季節外れの花見
屋敷を建てるための土地の下見を終えた僕達は、フィノ達が昼食の準備をしてくれている場所へと向かった。
最初に来た場所と少し場所が変わっているようだけど、傍には護衛のためのエアリが空を飛んでいるのでよくわかった。ロロも僕が近づくと匂いを察知したのか、舌を出しながら嬉しそうに近づいてきた。
「ウォン! ハッ、ハッ!」
見上げんばかりに成長し成体となった巨体のロロは、小人に見える僕の顔をひと嘗めするとその柔らかい毛皮を擦り付けはじめた。
うわ……べちょべちょ……。
臭くはないけど、いくらロロだと言っても涎は汚いと思う。悪気はないのは分かってるけど、今から食事をするのにこれは止めてほしかったよ……。
それに自分で舐めた後に身体を擦り付けたらロロ、君の毛皮も汚れるでしょ。
まあ、嬉しいのは何となくわかってるからいいけどね。
「落ち着きなよ。皆で食事をするのが嬉しいのはわかるけど、いつまでもこうしてると食べれないよ?」
「クゥーン?」
「もう、いい加減にしなさいって。折角今日のためにロロの好物の『シーサーペント』を狩って来たのに……やめよっかなぁ」
「ウォォン! ウォンウォン! ハッ、ハッ!」
「ちょ、わっぷ! ちょっと、ロロ!?」
くそぉぉ……。
反省するかと思えば、こうも喜びやがってぇ……。
ここまで喜ばれると怒る気も失せるけど、ざらざらの舌で舐めるのはどうにかしてほしい……。
「はっはっはっは! シュンの言う通り友達だな」
ほら見ろ、義父さんに笑われたじゃないか。
その後ろの騎士達も何か笑いを我慢してるぞ。
それに比べてロロはそれに気づいているのか、僕の首根っこを持ち上げることはしないけど、背中を押して早く食べさせろと急かす。
どんだけ食意地が張ってるんだ、この犬っころめ!
お前はちょっと前まで僕より小さかったんだぞ? しかも食事も兎が数匹だったし。
いや、兎が数体は多いのか?
「ウォン、ウォン」
「ああ、もう! わかったから押さないの!」
まあ、皆との食事がそれほど嬉しいのだろうし、僕の気持ちも伝わって余計に早くしたいのだろう。
前を向けばフィノ達も笑って待ってるし、ゆっくりするつもりはないからいいけど。
フィノ達の下に着くと開口一番にお疲れと言われ、再び笑い声が上がったけど恥ずかしいのは僕だけで、ロロはいつも食事をする伏せの状態になり、僕が準備をするのは待っている。
「ロロちゃんはまだ子供だね。シュン君が甘やかし過ぎたのかな? あまり危険なこととかさせないもんね」
フィノはロロの隣にエアリを座らせ、ロロの前で無駄な説教をしていた僕に笑い掛けながらそういった。
「そうかもしれないと思ったよ……」
確かにそうかもしれない。
あまりロロに戦闘を行わせていないし、この大きさなら魔物が攻めてきた時も役に立ってくれたんだろうけど、あの時は大型の犬よりも小さかったからなぁ。
Aランク以上の魔物と戦っていた僕の傍に居たら死んでしまう確率が高かったはず。最初の友達のロロが死んだらやってられないよ。
だけど、ここまで大きくなれば普通に戦闘をさせてもいいか。
もう七月は終わりになる頃で、学園は九月初めまで休みだからどこかに連れて行くかな。
「じゃあ、準備するからフィノも離れてね」
「うん、分かった」
エアリの羽毛と毛皮を撫でていたフィノに僕の隣まで来るように指示を出し、僕は空間を切り裂きロロとエアリ用の大皿を取り出す。
この皿は特別に作ってもらった大型魔物用の食器だ。
他にも魔物用の器もあるし、食材も食べられない物があるからしっかりと管理している。
まあ、ロロやエアリは魔物だから動物ほど食べたら危険だというものはない。
