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料理とアルヴィンの疲れる冒険

大分長くなってしまいました。

あと終わり方が……。

「オムライス三つとフルーツミルクが三つですね。銅貨三枚と鉄貨三枚となります」

「旨いって聞くわりには結構安いんだね。はい、お金」

「……丁度ですね、少々お待ちください!」


 オムライス三つね。


 収納袋からすでに出来上がり、後は仕上がった卵を乗せるだけのオムライスを三つ取り出し、テーブルの上に置く。

 同時に空中で火に包んでいたグラタンを四つと、その隣で同じように焼いていたピザ二つを取り出し……いや、そのまま空中を移動させ、給仕をしてくれる生徒が持っている皿に乗せた。


「アチチ!」

「あ、ごめんね」

「いや、気にすんな! シュンは料理に専念してくれ」


 背の高い彼が着ている服は燕尾服に近い給仕服。

 僕やフィノとかの服を作っている間に意外にのってきてね、どうせなら普段着れない服とか着ようという話にやっぱりなったんだ。


 それにアロマと知り合いになったことで、ほとんどの生徒が貯金していたパーティー用の服のお金に余裕が出て、そのお金を使って格安で今回の衣装を作ることになったんだ。

 アロマも子供ならではの発想や貴族の服、今回の文化祭への招待も受けられてお互いにウィンウィンだったらしい。


「今、料理が飛んでなかったか?」

「あ、ああ、俺にもそう見えた」

「魔法なんじゃないか? あいつがいるようだし、光魔法で姿を消してるとか、風魔法を使ってるとかさ」

『あ~ね』


 まあ、そうなんだけど納得いかない。

 でも、今の魔法は無属性魔法の念力だから。

 アルカナさんに魔法披露した時に編み出したやつね。

 練習も兼て使ってるんだよ。


 まさかこういったところで使えるとは思ってなかったからね。

 今は猫の手も借りたいほど忙しいんだ。

 昼前の十時ごろに開店させたんだけど、開けた途端に客の波、うん、波と言っても過言ではない人達が押し掛けてきたんだ。


 あれには流石に焦ったね。

 今も長蛇の列が出来てて、中に教師とか招待された特別な人達が並んでる。

 いやいや、他のクラスの所にも行きなよ……。


 時間外の生徒にも声を掛けて数時間ほど動きっぱなしだ。


「はい、オムライス三つ! フルーツミルクの残りは!」

「まだ十分あります! でも、デザートの生地がもうありません!」


 何だって!?

 驚いてみせるけど、まああれだけ頼む人がいればすぐになくなると思ってた。

 オムライスの人は頼まなかったけど、今ちらっと外を見るとほとんどの生徒がクレープとかホットケーキとか食べてるからね。

 アイスはミルクと砂糖があれば最低限作れるけど、生地を使うそっちは無理。

 しかもこの忙しさで僕は数分離れたら確実に混乱する。


 自意識過剰なんじゃなくて、念力のおかげで五人分ぐらいの働きをしてるんだ。

 しかも魔法の同時発動や調整が出来るから道具も使わずに料理を作れる。


 同時発動って違う魔法や属性を使うことを言うね。

 今まで普通に使ってたから知らなかったけど、それも造形魔法と同じで高等技術らしい。

 皆も僕が普通に使って慣れてたからすっぽり忘れてたみたい。

 昨日顔合わせした時に魔法王のクロスさん達に言われて知った。


「ねーまだー?」

「すみません、お待たせしました! ミートスパ二つとクリームスパお待ちしました!」

「お、旨そうじゃん。しかも見たこともない料理だわ」

「やべ! 少し茹で過ぎちまった! 本当にこんなのでモテるのかよ!」


 そこ、口を動かさずに手を動かす!

