*18* 寂しがり屋の女神様。〈2〉
今回めっちゃ長くなってしまってゴメンナサイ!
あとエピローグ込みの二話で完結予定ですσ(´ω`*)<ふぃー。
※予定は……途中で変更する場合がございまふ;※
「では……原本の内容についてお聞かせ願えますか?」
「君が考えていることからそれほど遠くない答えだと思うが、それでも?」
一瞬だけこちらの真意をはかるようにエルネスト先生が目を眇めてそう言えば、クラウスは一度私の方を見てから、再びエルネスト先生に向き直り頷いた。
「――ええ、俺は俺の番星を見つけましたから。彼女が共に答え合わせをしたいと言ってくれるのであれば、何も憂うことなどない」
完全な不意打ちでクラウスがくれたその言葉に息が止まりかける。自分が涙もろいタイプだとは思っていない。けれどこんなのは反則だろう。
……今が真夜中で良かった。優しい明かりを灯す星火石のランプではそこまで表情をしっかりと見られることはない。私はランプの光量に感謝しながら、三人から顔を隠すように視線を逸らした。けれどそんな私の反応にクックッと声を漏らして笑うエルネスト先生が憎らしい。
「そうか。君はスティルマン家の歴代当主の中でも心が弱かったから心配していたんだが……むしろ情けないのは自分の方だったようだな」
溜息を一つ、エルネスト先生はそう苦笑した。
「こんなに長く監視対象の君達を間近で観測してしまっては、もう今更ただの天文官には戻れないな。良いだろう、この話をするのは今夜だけだ。君達は自分の語った内容を明日以降は二度と思い出さないと約束してくれ」
そう前置きをして若干困ったように微笑んだエルネスト先生は、出会ったばかりの頃の“大きな身体をした熊さん”という印象がぴったりの、世話好きで柔和な雰囲気を纏っていた。
「今でこそ近隣国にも大きく広まった星女神神話だが、元々その信仰の対象は極限られた範囲だった。始まりは我が国だがその起源がどこからだったのかを記した書物は、この周辺国との戦乱の中で消失してしまったからね。元々神話なんて物は、鶏が先か卵が先かの程度だ。大切なのは始まりよりもその利用価値だよ」
その話は確か他の先生が受け持っている授業の、建国の歴史について触れられていた気がする。とはいえ、神話の授業にばかり熱心だったから、テストで点数が取れる最低限の範囲でしか憶えていないけど……。
私達が暮らすこの第十五代エシャント王が治めるミッドガルド王国は、本来あった大本の国に成り代わって建国した、ちょっとお行儀の悪い一面を持つ。
というのも、本来あった大国がそれはもう支配欲の強い王家を祖にし、近隣の国を征服してその領土を増やす拡大政策国家……要するに戦争大好きな脳筋国家だったからなんだけどね。
それを憂いた“一部の将軍達”が反旗を翻し、激しい内乱の末にぶん捕ったのが始まり。控え目に言っても結構アグレッシブだと思う。
乙女ゲーム内の歴史を学ぶという訳の分からない状況に戸惑いつつも、自室で必死になって復習していた最中にふと気になった表記の中に、初代の王様は“天候を操る不思議な能力を持っていた”とあった。現に建国した時には“一部の将軍達”となっていたのに、玉座に座ったのはこの初代だ。
何となく気になって図書館で歴史の本も読み漁ったけれど、どれも記載が曖昧で、今にして思えばあれは何かを揉み消そうとしているようだった。
それに初代やその後に続く今日までの王家の華々しいお話の中に、凄くぼかしてはあったけど、この国になる前に治めていた王家がやたらとある一部の人達を迫害していたことを糾弾するような記載があった。
なのでここからは私の勝手な想像だけど、前王家が迫害していた国民の中に、現在【星詠師】や【星喚師】と呼ばれるようになった人達がいたのではないかと睨んでいる。初代はそれを隠してのし上がり、自分と同じ能力を持った人達に市民権を与えたのではないだろうか?