でも、玉葱とかを食べさせると具合が悪くなるし、カフェインも臭いとかが駄目らしい。甘い物も食べられるけど、人間ほどコントロール出来ないからすぐ肥満になっちゃう。
その辺りは僕がしっかりとフィノも含めて健康管理をしているから大丈夫だと思うけど、結構大変だったりする。
前世で嫌だったけど家事全般いい経験になったと思う。
皿の上にロロ用のシーサーペントをドンと出す。
これも動物は見て分かる通り、人間の様に食器を使って綺麗に食べることは出来ない。だから、魚の骨とか消化できない物があって、それを食べて内臓を傷つけてしまうんだ。
それを阻止するために時空魔法を使って骨だけを綺麗に取り除いてある。
まあ、それが出来るようになるために料理をする度に時空魔法を使って練習したんだけどね。
エアリも同様に魚や生肉が好きだ。
だけど、僕の料理を食べているからかしっかりと調理された料理を好む。
エアリにはシーサーペントと少し似ているソードシャークという鮫の魔物を同様の処理をして出す。
ソードシャークっていうのは体長四メートルくらいの鮫で、鰭が刃物の様に進化した特殊な魔物だ。
血の臭いに敏感で、泳ぎもかなり早い。群れる習性はないけど、危険度も勿論高いから見つけた時は討伐隊が組まれるそうだ。
でも、この辺りにいない魔物で、海でも魔大陸の方に生息するから僕が見つけたのは偶然だね。
見つけた時もシーサーペントと争っていたから一石二鳥だけど、結構村が近くにあったから僕が見つけて倒しておいてよかったとも言える。
因みにシーサーペントやソードシャークの素材は国に売り払ったよ。
「最後にデザートのさつまいものスイートケーキだ。これは砂糖を使わずにさつまいもの甘みを引き出した健康に良い物だよ。まあ、僕達にはちょっと物足りないだろうね」
「おいしそうな匂いがする。私にも後で作ってくれる? 勿論あま~い奴でお願い!」
フィノがロロとエアリ用の大きめの焼き立てケーキの匂いを嗅ぎながら、僕に極上の笑みを浮かべて問いかけてきた。
勿論僕の答えは決まっていて、フィノの頭を撫でて笑顔で頷いて答える。
「勿論だよ。でも、今日は作ってないからまた今度ね。甘い物を食べすぎると虫歯とか糖尿病っていう恐ろしい病気になるから、小さくするけどいいね」
「うーん、仕方ないかぁ。シュン君に任せるよ」
「ありがとう」
僕とフィノはそう言って笑い合い、食事の準備をして待っている義父さん達の下へ手を繋いで向かう。
さつまいもはこの辺りで採れる食材で、気候も秋の気候に近く、土も水はけが良い物だから大きめのさつまいもが育つんだ。
普通は両手で持つぐらいだと思うけど、この世界のさつまいもは太さが大根ぐらいあって、石を熱して石焼き芋にしてみたら甘さがまた格別で、知っている物の三倍は甘いと感じた。
だから、お菓子としてはとても優秀な物だと思ったし、今日のお昼にもさつまいもを使った料理を入れているんだ。
「コホン、二人とも早く来なさい。料理が冷めてしまうだろう?」
義父さんにそう言われて僕達はバツが悪そうな顔をして急いで向かう。
こういう瞬間が僕は家族として温かいと一番感じる。
勿論怒られたり、楽しんだりするときもそうだけど、やっぱり家族との触れ合いが一番愛情を感じるんだ。
あと数年したらフィノと……け、結婚して、本当の家族になるんだよね。
それから数年したら子供が出来たりして……って、まだ早いよね。
まずは目先のことからっと。
それと死亡フラグだっけ? 立てないように気を付けないとね。
それと、シリウリード君が何やら僕を睨んでるんだけど……あ、目が合ったらそっぽ向かれた。そして、義母さんがそれを見て苦笑してる。
やっぱり何か気に障ってるのかな?
