勇者クルスの落日
ルーファスたちとパラスフィアの戦いが終局に差し掛かった頃――
勇者クルスは握りしめた聖剣で下位魔族を切り伏せた。
「しゃおらああああ!」
クルスは興奮する。1人だけではない。下位だけではあるが、もう魔族たちを何人も倒している。
(修行の結果が出ている! 俺は強くなっている!)
聖剣を解禁したのも大きい。
王太子との謁見で、公衆の面前に晒してしまったので隠す必要がないのだ。
(……やはり聖剣! こいつさえあれば……!)
そんな興奮するクルスに近づく影があった。
「弱っちそうな勇者さま、はっけーん♪」
楽しげな口調で男の魔族が近づいてくる。
その身体から発せられるオーラをクルスは感じた。強さは間違いなく――中級!
(……中級の魔族相手には勝てなかった……)
勇者ダインと修行した山のふもとでの戦いでも中級には手も足も出なかった。
だが、あのときとは条件が違う。
クルスの手には聖剣があった。あのときは封印していた聖剣が!
「舐めるなよ! この俺、勇者クルスを!」
クルスは折れた聖剣を魔族に向ける。
その聖剣を見た瞬間――魔族の男は笑った。
「なああああんだ、その聖剣は!? 折れてるじゃねえか!?」
「うるせええええ! 折れていても聖剣は聖剣じゃあああ!」
青い理力の輝きが聖剣に灯った。
怒りのままにクルスが斬りかかる。
ギン!
その一撃を中級魔族が持っていた剣で払う。
「はっはー? 弱いねー。そこら辺の戦士のほうが強いんじゃない?」
「ふざけるな!」
魔族の減らず口を無視してクルスが戦いを挑む。
数度のやり取りで――
あっという間にクルスは地面に叩きつけられた。
「ぐふぅ!?」
「身の程を知れよ、雑魚勇者さま?」
「くっ、くそ……」
そのときだった。
「わたしが相手だ!」
横合いから誰かが飛び出し、魔族に切りかかった。
「うおっ!?」
その一撃を魔族はかわし、背後へと飛びすさる。
武装した女がためらうことなく間合いを詰めた。
「はああああああああああああああああああああ!」
女が気合の声とともに魔族に斬りかかる。中級魔族もまた剣でそれを弾く。その様子に、クルスを相手にしていたときの余裕はなかった。
やがて、女の攻撃は中級魔族の防御網を突破する。
その二連撃が中級魔族の身体を切り裂いた。
「くそ! そこの雑魚よりも筋がいいじゃねーか!」
アストラル・シフトで負傷を癒した後、中級魔族は慌てた様子で逃げていった。
女が肩の力を抜く。振り返って倒れるクルスに手を向けた。
「大丈夫ですか――あ」
女の声に驚きの響きがこもる。
クルスの知った顔だった。
プチ聖剣――デュランダルの試験で模擬戦をした相手だ。三等勇者の分際で、偉大なる二等勇者のクルスを倒した憎き女。
名前はリティ。
その手には確かにデュランダルが握られている。
(……お、俺はこの女に助けられたのか……!)
なかなかの屈辱だった。
おまけに中級魔族も言っていたではないか――そこの雑魚よりも筋がいいじゃねーか! と。
(聖剣を持ってなお、俺はこいつよりも弱いってのか!?)