何より武力で国を大きくする前王国と違い、現王国になってからは知力――特に天候に関するもので国の安定をはかり、それは戦争に続く戦争で疲弊した国民に受け入れられた。
恐らくこの辺りからそれまで“異端”とされていた人達は、愚王を倒し、英雄として玉座に座った初代と同じ能力を持つ“選ばれた人”へと情報を上書きされたのだ。人間とは身勝手なもので、自分の信じたいことだけを信じる。昨日石を持って追った人間に利用価値があれば、翌日にはあっさりと掌を返すのだ。
しかし国の内政に力を入れることで農業を活性化させ、国を広げるだけの政策を止めたことにより、カンストしていた戦力は徐々に弱体化。
今となっては永世中立国としての地位を盤石なものにしているけれど、それまでに散々恨みを買っていたこの国は、周辺国から狙われて幾度かそれまでよりは小規模ながらも戦争を繰り返し、啄まれるように領土を奪われたことだろう。
でも想像力の貧困な私が閲覧出来る内容の歴史書で連想出来るのはそこまでで、結局細かい真相のほどは分からないけど。
――――と……いけない。今は私の勝手な妄想歴史を振り返るのではなく、エルネスト先生の講義に集中しないと。
さて気を取り直して……エルネスト先生いわく“孤独星”はどの時代でも常に【星喚師】を見つけて見初めるという血が受け継がれており、時には親兄弟であろうとも惹かれ合う禁忌の星とされていたと言う。
その汚れとも呼べる性質のせいで他の【星詠師】の一族からは忌避されるが、代わりに希少価値の高い【星喚師】を探り当てる試金石として、代々王家に重宝がられたのだと。
「しかしそれこそが解釈のねじ曲げだ。本来の星女神神話の原本は、孤独星と呼ばれる以前の“カヒノプルス”と、後に人々から【ウィルヴェイア】と崇められることになる星女神が、まだただの星の一つとして呼ばれていた頃の、悲恋物語だった」
熊さんの微笑みから天文官の顔になったエルネスト先生は、傍らに立つヒロインちゃんの方に視線を投げ、それからクラウスにも同じように視線を寄越す。
まるで神話の時代の報われなかった恋物語が、まだこの世界に干渉しているとでもいうように。
この物語の核に組み込まれた神話は、前世の世界だと荒唐無稽だと鼻で嗤われそうだけれど、今世にとってこれは現実で、そこに不可思議という概念はない。むしろさっきの私の妄想の方が忌避される類のものだろう。
だから前世よりも充実した生をこちらで満喫しながら成長した私にとっても、それは当たり前のように血に馴染んだ。
◆◆◆
むかし、むかし、春の空に瞬く星神達の中でも特に美しく力の強い“ルドビカ”と呼ばれる乙女星がおりました。“ルドビカ”には大変仲の睦まじい番星の“カヒノプルス”がおりましたが、隣合わせの二人はその実正反対の資質を備え、それは他の星神達の心配事の種でもありました。
豊穣と安寧を司る“ルドビカ”と、死と混沌を司る“カヒノプルス”。全く違うからこそお互いを必要とした二人の星神は、けれどその歪な関係性を大変危ぶまれてもいたのです。
他の星神達が二人にどれだけ番星の関係を解消するように仕向けようとも、愛し合う二人は聞く耳を持ちません。そこである時二人を除く五星が集まり、一つの決定を下しました。
その五星というのが――、
戦と勝利を司る“レグオロス”、
穏やかな眠りと忠誠を司る“ロンダキオン”、
正義と悪の観測を司る“アークタウロス”、
政と策略を司る“カスケール”、
自由と芸術を司る“ベルドギウス”です。
それは“カヒノプルス”を“ルドビカ”から遠く離れた夜空に追放することでした。当然それを良しとしない“カヒノプルス”は他の五星に戦いを挑みましたが、如何に死と混沌を司る星神と言えども所詮は一星。おまけに“ルドビカ”の身柄を拘束されていたことで、本来の力の半分も発揮することが出来ませんでした。
しかし問題はその“ルドビカ”が実際は拘束されていた訳ではなく、“ロンダキオン”の手によって眠らされていただけなのです。
けれどそんなことを露とも知らない“カヒノプルス”は戦いに敗れ、失意のまま皆の集う春の空から追放されたのでした。