仲良く出来る道のりは長そうだ。
歳もそんなに離れてないから友達になれると思うんだけど……。
「シュン君。私にもそのさつまいものケーキというのをお願いしますね。匂いがここまで漂ってきて大変おいしそうですよ?」
「あ、はい。腕によりをかけて作りますから楽しみにしていてください。でも、義母さんと義父さんは病み上がりなので胃に優しい物にしておきます。アプルの実を砕いたケーキにしようと思います」
「まあ! それは美味しそうね。ケーキというからには柔らかいスポンジなのよね?」
義母さんはアプルの実以前にフィノと同じで甘い物が大好きだ。
甘いと言っても砂糖とかの甘味じゃなくて果物とか天然の甘味だからいいけど、それでも食べ過ぎれば太るのは変わらないから、料理長達と日々研究して健康且つダイエットになる料理を作っている。
それと僕が来るまで毒見とかで時間が取られて温かい料理を食べられなかったみたいで、結構感謝されてたりする。
王国を出発する前に解毒のブローチを渡してたんだ。
それを付けている限りほとんどの毒は効かなくて、毒にかかっても体調を崩すだけですぐに治療もしてくれる魔道具だ。
効果は高いみたいだけど、中級の迷宮で発見できるらしいから作って問題ないってさ。
「まあ、そうなりますね。ただ、普通のケーキはやはり消化が良くないので、しっとりとしたタルトに近い物にします。義父さんは甘いのが苦手でしょうから甘さを控えたバナナでどうですか?」
「ああ、私はそれでいい。というより手間がかかりそうだが大丈夫か? 私達の健康を気に掛けてくれるのはいいが、そこまでしなくともいいぞ」
「いえいえ、僕は好きでやってるだけですから構いませんよ。どうせ作る時は一気に作りますし、食べるにしてもホールで食べられませんから、フィノや義兄さんにあげるんです。勿論シリウリード君も欲しいよね?」
僕は義母さんとフィノの間で目の前の見たこともない料理に目を映らせているシリウリード君に訊ねるが、一瞬嬉しそうに僕の顔を見た後慌てて取り繕ってそっぽを向く。
大変微笑ましいけど、天邪鬼な子を見てるとなんだか落ち着くのは変かな?
「シル君」
「フィノ姉様……分かりました。シュン、兄様が良ければ食べてあげないこともありません。べ、別に食べたいわけではありませんからね!」
ツンデレかな?
それとシリウリード君は知ってるのかな?
僕が偶に作っているデザートが勉強の休憩中に出てるってことにさ。
一応黙っておいてと言ってるけど、一番おいしいとかという感想を聞いたことがあるんだけど。
まあ、こう言うのは態々いうことでもないし黙っておくか。
「うん、食べてほしいね。シリウリード君はフィノと一緒で良いよね? それとも三つとも食べる?」
「え、あ、うん! い、いや、食べなくもない」
「ははは、じゃあ楽しみに待っててね」
僕はそう言って義父さんとフィノの間に座ろうとして、一つ忘れていたことを思い出す。
「ん? どうかしたか?」
「いえ、ちょっと設置するのを忘れていたので失礼します」
騎士の人も含めて訝し気な目を向けてくるが、フィノからニコニコと何をしてくれるのかという感情が伝わってくる。
どうやら僕はフィノの中ではびっくり箱に認定されているようだ。
僕はそう思い苦笑しながら少し離れた位置に立ち、両手に魔力を練り空間を一気に切り裂いた。そして、空間の中に顔を突っ込み、木魔法を使って以前迷宮で手に入れた木を移動させる。
この日のために空間に保存していたんだから、今使わなくてどうすんの? って感じだ。
空間が木が出てくるたびに広がっていき、生き物のように根が動く木を見て義父さん達は口をポカーンと開けているが、木魔法を覚えれば誰でも植物を操作できるようになる。
