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フィノに婚約者?

頭が回転しなかったのでおかしいかもしれません。

 学園の敷地内に咲いている桜が風に揺られピンク色の花びらを撒き散らす。多くの生徒がピンク色に染め上げられた天然のカーペットを踏み締めて歩く。新入生も在校生も学園内にある大きな行動へ向かっている。

 今から新入学生を祝う入学式が巨大な講堂で執り行われるのだ。僕とフィノ以外の新入生は既に講堂へ集合し席についている頃だろう。在校生も着々と行動へ集まり式の開始を待っている。


 僕とフィノは現在講堂のステージ裏で最後のリハーサルをしていた。


「やっぱり緊張するなぁ」


 僕は胸に両手を当てて深呼吸しながら隣にいるフィノにそう呟いた。

 フィノはクスリと笑うと僕の手を握って勇気づけてくれた。


「シュン君ならできる。あたしも隣にいるから大丈夫だよ」


 フィノはさすが王族といった感じで、これからする新入生の宣誓に緊張していないようだ。

 新入生の宣誓は入学試験で一位を取った者がすることとなっている。その一位が僕だったために宣誓をしなければいけなくなり緊張しているのだ。

 フィノは関係がなさそうに見えるけど、今回の入学試験で僕に並ぶ高得点の持ち主であることと例年の入学試験の平均得点を大幅に更新したために二人ですることになったのだ。


 まあ、これもノール学園長の面白半分の思い付きなのだろうけど。


「それではステージに設置されている席に座って式を待ってください」


 目の前で説明をしていた女性教師がそう言ってステージに置いてある椅子を指さした。入学式で話す人物達は皆最初からステージに上がっておくとのこと。


「しょうがない。頑張るか!」

「うん!」


 僕は気合を入れるとステージ裏から生徒が見ている表へ出て椅子に着席した。すぐ後ろをフィノが歩き僕の隣に着席する。

 フィノが現れた瞬間に生徒の中から声が上がった。


 やっぱり誰から見てもフィノは可愛いんだろうな。まあ、誰にもあげる気はないけどね。


 フィノは僕の手を握って若干頬を染める。こういうのを見るとフィノは僕のものなんだな、と再度確認できる。


 目の前を向くと既に学園の重役が椅子に座り始めていてノール学園長と目が合うと手を振ってきた。僕は呆れながら息を吐き、席に座っているアルとシャルを探す。


 魔力感知を使うことですぐに場所を見つけ出し、じっと見ているとアル達もこちらが見ているのに気が付いたのか手を振ってきた。


「フィノ、シャルが手を振ってるよ」

「どこに? あ、あそこね」


 僕はフィノに振り向くことで教え、小さく手を振った。アル達もそれに気が付き顔を見合わせると大きく両手を上げて振った。


 僕とフィノはそれを見て苦笑し、そろそろ始まる入学式に意識を切り替えた。

 全ての人がステージに置かれた椅子に着席を済ませると静粛にするように声がかかり、生徒達は一斉におしゃべりをやめてこちらを向いた。


「それでは入学式を始めます」


 ステージ下にいる教師から凛とした声が響き渡り入学式の開会宣言がされた。自然と背筋が伸び先ほどよりも少しだけ緊張が強くなった。


 何人かの重役の話が終わるといよいよ僕とフィノの新入生代表の宣誓だ。


「――新入生代表の宣誓。代表者、シュン・フォン・ロードベル」

「はい」


 僕は強く返事をして立ち上がる。


「同じくフィノリア・ローゼライ・ハンドラ・シュダリア」

「はい」


 すぐにフィノの名前も呼ばれ席を立ち、並んでノール学園長の目の前まで行く。下を向かずに前を向き、背筋を伸ばして進んでいく。

 途中何度か礼をするが爪先まで意識をして頭を下げた。

 ノール学園長の目の前まで行くと拡声魔道具が向きをかえて僕達の方を向いた。目線を上げるとノール学園長がニコニコと笑っていた。


 生徒達から二人いることへの疑問が聞こえるが式の最中だということで気にはならない。


「宣誓をお願いします」


 進行役の宣誓から先を促され僕とフィノは大きく息を吸うと声を揃えて誓いの言葉を言う。


「「このような盛大な入学式を催して頂きありがとうございます。学園長をはじめとする、各教師並びに来賓の皆様にも、心よりお礼を申し上げます」」


 まず学園と国の重役の人達にこの式のお礼を言う。

 その後は差し障りのない言葉を選んで五分ほどのスピーチをする。例年の文があるといっても五分間のスピーチをするのは結構辛い。

 僕とフィノは交代で宣誓していく。


「「最後になりますが、これからの学園生活で、時に苦しく迷うことがあるかもしれません。でも、私達は強い心で乗り切り、何事も切磋琢磨し乗り切ろうと思います。お互いに尊重し合い、立場を理解し、考え、心の広さを身に付け、誰もが笑って過ごせる学園生活を送りたいと思います。そして、互いに教え合う良き友人となり、楽しい日々を過ごします。学園長並びに教師、在校生の先輩方、これからの三年間よろしくお願いします」」

