最強の付与術師、出る
その日その時、俺は洞窟の奥にこもっていた。
魔槍ハンドレッドの修復のためだ。
洞窟内はなかなかの防音効果なので、外でどんな騒ぎが起こっていても気づけない。
ちなみに、槍を持ち出すのは簡単なのだが、ここで作業をしているのには理由がある。ハンドレッドに込められた魔力の残滓が、部屋の空気と『馴染んでいる』のだ。外に持ち出すと『馴染んだ感じ』が壊れてしまうので、繊細な作業が難しくなる。
そんなわけで、この1ヶ月ほど、ここで集中的に取り組んでいる。
なかなか面倒な作業だったが――
「これで完了だな」
俺は魔槍ハンドレッドの修復を終えた。
いやー、大変だった。もらえるという条件にしておいてよかった! じゃないと、あまりに面倒で心が折れていたかもしれない。
俺は手を離し、中空に浮かぶ漆黒の槍をじっと見つめる。
満足感がじわじわと胸に広がるわけだが――
……どうにもすっきりしない。
何かが違うのだ。
王太子が言っていた。
この槍は『1突きで100の刺突』ができる、と。
確かに、その通りだ。
俺の解析でも、その類の効果があると判明している。
だから、それが再現できるように修復した。
だが、当の本人である俺からすると――
本当にこの効果なのか?
と納得がいかない。
気になるのが、異様なモロさだ。
本気で能力解放すると、一撃で槍が大破する。そうしないように、なるべく手厚く保護はしてみたが、どうにも焼け石に水だ。
……何か勘違いをしているのか?
1突きで100の刺突――その解釈を間違えているような気がするのだが。
俺が思考の淵に沈んでいると、
「おお? なんか、こんなとこに引きこもってるやつがいるぞ!?」
背後から声がした。
おや?
……なんてな。侵入者には気づいていたので、腰の短剣は握っていたよ。
俺は振り返る。
そこに3人の男たちが立っていた。
頭に角があるので、実に何者なのかわかりやすい。
「……魔族? どうして前線基地にお前たちが?」
「そりゃもちろん、城壁を突破されて、絶賛蹂躙中だからに決まっているだろ!?」
「どういう意味だ?」
「お前たち人間のチンケな造形物なんてな、将軍級のパラスフィアさまがちょいと本気を出しただけで、あっさりよ。召喚したアース・ドラゴンでどっごーん! ってな。今ごろ、地上で魔族と人間の押し合いへし合い殺し合いだああああああ!」
……なるほど。そして、こんな奥にまで侵入されているってことは、あまり状況は良くないのだろう。
「ありがとう、やられ役たち」
「ああ!?」
「わかりやすい説明を、だ。これができの悪い物語なら、お前たちは状況説明のためにやってきた単なるモブだ。お約束なら――次はどうなるか、わかっているかな?」
「は? なに訳のわかんねーこと言っていやがる!?」
「残酷な行いに激怒した正義の味方によって瞬殺されるのさ」
「訳わかんねーこと言ってるんじゃねえ、こちとら中級まぞ――」
斬。
展開した攻撃力+999のブロードソードで、一瞬にして3体を切り捨てた。魔族たちの身体があっという間に石灰化する。
「……ああ、だけど――俺は激怒もしていないし、正義の味方でもなかったな」
なぜなら、女神をぶち殺すとか言ってるから。
とりあえず、モブたちのおかげで状況の大枠は理解できた。そして、それは――
「くく、くくくく……!」
俺は思わず笑ってしまう。
将軍級か!
上級を超える強者! 腕を試すには申し分ない!
であるのなら、少しでも打ち手を増やすのは正しい選択だ。
「もう完成したんだ。報酬はもらうぞ」
俺は魔槍ハンドレッドをつかんで『圧縮』の術式を展開、意識下に封印する。
のんびりしている暇はない。
俺は洞窟の外に出た。
「えいや!」
「てりゃ!」
「うおお!」
あちこちで戦いが繰り広げられていた。戦士たちが魔族とぶつかり合っている。
だが、どうにも状況は不利だ。なぜなら、魔族は基本的に人間よりも性能が高いので、普通の戦力だと1対1だとまず負ける。
協力して戦う必要があるのだが、まさかの急襲で人間側の統制が取れていない。
……やれやれ。
助けてやりたいのは山々だが、俺が駆けずり回って助け、付与術を個別にかけていっても仕方がない。もはや堤防は決壊した。コップで水をすくい出しても意味などない。
やるのなら、個別にではない。
全て同時に、だ――
俺は階段を上っていった。上へ上へ。魔族たちが次々と襲いかかってくる。
「ははははは、人間、俺の前に立った――ぷべら!?」
「魔族と人間の器の違いを――えばああああああ!?」
「弱者が! 人間として生まれてき――ぬおおお!?」
ただの流れ作業のごとく、俺は右へ左へと出てくる魔族たちを切り捨てる。
人の器?