 僕はモテるか分からないと言ったからね。


「買い出し班はまだ戻らないの? 小麦粉とミルクがもう残り少ないよ!」


 アイス作りやクレープ作り等を任せているフィノが焦った声を出す。


「た、ただいま戻りました! はぁ、はぁ」

「思ったより早かったな! 後は俺に任せて接客に入ってくれ!」


 すぐに軍服の様なかっちりした服を着たアルが荷物を受け取る。


「うへぇ~、疲れてるのに」

「そう言うな。調理班はずっと動きっぱなしなんだぞ。しかもシュンは数時間魔法使いっぱなしだ」

「そ、それは……わかったよ! 手伝います! はぁ、ふぅ」


 その場に沈みそうになる汗だくの生徒達。

 これぐらいなら魔法を使いっぱなしでも大丈夫だけど、流石の僕も数時間同じ作業を並列して行うのはきつい。

 少しでも加減を間違えたら料理が丸焦げになるからね。


「フィノは生地を作って! 僕はミルクを固めるから!」

「わかった!」


 僕とフィノは息の合った動作で取り掛かる。

 狭い範囲しかないけど、サッと器に生地を入れてフィノに受け渡し、フィノはミルクの入っていた器を僕の目の前に置く。

 同時にフィノが焼き上げた卵を、僕は収納袋からご飯の盛られた皿を出して被せる。


「おお、息の合った流れるような作業だ」

「悔しいが、これは認めざるを得まい」


 いつまでフィノに執着するんだ?

 いや、もうこれは完全に僕を弄ってるだけだろ。

 だって顔はにやけてるし、今更フィノを振り向かせることが出来るとか思ってないだろうしね。


「というか、君達も手伝え」

「そうだぞ! ミートスパとピザ二つだ!」

「「わ、分かった」」


 本気で料理班に睨まれすごすごと手伝う。

 給仕係はいらないけど、食器の回収・洗浄やテーブルの台拭き、いざこざの仲裁や案内とかはやらないといけない。


 汚れとかはクリーンで全部綺麗に出来るけど、流石に食器をそのまま使いたいとは思えないだろう。

 まだクリーンはそれほど広まってないからね。

 王国辺りでは徐々に広まりつつあるみたいだけど、あの試験の時に教えた時から一年しか経ってないしね。


「フォークが無い!」

「フォ、フォーク、フォーク……あった! ウォータ、クリーン! 良し!」

「頂戴! ――お待たせしました、ホットケーキとアイスです」


 一体僕達は何時までこの作業を続けるんだろうか。


 今頃義父さん達は城で話し合いをしているのだろう。

 多分そこにはノール学園長もいて、学園の方針も決めていくんだと思う。

 世界戦争になったら学園の生徒も駆り出されるだろうしね。


 それに僕が悩んでる技術の発展による高度な争いも、不可侵である学園が間に入ってくれたら助かるからね。


 その話し合いは分かってると思うけど邪神等のことで、僕が話すのは僕自身のこととこれからのことの二つだ。

 これからはSSランクとして動くことになる。

 そのための準備をこうやってしてるんだ。


「もう、パスタの残りが無い!」

「わかった。――パスタ終了させていただきます!」

『ええー、楽しみにしてたのにー』


 そんなこと言われてもパスタの麺が無いのにどうやって作れと?

 ソースだけでいいのならまだ残ってるけど。






 それから一時間ほど作業を続けていると、全ての材料がなくなって客に出す物がなくなり、休憩することが出来るようになった。

 出せとか文句言う人がいたけど、材料ないのにどうやって? って聞いたら買いに行けっていうから、そこにもないって言ったら顔を赤くして立ち去って行ったのは面白かった。


 いや、店にないとは思わないけど、そう言わないと身体を壊しちゃうからね。

 さすがに疲労は魔法であまり回復しないからね。

 明日はゆっくりと祭りを楽しんでもらいたい。


 ま、他のクラスの出し物を知らないから何とも言えないけど。


「はぁ~、疲れたね、シュン君」


 フィノが僕の身体に寄り掛かり、目を閉じて少しぐったりとする。


「まさしく食テロ。しかも自分達が受けた気分だ」

「ふふふ、言い得て妙だね。こんなに疲れたのは久しぶりかも」


 フィノの良い匂いが鼻に付く。

 変態じゃないよ。


 この匂いはリンスとかもあるけど、女の子特有の甘いフェロモンだね。

 フェロモン、何か卑猥な言葉に聞こえる。


 でも、フェロモンって香水とかと同じだったりするよね。

 女王蜂とか、女王蟻とかね。

 あれ兵隊を従えてるのはフェロモンの効果だって聞く。

 それを有効活用して魔物を倒すときがあるもん。

 逆にそのフェロモンで幻術に似た物を醸し出して捉えるとも聞くけど。

 あと、魔族の夢魔族も特有のフェロモンで異性を惹き付けて、脳を軽く麻痺させて行為に及ぶらしい。


 魔大陸に行く前にいろいろと調べないといけないようだ。

 魔族だからこそ、力があるから防がないといけないこともある。


「シュン君から男と料理の匂いがする」

「へ?」


 まさか、心の声が聞こえていた?