だから、それほど驚くようなことではないと思うけど、派生魔法である木魔法を使える人が数えるくらいしかいないから無理なんだよね。
もちろんフィノは喜んでるよ。
木を二本ほど地面に埋め込み、食事を取ろうとしている場所が陰で隠れるようにする。
そして、僕が謝りながら席に着こうとすると山頂に優しい風が吹き、設置した木を少し激しく揺らした。
木が揺れるたびにピンク色の花弁が舞い落ち、義父さん達は初めて見る桜の木に驚いていたが、なんとなく料理に目を向け合っていると納得したようだ。
「お待たせしました。この料理はあの木――桜の木と僕は呼びますが、ある季節になるとあの下で花を見ながら食事を取るんです。今日は丁度いいと思ったのですが、どうでしょうか?」
反応からして邪魔とは言わないと思うけど、初めてだろうから桜の花弁が汚いから嫌というのなら退けるつもりだと僕は言う。
まあ、此処に結界を張ってもいいけど、風情じゃないよね。
だけど、やっぱり杞憂だったみたいだ。
「いや、とてもいいと思うぞ。花を見ながら食事を取るか……。花瓶やテラスの花を見る時はあるが、上にあるのは初めてだな。新鮮で良いじゃないか。なあ、アリアよ」
義父さんはそう言って掌に乗った花弁をフィノと一緒に見ている義母さんに訊ねた。
「ええ、あなたの言う通りいいと思いますよ。趣もあってこれはこれでお茶会に良いかもしれませんね」
「私も良いと思うよ。あの時は何をするのかと思ってたけど、こうやって使うんだね。他にも何かないかまた今度探しに行きたいな」
義母さんとフィノも嬉しそうに、楽しそうにしている。
最後に僕がシリウリード君を見ると、皆も真似してそちらを向く。
シリウリード君は狼狽え口をもごもごさせるけど、少し顔を赤くしてそっぽを向く。
「い、いいんじゃないですか? 桜というのはとても綺麗な色をしてますし、料理とも合ってます。シュン、義兄さんにしてはやるじゃないですか」
「こーら、シル君!」
「だ、だってぇ……」
フィノに怒られて僕と同じように小さくなるシリウリード君。
僕は思わず笑ってしまい、僕は気にしてないとフィノを落ち着かせてお昼にしようと促す。
「ははは、これは僕が考えた物じゃないからね。僕が住んでたところではこの木を見たら大概思うと思うよ。春の季節になるとこの木が満開に咲くんだ。学校の敷地内にあって卒業式や入学式の桜色の絨毯になったり、祝福する紙吹雪のようだったりね。で、花見っていうのは季節を感じる風物の一つなんだ」
桜は咲くのも早いけど散るのも早いからそれを理由に見る者でもあるんだった気がする。
まあ、儚げなイメージもあるから悲しい例えにされることもあるけど、こうやって見るときは良い物だと思う。
落ち着くし、楽しめるしね。
「季節の変わり目に楽しむものか……。この辺りは季節が無いからなぁ。学園にいた時も季節のイベントとなると魔物の繁殖やテスト、学園行事ぐらいだったな」
「そうですね。あなたと遊んだ良い思い出でもありますが、こういった長閑な思い出や行事はあまりありませんでした」
やっぱり行事ごとがお決まりになって楽しめるものじゃなくなってたのか。
いや、楽しめるんだろうけど、毎年同じだと先輩達から聞かされて知ってるってことになるんだろうし、聞いた話では合宿や大会が多いからどうしても実力主義の面が強くなるんだろうね。
でも、僕が教えたのは体育祭だったり、文化祭だったりこの世界には無い物を教えてみた。勿論それが全てじゃないけど、クラス単位で協力して対抗する行事があってもいいと思うんだよね。
一度悲しい学校生活を送った僕だからかもしれないけど、楽しい思い出を作らないともっと悲しくなるんだよ。
