最強の付与術師、盤面を覆す
俺は広域付与の術式を展開する。
対象は、この目にうつる人間たちの兵、全て――
一団としての冒険者を区切る言葉として『パーティー』が存在する。これはただの言葉ではなく、文字どおりの『つながり』を意味する。パーティーを組むと、例えば集団にいる味方だけを魔術の対象にできる。対象となる武器を事前に『解析』する必要もない。
その軍隊版が『リージョン』だ。
戦闘部隊に所属すると、普通はリージョンに加わる。俺たちはただの客人なのだが、人使いの荒い王太子に「何があるかわからんだろ?」とリージョンに入れられたのだ。
俺はリージョンに対して付与術を行使する。
「広域付与術、開門!」
俺の言葉とともに、戦場が白く輝いた。
対象となる人間たちの周囲に光の粒子が浮かび上がる。
「力よ、降れ!」
俺の言葉とともに、戦場が閃光に包まれた。
それは一瞬で弾けて、すぐ普通の光景に戻る。
全員、何が起こったのか理解できていない。戦場に出現した少しの『間』――だが、それは長く続かなかった。
再び、両軍は戦いの濃度を高めていく。
さっきまでと同じ状況には――
ならなかった。
人間たちの兵は感じた。己の身体が明らかに、さっきより軽く動いていることに。
魔族たちの兵は感じた。相手の強さが増していることに。
人間たちの逆襲が、始まる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
魔族たちと戦いながら、兵たちは喝采した。
己の身体に宿った新しい力への喜びが爆発したかのように。今まで苦戦していた魔族たちと勝負ができるようになった喜びが溢れたかのように。
盤面が、ひっくり返っていく。
1秒1秒、じりじりと魔族たちが後退していく。
そんな光景を眺めながら、俺は続けた。
「勝ったな」
「……恐ろしい力ですね。まさか、こんなものが――」
隣でリノが息を呑んでいる。
「ところで、広域付与という術は初めて聞くのですが、付与術師なら誰でも使えるんですか?」
「いや――最上級の使い手だけだ。俺とかな」
「さすがですね……」
俺は無言で手を伸ばしてリノのスナイパーライフルをつかんだ。
付与術を展開、攻撃力を+600にする。
「さあ、お前の仕事だ。敵が強くなったと慌てふためく魔族どもを上から打ちまくれ」
「それは実に楽しいですね。ありがとうございます」
本当に楽しそうにリノが言う。その笑顔はまるで死神のようだ。
「……行くのですか?」
「ああ、行く――仕事は終わったからな。ここからはお楽しみだ」
俺は目をドラゴンの上に向けた。
そこで動き回る3人に。
「ご武運を。お楽しみなので加勢はしませんが、危なそうだったら邪魔しますよ?」
「銃弾が飛んできたら、リノの親切心だと思って胸を温かくするとしよう」
俺は右手を倒れるドラゴンの死体――そこで戦う将軍級の魔族に向ける。
展開、射出。
ブロードソードが飛び出した。飛んでいくブロードソードの柄を握る。
その直後、俺の身体は屋上からかっ飛んだ。
あっという間に風景が流れていく。みるみるドラゴンの巨体が近づいてくる。そこで戦う3人の姿も大きくなっていく。
ミッシェルの声が聞こえた。
「ルーファス!」
到着。
俺は、つかんでいた剣を『圧縮』して消した。その瞬間、俺にかかっていた加速力もゼロに消える。俺はドラゴンの死体の上に着地する。
不意に登場した俺のため、3人の戦いが停止する。
俺は魔族に目を向けた。
「お前が将軍級のパラスフィアか?」
「そうだが?」
「将軍級か……ふふ、いいな。その力を見せてもらおうか?」
俺の右手に攻撃力+999ブロードソードが出現する。
パラスフィアがそんな俺の様子を見て口を開いた。
「その剣の出し方……お前、付与術師か?」
「そうだが?」
「この不愉快な有り様はお前のせいか?」
パラスフィアが足元を睨みつける。不愉快な有り様――魔族たちが人間の兵相手に苦戦している状況を。
俺は、はははは、と笑った。
「そうだが?」
「お前もまた王太子と同じく軽率だな」
パラスフィアがそんな俺をせせら笑う。
「付与術師のお前を倒せば、広域付与術も無効になる――つまり、形勢は再び逆転する。違うか?」
「違わない。なかなか詳しいじゃないか?」
「ルーファス!」
フィルセンがパラスフィアの声に反応する。
「下がるんだ!」
「下がりません」
きっぱりと俺は言い切った。
「足元の戦場はともかく――ここの戦闘はずいぶんと分が悪い。王太子、忘れてはなりませんが、あなたは私以上に死んではいけない人だ」
「……そうではあるが……」
「3人で戦い、生き残る。それだけが道ですよ」
「話は終わったか? 3人で仲良く死ぬといい」
言うなり、パラスフィアが俺に向かって突っ込んできた。
その黒塗りの片手剣を俺めがけて振り下ろす。
俺は攻撃力+999の剣で受け止めた。
残念ながら、これもクルスの聖剣のように景気よく両断できない。どうやら、こいつの剣も一等勇者ダインの聖剣と同じく何かしらの力がこもっているのだろう。
……ま、将軍級だ。それくらいしてくれなければな。
「やるじゃないか、付与術師! 我が剣を受け止めるか!?」
「うりゃああああ!」
そんなパラスフィアの横合いからミッシェルが特攻、双剣で斬りかかる。
パラスフィアは俺から離れ、追撃してくるミッシェルの剣をさばいた。ミッシェルのとんでもない回転速度で繰り出される攻撃、だが、パラスフィアも対応している。
なるほど、なら、これでどうかな?
俺は付与術を展開、ミッシェルの剣に攻撃力+600を付与した。
「でええええええええい!」
そんなこと気づかずに猛攻を仕掛けるミッシェル。だが、パラスフィアの表情に変化が浮かぶ。
ミッシェルの、攻撃力上昇による『圧』の強化に押されているのだ。
剣聖ミッシェルの特性は、速度だ。
脳みそまで筋肉でできているかのような、清々しい攻撃特化。とんでもない手数の攻撃を一瞬で叩き込んでくる。
ずっと剣を交えていると、まるで斬撃の壁を相手にしているような気分になる。
それほどの圧力に、攻撃力ブーストが入れば?
いかに将軍級といえど、無表情では構えてはいられないだろう。
もちろん、俺もぼーっとはしていない。
「余裕がないか?」
横合いから斬りかかる。
パラスフィアは盾と剣を駆使して俺たちに対抗する。
ほー! ダブル剣聖を相手に粘るか!
だが、悪いな。残念ながら、この戦場にいるお前の敵は3人だ。
「ぬおおおおおおおおおお!」
身体中に青い輝きをまとった王太子が一気に詰め寄る。
その横薙ぎの一撃をなんとかかわすも――
「注意が散漫だな?」
俺への構えがなっていない。俺の攻撃はかわせない。
いや、注意が散漫、は違うか。全ては計算どおりなのだろう。この中で一撃を食らうなら、付与術師の俺だと思ったのだろう。
それが一番、ダメージが少ないと。
だが、それは間違えている。付与術師だからこそ、だ。
斬。
俺の一撃でパラスフィアの左腕が宙を舞った。
「おお、おおおおおあああああああああああ!?」
「言い忘れたが――」
俺は、ふふっと笑う。
「俺の攻撃力は+999だ」
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