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帝国へ

 帝国内にある温泉街ロリアに着き、道すがら話した温泉に浸かって長旅の疲れを取るとともに残り半分に備えて鋭気を蓄えた。


 温泉では忠告されたのにもかかわらず壁の向こうにある理想郷――女風呂を覗こうとした馬鹿騎士二人をどうにか理屈で丸め込み、半ば脅して未遂の範囲内で留めさせることに成功した。

 その後は二時間も温泉に浸かり、身体の芯というより骨の芯までしっかりと温まった。


 温泉の熱さは技術がないためだからかバラバラで、中には四十五度を超えるだろうと思える温泉も存在していた。

 熱い温泉というのは体に悪いため入る人はいないだろうと思えるが、それに適用するのは人族であり、獣人は種類によっては熱い物に入れ、ドワーフも大丈夫であり、エルフは森の民とも言いわれるように温めのお湯を好むようだ。

 そして、地球と違って魔法の属性によって多少の耐性が付くため火魔法に通ず者は熱くても問題なく入ることが可能だった。

 何とも言えないことだ。


 温泉は全て入ったわけではないけど、数えただけでも大小含めて十五個はあった。

 一番のお気に入りは柔らかいお湯が座るところから噴き出す温泉だ。

 二人は違ったけど、この温泉は肌を滑らかにし、体の中に何かが入ってくるような気がするのだ。

 恐らくこれが魔力なのだろうが、ここまで分かるのは珍しいことだ。

 さすがの僕でも魔力が回復しているという状況は魔力回復薬以外では初めてのことだからね。




 二時間して温泉を上がった僕達は周りの気温が少し高いこともあり、すぐに額に汗を掻いてしまった。

 拭いても拭いても汗が出てくるため少し不快になってしまう。

 こういう時は涼しい風に当たり、冷たいコーヒー牛乳が飲みたいと感じてしまう。


「暑いっすね~」

「そうだな。少し不快感があるが仕方ないな」


 ロビソンとガノンが身体を拭きながら滝のように出てくる汗に愚痴る。

 それを見た僕はさっさと着替え、浴衣の様なバスローブを少し着崩して着こみ表に置かれた長椅子に腰を下ろした。

 優しい風が肌を撫でるがそれでも全く涼しくない。

 風呂上りに体を冷やすのは良くないというが、さすがにもう少し涼しくてもいいだろうと思ってしまう。

 だが、何かを飲もうにも収納袋は部屋に置いてきてしまい、時空魔法のことを話していない二人の前で空間から取り出すわけにもいかない。


「シュン様、先に行かないで下さいよ」

「あちぃー。魔法で涼しく出来ないか? 俺は使えても地魔法だからなぁ」

「俺は火魔法だぞ? 余計に熱くしてどうすんだよ」


 二人が首にタオルをかけた状態で近づいてきたが、僕としたことが忘れていた。

 どうやら日本人の心がここが日本だと錯覚させていたようだ。

 そうだよね、ここは地球じゃなくてアルセフィールなのだから魔法でどうにかしたらいいんだよ。

 では早速……。


「あっ! シュン様するい!」

「そうだそうだ! 俺達にもお願いします!」

「仕方ないなぁ。とりあえず座りなよ」


 二人の目の前で僕は風魔法と氷魔法を使った『冷風』とでも言う魔法を使い、上半身に正面から風を送ったのだが、二人は意外に魔力を感じ取れるようで気付かれてしまった。

 エルフ族のロンダルが気付くのは魔法の扱いに長ける種族だからわかるけど、不得手とする獣人族のガノンまでも気付くとはね。

 いや、この大切な旅の護衛として来ているのだから気付いて当然か……。

 それに服と髪も動いてるし……。


「ああ~、涼しいですよ~」

「そうだな~。これで酒でもあれば言うことないな~」


 酒か。

 それはさすがに持ってない。

 いや、持ってはいるけど、僕が飲めない為極端に種類も量も少ない。

 恐らくこれからも飲まないと思うけど。


 仕方ないと判断した僕は地面の……石畳だったからやめて、空中に地魔法でコップを三つ作り出し、その中に冷たい水を注ぎ、最後に大きめの氷を一つ入れて手渡した。


「ありがとうございます! ……っかぁー、つめてえ!」

「生き返る~。水が身体に染み渡っていくようだ。それにこの水も今までに飲んだことがないくらいおいしいです」

「冷た! でも、これはいいね~」


 コップもひんやりと冷たくなっていき、持っている手も冷まされていく。

