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新たな始まり

一時シュンとシリウリード二人の視点が続くと思います。

 結果から言うと……見事シリウリード君は試験に合格した。

 しかも僕達と同じくでかでかと一番上に名前を書かれて。


 そう、主席入学を果たしたのだ。


 二位とは寄せ付けないほどじゃないけど離れてて、僕とフィノだけでなく全員が鼻が高かった。


 フィノなんて喜びすぎて祝いのパーティーを開いたんだ。

 でも、楽しそうだから放置してたら料理を喜びのあまり作り過ぎて、気付いた時には三人じゃ食べきれないぐらいになっていた。


 アル達、雪合戦をした五十人を呼びつけて丁度良かったぐらいの量だよ?

 まず気付いてほしいと思ったのが感想だね。


 その後もシリウリード君から離れようとしなくって。

 僕、嫉妬しちゃったよ。


 シリウリード君を見てたら何か優越感じゃないけど、そんな雰囲気が漂ってた。

 でも、嫉妬をぶつけるだなんて最低とは言わないけど見苦しい。

 だから、仕方なくその場を辞退して、フィノが落ち着くまでゆったりとしてた。


 二人っきりにしても過ちは起きないしね。

 兄弟に嫉妬するってのもあれだし。


 ……過ちは……起きないよね?



 雪の造形の方はかなり人気で、春休みの間は学園のあの区画だけ解放して遊ばせたみたいだ。

 特にドラゴンの滑り台とメディさん達は大盛況だった。


 雪合戦みたいに来年から大会とかが開かれるんじゃないかな?


 だって、クロスさん達が一番燥いでたからね。




 で、今は目の前でシリウリード君が主席の新入生総代をしている。


 僕達は前代未聞の二人同時だったからいい思い出だ。

 シリウリード君もきっとこれは良い思い出になるはずだ。


 とっても緊張しているみたいだけどね。

 普通はそんなもんだと思う。


「新入生代表……シリウリード・エネメ・セネラ・シュダリア」


 間が長かったけどどうにか言い終えてたみたいだ。


 隣にいるフィノはハラハラした感じで、両手を胸の前で組んでる。

 うっとり、ではないけどシリウリード君の雄姿に目を輝かせてるね。


 こういう所に嫉妬しちゃうんだよ。


 シリウリード君が一歩下がって一礼すると、フィノは勢いよく立ち上がって拍手をし始めた。


 間違ってないけど、ちょっと恥ずかしいかも。

 貴賓席にいる義父さん達も似た様なもんだけどさ。


 声を上げない分別はあったことに安堵する。


「はぁ~、シル……。記録に取っておきたかった……」

「……」


 写真の魔道具でも作ろうか。

 でも、その前に……


「少し落ち着こうか。静かにしないといけないし……」


 僕としても嫉妬に狂いそうだよ。

 もやもやして、うずうずして、ぷりぷりする。


「あ……ご、ごめんなさい」






 入学式を終えた僕達は義父さん達の所に向かった。


 シリウリード君を迎えに行って、今はフィノに褒められて恥ずかしがってる。

 これは僕が嫉妬しててもどうしようもないことだと理解した。


「さて、まずはシル」

「はい、父様」

「とてもよく出来ていた。成長が見れて嬉しく思う」

「ええ、私もそう思うわ。よく頑張ったわね」


 くすぐったいとか言いながらシリウリード君は二人とハグしている。


 こういう光景を見ていると家族っていいよなぁ、って何度でも思う。


「なら、私がシュン君にしてあげるね。ぎゅ~!」


 甘い匂いと柔らかさ。

 あまり言いたくないけど、最近女の子らしさが抜けて女性らしさが出てきた。


 僕に対して恥かしがるという行為はほとんどないんだけど、誘ってくるような行為をしてくるんだ。

 勿論誘うと言ってもそういった意味じゃないからね。


「チッ……」


 ……気のせいだよね!