知っているさ。その矮小さもひ弱さも。だが、お前たちは知るまい。その器の限界ギリギリまで水を張った人間の強さを。
悪いが、魔族の器に甘えるお前たちじゃ話にならないね。
「はっ、弱すぎる!」
さて、将軍級のパラスフィア。お前はどんなものだろうな?
階段を上りきり、屋上へとたどり着く。
誰もいないと思っていた屋上だが――
すでに先客がいた。
紫色の髪をした、屋上のへりにかがんだ女がロング・ライフルを構えている。
ああ、あの後ろ姿は……。
と思った瞬間。
いきなり女がライフルを持ったまま素早い動きで横へとスライドした。スライドしつつ身体をくるりと反転してこちらに向け、腰のハンド・ガンを抜いて、俺目掛けて打ち込んできた。
「うおっと!?」
もちろん、剣聖アシストが発動。俺は素早い動きで銃撃をかわす。
「……おや? ルーファスですか?」
銃を構えたまま、紫髪の女リノが口を開いた。
「そう、ルーファスだ。……俺じゃなきゃ死んでたぞ?」
「一応、ショック弾にしてますから。気絶するだけです。優しいでしょ?」
「優しいな」
俺はリノを責めない。なぜなら、俺だって仲間に化けていた魔族エレオノールにいきなり斬りつけたから。そして、心から優しいとも思う。なぜなら、俺はそのとき攻撃力+999の剣で殺す気で切り捨てたから。
俺はリノに近づきながら話しかける。
「魔族が攻めてきたって? お前はここで狙撃か?」
「はい。ここなら全フィールドに目が行きますから」
「お前の元気たっぷり知力ゼロなご主人様は?」
「さあ? 元気たっぷり知力+2のご主人様ならあちらですよ」
そこには砦のすぐそばで巨大なドラゴンの死体が横たわっていた。その上で激闘が繰り広げられいてる。とんでもなく速い速度で3人がぶつかっていた。
王太子とミッシェル、そして――
「あいつが将軍級のパラスフィアか?」
「お名前は存じませんが、将軍級でしょうね――!」
いきなりリノがライフル銃を構えて射撃する。
リノの光弾は魔族がドラゴンの上に着地した瞬間、まさにその動けないタイミングで正確に着弾した。
それを、魔族は持っていた右手の剣で切り捨てる。
「……隙を見てちょっかいは出すんですけどね。今のところクリーンヒットできません」
一等勇者の王太子ファルセンと剣聖ミッシェル、そして、リノの嫌がらせ。
この波状攻撃をさばくか。
「……ふふふ」
俺の口から笑いがこぼれた。
いいじゃないか。それくらいの強さがあっていい。この付与術師ルーファスが倒すべき敵はそれくらい強くなければ面白くない。
「混ぜてもらうのですか?」
「そうだな――だが、その前に義務を果たそう。お楽しみはそれからだ」
そう言って、俺は地面を見下ろした。
人間の兵と魔族の兵が戦っている。勢いはやはり魔族たちにある。7:3くらいか。
問題ない。
この程度ならば、盤面を覆すには充分だ。
「……何をするんですか、ルーファス?」
「これから全軍に付与術を展開する」
「全軍に……!?」
「魔族にやられっぱなしの兵たちがこれから熟練兵に変わる。さて、どうする、魔族? お前たちの優位はいつまで続く? 追うものが追われるものに変わる瞬間はすぐそこだ。せいぜい今は戦いを楽しんでいろ」
ははは! と笑って俺は付け加えた。
「さあ、ここから逆転を始めよう――!」
俺は右手に魔力を展開した。
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