 空になったコップに氷が残り、それを口に含んでがりがりと噛むガノンを面白く見る。


「氷も冷たいです。やっぱりシュン様の魔法は羨ましいですよ」

「練習すればできるだろうけど、さすがに派生属性はねぇ。基本属性が使えないと何とも言えないよ」

「ない物強請りはするなよ。こうやってもらえるだけマシなんだから」


 ロンダルが少し水を飲みガノンを窘める。

 もう一杯ガノンのコップに水と氷を入れお礼を貰う。


「それにしてもフィノリア様方はまだ入っているのだな。俺達も長かったが」

「そうだな。まあ、シュン様が言っておられた効能の話にあれだけ興味を持たれていたからな。遅くても仕方のないことだろう」


 確かに……。

 だけど、もう二時間半は経つと思うけどなぁ。

 まあ、騒がしくならないということはのぼせてはいないのだろう。


「もうすぐ出てくると思うから待ってよう」


 こういう時は食べ物も欲しくなるけど夕食まではもう少しあるから仕方ないか。

 フィノ達も夕食までには出てくるように伝えていたからもうすぐ出てくるだろうし。


 等と考えていると目の前から二人が姿を消しており、慌てて周りを確認すると女風呂のある法の壁へ片耳を付けて張り付いていた。

 若干鼻の下が伸びているようにもうかがえるのはどうだろうか……。


 因みにハーフの種族が差別されることはほとんどない。

 だから、異種族でも綺麗や可愛ければ結婚し子供を産む。ただ、確率が下がり中々子供が出来ないというのを本で読んだことがある。

 昔はハーフは忌子と言われていたようだけど、そんなものは数千年も前の話だ。


「……はぁ。確かに見たいのは分かる。だけど、それはないんじゃない?」


 僕は二人に風魔法を使い目の前まで連れてくる。

 突然のことに驚く二人だが、逆に不安定さがないことに驚愕して僕を見た。


「ついさっき言ったのに忘れたの? 覗きはダメだって。それにもう上がってるんじゃない?」

「シュン様! 時に男としてやらなければならない時もあるのです! それに今はとても可愛い子が入っています!」

「そうですよ! さきほどの猫の獣人の子なんて一度も見たことがありません!」


 いや、そんなこと言われてもわかんないし……。

 僕が見ていないということは二人と別れた瞬間に入った客だよね?

 それにガノンは虎の獣人でしょ? 確かに猫かもしれないけど、ガノンとその可愛い猫の獣人というのはちょっと合わないんじゃないの?

 いや、まあ見てないから何とも言えないし、僕が否定する権限もないんだけどさ。

 なんかこうあるじゃない?


「だから何?」

「いえ、何でもありません。大人しく待っています。ガノンに誘われたので仕方なく……」

「お、おい! 裏切るなよ、ロンダル!」

「裏切ってなどいない! 俺はお前が行かなければ行かなかったはずだからな!」

「ちょっと待て!」


 いや、どっちもどっちだし。


「何を行かないですって? 私も一緒に行かせなさい」


 僕が二人のしょうもない争いを止めようとしたその時、出入り口から有無を言わせない声が轟いた。

 僕はビクリと体を震わせ久しぶりに怖いと感じたが、その声を聞いた二人はもっと感じ取っているだろう。

 現にロンダルの長い耳はピンなり、ガノンの尻尾は立っている。


「「……い、いやだなー、隊長……。俺達はどこにも行かないですよ。ね、シュン様」」


 息の整った二人。


「……」

「「シュン様ーッ!?」」


 飽きれた二人を無視してほのぼのと冷たい水を飲みホッとする。

 二人にはフローリアさんの説教が始まり、後から出て来たフィノと騎士達が不思議がっていたが内容を聞いて当然の報いだと思ったのか、僕の隣に座って涼しむのだった。




 二十分ほど涼しむと時間的にも丁度良くなったため夕食を食べに向かった。

 夕食の場所は変わっており、和式と洋式を一緒くたにしたような落ち着きのあるところだ。


「夕食のメニューはこの地名産の『温泉魚』を使った料理のようです」


 温泉魚というのは温泉に住み着いている魚のことではなく、この近辺特有の魚のことを言う。

 その魚達はいくつかの種類に分けられるのだが、一番好まれているのが口解けの良い白身の魚で、それを塩焼きにして食べる料理らしい。ポロポロと解れるように身が取れ、表面を覆う鱗は極薄でそのまま焼くことでパリッとした食感を味わえる二重の味わいがあるのだ。