 そう言えば分かり易いとか言われてたけど、さすがに目を閉じてるのにそれはなくない?

 それ読心術じゃん。

 僕……同調があったね。


「ううん。良い匂い」

「フィノも良い匂いがするよ」

「ふふふ、そう言うのは恥ずかしいから女の子に言ったら駄目だよ。二人っきりの時に言ってほしいな」


 それもそうだった。

 いかん、疲労で頭が回らなくなってる。

 まるで寝惚けてないのに寝惚けてる感じだ。

 もちろんフィノもそうだろう。

 いつにもまして大胆だ。


「ぐぬぬぅ~……甘い! 甘すぎて疲労が吹き飛んでしまう!」

「まあまあ、二人のことは放っておこうや。俺はその気持ちが痛いほどわかる」

「ぐぞぉ~……! 彼女なんて作りやがって! こんの裏切り者めッ!」

「わっはっはっは! これもシュンのおかげだ。やはりパスタは偉大だったようだ。シュンは俺の神様だよ。今なら二人の気持ちが分かる。な、お前」

「ええ、貴方の姿はとてもかっこよかった。勇気を出して声を掛けてよかったと思うわ」


 パスタ君の隣には一学年上の女子生徒がいる。

 その女子生徒は最後にパスタを頼んだ運命? の相手。

 そう、パスタ君が思ってるからそれでいいんだろう。

 意外にお似合いみたいだし。


「ぐぬぬぅ~」

「ま、お前も早く彼女を作るんだな。祭りの独り身は辛いぞ~」

「ははは、ちょっと意地悪よ」

「ごめんごめん」

「憤死してまうわ! うわ~ん!」


 ……絶対、僕とフィノの方が大丈夫なはずだ。

 きっと、僕達は健全な筈だ。


「また一人盟友が悪の手に堕ちたか……」

「我らモテない同盟の同士よ。なぜ女などという悪の手に……」

「はぁ、何時になったら俺達にも悪の手が――」

「ちょっといいですか? もし良ければ一緒に――」

「勿論行かせていただきます。いえ、一緒にこれからも生き(行き)ましょう」

「ま、お上手ですね」

『裏切者!』


 モテない同盟って何さ。


 それにしてもやっぱり学園内で祭りをすると皆の箍が緩むね。

 健全で風紀を守らないといけないけど、カップルが多く誕生するのは良い傾向ではないだろうか。

 まあ、国関係とか、身分とかは考えないといけないけど、普通のパーティーより緩いから異性を誘いやすいんだろうね。


「なんだか凄いことになってるね」

「うん、でも楽しそうで良いんじゃない? 学園生活が楽しいのはそれはそれで良いことだよ」

「それもそうだね。これがずっと続けばいいね」


 フィノの言う通りだ。

 この楽しさがずっと平和に続けば何も言うことはない。


 そのためにも僕は今できることを精一杯するんだ。

 休憩できるときはしっかり休んで、ね。


「そう言えば」

「何? 何かあった?」

「アルヴィン達は?」

「……あ」


 完全に忘れてた!

 子供エルフは今朝送り返したけど、アルヴィンは精霊が駄々を捏ねたからまだいるんだったよ!

 まだ魔道具の反応があるから学園内にいるだろうけど――


『キャアアアアアアアアー!』

『アルヴィン様!』

『こっち向いてください!』


 って、既に遅かったか!


「シュン君」

「分かってる。すぐに向かおう」


 声の様子から大丈夫だとは思うけど、きっと何かやらかしてる。

 僕が目を離したのが悪かったけど、あの見た目に反して世間知らずなアルヴィンが何をするかわかったもんじゃない!

 恐らく、アルヴィンと貴族は衝突する! 多分……きっと……絶対に!


