☆1☆ 花婿(仮)が尊くて辛い。〈1〉
不定期ではありますが、
のんびり番外編始めます~\(*´ω`*)<目指せ糖分!
都合によりエピローグでは式まで半月でしたが、
帰宅だけで日数がかかるので一月後に変更しました。
雲一つない晴れ渡った春の空を、長閑に小鳥達が歌いながら飛び去っていく。その姿を見上げながら、ああ――…遡ること十二日前に渋るクラウスを連れて、無理やりスティルマン家のお墓参りをしたまでは良かったなぁ~、なんて現実逃避をしている真っ最中。
隣にはそんな私の肩に頭を預けたまま、小さな寝息をたてるクラウスがいる。あどけなさはないものの、常より少しだけ皮肉屋な印象の薄い寝顔を眺めていると、心の中がほわりと温かくなった。
ご先祖様達を前にクラウスと婚約指輪兼、結婚指輪を見せて『お宅の息子さんは私が必ず幸せにします』と誓いを立てる私に、隣で苦笑混じりの溜息を吐いた彼から不意にもらった誓いの口付けも……まあ、恥ずかしいけど嬉しかったからね。
その後はクラウスの体調と、お世話になっているヴォルフさんのお仲間さん達の仕事に合わせて、要所要所の拠点で乗り継ぎをさせてもらっての移動だった。でもただ乗せてもらうばかりでは悪いからと、私が申し出た荷物の積み込み作業をクラウスが一緒に手伝おうとするのには流石に困ったけど。
何となく脚のことがあるせいで焦っているのが伝わってきたけれど、別に私はクラウスが一生立てない身体だったとしても気にしないのに。それこそ何十年か後に私の腕の中で“幸せだった”と、そう言って息を引き取ってくれるなら他に何も望まない。順番的には逆でも勿論ありだ。
――と、話が若干逸れたけれど、そんな諸々の影響もあって、現在帰路につく日数は通常よりもほんの少しだけ遅れている。
だけどその方が心の準備が出来て良い。だって予想もしてなかったこととはいえ、卒業間近にこの三年間で学んだことの、約三分の二は落っことしてきたようなもんだからなぁ……。
気まずい気持ちを抱えながら、それでも流れていく景色がどんどん記憶の中の故郷に近付いていくごとに、私の心臓は三年ぶりの帰郷に高鳴る。故郷に持って帰ると誓った錦も持たずにいるくせに、だ。
ちなみにこの帰路につく今日まで、野宿や中継地にある犬ゾリ小屋、時々は宿に泊まったんだけど……クラウス達とは別室。
男性二人、女性一人の宿泊費は、当然すべてクラウス持ちだ。私は何度か料金が嵩むから広めの個室を一室借りようと提案したものの、彼は断固としてその提案に頷かなかった。
元……いや、現在もどうやってかは知らないけど、それなりにお金を持っている人間の考えることは貧乏性の人間には理解しにくい。全くもって謎だ。
舗装が行き届かなくなり始めた道のせいでゴトゴトと揺れる荷馬車は、お世辞にも乗り心地が良いとは言えない。でもこうして揺られながら、フードの下にあるクラウスの寝顔を覗き見るのは好きだ。
一年の頃から……ううん、前世からかな。ずっとずっと、ずっと、欲しくて堪らなかった、クラウスの安らいだ寝顔。本当ならヒロインちゃんしか知りえなかったこの穏やかな表情が、温かな重みが、この帰路につく間中ずっと愛おしくて。気を抜けば涙が出そうなほど幸せだった。
実際クラウスが眠っている間にちょっぴり泣いたりしたけど、御者を勤めてくれるヴォルフさんのお仲間にも、クラウス本人にもバレてはいない。幸せで泣くとか、自分で自分に少し引いた。……でもそういえばこれから帰る故郷では、私はふとした瞬間に幸せで泣く子供だったっけ。
――きっと、クラウスにもあの幸せをあげられる。
――だけどもしも、何も持ち帰れない私に以前ほどの価値がなかったら?
そう考えた途端、ここまでの道のりで感じていた言いようのない不安が込み上げてきて、小さく溜息をついてしまう。……と、肩に頭をもたれかけさせて眠っていたクラウスが身動いだ。
「ありゃ、もう起きちゃったの? 景色からしてまだ二時間くらいかかると思うから、もう少し寝てると良いよ。それとも、体勢のせいで眠りにくかったんなら膝をかそうか?」
けれどそんな私の本気と冗談が半分ずつ込められた発言に、ゆっくりと肩から頭を持ち上げたクラウスの熱と重みが遠退いて。一瞬呆れられたのかと思って一抹の寂しさを感じていたら、急に視界が暗くなり、唇に何かが掠めるように触れた。
そして訪れた時と同じように急に明るさを取り戻した視界の中で、クラウスのダークブラウンの瞳が、じっと私の顔を映して。
「……こうも何も反応がないと、もう一度しても良いものか分からないな」
そうほんの少し照れたように柔らかく目が細められたかと思うと、今度はフードの中に私の顔も一緒に隠れるくらい抱き寄せて、さっきよりも長く唇が重なる。
離れた唇が次に鼻先に触れ、恥ずかしさで思わず閉じてしまった目蓋にも落とされた。
うわあああぁっ……ちょっと待ってえここ外ですけど人もすぐ近くにいるのに何考えてるんだそれとも単に寝ぼけてるのですか!?
