その付与術士、最強につき
「なんじゃこりゃああああああああああ!?」
へし折れた聖剣を見たクルスの絶叫がダンジョンに響き渡った。
「後ろに落ちているぞ」
俺が指さすと、すごい勢いでクルスが振り返る。そして、転がっている聖剣の切っ先を拾った。何度も聖剣にくっつけようとするが、もちろん、できるはずがない。
「くそ、くそ、くそ!」
「……接着剤でも使えば、みてくれはごまかせるんじゃないか?」
そんなことを言った俺に、クルスが憤怒の形相を向ける。
「きっさまぁ……、よくも……!」
これほど綺麗な逆恨みを見たことがない。
お前が斬りかかってきたんだが……。
「ルーファス、どういうことだ!? それはただの鉄の剣だろう!? どうして聖剣より強い!?」
「それは俺が本気で強化したからだが?」
「は!? 強化したってお前――」
「攻撃力+999だ」
「は!?」
「俺が全力で魔力を付与すれば木の剣だって攻撃力+999なんだよ」
「嘘だ、嘘をつけ!」
クルスがキレた。
もちろん、嘘ではない。
かけられる付与術の強さは『対象となる人物の能力+武器の性能』で決まる。
勇者クルスの能力がショボすぎるので『攻撃力+150』が限界だが、付与術を極めた俺自身になら攻撃力+999が可能だ。
何度も俺は説明したのだがな。俺は自分自身になら攻撃力+999にできると。
一方、クルスは「後衛の癖に生意気だ! 俺のサポートに徹しろ!」と取り合わなかったが。
戦士が鋭い声を発した。
「おい、クルス! ルーファスの力はわかっただろ! 今すぐルーファスに謝れ! 聖剣が折れたんだ、どうしようもないだろう!?」
「ぐ、ぐぬ! ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ!」
クルスは切っ先を拾おうとしゃがんだままの姿勢で、俺を見上げてにらみつける。
なんの葛藤だ、これは。
お前が俺を勝手に追放して、勝手にお前が謝ろうとしている。
これほど見事な自業自得を俺は知らない。
「く……っ、勇者の俺が、ど、土下座だと……!?」
クルスの両手が地面につこうとしてぴくぴく動いている。
……いや、謝るつもりなら普通に謝ってくれればいいんだが……。誰も強要していないぞ?
しばらく硬直してから、クルスは右手で地面を叩いた。
「……はっ! 知るか! 折れても聖剣は聖剣だ。こっちのが価値があるに決まっているだろ!」
勢いに任せて言い切るとクルスは立ち上がった。
「方針は変えない! お前は追放だ、付与術師!」
「わかった」
もともと謝られても戻るつもりはなかった。変にしおらしくされても困るので、強がってくれたなら好都合だ。
ちらりと聖剣を眺めて聖剣の強さを調べる。
……攻撃力+200か。
お前に付与できる攻撃力よりは高いから悪くないんじゃないか。
お前自身がもうちょっと成長して、武器も業物にしてくれれば、+300か+400くらいは出してやれると思うんだけどな。
そのへし折れた聖剣でせいぜい頑張ってくれ。
「じゃあな」
そう言うと、俺はクルスたちを残して早々と引き上げた。
ここはモンスターのはびこる祠の最奥――とても危険な場所だ。前衛職でもない付与術士が1人で歩くような場所ではない。
――だが、問題ない。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
俺の前に再びミノタウロスが現れた。
俺はクルスから押しつけられたブロードソードを構えた。さっきは強化だけだったが、今回は支援も書き換える。
・強化/攻撃力+999
・支援/レベル80戦士――剣聖
俺が剣を振った瞬間。
ミノタウロスは真っ二つになった。
俺の場合、制限なくフル強化できるのでクルスよりも圧倒的に強い。
そんなことはわかりきっていたが――
あの忌々しい『女神の枷』のせいで俺は本気を出せなかった。
それがようやく解き放たれた。
「くくくく――」
身体中に充足感が広がる。
これで俺は、俺の道を歩ける。
打倒魔王の道を。
勇者と女神の束縛から解き放たれても、その目標は変わらない。
そもそも俺が女神の誘いに乗ったのも、俺個人として打倒魔王を目指していたからだ。
なぜ倒したいか?