「新入生代表、シュン・フォン・ロードベル」

「同じく、フィノリア・ローゼライ・ハンドラ・シュダリア」


 最後に一礼をすると会場を揺るがす盛大な拍手が起きた。僕とフィノは拍手の音を聞きながら元の席へ戻り着席する。


 席に座ると拍手が鳴りやみ、進行役の教師が先に進めていく。最後にノール学園長の言葉があり入学式は終わりとなる。


 ここガーラン魔法大国ではノール学園長の名を知らない者はほとんどおらず、外国でもその名は轟いているほどだ。エルフだということもあり、魔法に関しては魔法大国随一だ。

 生徒の中には憧れキラキラとした目を向ける者や美形ということでそっち方面で見る者等がいる。


「ようこそ新入生諸君。君達百名が入学できたことを心から嬉しく思う。今年は例年よりも期待できる生徒が多く入学してきてくれた。特に新入生代表の二人は入学試験の平均点を大幅に更新してくれた。三位とは百点差をつけるぶっちぎりの合格だ」


 ノール学園長の言葉に生徒達は波立つ。

 在校生は僕達を見て驚愕を示し、入学生は溜め息や嫉妬などの感情をぶつけてくる。

 僕とフィノは学園長に何言ってんの? というジト目を向ける。


「在校生は彼らに負けないように努力をし、新入学生は彼らから多くのことを学び取り強くなってほしい。だが、その力の方向性を間違えてはいけない。魔法とは簡単に人を殺せる力だ。その方向性を間違えては絶対にいけない。それをこのシュタットベルン魔法学園で学び取ってほしいと思う」