「シル、一つ注意しておく」

「何ですか?」

「お前を狙う者がいるだろう。命まではいかないだろうが、恨みで危害を加えようとする者が出てくるはずだ」

「そ、それは……お母様のことですね」


 それは僕でもわかる。

 まだ一年しか経ってないんだ。

 絶対とは言えないけど、高い確率でシリウリード君にちょっかいをかけるはず。


「そうだ。お前に直接の関係はないが、セネリアンヌがしたことを考えると、な。子供と言うのは感情的になりやすい。逆恨みと分かっているだろうが、近しい者が捕まれば恨んでも仕方ない」

「出来れば私達が護りたいのだけど、学園に介入するのはね」


 僕達の方で気にかけておくしかないんだろう。


 僕やフィノにちょっかいをかけてくるような生徒はいない。

 いたにはいたけど武力じゃ相手にならないから難癖付けるぐらいだった。

 それでも意に介さなかったけど、それは僕とフィノの二人だったから。


「分かっています。矛先は僕しか向けられないのも事実ですから」


 達観し過ぎな気もする。

 でも、あの魔闘技大会以降シリルリード君は肩身が狭い思いをしていたのは確かだ。


 フィノはだからこそ構ってあげるのかもしれない。


「すまないな、シル。二人も頼んだぞ」

「はい。僕にとっても大切な義弟ですからね」

「私もシルを守ります。食事は一緒に取ろうね」

「ありがとうございます、フィノ姉様とシュン兄様」


 まあ、直接的な危害を加えてはこないだろう。

 相手は王族だし、逆恨みだったとしても周りがいるからね。

 一応逃げる場所や僕の部屋と教室を教えておこう。


 シリウリード君も飛行魔法は使えるようになってるからね。






 数日経って新たな年の学園生活が始まった。


 二年になると実践授業が増えるんだ。

 生徒同士で戦う実践じゃなく、魔物とかゴーレムとかと戦う実践。


 魔物は契約で縛った契約獣で、ゴーレムも同じみたいだ。


 あと、皆がそうじゃないけど冒険者になる生徒が多くてポーションづくりを学ぶ薬学や調合学、外の知識を深める魔物学とかね。


 選択授業も出て来て、自分のスタイルとかを選んでいくことになる。


「今年も俺ウォーレンとシュレリーが担任だ。理由はお前達を纏められるのは俺達しかいないからだ」

『はあああ!?』


 思いは分かる。

 多分僕だけとか言いたいんだろうね。

 でも、僕から見れば皆も大概な所があると思うよ。

 雪合戦に参加して他のほとんどがクラスの皆だったし。


 そうなった元凶は僕かもしれないけど。


「今年もよろしくお願いしますね」

『よろしくお願いしまーす』


 少し投げやりだけど仕方ないでしょ。


 それよりも気になるのが……


「先生! 結婚したというのは本当ですか!」


 これだ。


 春休みの間に結婚したという情報があって、その真偽は今分かるのだ。

 この世界では左手の薬指に指輪を付けるとか、結婚式を挙げるとかないからね。


 結納品とか、貴族なら結婚式はあるけど。

 先生二人は平民だからね。


「おお、したぞ。今は幸せで絶好調だ」

「ふふふ、近いうちに私は休むかもしれませんがよろしくお願いします」

『わああああああ! ヒュー、ヒュー!』


 こういうのが僕に毒されてきたってやつなんだろう。

 僕はこういうことはしないけどね。


 貴族も一緒に二人を祝福するってのは垣根がなくなったってことでしょ。


「今ならシュンに勝てますか?」


 なんだその質問は!?


「いや、勝てんな。まず二人のあの空間に勝てんだろう。一歩リードしたからと言って必ずしも先とは限らん。二人の居るステージが違うのだからな」


 ウォーレン先生も大概だな!


「先日の雪合戦。お二人の絆と言うより、シュンさんのフィノリアさんへの思いが分かったはずです。遊びでもあそこまで本気になれるというのは思っているのでしょう」


 ……黒歴史だよ。

 まんまとしてやられたってのがまた、ね。


「あれは遊びではありません。戦争だったんです」

「そう戦争だったんです……」

「最後は悪魔が現れ、愚を犯した私達に制裁を下した裁判だったんです」

「俺達は……愚かだったんだ」


 ……ひどっ!


