シュンの思い
何か話がとても飛躍してしまった気が……。
数日後、僕達は再び料理地区に訪れていた。
だけど、今回は料理じゃなくて話し合いが目的だ。
争うのが嫌っていうけど、僕達は争いを回避するために協力したいし、争いになっても戦ってほしいとは言わない。せめて、自分の身を守ったりするために協力する時だと呼びかけてるんだ。
もし間違ってたら謝るしかないけど、友好が結べるんならそっちの方がいいと思う。
それに仲良くして罰は当たらないよ、ね?
何か仕来りとかあるのなら別かもしれないけど。
やってきたのは料理地区長のアスフィリーナ・レーレさんの自宅だ。
傍には瑞々しい野菜が実った畑があって、近くの花壇には薬草やハーブが植えられている。
精霊の気配はないから多分使えないんだろう。
でも、畑には喜んでいるような精霊の気配を感じる。
精霊は感情に左右されたり、自然が好きだというから、こういった綺麗な植物に引き寄せられるのだろう。
これ以上は観察すると悪戯され過ぎるので見ないでおく。既に髪が逆立っているほどだ。本人は笑ってたけど、フィノにまで被害が出てしまったのは申し訳なかった。
「また変わった雰囲気の家ですね。長閑な感じがします」
フィノが言うようにアスフィリーナさんの家は長閑な感じだ。
言葉では表し難いけど、和風と言うべきかな。
瓦があるわけじゃないけど、畑の近くに井戸があって、部屋と直通している縁側もある。これでスイカとかあったらまさしく和だね。
ただ、全体はペンションだから、そこだけ和風って感じ。
「月三回ほどアスフィリーナさんの家で新作料理の評論会や料理を教えてくれます」
「料理教室ですか」
「そうですね。そこまでかっちりしたようなものではありませんが似ていますね。――優しい方ですから、男女問わず人気のある方です。ただ、最近友人が村の外に出ていってから元気を無くされました」
カトリーナさんは少し暗い顔で、アスフィリーナさんを憂うように言った。
何か崇拝しているような気もするけど、気にしないでおこう。
友人が出て行ったのは悲しくなるかもね。
ただ、エルフの最近が、僕達の最近と合っているのか分からないけど。
だって、数十年ほど会わなくてもちょっと故郷が懐かしく思うぐらいだからね。
ずれてるエルフが多いから、ずれててもおかしくない。
「その友人とは連絡を取らないのですか? この村から手紙とかは出せますよね?」
「はい、一年ほど前までは連絡を取り合っていたそうですが、ぱったり無くなったそうです。料理している時は楽しそうなのですが、偶にふと悲しい顔をするのは見ていて辛いですよ」
分かりやすいだけかもしれないけど、カトリーナさん観察してるね。
普通の人かと思ったけど、やっぱり変わってるんだろう。
「いつごろからですか?」
「時期は外で魔物の侵攻が起きていた頃になると思います」
「それは……」
フィノも返す言葉に戸惑うが、僕は何か頭に引っかかった。
確かに人が亡くなったけど、避難は出来ていたと思う。
知り合いのエルフが多いわけじゃないから何とも言えないし、変な情報を与えて糠喜びさせるのはよしておこう。
「ですから、余計に争いというのを忌避しています。百年ほど前に主人も亡くされてますから、もう悲しい思いをしたくないのでしょう。娘さんを大切になさっています」
夫もなくされてたのか……。
何か急に会い難くなってきたんだけど。
だけど、会って話をするしかないだろう。
あと、娘さんがいたんだね。一人じゃなくて安心したよ。
僕はフィノと頷き合って、この話には触れないでおこうと決めた。
「……分かりました。無理を言うつもりはありません。ですが、状況が状況ですから、せめて手を取り合えるようにしたいと思います」
「そこは分かっていると思います。シュン様方は自分の思いを伝えてください。アスフィリーナさんもきっとわかってくれると思います」
カトリーナさんはそう言ってドアの隣についている呼び鈴を鳴らした。
