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【書籍化】私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆  作者: ナユタ
◆始まり◆

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*プロローグ*


 自分に前世があって〝モブキャラ転生〟なるものをしたのだと気付いたのはいまから五年前。私が十歳の頃のことだ。ここは賢王として隣国からの覚えも目出度い、第十五代エシャント王が治めるミッドガルド王国。


 ――……の首都から馬車で十日ほどかかる辺境地、コルベール。父はその辺境地に領地を持つ下級貴族エヴァン・リンクス。その妻のメリル・リンクスとの間に生まれた一人娘、ルシア・リンクスが今世での私。記憶が戻るまでの私はどこにでもいる十人並みの容姿と能力の娘だった。


 中規模の商家とさほど生活の変わらない、慎ましいけれど幸せな家庭。両親は人畜無害を絵に描いたような緩い領地経営をする、半農半貴族みたいな人達で使用人の信頼も厚い。そんな両親だから一人娘の私はまぁそれはもう、殊の外可愛がられた。


 それに私には天恵とまでは言わないまでも、先の三日くらいまでの天候なら当てられる程度の天候感知能力があったので、幼い頃から領地内の農業従事者や酪農家に絶大な人気を誇っている。


 まさに、田舎の神童! ここでのんびり野望も抱かず一生を過ごすのかと思うと、嬉しくて幸せでたまらない! そんな風に毎日を過ごしている私に将来の心配なんて一片もないはずだったのに――それも九歳頃まで。


 十歳の誕生日を迎えた頃から、何故か私は急に言いようのない不安に襲われることがままあった。


 それまで羊の放牧に付いていって野原を転げ回ったり、畑で収穫したばかりの野菜をエプロンの端で拭って口にするような天真爛漫だった娘が、急に思い詰めた顔をするようになったのだからさぁ大変。


 医者に診せても身体は健康そのもの。両親はそれはそれは心配してくれて、私が前々から欲しがっていたけれど、高価すぎて子供に買い与えられなかった【天体望遠水晶】を買ってくれたのだ。


 天体望遠水晶は名前の通り、大人の握り拳くらいの大きさをした小振りな水晶で、深い深い、夜の始まりを掬い取ったような藍色をしている。


 本来は【星詠師(ほしよみし)】と呼ばれる天候を言い当てる占い師のような職業の人間が持つものなのだけれど、両親によると私は何故か幼い頃から異様なほど星に興味を持っていたそうだ。


 そんな素敵な物を手に入れた私は大はしゃぎで、その天体望遠水晶をもらった晩に早速屋敷の庭に出てその水晶越しに星を見た。


 ――その時、私は見たこともない不思議な景色の中に落下していく映像を見たのだ。地上に散らばった色とりどりの星を見下ろしながら、領内にある教会の鐘を鳴らす塔の上よりもっと、ずっと高いところから。


 まだ十歳の私は――自分の人生に絶望して飛び降りる、一応大手商社の経理課に勤める当時三十四歳独身会社員だった頃の〝私〟を見た。躾と称した〝子供は親の自尊心を満たす道具〟だと思って憚らない親の元、幼少からの受験戦争に挑み続けて子供らしい遊びを知らなかった私。


 トントン拍子に進学をしていたのに大学受験で初めて挫折をした私を、それまで自慢にしていた前世の両親は、一気に興味をなくして私に見向きもしなくなりその後しばらくして離婚。


 けれどその頃にはもう私は、親が敷いたレールの上以外を歩く術を知らない人間になっていた。


 何とか一浪した大学に無事進学して、卒業後は先の企業に就職して奨学金の返済に追われる日々。その中で上司と同僚の不倫現場を目撃し、何がどうなったのかその上司がやらかした横領の罪を着せられてマスコミと警察に追い回され、ついに人生に疲れ果ててアイキャンフライしてしまった訳だ。


 最後に迫り来る地面に叩きつけられて意識が途切れるまでをまざまざと見た私は、ショックでその後二週間ほど寝込んでしまった。まだ十歳でそんな怒涛の走馬燈を見たら誰だってそうなるわ。


 けれどその後は「ま、でも前世は前世だし、いっか」くらいのノリで回復して元の生活に馴染む。だって少なくともいまは前世より断然幸せなのだし。そしてその壮絶な走馬燈の最中、私は途中で何度もチラリと映り込んだ自室のテレビ前に座り込む自分の姿を見た。


 ――……前世のことは気にしないと言ったが、あれには一部嘘がある。


 それは……あの部屋に積み上げられた乙女ゲームの(タワー)! そうです、私は恋愛のレの字も知らずにこじらせた喪女だったんです! あの部屋に警察や大家さんが入るのかと思うと身悶えしてしまう!


 ――って、そうじゃない、そうじゃない。そうだけどそこは忘れるんだ。ということで、私はそこでもう一つ、この世界に関してのある重大な事実に気付いた。


 〝国の名前やら何やら察するに、ここってもしかして前世すごくやり込んだ乙女ゲーム【星降る夜は君のことを~星座に秘めたるこの想い~】の世界では?〟と。だとしたら〝星〟という単語や存在に異様に執着したのも分からなくもない。


 この時はまだ確証がなかったけれど、私が死ぬ間際に異世界転生ブームなるものがあった。良い歳をした喪女が何を馬鹿なと思うけれど、どうせイカレているなら今世は楽しい方に考えたい。


 だったら全力で乗っかってみようではないか。このリアル人生○ームに。しかしここが私の知っているゲームの世界なのだとしたら、うかうかしていられないことが一つあるのだ。


 というのも、私にはこの世界で自分と家族以外に、もう一人護るべき人間がいることになるはずだから。


 ――……かくして私は前世の努力家な一面をフルに発揮し、田舎の神童程度が通うには血反吐を吐きそうになるくらい勉強して、首都にあるグエンナ王立学校の外部受験者として滑り込んだ。


 全ては前世の私を唯一癒してくれた、推しメンの明るい未来の為に!


 イエス、ヒロイン! ノー、ライバル! をスローガンに、十五歳になった私はその肩書きを〝田舎の神童〟から〝田舎のインテリ〟にかけ替えて、単身首都グエンナ王立学校の門を潜ることとなったのだ。


 首都に旅立つ最後の日。両親と領地の人達に見送られながら不安と期待に胸を高鳴らせて故郷を出る時に泣いたのは、今がすごく幸せだからかもしれない。


 「(最悪)故郷に錦を飾れるくらい勉強してくるからね!」と叫んで十歳の頃にもらった天体望遠水晶を手に大きく両手を振って故郷を離れた日は、昨日までの豪雨が嘘のような晴天だった。

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