 学園長はそう言って締め括るとその場から離れ、この場にいる全員から大きな拍手が起きた。


「これから忙しくなりそうだなぁ」


 僕は独り言ちるとフィノが聞き取りこちらを向いて微笑んだ。


「そうだね。でも、楽しい学園生活になりそう」


 フィノは満面の笑みを浮かべて嬉しそうに拍手をした。

 僕もそれを見ると自然と笑みを浮かべ学園長の背中に拍手を送った。




 入学式を終えると各教室に分かれていく。僕とフィノは教師に頭を下げながら自分達の教室、三組に向かう。

 僕とフィノが教室へ入ると一斉に生徒がこちらを向いてこそこそと話し始める。男子生徒の中には頬を赤らめる者がいた。


「シュン、フィノ、こっちだ」


 奥の方から僕達を呼ぶアルの声が聞こえたので見てみると二人が僕達のために席を確保してくれていた。

 フィノの手を握ると生徒達の間を縫うように動きアル達の元へ向かう。何人かがフィノの手を握ろうとしていたので僕が手を引っ張って空を切らせる。


「アル、ありがとう」

「ああ、お前達は遅くなると思ったからな。俺達の近くを取っておいた」


 アルはヒヒっと笑って僕に目の前の席に座れと指差す。隣にも席が空いているため僕はフィノを隣に座らせて僕も席に着く。


 フィノが僕の横に嬉しそうに座るとそれを見ていた生徒が顔を歪めて睨むように僕を見る。


 席は長机を二人で使うような感じだ。

 男子生徒の中には隣の席に座ってお近づきになりたいという気持ちが見え隠れしているのが分かる。


 これは常に僕が傍にいた方がいいかもしれないな。何かに巻き込まれてからでは遅いしね。


 後ろの席に座っているアル達と談笑しながら周りの生徒が加わってこないようにフィノをガードする。


「フィノちゃん、聞いてもいいかな?」


 シャルが恐る恐るフィノの顔を覗いながら聞いてきた。

 恐らく先ほどの宣誓でフィノの本名を聞いたからだろう。その確認といったところか。

 アルの方は何も気が付いていないみたいで首を傾げている。


「なに?」

「えっとね、フィノちゃんはもしかして王族?」

「そうよ。シュリアル王国の第三王女だよ」

「えっ!?」


 シャルはやっぱりと息を飲み、アルは目を見開いて驚愕する。


「シャルには今まで通り接してほしいかな? 約束もしたし」


 フィノはシャルを真剣に見て言う。

 それでも相手が他国の王族だと知り、これまでのことを思い出して若干青褪めるシャル。

 フィノはシャルの手を取りもう一度言う。


「約束したよね? 仲良くしてくれるって」

「僕からもお願いするよ。今更畏まれてもどう接していいか僕達も困るしさ」


 僕もシャルにお願いする。

 シャルは僕とフィノを見つめると溜め息を吐いて覚悟を決めた。


「わかり……わかったわ、フィノちゃん。これからも親友としてよろしくね」


 シャルはそう言って手を差し出してきた。

 フィノは一瞬固まるとニッコリと笑顔になりその手を強く握った。

 僕がそれを微笑ましく見ているとフィノはアルにも手を差し出した。


「うぇ!? え、あ、うん! よろしく」

「ええ、アルもよろしくね」


 アルは覚悟を決める前にフィノに流されてしまいぎこちなく握手をした。

 これで大丈夫だろう。折角友達に慣れたんだ、これからもずっと仲良くしていきたいものだ。


 周りの生徒は羨ましそうに僕達を見ているが、話しかけるに話しかけられない。


 心の中で嬉しく思っているとシャルとアルが僕を見て聞いてきた。


「シュン君も貴族だって言っていたわよね? もしかして公爵かしら。いや、違うわね。王族には見えないし、法衣貴族だって言っていたものね」

「そうだな。シュン、お前はどうなんだ」


 二人は腕を組んで僕に詰め寄る。

 僕は若干体を引きながら苦笑して肩書きだけ伝える。


「僕はそこまで偉くないよ。一応国から伯爵の地位を承っている。領地も貰っているけど人もいない山だから、貴族は名ばかりだね」


 僕がそう言うと二人はポカーンと口を開けて僕を見つめる。

 思考が追いつくと僕から体を引いて驚く。


「聞いていたがてっきり男爵か騎士のどっちかだと思ってたわぁ」

「そ、そうよ、私も伯爵だとは思っていなかったわ。一体何をしたら一気に伯爵の地位を貰えるのよ」


 二人は再び僕に詰め寄り聞いてくるがそれを話すにはまだお互いのことを知ってからじゃないと無理だね。

 僕は誤魔化し笑いをしながら二人をはぐらかす。


「それはまだ言えないね。でも、何時か言える日が来ると思うから待っていてよ。その日は今まで以上に驚くだろうけど」

「ああ、気になる!」

「ちょっとだけでも教えてほしいけど……無理なのね」


 アルは頭をくしゃくしゃと掻き、シャルは僕に教えてほしそうな目を向けてきたが僕は首を振って否定した。

 フィノも優しい笑みを浮かべている。


 しばらくすると教室のドアが開き担任の教師が入ってきた。


「はい、注目。皆揃ったようだな。俺がお前達三組の担任となったウォーレンだ。よろしくな」


 この人は大剣を背負っていないが武術試験と実践試験の試験官だった男性教師だ。名前はウォーレンというそうであの時にも感じた陽気そうな感じが伝わってくる。

 隣には書類を持った同じ試験官だった女性教師がいる。


 どうやら僕達のことを知っていたのははなから僕達の担任にするつもりだったからだろう。僕達の方を見るとニヤリと笑っているから当たっているはずだ。


「隣にいるのはシュレリー先生だ。このクラスの副担任をしてくれる」

「紹介に預かったシュレリーです。知っている人もいるかと思いますがよろしくお願いしますね」


 頭を下げてきたので僕達もつられて下げた。


「それでは次にお前達の自己紹介をしてもらう。最初はそこの一番前に座っている子からだ。名前と出身、種族、得意なこと、簡単なあいさつでいいぞ」

「は、はい!」


 一人ずつ当てられ緊張しながら自己紹介をしていく。中には偉そうにしている人もいるが恐らく貴族なのだろう。


 しばらく聞いていると僕達の番が来た。

 まずは僕からだ。


「先ほどのあいさつで知っているかもしれませんがシュン・フォン・ロードベルです。種族は人族、出身はシュリアル王国となります。得意なことは魔法で特に火と風を使います。剣も護身程度には使えます。貴族ですが元は平民なので気安く声をかけてください」