「フィノ掴まって」

「うん!」

「『フライ』!」


 背後で何やら声が聞こえるけど、後のことは頼んだよ。

 もう片付けとお断りするだけだし、僕がいなくても大丈夫。


「おい、シュン!」

「アル! ちょっと知り合いの所に行って来るだけだから心配しないで! それと片付けの方をよろしく!」

「は? や、シューン!」


 はて? アルは何をそこまで焦っているのだろうか?

 まあ、別にかまわないだろう。

 僕は早く声のした方へ――


『キャアアー! アルヴィン様と目が合ったわ!』

『やっぱりエルフの方は美形です~!』


 一体何をしているんだ!?






 俺の名はアルヴィン、アルヴィン・ガルシア。

 ちょっと前まで大自然に囲まれたエルフ族の森の中にいたんだが、今は外の世界にいる。


 四カ月ほど前に村にやってきた人族の子供。

 その子供が原因で俺は外に出た。断じて精霊がその子供を気に入ったからではない。

 勿論嫉妬だなんて論外。

 俺は精霊とエルフ達の保護者として外に出たのだ。


 ま、まあ、シュロロム隊長に脅されて……いやいや、俺は何も悪くない。

 だから、父と母に怒られることはない!




 そして、俺は現在その子供が通っているという学園とやらに足を運んでいる。

 昨日はその学園の生徒が何かをするということで見ていたが、はっきり言ってつまらなかった。

 これならエルフの村で警備をしていたほうがましだ。


 べ、別に警備が嫌なわけじゃない。

 ただ、何もいないのに警備をするのがつまらないだけで……。


 ただ、あの人族の子供のクラスが何かをしたのを見過ごしたのはざんね……もとい、屈辱だ。


 あの後エルフの子供から聞こうにもはぶられ、眠っていたからだとネチネチ言われ、相棒である精霊は何か俺を可哀想な目で見て来る。

 これも全部あの劇を見過ごしたのがいけなかった。


 寝た俺が当然悪いが、それでも起こしてくれても良かっただろう?

 そんなに面白かったのなら一目……いや、俺が面白いのか判断せねば。

 もしかするとエルフや精霊を侮辱するようなことがあったかもしれん。


 断じて全てを見て語り合っている子供達が羨ましい! のではない!


『――!』

「何?」


 俺を起こそうとしただと?

 そんなバカな……。

 俺は一度も起こされた覚えはないぞ。

 もしやあの人族の子供が――


『――ッ!』

「イタッ! な、何をブッ! ちょ、やめ!」

『――!』


 ぐくぅ、これも全部あの人族の子供が悪い!

 俺が起こされないわけがないのだ。

 いやいや、そもそも子供達より先に寝る等とあり得ん!

 きっと俺を策に嵌めようと睡眠魔法でも使ったに違いない。


 きっとそう――


「ブハッ! いいかゲブッ、に止めブッて!」

『――!』

「あ、ああ、俺が悪かった。もう言わない」


 くそ~、なぜ主である俺よりも、あの人族の子供の方が精霊に好かれるのだ!


 あの人族の子供は俺の精霊以外にも様々な精霊に懐かれていた。

 隣にいた女の人族の子供もそうだったが、比にならないほど懐かれていた。

 羨ましいとはエルフ族なら誰もが思う。

 それが精霊魔法の使えない人族とは……。


 確かにあいつが凄く強いのは分かる。

 あのアルカナ様が付いてきたのも頷けるほどだ。

 そこは認めてやる。


 だが、精霊がエルフ以外に懐くなどあってはならない!

 俺の精霊もあの人族の子供に誑かされているだけだ!

 他のエルフ達もあいつの作る料理に目の色を変えて貪り食いやがって。


 た、確かに上手いのは認めるけどな。

 特にあいつの作る甘い食べ物は絶品だ。


「あの~、すみません。そこのかっこいいエルフ族のお兄さん、少し宜しいですか?」

「ああん?」


 と、思ったより声が低くなってしまった。

 流石に八つ当たりはいかんな。


「ご、ご迷惑なら、すみませんでした!」


 あ、いや、こっちが悪かっただけだ。


「あ、や、悪い」


 俺の馬鹿!


