表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆  作者: ナユタ
◆三年生◆

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

103/129

*20* サヨナラだけが……ってそんなのアリ?

※8/30※

ちょっとだけルシアの矢印について加筆修正を入れました(´ω`;)


 

 九月に学園が始まった時はクラウスという後ろ盾を失った私は、クラスメイト達から嫌がらせを受けることを半ば当然のように覚悟していたのだけれど、最終学年ともなれば皆それどころではないらしく、良くも悪くも恋人を失って傷心中のド辺境の下級貴族を相手にしたりはしなかった。


 それこそ女子生徒はこれからの情報収集の為のお茶会と、早い子は卒業後に即婚約者との結婚式があるので、その時に着るドレスの装いについて。男子生徒は婚約者の実家との付き合いや、今までこの学園で築いて来た友人同士の繋がりをいよいよ仕事として使い始める。


 前世でいうところの大学進学組はほとんどいないから、皆が皆、就職活動真っ只中といった感じのそんな時期だ。ちょっと鬼気迫っていて怖い。


 だから私は誰に邪魔をされることなくクラスの空気と化して、ひっそりとエンディングに向かって慌ただしくなっていく教室の中を眺めていた。


 そんな中で夏期休暇の最終日に、クラウスからもらったあの天体望遠水晶を譲ったヒロインちゃんも、ずっとそんな私を気にしてくれていたのだけれど、度々学長室に呼び出されるようになったので、ほぼ学園に籍を置いているだけの生徒になって行き――……。


 噂では学園の卒業式に合わせて、国を挙げて大々的に【星喚師】のお披露目パレードをするのではないかとのことだった。何というか……この後も色々と大変そうな彼女に思わず同情してしまう。


 有名になりたくないのに払わされる有名税って、将来返ってこないかもしれない年金を払わされるくらい嫌だ。あぁだけど、ヒロインちゃんには一緒に歩んで行くエルネスト先生がいるから、もう大丈夫なのかな?


 たまに学園内で見かける二人が先生と生徒の皮を被って、乙女ゲームな恋愛を楽しんでいることを知っているのはこの私だけだ。そう考えるとちょっとだけ優越感を憶えた。



 ――そうこうする間に、三年生も残すところ後僅かとなった十二月。



 もう卒業に必要な単位は全部取得済みだから、後はもう卒業式を待つだけである。けれど授業もほぼなくなった途端に居場所の透明化とでも言おうか、何だか若干不安な感覚に苛まれる自分がいた。


 そもそも年末が近いとあって、学園の外も忙しい。年末年始の準備が忙しいのはどこも同じなのだなぁと妙な感動を憶えるね。


 うちの辺境領でも保存食を屋敷内に運び込んで、今頃どの家でも家族での年越し準備をしている頃だろう。都会はそれに加えて年末年始の商戦があるから、特に忙しいのかもしれないけど。


 直前の十一月まではラシード達と一緒に遊んで、そのたびに『春になったら結婚するんだろう?』『アタシが着飾らせてあげるから、式には呼びなさいよ?』と、何でそんなことを知っているんだという情報まで持ち出して私をからかい、沈まないように励ましてくれていたからそんな不安とも無縁だったんだけど……。


 カーサは街の警備にかり出されることが多いし、ラシードは雑貨店のかき入れ時。そのお陰で私も刺繍をバンバン卸させてもらえるから、多少のお小遣い稼ぎにはなるんだけど、忙しくて遊べないのだ。


 そんな私が自然と足を向けるのは図書館の西側の一角か、さもなければ誰もいない温室。とはいえ図書館ではすでに最後の謎も解いてしまった今、本棚に並ぶ偽りの星女神神話を読む気にもなれず、温室ではストーブをつけるだけで。