「……大変だったな。で、お前達、今年も楽しむのは良いがほどほどにな」


 一言で済ませる先生も大概だね。

 これが慣れってやつなんだろう。




「授業は明日からあるからな。それと自分専用の武器を買っておくこと。無ければ学園で貸し出してるからな。防具は学園持ちだ。だからと言って無暗に壊すなよ?」


 今までは武器を持参しても素振りぐらいだった。

 実践は学園が貸し出した刃の無い武器。


 これからは魔物やゴーレムが相手になるから自前の武器を使って良いってことになるんだ。


「最後に初めの試験――春休み開け調査で今年受けた新入生と同じ試験を行ってもらうことになった。詳細は後日教えるが、新入生に劣るような結果を出すなよ?」


 場が少し凍った。

 僕達はノール学園長から聞いてたからわかってた。

 どれだけ差があるのか調べるってのがあるんだろう。

 で、来年は今の一年がどれだけ成長したのかが分かって、学園の見直しも出来るって寸法だ。


「そこまで難しいものじゃありません。新入生の中には教師を抜く子がいましたが、皆さんなら大丈夫です。相手はシュンさんやフィノリアさんじゃありませんからね」


 酷い言い方だけど効果的だろうね。

 それだけのことをしでかしたと目下反省中だから。


「あ、シュンとフィノリアは本気でやる様に、とのことだ。あの水晶と違い今回は壊れることが無いからな。詳しいことは弟に聞くと良い」


 ってことはやっぱりシリウリード君が最高得点者ね。


「分かってたけどね。ぶっちぎりだったもん」

「負けられないよ。お姉ちゃんは凄いってところを見せなきゃ」


 僕も本気でやるべきだよね。


「勿論シュン君も本気だよ? 手なんて抜いたら……ふふふ」


 こ、怖い……!


 自分が堪えられないからフィノが僕を嫌いになるとは言わないし、お仕置きするとも言わないはず。

 だからこそ余計にその楽しそうな笑みが怖い!






 僕はシリウリード・ローゼライ・セネラ・シュダリア。

 今の家族からはシルって呼ばれてます。

 ……新しい兄様は違いますけど。


 その兄様の名前はシュン。

 僕の大大大大……大大大大好きなフィノ姉様の最愛の婚約者です。


 顔はそこそこ、実力は折り紙付きのお金持ち。

 性格はどこか抜けてますけどフィノ姉様達はそこがいいみたいです。

 王国に益を齎してくれる人で、二年前ひょっこりと現れてフィノ姉様の悩みを取り除いてくれた人でもあります。


 感謝してます。

 ええ、感謝していますとも。


 で、でもですね!

 どことも知れない男に僕のフィノ姉様を上げる気はありません!


 同時にシュン兄様にしかフィノ姉様は合わないとも分かってます……。

 実力やお金があるとかじゃなくて、フィノ姉様のあの笑顔を見ていれば分かるんです。


 僕の記憶の中にあるフィノ姉様は何時も下を向いて暗い感じでした。

 でも、最近はずっと楽しそうにニコニコして、僕まで楽しくなってくるんです。


 ……それがシュン兄様だというのが……ぷい!


 でも、それが納得できるかは別ですよ!

 実のお母様や兄姉がどうなろうと知ったことではありませんが、フィノ姉様だけは例外なんです!


 何故かって?

 僕と仲良くしてくれたのはフィノ姉様達だからです。


 家族の情は勿論ありますけど、やって良い事とやってはいけないことの分別は付きます。

 家族の情でも限度という物があってですね、歳が離れて関わらないのなら仕方ないんです。

 王族なら時に非情にならなければならない時もあるんです。


 最初はシュン兄様を恨んだりしました。

 でも、シュン兄様はフィノ姉様を助けただけでなく、命や人生まで救い、国も救い、父様と母様も救ってくれました。

 帝国とも良い関係にしてくれましたし、次々に開発して、他種族とも友好関係を結んで行きました。


 僕には到底できないことです。


 なぜフィノ姉様が惹かれたのか理解できます。

 頭は良くても何も考えていないお人好しで、でも触れた人は安心できるんです。


 シュン兄様の作る料理は美味しく、フィノ姉様は気付いているか知りませんが内容をしっかり考えてあります。

 デザートを食べ過ぎれば必ずあっさりとした野菜中心の食事です。


 それでも気付かないレベルにしっかりと調理され、魔道具のおかげで暖かいものが食べられます。


 シュン兄様は僕が嫉妬で嫌っているのを知っているはずです。

 なのに、嫌がることなく普通に接してくれて、敵には怖いぐらい非情なのに身内にはとことん甘いです。


 フィノ姉様が僕に構い過ぎててシュン兄様は嫉妬してました。

 それでも遠くから見守って大人の対応をされると……何故かむかつきます。


 すかしているとかじゃなく、一方的に僕が嫌っていることに折り合いがつかないんです。

 シュン兄様の過去も聞いてますから余計に自分が……そう、情けなく感じるんです。


 だから、僕だってシュン兄様を認めてます。

 でもそれと気持ちの問題は別なんです!