「そうですか? ならよかったです」


 お、おお、何故か通じたぞ。

 よく見ればあの人族の子供より可愛げがある。

 あいつももう少し可愛げがあれば……。


 いやいや、俺は何を思っているんだ!


「それでですね、少しお時間を頂けないでしょうか? 暇そ……退屈そうでしたので」


 ん? 今暇そうとか言わなかったか?

 それに退屈そう? それは……どうなんだ?

 まあ、確かに今は暇で退屈だ。

 あいつの所を見に行こうと思えば、何故か外に出たし。

 まさか幻術とか? それともあいつが迷子になったのか?

 仕方ねえなぁ、こんだけ広いんなら迷子になっても仕方ない。

 迷路のような森で生活していた俺がすぐに見つけ……いやいや、あいつのことは放っておこう。


「まあ、いいだろう。その前に何をするんだ?」

「あ、それもそうですね。私達はファッションショーの様な物をしているのですが、モデルがいなくてですね、今ピンチなのです。モデルはいたのですが今一でして、生徒達もどこかのクラスに大勢取られまして、現在お兄さんの様なかっこいい男性を探してたのですよ」


 ふむふむ、なるほどー。

 よく分からん。

 だが、とりあえず俺がかっこよくて、服を着てほしい事だけは分かった。


 この子供はかなり良い奴ではないか。

 やっぱり俺は優れてるよな。


「うむ、俺に出来ることなら手を貸してやる。さあ、連れて行くが良い!」

「良いんですか!? ありがとうございます!」

『ありゃしゃーッス!』


 ど、どこから出てきた!?


「さ、行きましょう。時間も押してます。急いで急いで」

「ちょ、まっ! く、首しま、てる!」


 く、苦しい!

 やっぱり人族の子供は皆こんな感じなのか!?

 いやいや、そんなはずはない!

 だが、この力強さはなんなんだ!


『……!』


 笑うんじゃない!

 お前は俺の相棒だろ?

 お願いだから助けてくれぇ~!






 はぁ、はぁ、どうにか死ぬ前に着いたようだ。

 後少し遅れてたと思うと……って笑うな!


「さ、お兄さん着替えましょう。まずはこれを」

「……これを着るのか?」

「はい、そうですよ? やっぱり変ですか?」


 や、これは変とか通り過ぎてるだろ。


「これ、服、なのか? 失敗……」

「ではないです、はい」


 がっくし……。


 少し前までの俺を殴りたい。

 なぜ俺はあの時許可してしまったんだ!


「こ、これを着るのか……」

「はい、よろしくお願いします。……お兄さんは逃げませんよね?」


 逃げる!?

 お前そんなこと一言も言ってないじゃないか!

 だが、逃げるだと?

 この俺が逃げるわけがない!


「いいだろう。そこまで言うのなら着てやる」

「本当ですか!? では、こちら着替えてください!」


 くっ、ウソ泣きだったのか?

 人族はやはり悪だ!

 だが、こいつにそんなことを言うのは何故か(はばか)れる。


「あ、あれを着るのか……! 俺は、男として尊敬する! ア、アニキ、そう呼ばせてもらうぜ!」

「私は惚れそうだわ。違う意味で」

「生贄がとうとう現れてしまったか……。骨は拾ってやるぞ」

「いや、もしかするともしかするかもしれん。エルフ族みたいだからな」

「そうだ……そうか? あれは似合っていると言われても悲しくなるんじゃ……」

「滅多なことを言わないで! 私達まで影響が出るわ! ここはお兄さんを持て囃すのよ!」


 ど、どっちなんだ。

 この服が異常なのか? それとも俺の感性が異常なのか?

 声は良く聞こえなかったが、なんとなく尊敬されていたり、同情されていたり、憐れみを受けたり、不吉な気配を感じる。


「お兄さん、早くしてください!」

「お、おう!」


 ぐ、逃げられなくなった。

 ええい! 俺も男だ! これぐらい堂々と着てやろうじゃないか!

 ここで逃げたら子供達にまた何を言われるか……。


『……!』


 お前は面白そうで良い御身分だな!

 クソッ! こんな服着たら絶対に笑い物じゃないか!




