5話 朝霧の呟き!
昼休憩に、俊司と慎が暴走し、俺と朝霧のことが他の教室の生徒達に知られることになった。
朝霧は校内でも有名な美少女ギャルである。
明日になれば、噂は学校中に広まるだろう。
俺と朝霧が本当に付き合っているなら、噂になっても我慢できる。
しかし、彼女にからかわれていただけなので、納得いかない。
どうして俊司と慎があんな行動にでたのか、俺には理解できた。
俺達三人は、未だに彼女ができたことはない。
もし俊司と慎の二人が、俺に黙って女子とイチャイチャしていたら、俺も学校中に噂を広げようとしたはずだ。
二人の気持ちがわかるだけに、ガチでキレることもできないんだよな。
というわけで、授業を受ける気力を失った俺は、屋上にサボりに来ていた。
床に仰向けに寝転がり、青空を見あがる。
朝霧はどう感じているだろうか?
教室では大丈夫と言っていたが、彼女も思春期の女子高生である。
また一つ、あらぬ噂を広められたんだから、いい気持ちはしていないはずだ。
それも陽キャな男子や、イケメン男子となら、まだいいが、噂になっているのが俺の様なモブ男子だからな。
ボーっと空を見ていると、急に俺の顔に影が差した。
そして朝霧が俺を見て、ニッと笑う。
間近に立たれると、丈の短いスカートだから、中が見えるぞ。
「何、見てるのよ」
「どこも見てない」
「今日の色は?」
「ピンク」
「やっぱり見てるでしょ」
朝霧はケラケラを笑い、膝を屈めて座り込む。
さっきよりも危険な体制になるな。余計に見えるだろ。
慌てた俺は急いで上半身を起こす。
「どうして屋上にいるんだよ」
「教室に九条がいなかったから」
「二人でサボったら、また噂されるぞ」
「もう広まっているんだから、気にしても仕方ないよ。それに噂になってもいいって言ったでしょ」
「何だか申し訳ない。でも、朝霧がからかってくるから、こんなことになったんだからな」
俺が胡坐をかいて座り直すと、朝霧が隣に座ってきて腕を密着させる。
「あの二人って、面白いよね」
「俊司と慎のことか。二人とは中学からの腐れ縁って感じだな。一緒にいて飽きない連中ではある」
「そうなんだね、三人は仲いいんだ」
俺の間近に顔を寄せ、朝霧はニコニコと微笑んだ。
彼女の可愛い唇が近くに見え、俺はドギマギして、顔を横に向けた。
「近いって」
「誰も見てないからいいじゃん。私とキスしてみる?」
「いい加減にしろ。弄ってくんなって」
「ウフフ、九条の近くって安心」
「俺がヘタレと言いたいのか?」
「違うよ。そのままの意味……今日は天気いいね。とっても空が広い」
朝霧は顔を上に向けて、ジッと空を見つめている。
その横顔はどこか寂し気に感じる。
「私って、綺麗だし、可愛いでしょ」
「自分で言うなっての」
「へへへっ……」
確かに俺から見ても肌が透き通るように綺麗で、とても可愛く見えるけどさ。
褒めるとまたからかわれそうだから、今は言わない。
朝霧は視線を元に戻して、髪を指で弄る。
「私って茶髪だから、男子達から軽く見られるんだよね。色々と奢ってくれるし、一緒に遊びたいって言うから、付いていくと、大抵の男子って態度がおかしくなって、体を触りにくるのよね。毎回、適当に理由を言って逃げるけどね」
「そんな連中にほいほいとついて行くのが間違ってるだろ。二人きりになったら迫ってくるに決まってるじゃないか」
「だって、お金払ってくれてるのに、途中で帰るのも申し訳ないでしょ。でも最近は変なことしてくる男子とは二度と遊んでないよ。でもさ、そんな連中と遊んでたら、学校中に噂が広まっちゃったのよね」
「基本、学生というのは暇人だ。目立つ生徒の噂なんて皆の大好物だろ。噂をしたい奴等は放置しておけばいい。否定するほど、噂は大きくなるからな」
俺の言葉を聞いて、朝霧は目をパチパチさせる。
「九条も私の噂を聞いてるよね。信じてないの?」
「朝霧を見ていれば、男子達と遊んでいるだろうなとは思う。でも真実を俺は知らない。だから、そうなんだ程度に聞き流していたって感じだな」
「じゃあさ、私にからかわれてどう思ったの?」
「噂は真実だったのかって。ちょっと思った」
「えー、私、そんな悪い女子じゃないよ」
俺の答えが不満だったようで、朝霧は頬を膨らませ、足を伸ばしてバタバタと動かす。
それから素早く立ち上がり、両手でスカートの埃を払うと、俺の隣にしゃがみ直した。
そして俺の耳に顔を寄せ、小さな声で囁く。
「私、まだキスもしたことないし、オッパイだって触らせたことない、それに処女だし。私から体を密着させたのだって、九条が初めてだからね」
「!?」
朝霧の不意な言葉に、俺は振り向いただけで、声も出せずに硬直する。
すると彼女はニンマリと微笑み、立ち上がると身を翻して、屋上の踊り場へと走っていく。
焦った俺は、思わず大声で問いただした。
「どうして、そんなこと俺に言うだよ」
「九条にだけは、誤解してほしくなかったの。ちゃんと覚えておいてね」
そう言い残して、朝霧は小さく手を振って屋上から去っていった。
俺は髪を両手でかき、大の字に寝転んだ。
軽いノリの男子達とは遊んでいただけ……まだ朝霧はキスもしたことがない……
彼女から迫ったのは俺だけ?
これって俺に好感を持っているってことでいいのか?
また遊ばれているんじゃないのか?
考えれば考えるほど、頭の中が混乱してくる。
「ウガー!」
こんな状態じゃあ、六限目もサボるしかないじゃないか。
鈴ちゃんにまた怒られるだろうな。