ことが終わってから目覚めた“ルドビカ”は“カヒノプルス”が追放されることになったと知るや、大変哀しみ怒り、天地は大いに荒れ狂いました。そこで五星は“ルドビカ”の足許に跪き、こう諭します。
『騙し討ちのようなことをして悪かった。しかしお前達はこうして引き離されただけでこうも天にも地にも災いをもたらす。もしも我等が今の内に隔てなければ、いずれその愛でお互いの身を滅ぼすことになるだろう』と。
この言葉に不承不承納得して見せた“ルドビカ”は、けれど他の五星に気取られぬように、自分の使役する白いカラスにその内容をしたためた手紙を送りました。
《数十年に一度だけ他の五星に内緒で地上に降りて、人の子になり、人の子のように番となりましょう。私はその為に貴男にだけ分かるよう、赤いリボンを魂に結んで生まれ変わるわ》と。
それから夜空で番星になれなかったこの哀しい二星は、数十年に一度だけ人の世界に降り立ち、人として番ようになりました。
◆◆◆
――と、言うのが星女神神話の原本であるらしい。
しかし現在の国の成り立ちをみたら、他の五星も降りて来てるよね? バレてしまってるじゃないですか“星女神”様!
それというのも、現王家の直系の子孫達は“ルドビカ”の血を引いていないせいだと思う。恐らく残りの騙し討ちをした五星のいずれかの血を、この国の王家は引き継いでいるのだろう。
“異端”から“選ばれた人々”になったかつての同朋達の血脈と、婚姻関係を結ぶことで血に受け継がれる力をより濃く、強くした。だからこの国ではそういった貴族同士の繋がりが厳しいのだろう。
けれどそんな華々しい五星とは違い“カヒノプルス”は孤独星に落とされたままだ。番星の“ルドビカ”は信仰の象徴として君臨することになったのに――と、いう謎こそがこの私の推しメンこと“クラウス・スティルマン”の追加された新たなシナリオルートなんだろう。
「建国したてでまだ人々からの求心力に不安があった初代の国王は、この神話を利用する際、神話の原本が邪魔になったのだったのだろうね。確かに英雄が為すことにしては非人道的すぎる。しかし急拵えな国の建国で、英雄を特別視させるにはちょうど良い材料だ。使わない手はない」
一旦そこで言葉を区切ったエルネスト先生は、ぽつりと「自分の一族は嗤えることに、正義と悪の観測を司る“アークタウロス”を崇めているよ」と言い、暗い目をして笑った。
ここにいる誰がそのことを責められるだろうか。かつての自分達の先祖が蓋をした真実を観測し続けた彼を。
「そこで“ルドビカ”に新しい名を与え【星女神ウィルヴェイア】と記載を改め、飼い殺す変わりに【ウィルヴェイア】を除いた六星の中で、最も強い権限を持つことを許されたのが……スティルマン。君の一族だ」
その結果王国に伝わる星女神神話の原本は封じられ、新説を記した今に伝わるものへと……、
『えーと……だから【星詠師】は女神【ウィルヴェイア】の吐息から生まれた精霊をその身の内に迎え入れた信徒達の末裔であり――、と』
『本来【星詠師】“と【星喚師】”が使用する天体望遠水晶は、女神【ウィルヴェイア】が信徒達に贈った夜の欠片だと言われている――だ。これは初等部で習うはずの部分だが、憶えていないのか?』
そう呪われた一族の“最後の一人”が教えてくれるくらいに根強く、後世のこの世界に馴染んだ。話を全て聞き終わった私の感想は“乙女ゲームの真相の割に重いよ”だった。
このゲームを製作した会社はまだ倒産せずにあるのだろうか? 今となっては限りなくどうでも良いことだけれど、推しメンを生み出してくれた会社だから出来れば現役で頑張っていると信じたい。
エルネスト先生はさらに、選ばれた【星喚師】達はその任務の過酷さから皆酷く短命で、人ならざる星の声に耳を傾け続けて弱り切った身体では、子供を残すことも出来ないということ。
例えずっと手許に置くことが出来ずとも、“カヒノプルス”の末裔とされるスティルマン家さえ手許に置けば“ルドビカ”と呼ばれた彼女の末裔も、すぐ近くに生まれ落ちるのだという確信があったことなどを教えてくれた。
――しかし。
“そもそもどうして初代の王様だけが、この神話の原本を抜け駆けして知ることが出来たのか?”