 俺は断ることも出来ず、更衣室とやらで手渡された服に渋々着替えた。


 まず言いたいのは服なのか? この一言に尽きる。

 勿論手を通す場所や顔を出す場所はある。

 だが、それだけだ。


 形も何か固めたような感じで、一部分だけ絶対布を使ってない。

 特に色がピンクとか派手だ。他にもカラフルな色がふんだんに使われている。


「これに似たような絵を城で見たな……」


 迷子になった子供(※アルヴィンの方が迷子です)を探して城内を歩き回っている時に見つけた奇怪な絵とそっくりだ。

 まさか、その絵と同じ状態に俺がなるとは……な。


「手、手が震えてしまうぜ。これが武者震いという奴か……」

『……』


 何故か頭の上で精霊がやれやれと言っているような気配を感じるが気のせいだろう。


「着替え終わりましたか?」

「おわっ!? か、勝手に開けるなよ!」

「す、すみませんでした! あら、とても似合っています! お兄さんを選んだ私の目に狂いはありませんでした! これで優勝間違いなしです!」


 え? マ、マジ?

 これが似合ってる……釈然としないぞ?

 す、少しだけ悲しくなってくる気がする……。


「そ、そうか? 他の奴でも似合いそうだが……」


 そう思って周りでチラチラと見ている子供達を見ると、


「そ、そんなことないっす! エルフの兄ちゃんかっこいいっすよ! その服は兄ちゃんしか似合わない世界に一つだけっす!」

「そ、そそそうね! 意外に……いえ、とてもお似合いです! 芸術ですよ!」

「私はこれ以上ない奇跡に立ち会っています。お兄さんを崇めてもいいでしょうか?」

「グスッ、兄ちゃん! 絶対に忘れない! 俺も兄ちゃんみたいな……男になるよ!」


 生徒達は笑うのではなく、その勇気と通り越した状況に涙があふれ、同情を籠めた声を嗚咽を混ぜながらかける。

 だが、保身に走って自分も着るようなセリフは言わない。


 幸いエルフ族は生徒の中におらず、アルヴィンも外の世界を知ったかぶりなので疑いながらもその反応を信じてしまう。

 先ほどまでいた獣人の生徒は肩を震わせながら退出したが、悲しかったのだろう。絶対に外で笑っていないはずだ。


「そ、そう、なのか? ま、まあ、俺はかっこいいからな! 何を着ても似合うんだろう!」


 なぜか涙が零れる。

 きっと嬉しいからだな、うん。


「あ、まだお名前を覗っていませんでした。私はスピナと言います。お兄さんの名前を宜しければ教えてくださいませんか?」


 先に名乗るとは礼儀正しい子だ。


「俺の名はアルヴィンだ」

「アルヴィンさんですね。では、こちらへ付いて来てください」

「う、うむ」


 も、もしかしてこの恰好を人に見せるのか?

 それだけは勘弁願いたいのだが……。


「アルヴィンのアニキ! 一生ついて行きます! その雄姿を目に焼き付けます!」

「アルヴィン様ー!」

『アルヴィン! アルヴィン! アルヴィン!』


 本当にこの服が似合ってるのか?

 もしや今はこれが流行とか……。


「ささ、行きますよ」

「お、お前以外に力強いな」

「嫌ですよ~。そういうことを女の子に入ってはいけません」


 む、それは確かに悪かった。






「アルヴィン様!」

「オオオオオオオッ!」

「お、俺は、俺は貴方を忘れません!」

「キャアアアアア!」

「目が、目が合ったわ!」

「顔はとてもかっこいいのに、何か残念」

「お可哀想に……。ですが、男の中の男だと思いますよ」


 教室からフライで降り立った僕とフィノだけど、アルヴィンの姿にかける言葉が見つからない。

 冷たい汗が蟀谷を伝って流れて来る。

 身体を寄せているフィノも同様に動揺しているのが分かる。

 シャレじゃなくて本当に。


「えっとー、アルヴィン……だよね?」

「あ、ああ」


 うん、やっぱりアルヴィンだね。

 でも、この状況は一体何なのだろうか。


 察するにアルヴィンが好きで着替えたわけじゃないことは分かる。


 僕はアルヴィンが何かしたのは分かってたけど、声からしてナンパ……のようなことをしているのかと思って注意しに来たんだけど……


「違ったね」


 そう、違った。

 だから余計に言葉を失くして何と声を掛けるのか戸惑う。


「……頼む。何か言ってくれ」


 笑っちゃいけないね。

 周りの反応からもこの状況は笑いを取るためじゃないのもわかる。

 きっと事故なんだよね。


 それにしてもここまで落ち込んだアルヴィンは見たことが無い。


「あー、何で着てるの?」

「それを聞くのか? まあいい」


 なるほどねー。

 でも、それは安請け合いしたアルヴィンも悪くない?