すぐに中から足音が聞こえて、中から優しそうな笑みを浮かべたエルフが出てきた。この女性がアスフィリーナさんだろう。
「ようこそいらっしゃいました。どうぞ中へお入りください」
そう誘われ、僕達は何やら甘い匂いがする家の中に入って行く。
甘いと言ってもハーブや花の匂いだ。あと焼ける匂いとかもする。
多分何か作ってたんだろう。
居間まで通され、可愛らしいクッションのある椅子に座った。
「お口に合うか分かりませんが、庭で採れたハーブティーです。どうぞ」
「ありがとうございます」
湯気が昇っている薄茶色の紅茶を受け取り、フィノと一緒に軽く口に含む。
甘い匂いと裏腹に、舌の上に渋みのある苦味が伝わる。だけど、飲んでいる内に甘さも広がり、さっぱりとした爽快感がある。舌触りもしつこくなくてスーッとしたミントに近い感じだ。
飲み易いハーブティーだけど、売り物にしたらかなり高そうだ。
「美味しいですね」
「ありがとうございます。最近発見したハーブなんです。お近づきの印に少しお譲りしましょう」
「すみません。有難く頂戴します」
フィノの感想に気を良くしたアスフィリーナさんは、戸棚から緑と茶の混じった乾燥茶葉が入った小瓶を取り出し、僕達の前にコトリと置いた。
断るのも失礼だと、フィノはそれを受け取り、僕は代わりに収納袋から特製のクッキーやケーキを取り出す。
クッキーはこの前料理地区で作ったハーブの入った物を改良して、果物の乾燥果肉とハーブの粉末を混ぜたクッキーで、ケーキはこの前フィノ達の要望に応えた物だ。
「僕達からは先日作ったクッキーと、僕お手製のケーキです。ハーブティーにも合うと思います」
「美味しそうですね。こちらはアプルの実とバナナですか。この果物が輝いているのは何でしょう?」
「それはタルトですね。輝きはゼラチンと言う、健康や美容に良いコラーゲンと言う成分が多く含まれています」
やっぱり女性にはこの言葉だよね。
皆目の色を変えたからゼラチンとか、コラーゲンという名前を覚えたと思う。
僕やロビソンは苦笑するしかない。
あとフィノ、僕はいつもコラーゲンたっぷりのスープとか、鍋とか作ってるから安心して。だから、痛いから握っている腕を離してほしいかな?
でも、コラーゲンが動物とかから作られてるのはちょっと止しておこう。
また別の甘い匂いが漂い、カトリーナさん達も顔を綻ばせる。
師匠達もいるからホール二個分だ。
師匠はこう見えても甘いものが大好きだからね、かなり嬉しそうだ。
砂糖よりも、果物とかの天然の甘さだけどね。
「確かに爽快感のあるハーブティーに合いますね」
とりあえず、興味を引くことは出来たようだ。
まあ、引かなくてもいいんだけどね。
美味しく甘いひと時を過ごした僕達は、いよいよ話を切り出すことにする。
「それで、お話の件なのですが、まず理由を教えてくださいませんか?」
そう訊ねるとアスフィリーナさんの表情が悲しげになる。
場も少ししんみりとして、長く感じる短い沈黙が流れた。
「……私は協力自体に反対はしません。ですが、協力した後をしっかり聞きたいのです」
「協力した後ですか? 例えば、戦わせるとかって話ですよね?」
そう訊くとコクリと頷かれた。
そう言えばそこまでは誰にも話してなかったか。
「そうですね。まず、あなた方はエルフに何を求めて協力を願うのですか? 魔法や精霊ですか? 長寿の知識ですか? 数ですか? 協力することの大切さは分かります。ですが、はっきりとした、私が納得できる理由が無ければ賛成できません」
先を見据えた人って感じか。
ということは他の種族でも同じようなことを考えるってことだね。
勿論僕達は世界や種を守る為に戦力としてほしいと思う。でも、協力してほしいのは皆が一致団結して切り抜ける為。
まだ漠然としかしてないけど、誰も死なせたくないから、最悪の事態が起きても良いように動いてるんだ。
でも、アスフィリーナさんはそういったことを聞いているんじゃないと思う。
協力する意義は分かっててそれでも反対してるんだ。
じゃあ、何を答えるべきなんだ?