 赤身の魚は肉のように硬く、脂が乗っているため大きめに薄切りしてしゃぶしゃぶのように食べるのが主流らしい。

 他にも清潔で塩分のある温泉の湯を使ったつみれの味噌汁、火山の熱を利用して作った魚のステーキなどがある。


 だけど、見た感じ生食はないようで刺身や寿司、たたきが存在しない。

 まあ、フィノ以外は生食を食べたことがないためいきなり食べるのは無理だろう。

 フィノだって最初の内は少し嫌がっていたからね。

 今は普通においしいと食べてくれるけど。


「この塩焼きは美味しいね! 柔らかくて、骨まで食べられるよ!」


 フィノが肝を取り除かれ頭ごと焼かれた塩焼きに齧り付いて舌鼓を打った。


「確かに……。初めて食べる食感だね」

「この地方だけというのが悔やまれます」

「そうですね。王国にもないか探してみましょう」

「任せた」


 僕達もフィノの意見に同意し、ガノンは目の前の食事に齧り付いている。

 騎士としてどうなのか、と思わなくもないけど、皆で食べた方がおいしいため何も言うことはない。と、フィノが言ったので皆で食べている。


 この後もいろいろな料理に感嘆の声を上げ、僕達はお腹いっぱいになるまで食べ尽くすのだった。

 特に最後に出て来たデザートには驚愕したよ。

 何せアイスクリームだったからね。

 あれから半年以上が経っているのだから『ラ・エール』に帝国の人間が食べに行っていたとしてもかしくないし、情報は止めていなかったから広がっているだろう。


 用事を済ませて王国に帰ったら久しぶりにファチナ村やガラリアの街とかに遊びにいこっかなぁ。

 多分僕に訊きたいこととかあるだろうし、まだ一カ月ぐらいしか経っていないとはいえ、僕とフィノ――第三王女が婚約したことは広がっているだろうし。

 その他諸々説明と挨拶を兼ねて遊びに行ってみよう。


 学園に関しては帝国への用事が済んだとしてもお互いの取り決めや関係強化などの階段を何度も行わなければならず、また王国内の鎮静化と新体制の正常化、義兄さんの手伝い、義父さんと義母さんの容体が安定し元に戻るまで僕は居なければならないと思う。

 貴族も減ったから新たに爵位を与えたり、継承した者との顔合わせもあると聞く。

 そして、学園で初めてダンスや夜会を行うとばかり思っていたけど、これが終わった後に顔合わせなどで夜会やパーティーが何度も開かれるらしい。

 先ほど念話で日時が決まったという連絡が来た。

 多分忙しくて忘れるとでも思ったんだろうな。


 でも、今回の騒ぎが貴族だけで良かったとも言える。

 宰相――ローデルヒさん。覚えてる?――が味方で良かったという意味だよ。

 ローデルヒさんは戦闘に関してはそれほどでもないけど、僕と違って政務に関してはずば抜けているみたいだからね。今の王国にはとても重要な人だよ。

 しかも切られた貴族は元々高い地位に就いていたとはいえ才はなかったみたいで、命令するだけの人物だけだったみたい。

 今回のようなことが起きないでほしいのは変わらないので、義兄さんには頑張ってほしいものだ。


 勿論僕も頑張るけど、僕の場合は国の防衛とか、兵士の実力上げとかだけど。

 フィノも僕と一緒にいるからその方面になることを予め了承してもらっている。

 今から考えるだけでもいろいろと胸が膨らむよ。


 夕食を食べ終えた頃には辺りは真っ暗となっており、僕達は部屋に戻って今後の予定と明日の準備をして深い眠りに就くのだった。




 朝起きると隣のベッドで布団を少しだけずらして白い綺麗な足を出しているフィノの寝顔が目に入った。

 少し気候が違うため暑かったのかもしれないなと思いながら立ち上がり、収納袋から柑橘系の飲物を取りだして渇いた喉を潤す。


「あぁ~……」


 甘味のあるオレンジから絞ったジュースだけどとても新鮮で目が覚める。


「ん、ん~……おはよう~」

「うん。おはよう。よく眠れた?」

「うん。疲れもしっかりとれたよ」

「それは良かった。まだ時間があるからゆっくりしていいよ」


 この旅にはツェルとフォロンは来ていない。

 実は二人を見た義兄さんが攫って行ってしまったのだ。

 何でも仕事ぶりを見た所有能だということで、粛清されてしまった貴族のメイドと執事を教育する係についてしまったのだ。

 体制が整うまで失業者を出すわけにはいかず、出稼ぎの者もいる為それならいつでも手の足りない城に呼び、研修という名目でいろいろなことを教えればいいと思い付いたようだ。

 それには少ないが給料も出るし、住み込みも出来るということで多くの人が来ているみたいだ。

 中には騎士を目指す兵士もおり、僕が教えた基礎を取組んだメニューをこなしていると聞く。

 だから、二人は現在とても大忙しなのだ。


 早めに起きた僕達はゆっくりと準備をし、疲れが取れたことを確認するとユケムリの従業員に挨拶をして馬車に乗り込み、再び帝国に向けて出発するのだった。




「……シュン君。温泉気持ちよかったから帰りも寄りたいね」

「そうだね。帰りは時間があるからゆっくりしていこうか。それに温泉用の料理も作ってみよう」

「本当! 楽しみにしてるね」


 馬車の中で楽しそうに会話をする僕とフィノを温泉のおかげで仲が深まったフローリアさん達が微笑ましく見ているのだった。


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