「えー、ご愁傷さまです」

「ぐっ」


 フィノが止めを刺しちゃったよ。

 まあ、言葉が見つからないから仕方ないね。


「と、とりあえず、着替えたら? 何なら服を渡すけど」

「そうしたい! したいんだが……」


 ちらっと肩口から覗くアルヴィンの視線先を見ると、ボブカットの女子生徒がいた。

 多分二年生だろう。


「あ、フィノリア様とシュン様ではないですか! お二人が作られた料理はとてもおいしかったです!」

「それはありがとうございます。こちらは貴方が?」


 少し目付きの悪いアルヴィンの頭を叩こうとして止めて、女子生徒に訊ねる。


「ええ、そうです! 力作なんですよ! 皆にはやめておけと言われたんですが、アルヴィンさんのおかげでこうまでみんなに感動を与えることが出来ました! これも全て私にアルヴィンさんを引き合わせてくれた神様のおかげです!」


 え? 神様? フレイさん?

 でも、これは運命じゃないよね。

 アルヴィンは不運だし。


 でも、事情は理解した。


「何か目を離してごめん」

「いや、俺も悪いんだろう」


 珍しいけど、ここまで焦燥しきってたらそうなるのも頷ける。


「この服はどう思われますか? 私はこの世にない素晴らしい出来だと自負しているのですが!」


 そんなに鼻息を荒くされても、コメントに困る質問なんだけど。

 フィノなんてその質問が来た! と察知して身構えてらっしゃる。


「私は斬新で今まで見たことのない素晴らしい服だと思います。人の目を惹くのは間違いなく、派手さ、画期さ、革新的でいいのではないでしょうか?」


 うわー、凄い内容だ。

 これは僕でも褒められていると聞こえるよ。

 ただ、服のどこが良いとは全く褒めてない。

 見た感じをそのまま口にしてる。

 でも、単語で言うから褒められてる気がとってもするよ。


「そうですか! ああ、私にもついに服の神様が……」


 そんな神様居るの?

 ここ八百万(やおよろず)じゃなかったよね?


「シュン様はどうですか?」


 やっぱり僕に聞くのか。

 僕がフィノと同じコメントをすると多分アロマに関わってくるね。


「どう答えたらいいのでしょうか……。思ったことを言っても?」

「ええ、構いません! ズバッと言ってください!」


 フィノが冷汗を流している僕の横顔を見ているのが分かる。

 周りの生徒も何か固唾を飲み、アルヴィンは期待してそうな眼差しだ。


「ではまず、フィノと同じくこの服は斬新でこの世に一つしかないものでしょう」


 シュンでも言えないのか、と女子生徒に真実を知らせられない残念な雰囲気を感じ取る。

 いや、僕のセリフはまだ終わってないからね。

 絶対に彼女の間違ってがないけど、普通の服を作れる感性を探す!


「そうでしょうそうでしょう」


 頷いてるところ悪いけど、少し厳しめでいくね。


「でも、この服はどこで着るのでしょうか?」

「え?」

「ですから、この服の使用目的は何なのでしょうか、と聞いているのです。服というのはその用途が様々です。暑さ寒さだけでなく、日常で着る私服、礼儀が必要な礼服、学園の生徒が着る制服、貴族が着るドレスや貴族服、料理人の調理服やエプロン等です。これらはその用途に合った服となっているのです」


 厳しい言い方だけど、これが正しいと思わせてはいけない。

 思うのは良いだろうけど、せめて普通の服というのが作れないとね。

 言い方は悪くなるけど、少ない未来この服を売り出して売れずに借金が出来て奴隷になるのが見える。

 彼女は服を作りたいみたいだし。


「僕達の生徒が同じ制服を着るのは生徒だとわからせるため。内外共にです。先生方も制服を着た子供は生徒だと認識し、同じ服を着ることで仲間意識や連帯感を強める意味があります。これが私服ならまだ良いです。でも、調理服を着ていたらどうなるでしょう? ここは料理人の学園になるのではないですが?」