「学園の行事も一新しますよ。ノール学園長と仲良くなりまして、今回の呪いの件でも学園長から貸していただいた本あってこそです。ノール学園長に呼び出された時は驚きましたが、新しい行事を知りたいそうでいろいろと話しました」
「まあ、それは一度お礼を言っておかなければなりませんね。今度の行事の日に見に行きましょうか」
「そうしようか。シルも一度見に行っておいた方が行きやすくなるだろうしな」
「良いのですか?」
「ああ、構わない。お前には寂しい思いをさせていると思うからな。それに私が王位を譲ったことで少し余裕も出ている。今後の話し合いもせねばならないから丁度いいんだよ」
多分、シリウリード君を恨んでいる……人でもいると思っていいのだろう。
恨んでなくてもあの王妃の息子だとして嫌な目で見る人もいるだろうし、出来る限り嫌がらせとかないように僕とフィノは話しかけたりしてるからいいと思うけど、それが逆に拍車をかける時があるからね。
特に学園に行ったら用心しておかないといけないと思う。
フォトロンを見ていてわかるけど、貴族のバカ息子とかは何をするか分かった物じゃないからね。
そう考えると僕とフィノの名前が有名になったのはいいだろうし、一緒にいれば大丈夫かもしれない。
考えすぎればそれも何かしらの原因になると思えるからこれはその時まで置いておこう。
「次の行事だともしかすると運動会か体育祭、参観日、夏休み明けテストとかですかねぇ」
確かそのぐらいを言ったような覚えがある。
案の定義父さん達はそれに食いつき、どういったものなのか説明を促してくる。
「運動会と体育祭は身体を動かす行事、ですね。僕の国ではスポーツの秋、食欲の秋、芸術の秋、読書の秋とあと二か月ほど経つと様々なことを言うようになります。参観日は学園が一般公開されて親御さんが子供達の授業風景を見れる行事です。夏休み明けテストは夏休みどれだけ成長したか、学園で教わったことを怠けずにやっているかを見るテストです。学園ではこれといった宿題はないようですが、僕の世界では魔物等の危険な生き物や魔法が無かったですから、学生は勉強するしかないんですよ」
その辺りが学校と隔てる物だと僕は思うね。
行事もあっちで出来てこっちで出来ないものは山のようにあるだろうし、特に参観日なんて到底できそうにない。
「面白そうだな。シュン、何かあったら是非誘ってくれ」
「分かりました。その時は僕が近くまで連れて行きますね。山越えはかなり危ないですからね」
「うーむ……仕方あるまいな。ばれないようにするんだぞ。いや、もうばらした方がいいのか?」
その辺りは僕には判断使いないし、多分学園では僕が何者か知りたくてうずうずしている人が多いのじゃないかな。
僕もそろそろばらしても構わないと思うけど。
一国の姫と婚約者だとばれたわけで、シロだと別にばれても手出ししてこないと思う。
今まで新たなSSランクが生まれたのにそれほど音沙汰が無いわけだしさ。
「それは置いておきましょうよ。それよりも早く食べましょう。シュン君、料理の説明をお願いできるかしら」
義母さんとフィノは待ち焦がれているようだ。
既にスプーンとフォークを片手に僕を急かしてくる。
箸を使えるのが一番だけど、まだフィノも使えないから仕方ないね。
騎士達は数名を残して反対側でシートを敷いて食事を取ることになっている。
食べ終わった騎士が順番で交代するようだ。
今日の昼食は桜を準備したことで分かると思うけど、お花見弁当となっている。
まずフィノ達も食べたことがあるサンドイッチや唐揚げ、エビフライなどは説明しなくてもいいだろう。似たような料理もあるからそれもしなくていいよね。