己の天賦を証明したかったから。
俺はわずか20にして付与術をある面において極め尽くした。師匠にも言われた、お前は天才だと。
ならば、次に思うのはこうだ。
俺の才能は、世界のどこまで届くのか?
何かに挑戦するのがわかりやすいだろう。難しいものであればあるほど申し分ない。
そう考えてたどり着いたのが、打倒魔王だ。
魔族を率いて全人類に戦いを挑む魔王――実力主義を尊ぶ魔族たちの王。つまり、魔族の最強。
これ以上の目標は存在しない。
半年ほど寄り道してしまったが、追放してもらえたおかげで俺は俺の本道へと戻れる。
俺は俺の全力を持って――
魔王の首を討ち果たして見せる。
「魔王を倒し、俺は俺の最強を証明しよう。そして――」
俺は、ふふっと笑って続けた。
「それが終われば、女神、次はお前だ」
祝福なんて言いながら、俺に呪いをかけてくれたんだ。悪いが、見逃してやるわけにはいかないね。
さあ、始めよう。
今日ここから俺は俺の戦いを始めるのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
祠の近くにある村へと俺は帰り着いた。
宿に残していた荷物を回収する。受付でチェックアウトの手続きをして宿を出た。
そのまま村の外れまで歩いていると――
「ちょっと待って!」
聞き覚えのある女の声が飛んできた。
そちらに目を向けると、紫色の髪を肩まで伸ばした若い女――女魔術師ミーナが立っていた。急いできたのか、その息は少し乱れている。
「……ミーナ、どうしてここに?」
「クルスのところを抜けてきたの。間に合ってよかった!」
「……間に合った?」
「ルーファス、あなたについていこうと思ってね!」
ミーナが親指を立ててにこっと笑った。
――!?
「……クルスと一緒にいたほうがいいんじゃないのか?」
俺の言葉に、ミーナがなに言ってるの? という顔をした。
「クルスって性格が悪いじゃない?」
当たり前のように言う。
その点に関してはなんの疑問もなくそう思う。
「正直ね、ルーファスをクビにするとか訳わかんない。ルーファスは頑張っているじゃない!」
そして、こう続けた。
「いつも付与術で貢献してくれたよね。クルスに地味だ地味だ効果あるのかって言われても腐らずにさ。わたしは一緒に組むなら、そういう縁の下の力持ちみたいな仲間がいいんだ!」
あっけにとられる俺に、構わずミーナがまくし立てる。
「クルスなんて偉そうなボス猿にくっついていったらずっと後悔するから! 一緒に旅をするならお世話になっているルーファスね! 追い出されたあなたを見捨てないのがわたしの流儀なの!」
俺は言葉を失っていた。
誰も俺の付与術なんて見ていないと思っていた。いてもいなくてもいい男だと思われていると思っていた。
でも、違った。
見ている人はいる。困ったときに手を差し伸べてくれる人はいる。俺の積み重ねた日々は無意味ではなかったのだ。
俺なんかの価値を認めてくれるなんて。
ありがたいことだ。
「どうしたの、ルーファス。ちょっとしみったれた顔してるけど? ひょっとして感無量みたいな感じ? わたしに感謝?」
違う! と強がろうと思ったが――
「そうだな。ありがとう」
そう言った。
ミーナは一瞬きょとんとした顔で俺を見て、
「ははは、悪くないね。そんな風に感謝されるのは!」
と笑った。
「じゃ、よろしくね、ルーファス」
「ああ……こっちこそ――」
俺はミーナが差し出した手を、握らなかった。
言うと同時、俺は意識下に封印していたブロードソードに『展開』の術式を発動――
瞬間、俺の右手にブロードソードが出現する!
「正体を現してもらおうか、女狐!」
間髪入れず、俺は攻撃力+999の刃をミーナに叩きつけた!