 二つある内の一つしか使用者がいなくなってしまったマグカップでは、お茶を飲もうとも思えなかった。


 春になればきっとこの漠然とした不安も消える。この不安はきっと、クラウスと一緒に両親に認めてもらうまでのマリッジブルー的な物に違いない。


 前世から考えれば何と幸せな悩みであることか――! と、自分を鼓舞しながら、ヴォルフさん名義でクラウスから届く、現在お世話になっている場所近辺のお店に宛てた手紙を書く日々が続いていた。


 親しい人が皆いなくなってしまった学園生活は物寂しかったけれど、もう少しで全てが収まるべき場所に収まる。そう信じていたのに――。


 今までの経験からしてこういう時に絶対最悪のパターンになるのは、前世から全く変わっていなかった。思えば――……前世でアイキャンフライする理由を見てしまったあの日もそうだった。


 連日の激務に加えて風邪をひき、それでも会社を休めないから市販薬を飲んでぼーっとした頭で、大切な資料を忘れて取りに戻ったところでオフィスで不倫中の二人を発見したんだったわぁ……。

 

 そういう元来良くない星の巡りの元に生まれた私は、今回もその例に漏れず、聖星祭の直後に謎の高熱を出して、その後三日間全く意識のない状態で眠り続けた。しかもその間に運悪く学園は冬期休暇。


 ぼっちな私が三日間食堂に現れない程度では、女子寮のおばさん達ですらこのピンチに気付いてくれず……目覚めた時には大切な物をすっかり失っていた。そこで初めて私はずっと以前から自分にかせられていたはずの、大きな謎を残したままだったことに気付いたのである。


 あれはいったいいつのことだったか……そういえば、以前ラシードが何か気になることを仄めかしてはいなかっただろうか? ということに思い至る。


 このようにいつでも後悔とは、後に悔いることを言う。そして喉元を過ぎれば熱さを忘れ、性懲りもないとは一度痛い目をみた過ちを繰り返し、そのどれもが次の機会には全く活かされることがないのだ。


 ……結論から言おう。


 十歳で突然得た私の星詠み能力は、得た時と同じように十七歳で突然この手からすり抜けた。それも、もう後ほんの少しで大手を振って故郷に帰れるという、これ以上ないくらい最悪のタイミングで。


 ジッとしていたら不安で気が触れてしまいそうだった私は、その足で真っ先にラシードの元へ突撃し、自分の置かれた現状を洗いざらい話した。するとラシードは「やっぱり黙ってたところで結局はこうなっちゃうのね」と、どこか呆れたように言ったのだった。


 そこで今更ながらに年末商戦の激務で疲れているだろう表情に気付き、自分のことしか考えていなかったことが恥ずかしくて俯いてしまう。だけどラシードはそんな私に苦笑して、店の人達に「ごめんなさい、ちょっとだけ休憩に行ってくるわね」と言って時間を作ってくれた。


 話の内容的にどこかお店で話しているところを聞かれたら、完璧に電波な人になってしまうだろうということで、持ち帰りの出来る飲み物と食事を買って、寒くて人気のない公園のベンチに二人並んで腰かけた。


「ええと、そうねぇ……どう説明したものかしら。そもそもの問題として、ゲームの世界に転生しちゃったなんていうのが、既に常識的に考えられない状態だし、確証もないわ。それでも良いって言うなら、アタシが考えつく仮定の話をする。それで構わないのね?」


 それで良いかどうかなど、今は全くもって関係がなかった。不安過ぎて過呼吸を起こしかける状況が少しでも慰められるなら、同じ時間軸から転生したであろうラシードの言葉は、まさに天啓のようなものだったのだ。


 何度も頷く私に向かいラシードは激務でやつれた頬に人差し指を添えて、困ったように、そうして安心させるように微笑んでくれた。


「そう、じゃあ話すけど……たぶんアンタの頭上にあったあの矢印は、前世の記憶を持ってる者を見分けるマークだったんじゃないかと思うのよ」


 咄嗟に“そんなことは分かっている”と喉までせり上がってきた言葉を飲み込んで、探るように続くであろう言葉を待つ間も、手を伸ばせば届く距離にまで近付いた未来を、目に見えない誰かに取り上げられるのではと怯えた。