「シュン君……」
僕の手を握ってフィノが心配そうに呼ぶ。
多分フィノは何となくわかってると思う。
でも、これは僕が答えるべきなんだ。
「僕は……エルフに、エルフ族全体に平和な未来を勝ち取るために協力を願います。アスフィリーナさんが言ったようなことを求めているのは否定しません。ですが、僕は皆が手を取り合い、無駄な命が流れる争いが無くなるように協力してほしいです」
喧嘩やいがみ合いが無くなるのは無理だ。
でも、種族同士の争いの様な戦争を無くすことは出来るのではないだろうか。
魔族との戦争は二百年間起こってないし、帝国も今回の件で大人しくなる。
「僕はこの世界に住む全ての人に、笑い合える温かい明日が迎えられるように協力してほしいです。それまでに命が失われることも、辛いこともあると思います。でも、今協力しなければより被害が出ます」
「もし、あなた方が言うような争いが起きなかったらどうするつもりですか?」
「それはそれでいいと思います。確かに不穏なことを言って場を騒がせたのは悪いかもしれませんが、それはそれで協力出来たのだから良い事だと思います。それに僕は絶対に少なくない未来、邪神の集団が姿を現すと思っています」
メディさん達が言うからじゃない。
あれだけで終わるとは思えないからだ。
筋違いだけど、邪神は確かに僕を恨んでるんだと思う。でも、その下にいる人たちは僕とは関係ないんだから、邪神が止めろって言っても戦いを仕掛けて来るはず。
だって、邪神の集団は邪神の配下じゃなくて、この世界で何かしらの思惑がある協力者、即ち利害が一致してお互いのために手を組んだ悪い集団なんだ。
その後に邪神から力を授かれば、絶対に攻めてくるときは攻めてくる。
だから、邪神がどうのこうのではなくて、僕と関係のない集団は絶対に世界を滅ぼそうとするはず。
何がそうさせるのか、何の恨みがあるのかは僕にはわからない。
でも、彼らが王国を無差別に襲ったのは確かだ。必ず、協力しなければ一国は堕ちると思っていいだろう。
「だから、僕は向かって来る脅威に対抗し、お互いに協力してほしいのです。それにこれからは発展する時代だと思っています」
「発展する時代?」
僕の言葉にフィノ達も反応する。
僕は一呼吸おいてから、支離滅裂になりかけている頭を整理し、自分の考えを改めて話す。
「まだ小競り合いとかは起きています。つい先日、王国と帝国は戦争に発展しそうになりました。でも、今はお互いの関係を強化しようと動いています。確執なんて言うのはどちらかが許すしかないんです」
皆僕を見たまま頷く。
「発展。それ一言は漠然とし過ぎて、皆は技術と思うでしょう。でも、発展に形なんてありません。このハーブティーだって、紅茶界では新たなハーブとして貢献してます。そして、僕が作ったデザートと相性がいいですよね? それこそ発展です」
一様に驚きながらもなんとなく頷いている。
「王国は恥ずかしながら僕を主体に技術開発や魔法開発、料理開発、道具開発等が始まっています。分かり易いのを上げると井戸。井戸水は従来紐を引いて桶から水を取っていました。ですが、最近は子供でも手軽に汲む事が出来るポンプ、と呼ばれる構造に変わってきました」
これについて僕は作り方が分からなかったんだけど、似たような灯油ポンプを作ったことがあるんだ。プラスチックはないけど、似た素材は多くあるからね。
灯油ポンプはよく前世で関わっていた物だったから構造を良く見てたし、確か井戸ポンプと同じ仕組みだったはずなんだ。
それを王都の鍛冶師ローギスさんに頼んで作って貰たってわけ。時期は迷宮都市バラクに行く前ぐらいかな。
安らぎの旨味亭のレンカちゃんが、毎朝せっせと水を汲んでたのが辛そうだったのがきっかけだね。
「何が言いたいかと言うと、僕は争いが無い世界にしたい、と考えています。勿論すぐには無理ですし、種族には確執もあります。同じ人族でだって争いますからね」
「エルフも争いを起こします。現在も私とあなた方で意見を争っていますし」
アスフィリーナさんの言葉に僕は頷く。
「でも、このまま王国が発展した場合、王国内では奴隷がなくなってくるのではないかと考えています」
「ほ、本当!?」
フィノが一番驚いて僕の腕を掴んでくる。
僕はそれをそっと外し、未来のことだから絶対ではないと言い聞かせた後に続ける。
「まだ半年も経っていませんが、既に王国では雇用が増加しています。まだ、技術に差がある為魔法や技術がある人ほど雇用されますが、中には手作業で出来る物もあり、スラム街の住人が普通に暮らせるようになっています」
「平和になっても、その力を使って支配しようと考えるのではないですか? 過去何十人とそういう人を見てきました」
だからこそ長寿のエルフ族に協力してほしいんだよね。
「そのために種族全体の協力が必要なんです。今はガーラン魔法大国が魔法技術を各国に流しています。なら、それ以外の技術も流していいのではないでしょうか?」
「それをしたら偽技術や不正が横行するよ?」
「そのために国が協力して条約や規則、法律を決めるんだ。例えば、偽技術を阻止するために特許や著作権と呼ばれる制度を作る。それは開発者が負った費用や時間等の利権を守る為のもので、最初に国やギルドに護ってもらうための税金を少し払って、年数単位でその技術を使った人からお金を取る。だって、世界的に貢献する技術を作っても、それを使って他人が儲けたりしたら腹が立つでしょ?」