「……確かに」


 誰かがそう呟く。


「改めて問いますが、この服の用途はなんでしょう」

「そ、それはですね……」

「別に僕はこの服が悪いとは言いません。でも、服の用途を先に決めないと、その服の存在意義がなくなります。これは服だけでなく魔法にも言えます。僕が教えた造形魔法はしっかりとした用途があります。皆の魔力技術の向上の他、魔法への興味増加、狭まっていた魔法への視野拡大、既存する魔法が全てではないこと等です」


 まあ、この辺りはこじつけなんだけど、今は尤もな理由に聞こえるだろう。


 ちょっと皆の視線が怖いけど。

 あと、フィノには嘘だとばれてるね。


「よくそんな台詞が出るね」


 うん、僕も驚いてる。

 でも、考えてなかったわけじゃないからね。

 これなら皆楽しく出来ると思ってたし。


「わ、私は……ひっく」


 あわわわ、泣かしちゃったよ。


「きつい言い方になりましたが、もう一度服に対して見つめ直してください。見た所縫い方、布の基準、丁寧さ等は見ればわかります。あとは相手に似合う服を作り、目的に応じた服を作ることでしょう」

「そうですね。流石にこの服をパーティー等で着るわけにはいきません。着るとすれば芸人とかですか?」


 その物言いに苦笑が生まれる。

 彼女も涙を拭きながらクスリと笑い、少し俯きながら僕達に頭を下げた。

 そして、アルヴィンの方を向き、


「アルヴィンさん、正直に言ってください。そ、その服はどんな感じでしょうか」


 勇気を出してきている感想を訪ねる。


 アルヴィン、選択を間違えないでよ。

 折角ここまでやったんだからね。


「あー、その、なんだ、着心地は悪くない。暑くないし、重そうで軽いしな。だが、どう見ても俺に似合ってないと思う。俺がエルフだからかもしれないが、この服を着て出回りたいとは到底思えない」


 ズバッというけど、アルヴィンにしては上出来だ。

 それにしても言い方が、遠回しに僕達はこの服を着ていると聞こえるんだけど。

 あと、感性もね。


 ま、その辺りは周りの生徒が言わなかったからだろう。


「そ、そうですか。分かりました。今回はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。集まってくださった皆もすみませんでした」


 そう言って謝るけど、周りの生徒は少し反応に困りながら受け止める。

 面白い物が見れたとか、この服も悪いわけじゃないとかね。


「さて、アルヴィンは着替えてきなよ。疲れてるだろうけど、着替えたら待っててね」

「ああ、すまない」


 なに、アルヴィンが謝った……!


「何だよ、その反応は。俺だって今回は悪いと思っている。はっきりと言えばよかったんだからな」

「まあ、そうだけど。これはこれで祭りっぽくて良かったと思う」

「何だと!? お前も着てみるか? あの珍獣を見る様な目を向けられることに堪えられるか? 羞恥心で死にそうになる気持ちを堪えられるか?」


 あ、うん、無理。

 傷心気味なんだね、アルヴィン。


「目を離した僕が悪かったよ」

「全くだ。目を離せばお前はいなくなってるし、何時の間にか外に出てるし、誰かが絶対に幻術をかけたんだ」


 いや、あり得ないから。

 そんなのでよく居場所が分からなくなりやすい森の中で過ごせてたね。

 まあ、世界樹や魔法の感知で分かるんだろうけど。

 知らないところでは迷子とか良くなるよね。

 この前兵士にも頼んで城の中を探し回ったのは久しい。


「それと明日はもういいから帰らせてくれ」

「わかった」


 ふぅ~、これで一件落着だ。

 この場は駆けつけてきた先生と生徒会の人達に任せて僕とフィノは飛んで教室へ帰る。

 これでも結構疲れてるんだもん。


 明日も忙しいけど、材料が無いから何もできない。

 明日はクラス全員意見一致で文化祭を楽しむことになった。


キャラが多くなり過ぎてややこしくなってきました。

あと、性格というか個性を出すのがいまだに難しいです。

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