「もう、おブスねぇ。せっかく少しは可愛らしくなったのに、そんなに辛気臭い顔しないの。前にも言ったと思うんだけど、憶えてる? アンタの頭上にあった矢印の形が変わってきたってやつよ」


 軽い口調で焦れる私を諭しつつ、柔らかく弧を描く唇が次に何を紡ぐのかと内心気が気でなかったけれど、オドオドと頷くほかない。そんな私を見て満足そうに頷いたラシードは、さらに考えながら言葉を紡いだ。


「恐らくそれは、アンタが前世の攻略法を段々忘れていっているということの現れで、残りのカウントダウンみたいなものだったんじゃない? アタシは元からこのゲームにいたキャラクターとして転生できたけど、アンタは何の因果か本作にかすりもしないモブだった」


 それはまず間違いがないから「うん、それは私もそうだと思う」と答えれば、オネエさんは「良い子ね」と出来の悪い妹を褒めるように頭を撫でてくれた。出会った頃から少しも変わらない優しい手つきが、そんな場合でもないのにさざめく心を慰めてくれる。


 けれど次の瞬間には表情を引き締めて「今から少しだけアンタに酷なことを言うわよ?」と前置きをしてくれ、私もそれに頷いた。


「アンタの存在はこの世界でただのバグでしかないのかと思ってたけど、もしかして新作の開発中に発生したバグの生き残りで、アンタは【ゴースト】なんじゃないのかしらってこと。要するに、商品開発中にデバックされ残った、電脳空間にこびりついたバグの【残滓】よ」


 ――それだけでもなかなかにゾワッとする響きがあったのに、続く言葉はこれまで散々この世界の理を引っ掻き回した私への断罪にも思えた。


「おまけに攻略法を知っているだけではなく、本来はなかったはずの星詠みの能力(ギフト)まで持っているだなんて凄いじゃない? もしかしたら……この世界を構成させる何かがアンタの存在に気付いて、元の正常な“歴史(シナリオ)”に戻ろうとしているのかもしれないわね」


 役所を与えられたラシードが動き回らなくても正気を保っていられたのは、彼がこの世界に必要なキャラクターだったからで。そうではない私は本来記憶を取り戻した時点で壊れていてもおかしくなかった。


 そうならなかったのは、ひとえに。同じ世界にいるであろうクラウスの存在が、心配で心配で仕方がなかったからだ、と――……。


「なぁんてね。本当のところはどうだか知らないって言ったでしょう? 今のはそういう可能性もあったりなかったりするかもしれないって喩え話よ。それにもしそうだったからどうだって言うのよ。ここまできたら最後まで悪足掻きをして、この世界でアンタが隠しキャラクターの立ち位置を確立しちゃえば良いのよ」


 そんな風に悩んで落ち込むだけしか能のない私を前にして、前世ではきっと何度も円環(ループ)を繰り返したって得られなかったような、心強い“戦友”が微笑んだ。



***



 どんなに失意の中でも暦は進む。明けない夜はないし、沈まない太陽もまた存在しないのだ――と、格好良く言ったところで本日は“三月二十二日”。


 いよいよ明日は学園の卒業式で、ヒロインちゃんの【星喚師】としてのお披露目記念パレードはその二日後に行われることになったのだけれど……。


「安易に大丈夫だなんて言いたくないけど――。全く詠めなくなった状態から、アタシを巻き込んで今日まで必死に特訓したお陰で、ほんの少しは詠めるようになったんだから。充分頑張ったわ。出来る限り最良の手を、アンタは使って打った。以前なら一人で今日までウダウダしてただけなんだから、それを考えたら上出来よ」


 あの日の傍迷惑な私の暴走をカーサに内緒にしてくれただけでなく、その後の星詠み訓練にまで付き合ってくれた懐の深いオネエさんには、本当に感謝しかない。きっと生涯頭が上がらない存在だ。