「まずこの黒い物で撒いた食べ物は太巻きと言いますね。中には唐揚げやエビフライ、海鮮等を入れています。味がどれも違い食感も異なるので食べ比べてください。ただ、ご飯に酢を加えているので少し味が違います」
おにぎりも同じで天むすやお稲荷さん等も作りたかったけど時間が無くて無理だった。
今度春が来たら作ってみようかな。
「こっちはちらし寿司といって、同様の処理をしたご飯の上に薄く切った卵や野菜、シイタケ、海鮮、タケノコ等を乗っけた物です。こっちは三色のジャガイモ団子、オレンジの皮を薄く切って入れたさつまいもの蜂蜜煮、魚をすり身にして加工したちくわ、小さなかぼちゃグラタン、他には細工を施した料理ですね」
どれも遠足に行く子供達の弁当に入っているかのような料理となっていて、味付けもこちら風になってるから問題なく食べられるだろう。
一応料理長達に確認を取って大丈夫だという許可を貰っている。
生魚も食べられないこともないけど、たこやイカを生で食べないことから食べ慣れていないことは分かる。
フィノ達は木箱の蓋を開け、鮮やかに彩られた料理を眼にして感嘆の声を出す。
日頃食べる料理も色とりどりのものだけど、この和風に仕立てられた風情を感じる料理はあまりなく、様式を一番に考えた料理が一般的だ。
和風の料理はその場の雰囲気や団欒など趣を考えた物が多いと僕は考えていて、今日のセッティングに合ってると思う。
自画自賛になるけど我ながら良く出来てるんじゃないかな?
「これはもう芸術だね。甘い匂いがするし、初めて見る感じの料理ばかり」
フィノが顔を近づけて軽く匂いを嗅ぎ、僕に極上の笑みを向けてくれる。
「うむ。シュンの料理は料理人達から良い刺激になると聞いているが、これはまた別物だな。日頃食べるのにはあまり合わないようだが、こういった外で食べる時は良い物だな」
「そうですね。女の子はこの鮮やかさに見て楽しめますし、男の子はガッツリ食べることも出来ます。少し食べ方が分かりませんが、小振りな物ばかりだから大丈夫かしら」
あー、そこまでは考えてなかったなぁ。
和食は基本的に箸を使うことが前提だからね。箸文化の無いこの国での和食を考えないといけなかったか。
まあ、今回はそれほど大きなものは作ってないからまだよかったし、手で持って食べられるように加工した物もあるから大丈夫だろう。
王族が食べる洋食と言われればナイフとフォークで上品に食べる物が思い浮かぶだろうけど、実際はサンドイッチを手で食べたり、小さいケーキも手だし、パンを千切る時も手で、一度おにぎりを作った時も手で抵抗なく食べてたから大丈夫だろう。
普通は毒関係で手掴みはいけないんだろうけど、僕を信用してくれているということだろうね。
「美味しくないと意味はないんですよ。……あ、美味しい」
「でしょ? シル君、シュン君の料理はどれも美味しいんだよ。偶に朝食にカリカリした食感のシリアルって言う、ミルクと粉砂糖が付いた料理が出るでしょ?」
「え? はい。とてもおいしくて、あまり食べたくない日でもすんなり食べれます。画期的な料理だと思いますよ」
「それはね、シュン君が作ってくれたものなんだよ?」
「え? ほ、本当ですか!?」
僕の方を複雑な目で見てくるシリウリード君に苦笑するしかない。
フィノも可愛く言っちゃったと舌を出して謝って来るけど、僕はそれくらいで目くじらを立てることはないし、僕のためでもあるのだろうし怒るなんてことは絶対にない。
ただ、少し恥ずかしいし、食べないと言われるのは悲しいかな。
「うん、僕が作った物だよ。最近は料理長が作ってくれていると思うけど、そこまで複雑な作り方じゃないから味は変わってないでしょ?」
「……はい」
認めたいけど認めたくないって感情がとても分かるよ。