“天体望遠水晶というアイテムが星詠みに用いられるようになったのは、いつ頃のどんな経緯であったのか?”
“ラシードは本編だとヒロインちゃんにどう絡む予定があって、後の三星は一体誰だったんだよ”
“これだけ良いようにあしらわれちゃうって……クラウスのご先祖様って近代はこの仕上がりだけど、もしや初代は気弱でお人好しだったのかな?”
“何で小さいクラウスからのプロポーズを忘れたんだよ、勿体ない!”
“エルネスト先生のルートだとやっぱりクラウスは死んじゃうの?”
などといった謎は、このルートでは解明されないらしい。まあ、私にはそれが誰のルートかなんて全くもって興味がないから構わないんだけどね。クラウス・ルートの謎が解明されたのなら、もうどうだって良いや。
大切なのは、クラウスが今までの辛い円環から解放されることと、彼女から受けた数々の誤解を解けたこと。とはいえ、ヒロインちゃんは円環していなかった訳だから、今回が最初で最後の衝撃的な事実なんだろうけど。
そして今世でもやっぱり死に別れてしまったけれど……クラウスの両親に対するわだかまりが、ほんの少しだけでも和らいだことの方がうんと大事だ。
少なくともクラウスのお父さんは、ヒロインちゃんのお母さんをそんな目に合わせたくなかった。そして自分の息子であるクラウスにもそんな思いをさせないように、二人が出逢ってしまったヒロインちゃんのいる避暑地を使わなくなったのだ。
何度も繰り返す円環の中でそれは不器用に捻れて、歪んで、憎んで、腐っても。その根底には違うものがあったと信じたい。
「成程……それでは我が一族の代々の当主は、何かしらの経緯で原本の内容を知り、その理をねじ曲げて愛した女性をわざと遠ざけたのか。そして【星喚師】が不在の間に大災害が国を襲い、国民を脅かした、と。これだけ聞けばただ色恋ごとにうつつを抜かし、国に弓を引いた大罪人だ。実に我が一族らしく愚かだな」
らしいと言えばらしいけれど、この場面でもその物言いなのかと少し笑った私と違い、ヒロインちゃんとエルネスト先生からは戸惑いが感じられる。そこで苦笑しながら「その辺で自分と一族の皆を許してあげなよ」と声をかければ、クラウスは僅かに皮肉っぽく笑って続けた。
「だが……その行動は実に俺らしくもある。結局スティルマン家の人間は、愚かで独り善がりな馬鹿共ばかりだと言うことだな。しかしそういうことであるのならば、アリシア・ティンバース嬢」
そう言葉を一度区切ったクラウスの双眸がスッと細められる。まるで一年の時に初めて出逢った日のように、冷たさを宿した瞳に魅入る私に気付いたクラウスは軽く咳払いをして「スティルマン家の最後の人間として君に伝えることがある」と続けた。
ヒロインちゃんとエルネスト先生が居住まいを正したのを確認したクラウスも、二人に向かって頷き返す。
「今から約ひと月半前に、すでに選定の星が流れた。君が次の、そしてこの国で【最後の星喚師】だ」
今までの会話の連なりで告げられたヒロインちゃんは顔面蒼白だし、エルネスト先生は熊のような巨体が一回り小さくなったように見えた。
これが正しいことなのかと訊かれたら、その問に即座に答えることは難しい。だけど、辺境から出て来た私としては思うのだ。この王都に住まう人々と、私の愛しい辺境領の人々の命がどうして一律ではないのかと。