 けれどそれでも星詠みの能力がなければ、私は何故この世界に転生出来たのか全く分からないただの役立たずなモブで、クラウスと並んでも良い理由が一つもなくなってしまう。しかもそれだけではない。


「詠めるようにっていうか……一回全くなくなったのが、元の三日間予報しか出来ないレベルに戻っただけだよ? 結局原因が分からないから、またいつ全く詠めなくなるか分からないし。このままじゃあ、三年も我儘を許してくれた領地の皆に合わせる顔がないぃぃ」


 故郷に錦を飾るどころか、いない間にかけた苦労の方が上回ってしまう。そんなことになったら、領民の皆と仲良く領地を盛り立てて来てくれた両親にも申し訳ない。それだけではなく、これで“領主家の馬鹿娘”認定が下ったりしたら、婿入りしてくれるクラウスにも迷惑をかけてしまうのでは……?


 頭を抱えながら「うあああ……どうしよう」と呻いているここは、以前カーサの恋愛相談に乗った喫茶店で、ラシードとカーサのツーショットを見られる日が来ようとは……感慨深い。


 でもそんな二人を前にするからこそ、向かいに座りテーブルに突っ伏したまま絶望感に苛まれている私である。カウンターの中からマスターが心配そうに見守ってくれているけれど、煩いお客ですみません。


「その、心配し過ぎだと思うぞルシア。領地の領民もご両親も、ルシアが頑張って来たことを疑ったりするような人達ではないのだろう? むしろこの三年間良く頑張ったと褒めてくれるはずだ」


 優しいカーサの発言に「そうかなぁ?」と返せば、目の前の美しい親友はパッと顔を輝かせて「勿論だ。それにもしも追い出されることがあったら、うちの領民になれば良い。父上に頼んで屋敷を建てよう」とか斜め上の提案をしてくる。


 私は持ち上げかけていた顔を再びテーブルに伏せて「それ結局追い出されてる」と泣き言を言えば、今度はこの話題に飽きたらしいラシードから「それよりも、三日後のパレードにクラウスが来るんでしょう? 当日はアタシ達も会いたいんだけど」と突然の進路変更をされた。

 

 ――もうやだ、このカップル自由人過ぎる。


「そうだよ、それもあったわ。クラウスってば王都に出るのは危ないから、私が犬ゾリ小屋まで行くから待ってて言ったのに……そんなにティンバースさんのパレード見たいのかなぁ?」


 確かに凄く綺麗だろうけども! 田舎に引っ込む前に美人を見納めとこうとかいうことなのか? そんなの――……止められる訳がないじゃないか。うちの領地にあそこまでの美人がいたら観光大使に任命してるところだもん。


 おまけにクラウスにとっては初恋の人だし、何度も起こった円環(ループ)の集大成としてそれは見たいだろう。逆の立場なら私だって絶対に見たいと思うもんなぁ。


 ウジウジと額をテーブルに預けていたら、ラシードが「はぁ、お馬鹿」と言いながら旋毛をビスビス突いてくる。最早抗う気力すらなくした私がされるがままにビスビス突つかれていると、カーサがそっとラシードの指から旋毛を守ってくれた。


 顔を横に倒して「カーサ大好き」と愛の告白をすれば、カーサはバラの蕾が綻ぶような微笑みを浮かべてくれる。そしてそのまま鶏に啄まれた枯れ草のようになった私の髪を整えて、静かな声でこう諭してくれた。


「スティ……いや、クラウスは本当ならば卒業式に迎えに来たかったのではないか? だが、卒業式だと知り合いの目がある。けれどパレード時なら人混みに紛れてルシアを迎えに来られるだろう? スティ……クラウスはきっと自分の手で、ルシアを王都から攫いたいのだ。ワタシが男ならきっとそうする」


 嗚呼――……このようにかくも乙女ゲームの住人は、同性の親友であろうが油断が出来ない人誑しのコンチクショーなのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