「あれにはチョコレートの粉を掛けてみたり、果物を入れてみたり、加工を変えればまた食感の違うシリアルになるんだよ。今作ってるヨーグルトとの相性も抜群だね」
「チョコレートはお菓子じゃないですか。……それにヨーグルトは酸っぱいですよ」
まだしっかりとした加工が出来てないし、分量もわからないからね。
どうしても知ってるヨーグルトにするのは難しいんだ。
でも、一回できればあとはパン作りと同じで、少し残していれば菌の増殖で何度でもヨーグルトが出来る。
まあ、管理は少し難しいけどね。
「チョコレートはお菓子だけど、健康にもいいからね。少しビターな味のチョコを乾燥させて溶けやすくしてからミルクにかければいいよ。それだけでまた味が変わるからね。ヨーグルトも少しずつ改良して甘さのある物にしてるから安心して」
「ふん! そういうのは美味しく出来てから言ってください! 僕は美味しくない物は絶対に食べたくありませんからね!」
「分かってるよ。料理をする人として不味いとわかってる物は出せないし、最高の品を食べてほしいと思うよ。それが家族なら尚更だよ」
そうは言うけどシリウリード君は現に美味しければ食べると言っているのが分かる。
フィノ達も苦笑していて、そのことを理解しているようだ。
素直になれないお年頃は手がかかるけど、実際は結構微笑ましい物だと思う。
それにその手間は僕にしか向けられてないみたいだし、日頃の溜まったストレスとか吐き出せばいいと思う。
義父さん達も偶に僕達に愚痴る時があるし、フィノは僕と一緒にいる時は普通の女の子だと思うもの。きっとそういうときに溜まった何かを吐き出してるんだと思う。
シリウリード君はメイドに接する時とか何か我慢してるようだし、フィノの前ではいい子にしようと頑張ってるようだしね。僕の前だけでも素の状態でいてほしいと思うよ。
我慢のし過ぎは何でもダメだと思うからね。
優しく暖かい風が吹く度に桜の木が揺れ動き、天高く上った太陽の陽射しが枝の隙間から漏れて鮮やかにする。
桜の花弁が舞い落ち芝生の様な地面を彩っていき、騎士達がその桜の花びらを手に取りワイワイとしているのが背後から伝わってくる。
今回は多少騒いでも良いように許可が出ているのだ。
まあ、それでも困惑するだろうから、遮音用の結界を張って声があまり漏れないようにしている。完全に遮音しないのは緊急時に声が届かないと困るからだ。
「デザートは小豆を砂糖で煮詰めて餅に包んだおはぎと花のエキスを絞ったゼリーの二種類です。どちらも美味しいのでぜひ食べてください」
僕はそういって空間から冷えた状態の二種類のデザートを取り出し、好きな方から食べてもらうように台の中央へ置く。
流石に地面の上へ座らせるということが出来なかった。
騎士達は慣れてるだろうけど、シリウリード君や義母さんは慣れてないだろうし、体調のこともあるからゆったりできるように柔らかい椅子にしてるんだ。
背凭れの傾きを調整できる仕掛け付きだったりする。
こんなことに魔道具は使えないし、科学をちょっと取り入れても良いよねという報告書を書いて合格を貰った品だよ。
義兄さんの執務室の椅子も近々これに変わるんじゃないだろうか。
「小豆とは私の好きな豆腐の材料だったな。……ほう! これは甘くておいしいな。豆の旨さも十分に残っている。餅とやらは少し食べ難いが旨いな」
義父さんは一口サイズにしたおはぎをフォークで突き刺し、眼を軽く開きほっこりという。
「……あ、本当だ。いつものお菓子と違うけど、これは好きかも……。で、でも、いつものケーキ、チーズケーキの方が好きです!」
うん、そのケーキも僕が作ってるからね。
最近家族の味覚もわかって来たし、料理するのが前世と違って楽しいんだよね。