大雪も、大雨も、干魃も、暴風も、落雷から来る火災も。辺境ではそうした自然災害は脅威だ。けれどこの王都には多くの有能な【星詠師】がいる。それは裏を返せば最低限以上の備えは出来るということだ。
だから私はクラウスを助けることに成功して、星詠みの能力を向上させたら、領地に戻って家族や領民の皆の為に役立ちたかった。国の機能を止めない為に万全を尽くして王都を護るのは分かる。でも私達は皆同じ、自分の大切なものだけを大切に思う人間だ。
個人の犠牲を肯定するだけの暴力的な解決策は、喩え王様にも、神様にだって本来赦されないはずなんだよ。
「そうだ、アリー。幼い頃に夏の避暑地で君と出逢って共に過ごす間に立てた、あの誓いを憶えているか?」
落ち込む二人を前に、急に何かが吹っ切れたようにクラウスが語りかけると、ヒロインちゃんはビクリと肩を震わせた。それが拒絶や恐怖からだけ来る震えでないことは、悔しいかな、何となく分かる。
きっとその日、その時、幼い二人の間で交わした約束は本物で。いつかその日が来るかもしれないと、胸をときめかせることもあったのだろう。
私が続く言葉を聞きたくなくて耳を塞ごうかと悩んでいたその時――。
「実は情けないことに、俺は君に何と誓ったのだか忘れてしまった。だからもう思い出さないでくれ。出来れば二度と。それを承知した上で、今夜ここで俺を見たことを他言しないと誓うならば――」
そこで不意にクラウスが言葉を切って、二人から私の方へと一瞬視線を寄越す。そうしてその腕が伸ばされ、私の肩を抱いた。
「俺は二度と君の前に姿を現さないと誓う。君は“カヒノプルス”の番星として見初められることのない、優秀なただの【星詠師】としてこれから先の人生を生きて行ける。……どうだろう、この提案に頷いてくれないだろうか?」
照れくさそうな微笑みを私に向けたまま、クラウスが二人に告げる。そのダークブラウンの瞳に映るのは、泣きたいのを我慢するせいで酷く不細工な表情になっている私だ。
これは――……選んでくれたと思って良いのだろうか?
全ての答え合わせをした上で、それでも私を選んでくれた?
無言のまま、というか、言葉を紡げないで見つめ返すだけの私に向かって、クラウスが「俺の番星」と小さく呟く。
――く、悔しい格好良いうわやっぱり尊いヒロインちゃん本当にこの人いらないの後で返せって言われても絶対に返せそうにないから出来たら今ここで先に言って欲しいんだけど……って、そうじゃないだろう!!
「え、や、ちょっと待ったクラウス。それだとさ、しばらくは【星喚師】の資質が認められたティンバースさんが、正式に認められないとはしても一応【星喚師】として少しの期間はお勤めしないと駄目なんでしょう? だとしたらその間に疲れて身体を壊すかもしれないじゃないか」
「さあ、そこまでは俺にも責任を持てないが……。無難なところで彼女に無能を演じてもらうしかないのではないか?」
「いや、しかしアリシアは真面目だ。自分ほど平気な顔で同僚の天文官達に嘘をつけるとは思えない」
「ええと……その、それにお役目の全てに嘘を吐くのは難しいです」
まさか私を除く三者三様が、全くこの先の事態を考えていなかった訳ではないだろうけれど、流石にここでこのグダグダ加減はちょっと予想していなかったぞ?