それは不愉快な事実だった。
「くそ! 余計なお世話だ!」
クルスはリティの手を払って起き上がった。
「俺を助けたからって、お前が俺より強いことの証明にはならんからな! 前は武器の差があった、今回も相手は俺との戦いで弱っていたんだよ!」
「は、はい。わかっています。わたしの実力なんかじゃないですから」
リティは当然のように言った。
「だって、今、わたしたちには――たぶん付与術がかかっていますからね」
「……付与術?」
「はい。さっき、白い輝きが満ちたのをご存知ですか?」
「ああ」
急に周りの連中が輝き出したのをクルスは覚えている。……クルスは輝かなかったが。もちろん、それは『付与術は本物の聖剣を対象にできない』ためだ。
「あれから、動きが全然違うんです。いつもよりもすごく身体が軽くて――勝手に動くみたいな」
その表現にクルスはどきりとした。
ルーファスの付与術を受けていたとき、まさにその感覚だったから。
クルスは割れた声で問う。
「……誰が、それを、かけたんだ?」
「わかりませんが、その、戦場全体にそんなことができる人なんて、そんなにいないと思うんです」
クルスは周りを見渡した。
いつの間にか魔族に押しまくられていた戦況が変わっていた。逆に兵たちが巧みな剣術で魔族たちを押している。
クルスは荒い息をついた。
認めたくなかった。
己が聖剣を持ち出し、さらに理力を磨き上げた力が――
ルーファスの付与術にあっさり負けるなんて!
「……ふ、ふざける、な、よ……!」
「ど、どうしましたか、クルスさま!? ご気分でも悪いのですか!?」
「うるさい、黙れ!」
クルスは叫んだ。
(……俺は! 俺は! ルーファスよりも偉大なんだ! 勇者なんだぞ!?)
そのとき、戦場中に響き渡るような、ファルセンの大声が響き渡った。
「この王太子ファルセン、付与術師ルーファス、剣聖ランカスターの3人で敵将軍パラスフィアを討ち取った! 我が兵は勇とせよ! 敵兵は臆せよ! 勝利の栄光は我が軍に近い! 奮闘せよ! 今こそ決戦のとき! 魔族たちを撃滅するのだ!」
とんでもない言葉だった。
将軍級の魔族――クルスが苦戦する中級魔族など小指で殺せるほどの相手を倒した。
王太子ファルセンが? 問題ない。
剣聖ランカスターが? 弟子にボコられたのでムカついているが、問題ない。
付与術師ルーファスが?
認められるか、そんなこと!
だが、それが事実だった。将軍級をもねじ伏せる男。一等勇者である王太子と並び立てる男。付与術で危機的な盤面を覆した男――
それは間違いなく、ルーファス。
「さすがです、ルーファスさん!」
リティが興奮の声を上げる。直後、
「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!」」」」」
兵士たちの限界まで高揚した士気が雄叫びとなって響き渡る。
それに身を委ねられれば、どれほど楽だろう。一緒になって勝利の予感に酔えればどれだけ心地よいだろう。だが、できなかった。
クルスのプライドがそれを許さなかった。
味方の歓喜が渦巻く中、クルスは膝を折って叫ぶ。
「ううう、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ライサス砦の戦いが終わってから一週間が過ぎた。
……いまだに砦は混乱の最中にあった。勝ったことは勝ったが、城壁はぶち抜かれるわ、砦にドラゴンが体当たりするわ(瘴気から生まれたモンスターは時間が経つと消えるので、撤去作業がないのだけは救いだ)、砦の中もさんざん荒らされているわ――
無茶苦茶だからな。
王太子ファルセンが陣頭指揮をとって復旧を急いでいる。
大変だね、責任者。
一方、俺は工房にいた。デュランダルの製法を後任の付与術師に教えているのだ。
「こ、これはなかなか大変ですね……」
後任の付与術師は俺が教えた術式に顔をしかめる。
そうか?
俺が使っていたものより難易度50%オフ、それでいて性能は80%キープなんだがな。
「これをさらっとできるのは盾の付与術師くらいじゃないですかね」
「盾の付与術師?」
「あれ、ご存じではないのですか? 盾を専門とする付与術師で、ルーファスさんと同じくらいの凄腕だと噂です」
「ほー……俺と一緒ね……」
その言葉はとても面白いと思った。
であれば、そいつもまた最強の星のもとに生まれたのかもしれない。
「そいつはどこにいるんだ?」
「この近くまで出てきているって話ですけどね。調べたらわかると思います」
ますます都合がいい。
俺は口元に笑みを浮かべる。
盾の付与術師。俺が加える3人目の仲間にはちょうどいいんじゃないか?