 さっき父様達に言われた子供は感情的になりやすいってやつですよ!

 フィノ姉様が取られても僕がとやかく言うのは筋違いだってわかってます。

 血が繋がってますから結婚できませんし、シュン兄様はフィノ姉様を遠ざけることもしません。


 でも、それとこれは別なんです!




「君は……確か主席の……シリウリード、君だったっけ? あ、様付けの方が良かったですか?」


 ん?

 知らない人ですけど……感じから王国の民じゃないです。

 と言うより、魔法大国は王国と距離が遠く通わせる貴族は少ないのです。


「いや、良いです。家族からシルって呼ばれてますし、最近王族とは何かと考える時が多くなってますし」

「そう? じゃあ、シル君、と呼ばせてもらうよ。俺はシュダリア王国の東にある小さな国テレスタから来たんだ。一応伯爵家の息子で、アルタっていうよ」


 テレスタと言うと王国とそれなりに付き合いがある国だったはずです。

 属国と言うより友好国です。


 そんな国から来れるってことはそれなりの実力があるってことです。

 僕はフィノ姉様……とシュン兄様のおかげですけど、今はまだあの練習方法が広がっているとは思えません。


 楽しい練習で上達できるのは良い事です。

 シュン兄様を褒めているのではなく、練習方法を褒めているのです!

 ま、まあ、シュン兄様に感謝はしてますけどね!


「王族について考えてるのかい? それは貴族とは何か、より難しい問いだね」


 そうなんです。

 それもこれもシュン兄様の存在が強いんですけど。

 強いとかは除き、シュン兄様は権力に興味はありませんし、最近は国民もシュン兄様の話ばかりです。


「姉様の婚約者は強いだけじゃないんです。人柄が良くて騎士や国民からも慕われてます」

「貴族なのかい? いや、確かお姉さんは学園でも有名なフィノリア様だったね。となると……今いろんなところで活躍しているシュン、と言う人だったかな?」

「はい、その人です。この学園にいますよ」


 でも、シュン兄様は権力に興味が無いですから父様達やローレ兄様も有効活用しています。

 それをシュン兄様は少しの対価で譲り、また考えついた物を片っ端から作ります。

 それが良い事なのか悩ましい所ですよ。


「そんな人がお兄さんになるのは良い事じゃないかな。俺だったらもっと強くなれるし、聞いた話では優しくて怖いんでしょ? 何でも俺達の試験中に雪合戦とかいう奴をやって悪魔とか呼ばれるようになったとか」


 話を聞いた限りでは自業自得です。

 ですが、不本意ながらフィノ姉様を雪玉とは言え攻撃から守ったのは流石、と僕でも同じことをしたと思います。

 間に合うかは別として。


 勘違いしないでくださいよ?

 僕はシュン兄様が守らなかったら婚約に疑問を持ちました。

 断じてフィノ姉様との仲を全面的に認めたわけではありません!


「ですが、物には限度がありますし、王族じゃなくてもあそこまで出来ると……」

「確かに、ね……。SSランク冒険者ともなるとその力は国を対等にやり合えると聞くし、持っている資産も莫大だろうからね」

「はい……ん? シュン兄様はSSランクじゃなくAランクですよ?」

「あ、そうだったっけ? てっきりそうなのかとばっかり。噂はいろんなものがあるし、一国の姫と婚約となると、ね」


 そう言われるとそうなんですけど……この違和感は違和感なのでしょうか?


 シュン兄様がSランクであることは時が来るまで憶測の域を出ないよう注意されてます。

 気を付けておいた方がいいでしょうね。


 べっ、別にシュン兄様の為じゃないですよ!?

 フィノ姉様に嫌われたくありませんし、王国強いては世界の為です!


「シュン兄様は我が国の大英雄が縁を結んでくれた人なんです。雷光の魔女の弟子ですし、今思えば良い決断をしたと思います」


 認めてはいませんけどね!

 僕がフィノ姉様を守る最後の砦なんです!


「ふ~ん、その大英雄様はどこにいるの知ってる? 出来れば一目見て見たいんだけど」


 探ってきてるんでしょうか?

 全くわかりません。


 ま、無難に返しておきますか。


「僕は知りません。SSランクの冒険者は権力に媚びない冒険好きですから。どこかで旅でもしているんじゃないですか?」


 偽物騒動はまだ起きてるんですよね。

 でも、偽物だとわかってますから堂々と処罰できます。


 英雄が兄になるというのは……嬉しくないですけどね!