「確かに……」
フィノ達も納得するだろう。
僕も前世ではこの制度がまあ良い物だと思っていた。
使ったことはないからよくわからないんだけどね。
最初の内は口で言うよりも難しい面があるけど、導入してみるのはいいと思うんだよ。
「登録には身分証明書を少し詳しくして、詐欺や偽者が出てこないようにする。商品の偽装に関しては国に商会のロゴ――紋章とかを決めさせて、その紋章がついている商品を販売すればいい。しかも商品は商業ギルドに詳細を纏めた資料を登録するようにして、偽物が出てもその資料と照らし合わせることで回避する」
「……何か凄いね。でも、よくわからない部分が多くて、ほとんど理解しにくいかも」
「穴はたくさんあるよ。そこを考えるのは皆で考えるんだ」
そうフィノは苦笑して、後でいろいろ教えてって言ってきた。
勿論何でも教えてあげるよ。
でも、先進過ぎる飛行機とか、列車とかはまだ言わないけどね。
「それで、アスフィリーナさんの問いの答えになりますが、こうやって国同士が繋がりを持ち、条約や法律が抑止力となります。一人が抜け駆けしようとすると周りの国が手を切るなりして取引を禁止する、等という条約を作ったり、争うよりも発展させた方がいいと思わせるんです」
でも、それを実現するのは相当な時間がかかし、難しいけどね。
それに君主制や王制だから、いつの時代か欲に溺れる人が出てくるだろう。
でも、そこまではさすがに僕は何も言えない。
今言っていることだって壮大過ぎるし、場合によっては異端だって言われる。
「あとは年に数回国を挙げて開発した技術のお披露目会、とか面白いのではないですか? 例えば魔法技術大会や料理コンテスト、世界大会とかですね」
「料理コンテスト……。何かいい響きですね」
「はい。でも、料理の大会はまだ外にもないんです。いつか国を挙げてしたいと思うんですけどね。――今度の祭りにそういうのを取り入れられないかな?」
「え? う~ん、出来たら嬉しいけど、お兄様達に相談してみる」
そこら辺はフィノや義兄さん達に丸投げだ。
最近は王都も治安が良いし、活気があるからね。
料理大会を開けば、外からも人がたくさん来るだろうし、名店が増えるかもしれない。結果経済の発展や循環が生まれる。
「壮大な夢物語ですが、僕はそういう世界を作るために協力してほしいですよ。ここだけの話し、神様もだからこそ加護を与えたりするんですよ。……きっと」
自信が無いのはメディさん達があんな神様だからだ。
適当じゃないと思うけど、そこまで深い意味があるのかちょっと怪しい。
「そうだったんだぁ……。なら、頑張らないとね」
「え、あ、うん。頑張るよ」
何か心が痛い……。
真実であってほしいとこれほど願ったことはないかもしれない。
「どうでしょうか、アスフィリーナさん。僕は協力してくれた人に戦えとは言いません。いろいろと試してみたいことは多くありますが、出来る限りその人に合ったことを任せたいと思っています」
「……」
「今試行錯誤しているのは、料理に魔法をかけることです。ポーション等に付与効果を付けることや能力を底上げする魔法、能力を付与できる魔道具が存在します。なら、料理にも食べるだけで回復効果があったり、力が湧いたりできるのではないか、とですね。今、その研究をしている最中なんです」
皆その話に目を丸くする。
一体今日だけで何回驚かせたのだろうか。
この案は前世でよくあった想像上のアイテムのことだね。
僕自身はゲームをしたことないけど、話を聞いたり、CMを見たり、広告に書かれてたりね。
「まあ、味を損なわせたくないので一度も成功していません。もし協力してくれるのなら、アスフィリーナさんにはそういったことをお任せしたいです」
僕は真剣な思いをアスフィリーナさんにぶつける。
アスフィリーナさんは僕の目をじっと見つめ、小さく息を吐いて笑顔を浮かべた。
もう少し遅かったらフィノに抓られてたね。
「あなたの思いは強く伝わりました。今は現実に出来ない夢だと思います。……ですが、私はその夢にかけたいと思います。夢物語でもいいではないですか。誰も死なない世界は難しいでしょうが、笑顔を向けられる世界は実現できるかもしれません」
「では、協力して頂けるのですね」
「はい。ただし、無理強いはしないという約束は守ってください。この世の男性は種族関係なく自分の言った言葉には責任を持つものですよ」
「ええ、分かっています」
この世界にも男に二言はない的な言葉があったのか。
そうなるように努めたいとは思うから嘘をつく気はないよ。
これで残すは二人となった。
今バトソンさんが二人と話す場を作ってくれていると思うけど、一体どうなることか。
一応族長と会うことは出来るけど、やっぱり礼儀としてその前にいる七人の長と顔を合わせておく必要はあると思うんだ。
ここで無視したら蔑ろにしているみたいだし、協力してほしいと言っておきながら切り捨てるようなことをしたら、人間として最低になっちゃうもん。
三顧の礼とか、礼には礼をもって返すとか、尽すとかあるしさ。
少しでも印象を良くしようというのもなくもないけど……。
ケーキに合うハーブについてはよくわからないので、違っていたら教えてください。
最後の二文の意味は合ってますかね?