あああ、しかし、理性では御者のおじさんがどうか今この瞬間に荷台を振り向きませんようにと思うのに、本能が押し退けることは勿体ないと告げている……! ついさっきまで難しいことを考えていたはずなのに、クラウスの色気で何が何だか分からなくなっちゃう!!
そんな真剣なのか馬鹿なのか、自分でも判断しかねるせめぎ合いにギュウゥッと閉ざした目蓋の向こうで、フッとクラウスが笑ったのか、空気が震えた。
その気配に恐る恐る目蓋を持ち上げれば、そこにはクラウスの皮肉屋っぽい微笑みがあって。頬に手を添えた彼は「覗き込んでいるのが自分だけだと思わないことだな、ルシア」と囁いた。え、それってもしかして――?
「~~今までも起きてたならそう言ってよ。てっきり寝てると思ってたのに馬鹿みたいじゃないか。くそぅ、あの寝顔が狸寝入りとか、乙女の純情を弄ぶ極悪人め」
「おい、人聞きの悪いことを言うな。それに途中の数日目までは本当に寝ていたぞ? それをこちらの気も知らないで……そもそも純情な乙女は寝てる男の頬や額に口付けたりしないだろう」
「く、口付けって、そんな大袈裟なやつじゃないし――……って、ちょっと待て。最初にしたのって三日目だからそれからってことは、ほぼ毎日起きてたってこと?」
聞き捨てならないクラウスの発言に、否定してくれる僅かな望みを抱いて訊ねたのだが――……結果は当然の如く惨敗。小さく頷くクラウスを見て血の気が引いた。
「うわああ……せっかく結婚申し込んでくれたのに、相手がこんな痴女でごめん」
あまりのことで、御者のおじさんに聞こえないように小声でやり取りするのも忘れてこの場で叫びそうになるも、これ以上の恥の上塗りは勘弁だ。なけなしの理性が働いたお陰で何とかギリギリ持ちこたえた。
激しい羞恥に悶えて仰け反る私に「別に痴女だとは思わなかったが……」と優しいクラウスは言ってくれるけど、むしろそれが居たたまれない。普通に考えて相手の了承を取らないでチューしたら痴女だよ! ゆるふわヒロインなその可愛らしい判定の甘さを改めてくれ……!!
「だってクラウスの寝顔が幸せそうで嬉しかったんだよぉ。ずっとこんな風に安心しきって眠ってる姿が見たくって。でも、ようやく見れたと思ったら優しい演技だったとか、自分の思い上がりが恥ずかしいぃぃ」
最早心の中の大洪水を抑えられずに、口から本音がダダ漏れになった。呆れられるとは分かっている。だが彼の反応も知りたくて、両手で顔を覆っていた指の隙間からその表情を窺う私の手を、苦笑混じりのクラウスがそっと引き離す。
「別に全部が演技だった訳ではないぞ。むしろその逆と言うか……一度目の時にルシアが口付けてくれたことに、俺の方が味を占めた。眠ったフリをしていたらそうしてくれるのかと……度合いで言うなら俺の方がよっぽどだろう。それに――」
いつの間にか不自然に言葉を切ったクラウスの顔が目の前にある。どうやら再び抱き寄せられたようなんだけど――……今のときめきが止まらない発言のせいで顔が直視出来ない!! このままだと帰郷する前に未来の旦那さんが尊くて死ぬ!!
何とか視界のクラウス成分を薄めようと顔を逸らす努力を試みていたら、何故か私の目尻にクラウスが口付ける。思わず「ひえぇ」と情けない声を上げたら、彼は目を細めて小さく笑った。
「いつも俺より強いルシアが何を泣いているのかは訊くまでもないが……馬鹿な不安を感じて偶に見せる泣き顔が可愛くて、今日まで言い出せなかった。嗜虐心というやつかもしれん」
そんな風に囁く本編のシナリオでも見せなかった初公開の表情は、ただならぬ色気と、私の大好きだったはずの仄暗さが良い感じに入り交じり、言葉の含む響きは甘いのにまるで麻痺毒のように私を痺れさせる。
「――ずっと、俺だけにしか見せないでくれ」
今までの声の調子とは少し違った掠れるその声に、胸の奥が締め付けられて。自分の額をクラウスの額にくっつけて「当たり前じゃないか」と囁けば、躊躇いがちに唇が触れる。
頭上では小鳥が囀り、風はキラキラとした春の香りを運ぶ。
ああ……うん、ほらね、悪くない。
荷馬車の荷台でする口付けにしては、なかなかロマンチックじゃない?