これが前世の会議なら帰宅は深夜か午前様の案件だ。どれ、せっかくだからここで一度この面子の能力値を確認しよう。
まず一人目。賢いとはいえヒロインちゃんはまだ仕事をしたことのない学生。
そして二人目。賢いとはいえクラウスも領地経営の手腕は大したものかもだけど、情操教育の面でやや不安の残る仕上がり。
最後に三人目。賢いとはいえエルネスト先生は研究職という、いわばオタクで本来社交的ではない分、クラウスに少し大人成分を足しただけ。
あ、駄目だわ。どう贔屓目に見ても、この中でまだ一番まともな社会人経験してるのって前世の私だけだ。思わず“だよね”と口から出そうになったその瞬間、脳裏にとんでもない名案が閃いて「ああ!?」と大きな声が出てしまった。
「あのなルシア、いきなり大きな声を出すな。今が何時だと思っている。それに俺はここで見つかると面倒なことになるんだぞ?」
「うう、ゴメン。でもさ、そういえば私クラウスからもらった物で、凄く良い物持ってたなって思い出して。ただ私の能力だと勿体ないと言うか、大した素質もないのに使うのが畏れ多いと言うか……。でもティンバースさんくらい星詠みの素質があったらかなり有効活用出来そう。体力の温存にも役立ちそうだし」
そんな私の発言に「おい、ルシア。まさかそれは――」と露骨に表情を不機嫌なものへと変えるクラウス。
分かる、分かってるよ? お怒りはごもっともです、はい。
「えーっと、うん、たぶんクラウスの考えてるそれ。ゴド爺のところで買ってくれたあの天体望遠水晶」
「星火石の首飾りに引き続き……お前に贈り物をすることが如何にも虚しい行為に思えてきたな」
眉間に深い皺を刻み込んだクラウスが、そう言いながら溜息を吐く。
ヒロインちゃん達は何のことだか分からないから私達を交互に見比べてオロオロとするばかりだ。
「ううん、そんなことないよ。だって一番欲しいものが手に入るなら、その他の物は悲しいけど手離せるもん」
「一番欲しいものがあるのか? 俺で贈れる物なら言ってみてくれ」
よしよし……思った通りクラウスから良いパスが回って来た。
咄嗟だったけれど覚悟して回したパスとはいえ、緊張で心臓がバクバクと痛いくらい脈打っているし、困っている二人には悪いのだけれど、どうしてもここでクラウスにこれだけは言わせて欲しいのだ。
「わ、わた、私は、クラウス・リンクスが欲しい」
格好良くは無理にしたって噛み噛み過ぎる決死の告白に、当然ながらクラウスから「どういう意味だ?」と返される。だけどさ、そこはもう聞き流すか察してよ。
――無理か、クラウスだもんね。ロマンチックの押し売りをするくせに、買い取りはしてくれないんだよなぁ。
「結構前に言ったきりだから忘れちゃったかもしれないけどさ。ほら“何もかもに疲れていつもの皮肉と痩せ我慢が出来なくなったらさ、私がどこか空の広いところまで連れて逃げてあげる”って、あれ。憶えてる?」
結局正面から直球で言うしかなくなったのだ。
もう人生でこれ以上の恥はないものだと考えるんだ私。
そしてさっきのクラウスの男気に私も応えるんだ!!
「だからもしもクラウスさえ嫌じゃなかったらで良いんだけど……春になってアーモンドの花が咲いたらさ……うちに婿養子に来てよ。勿論畑仕事とか力仕事はさせないし、冬にはクラウスの部屋だけでも暖かくするでしょう、それからえっと――」
脚に負担がかかりそうな部分のサポート箇所を指折り数えながら、さらに言葉を続けようとする私の口をクラウスが無言で押さえる。その掌がとても熱いことが、私をとても、とても――……幸せな気分にさせてくれるのだ。