料理して食べてもらえるのは勿論うれしいけど、やっぱり完食して笑みを浮かべながらおいしいと言ってくれるのが一番だよ。
料理人冥利に尽きるね。
「私はこちらのゼリーが好きですね。喉越しもいつもと違って滑らかですし、花の香りが鼻から抜けるのが何とも言えません」
義母さんは花の形にしたゼリーが好きなようだ。
少し水分を多くして、こちらの世界で見つけた特殊な木のエキス――熱を加えると溶ける習性のある樹液――を入れてあるんだ。
常温が二十二度くらいとして、その温度が上下することはこの国では珍しいくて、その樹液は半液体のスライムのような状態なんだ。だから、冷やすゼリーに入れると固まって水分を多くしても問題がなくなる。でも、口の中に入れることで温度が高まってゼリーが溶け出すんだ。
いつも以上の瑞々しいゼリーが出来るってわけ。
ただ、樹液だから甘味もあるし苦味もある。植物だからあう食材も限られてるんだ。だから、考えて使わないとクセもあるから不味くなるというのが料理長と話し合った結果だ。
今回は花を使っているからあうってわけだね。
「私は……両方かな? おはぎのこってり感も良いし、ゼリーの柔らかさも好き。まあ、シュン君の料理に優劣は付けられないね」
「ありがとうね。帰ったら注文のケーキとこのおはぎにも抹茶やゴマ、栗やさつまいも、種類があるから落ち着いたら作って上げるね」
「うん! 楽しみにしてる!」
食いしん坊さんのフィノを見て義父さん達は微笑みを浮かべる。
多分何度見てもフィノに笑顔が浮かぶようになったことが嬉しいんだろう。
僕も勿論嬉しいよ。
ただ、シリウリード君が睨むように僕を見ながらおはぎを食べているのがちょっとね……。
少しずつ理由は分かって来たけど、どうしようもないかなぁ。
僕は仲がこれ以上悪化しないように毎日頑張るだけだよ!
特にシリウリード君が好きな料理でね。
昼食を食べ終えた僕達は少し風に当たりながら団欒し、騎士達から昼食の感想を聞いた後に片付けを行い帰ることとなった。
騎士達も桜を見ながらあの料理を食べるのは新鮮だったみたいで、最初は王族と一緒ということで萎縮してたみたいだけど、食べ始めて気分が落ち着いたって言ってた。
ゼリーが女性騎士に好評で、おはぎが男性騎士に好評だった。
まあ、おはぎはお腹に溜まるし、砂糖を多く使ってるからカロリーの問題だったんだろうね。
今度はローカロリーのお菓子でも作ってみようかな?
あと、騎士の人達用の塩分のある補給用ゼリーとか、遠征とかで食べる乾パンとかも少し改良して食べやすいようにした方がいいかも。
その辺も報告書がいるね。
「ふむ。シュンの言った通り道は整備した方がいいな。一応シュンの領地だから私は手を出すことが出来ない。すまんな」
「いえ、許可もいただけたので構いませんよ。このぐらいなら魔法でちゃちゃっとできますからね。職人が来る前までに馬車が通れるようにはしておきます」
「うむ。やり過ぎはしないようにな」
という会話がロロの上でされ、シリウリード君は眠くなったのか僕の背中に気持ちよさそうに抱き付いて眠っている。
義父さん達はそれを見て微笑ましい笑みを浮かべていて、仲良くなってほしいと零していた。
どうでもいいのかもしれませんが、複数ある時に呼ぶ順番って困ったりしません?
人の名前だと関わり合いのある人から呼ぶ感じだと思うんですが、色の順番は赤から始まって黄、緑、青って進むとか、食材は種類ごとに呼ぶとかあると思うんですよね。
まあ、普通の会話なら思いつくままに言うのでいいのかもしれませんが、文章にするとその辺り気になりません?
ぶっちゃけどうでもいい話かもしれませんけどね。




