうか。


 前の日光で表面の色が剥げていたドアはキャラメルブラウンの綺麗な一枚板で造られ、表面には蔓バラのレリーフが施されているし、鍍金が剥がれたドアノブが可愛らしい薔薇の花を模した物に変わっていたりして、これは地味に嬉しい。


 だが、ウキウキしながらそのドアノブに触れて、ふと隣に立つクラウスの存在が気になりだした。そもそもの問題として、まだ婚前の娘が部屋に異性を招くというのも如何なものなのか? え、うちの両親のセキュリティー能力甘すぎない?


 しかしドアノブを握ったまま悩む私に「開けないのか?」とクラウスから声がかかったので、もう気にしないことにしてドアを開けた。すると――。


「お、おお……私の部屋が知らない間に魔改造されている……」


 ドアを開いた途端目の前に広がったその光景に、語彙が若干減った。ただやや残念なのが天蓋付きのファンシーなベッドか。確かに女の子の憧れではある。あるのだけれど、もう十年ほど遅かった。成長したら少しは母様に似るかもと思っていた希望を捨てた頃かな。


 でもその他は未だに憧れのある家具が多くてかなり胸がときめく。


 大きなドア付の本棚に、細かい意匠を凝らしたチェスト。ふんわりとしたピンク色のカーテンはアーモンドの花弁を思わせる。


 猫足で統一されたダークブラウンの家具に、グリーンとクリーム系の色で統一された室内。スズラン型の小さいシャンデリアとか……乙女ゲームのスチルのようだわ。この空間は間違いなく可愛いだけで出来ているぞ。


 触ったら消えてしまうのではないかと思いながら、一つ一つの家具にそっと触れて回る私の後ろを、クラウスの杖の音が追いかけてくる。全部の家具に触れて回った私が興奮しながらこの喜びを分かち合おうと振り向く。


 ――が、しかし。


「その顔だと気に入ってくれたようで何よりだ。本当なら注文書にあったドレッサーと大きい姿見を置きたかったんだが……床の面積が足りなくてな。すまないが、それはこの先屋敷の増築をするまで待ってくれ」


 何その満面の笑顔尊い可愛い凄い輝いてる神々しいいやもうその存在自体が奇跡神の作りたもうた至高の存在――――って、んんん? 何か今この人おかしなこと言わなかった?


「え? 待って待って、もう一回言って。今ちょっと理解出来ないこと言ったでしょう?」


「どうした、今の説明で何が理解出来ないんだ?」

 

「いや、いやいやいや、全部だよ全部。何その注文書とか、床の面積とか、屋敷の増築とか」


「何だ、理解出来ているじゃないか。その言葉のままだ。義父上からルシアと結婚したければ、ルシアが欲しがっていたものを全部用意して見せろというから、そうした。時間が足りなくて全部は整い切らなかったが、義父上も義母上もそこは許すと仰って下さったぞ?」



 あ、ふーん、ほうほう、成程って……あ・ん・の・親・馬・鹿・共・は~~!!!


 こっちが居たたまれなくなるほど価値のハードルを上げるなよ!


 どう考えても私の価値とこの部屋にあるものの価値が釣り合ってない!



「クラウスってば、きっとあの人達はふざけてただけだったのに、何もここまで……そんな馬鹿な話を聞くことなかったんだよ? 私はクラウスさえ傍にいてくれるなら、悲しいけど……あの二人が結婚に反対したとしても、許してもらえるまで一緒にどこかに逃げたって良かったのに」


 我が両親の無茶ブリっぷりに思わず呆然としたままそう呟くと、それを聞いたクラウスは何故か急に俯いた。からかわれていたことがあまりにショックすぎて言葉も出ないのか?


 無駄な労力を使わされすぎたことに対する怒りで、この結婚をなしにするとか言い出さないでと念じながら、恐る恐るその表情を覗き込んだんだけれど――……。


「ど、どうしたのクラウス、どこか痛いの? それともこの家の連中どうしてくれよう、みたいな悔しさ?」


 ああ、確かに私はクラウスを泣かせたいとは思ったさ。だけどそれはこういうことじゃなくてだなぁ、もっとこう……。


「違う、そうじゃないが、見るな。その、自分でも何でこんな急に……頼むから、見ないでくれルシア」


 あれ、ちょっと待って。

 

 これって、もしかしてそうなの?


 ポロポロとその頬を伝って零れるそれは、さっきの私と同じもの?


 だったら、とっても嬉しいんだけど。でも違ったら困るなぁ、何て思いながらも、私はクラウスを覗き込んだまま少しだけ背伸びをする。荷台で私が泣いていた時の順番はどうだったっけ?


 えーっと、確か、唇、鼻先、目蓋、それから……。


「あのね、クラウス、これから先もずっと大好き」


 そう囁きかけた照れくさい台詞の答えを聞くのは恥ずかしいから、私は彼の唇へと、自分の唇を強く重ねた。


 口の中には、少ししょっぱい涙の余韻。


 重ねた唇を行き交うのは二人分の“幸せ”の気持ち。

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