 や、優しく面白い兄だからいいんです……。


「王族なのに知らないのかい? ま、仕方ないか。じゃあさ、シル君のお兄さんに会わせてよ。この目で強いってのを見たいし、学園自体を変えたってのにも興味があるんだ」

「そう言えば試験もシュン兄様の知恵が関わってると聞きました」


 去年は呪いのことでフィノ姉様達は林間学校に出れなかったと残念がってましたが、学園祭と言うのはかなり楽しかったです。

 あのキスシーンは殴り込みに行きたいほど憤慨しましたけどね!

 でも、似合っていました……1%くらいですけど。


「勿論、シル君の実力にも興味があるよ。今度手合わせしてよ」


 むむ?

 僕自身そこまで強い気はしないんですよね。

 比べるのがあれと言うのは分かりますけど、王国では騎士より弱いですもん。


「いいですけど、僕はそこまで強くないですよ?」

「謙遜かい?」

「いえ、実力はないと思います。主席になれたのもフィノ姉様達のおかげですし、試験内容が戦闘とはそこまで関係なかったですからね」

「そう言えばそうか。でも、技術があるってことはそれだけ戦闘も有利になるってことだよ」


 まあ、アルタが何を考えていても気を付ければ良い事です。

 フィノ姉様達にこの程度で迷惑はかけられませんし、僕だって立派にこのぐらいは切り抜けられると安心させたいのです!


 そしてあわよくばフィノ姉様に……ふふ!


 ま、まあ、危険が出てくればシュン兄様に頼らないことも無いですけど……。






 陽が暮れ始めた頃。


 今日は授業始めと言うこともあり、ほぼすべての生徒が学校を後に寮へと引き上げる。

 新入生の多くは歓迎会を開かれて飲み食いしたり、シュンやフィノ達を一目見ようと騒いでいた。


 シュンは不埒な者がいないか目を配り、フィノやシリウリードを護るために一緒にいた。


「こちらアルティス、こちらアルティス」


 生徒がいなくなり静まり返った教室棟の一室から応答を願う声が響く。

 聞き覚えのある男の子の声だが、アルティスと言う人物はいない。


『こちら煉獄だ』


 その男の子の持つ魔道具からそれなりの男性の返答が返ってきた。

 声は厳ついほどの渋く、威圧感を感じることから手練れだとわかる。


「上手く接触しました」

『ほう、それは上々だ。確か今日が初日だっただろう?』


 どこか褒めているようだが、そうでもないようにも聞こえる。


「はい。運よく隣同士になり、近々目標と接触できそうです。実力も確かめられるかと思います」

『そうか、引き続き目標を探れ。他に何かあるか?』

「……目標の接触により大分変ってきているようです。まさか、あれほどとは思わず俺一人では手に負えないです」


 少し躊躇った後、意を決する様に唾を飲み込み告げた。

 何の作戦中か知らないが失敗は出来ないという考えだろう。


『お前がか? ……まあ、実力を探れずに目を付けられるのは拙いか』

「感謝します」

『だが、こちらも緊迫している状況だ。何度となく煮え湯を飲まされた敵だ。支援できることも限られている』

「分かっています。俺のことよりも先に立て直し、時が来た時に負けない方が大切です」


 男の子は自分がどうなろうとも良い、と言いたげに答える。


『それが分かっていればいい。俺も近々そちらへ行くから時間を取っておけ』

「煉獄さん自らですか!?」

『声がでかいぞ』

「す、すみません」


 ドスの利いた声が響き渡り、男の子は心臓を握られたかのように竦み上がった。

 全身に冷汗が浮かび呼吸が荒くなる。


『……兎に角、お前は慎重に事を運べ。場合によっては俺が相手をする』

「自らですか? 引っ掛けましたが普通に返されましたが……」

『黙っている可能性もある。念には念を入れなければまた負ける。俺的にはどちらでもいいが、力で負けるというのは気に食わない』


 戦闘狂と言えるのだろう。

 煉獄と言うのは字名であろうが、かなりの実力者と思える。


「分かりました。また、変化がありましたら連絡します」

『ああ、失敗だけはするな』

「了解です」


 アルティスは最後に挨拶を口にし、通信の魔道具に注ぐ魔力を止め通信を切った。


 暗くなる夕日に照らされ、哀愁が漂っているが動きはない。

 その目には何の感情も無く、ただただ与えられた任務をこなす機械の様であった。


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