 僕が話していると後ろから違うだろという野次が飛んできたが気にしないことにした。


 何人かが僕に敵意らしき目を向けてきたが僕に心当りがないので疑問に思ったが、先ほどの紹介で貴族だったものが多いためそういう関係の人達なのだろう。


 着席すると次はフィノが立ち上がり自己紹介をする。


「私も知っているかもしれませんがフィノリア・ローゼライ・ハンドラ・シュダリアです。種族は人族で、魔法を主体に戦います。王族ですが気安く声をかけてください」


 フィノが軽く頭を下げて着席すると男子生徒が拍手をする。

 フィノはそれらを見ずに隣にいる僕を見て頬を朱色に染めた。おかげで僕に敵意らしきものが来た。


 そこへウォーレン先生が手を叩き自分達の方へ視線を集める。


「彼らについて補足する。シュンの方は伯爵の地位を持っている。フィノリアの方は言わずもがなだな。シュンに敵意を向けている奴に一言忠告をする。中には知っている者がいると思うが彼は武術試験で教師に勝っている。それは俺なのだが、シュン本人も冒険者のAランクだ。ちょっかいを掛けるのならそれ相応の覚悟をしろよ。まあ、この学園では貴族がどうとか言った瞬間に罰則ものだからそんな奴はこのクラスにいないと思っている。後、フィノに色目を使うやつにもいうが、彼らは歴代最高得点の持ち主だというのを忘れるな。返り討ちに合うぞ。自分に自信のない者は彼らに聞いてみるがいい」


 そう言われて僕達の方に目を向けていた生徒達は怯えたように目を逸らす。中にはまだ向けてくるものがいるが先ほどよりも露骨ではなくなっている。

 ウォーレン先生は一つ頷くと手で先を促す。


 その後も何人かの自己紹介があり、アルとシャルも無難に自己紹介をしていった。

 二人の爵位は男爵のようだ。




 無難に皆が自己紹介を終わらせると教師二人の自己紹介があり、休憩時間へとなり二人が教室から出て行くと複数の生徒が僕達の元へ集まってきた。

 覚えている限りでは位の高い貴族達だな。平民の人は僕達から遠ざかりこちらの様子を見ている。


 さすがに僕が元平民だといっても今は貴族だし、それを今知らされても先に貴族が来るだろうから話しにくいよね。

 そこを懸念していたんだけどやっぱりこうなったか。


「フィノリア様、どうかお近づきの印に……」

「私めはギュレリー。侯爵家の息子です」

「私はプレーシアと申しますわ……」

「フィノリア様の適性は何なのでしょうか。私めに……」

「ああ、漆黒の髪に、木目細やかな白い肌……」


 口説いている奴にはイラつくなぁ。

 僕がイラついているとフィノが僕の手を握り落ち着かせてくれる。僕もそれを握り返し、そっと見つめる。

 そのまま適当にやり過ごし教師が帰ってくるのを待った。


 女子生徒が何人か僕に話しかけてきたが、僕の地位が目当てという下心が見え透いているので愛想笑いをして避けた。

 隣でフィノが手を強く握るので僕も気を付けないといけないと今更ながらに思った。




 次の日。僕達は学園の前で合流するとフォロン達と別れて教室へ向かった。

 ツェルにはフィノのことをしっかりと話しておいた。何か起きればすぐに僕に情報が行くように通信魔道具も新たに作り上げ、フォロンとツェルに渡して付けてもらっている。


 今日は授業が始める初日目だ。

 僕とフィノは収納袋にいろいろと詰め込んでいるので準備の必要はないけど、他の生徒は登校時にメインの武器を持ちはこんできている。

 隣にいるアルとシャルも手に武器を持っている。


 教室へ入ると昨日と同じように囁き声が聞こえ、少しだけ眉を顰めてしまうが昨日ほどではない。

 フィノに近づこうとする者はフィノ自身がやんわりと断り、僕に引っ付いて話しかけられないようにした。


 アル達と話しているとあっという間に時間が経ち、チャイムが鳴るとウォーレン先生が入ってきた。


「今日から授業を始める。始めはこの学園に関してだ」


 日直の号令に立ち上がって礼をするとウォーレン先生はそう言い授業を始めた。


 一年の始めの方はこういった座学を中心としたカリキュラムとなっているそうだ。

 魔法学園のことから始まり、魔法に関することまで一通り行っていく。

 午後からは持参した武器を持って訓練と自己練習を行う。週に何回かは合同訓練があるようで他の三クラスと試合をするようだ。




「それでは午前の授業をこれで終了する。午後からは第二訓練棟で実技訓練をする予定だ。持ってきた武器を忘れずに動きやすい服に着替えてくるように」


 ウォーレン先生は教科書を机の上でトントンと揃えると生徒全員に伝達をして出て行った。

 僕達はすぐに教科書を片付けると生徒から話しかけられる前に教室から出て行く。アル達とは後ほど合流するようになっているのだ。


 僕とフィノは手を繋ぎ速足で試験時に食べたテラスへと向かう。

 既にテラスにはツェルとフォロンが僕達を待ち構えていて、傍らに昼食が乗ったカートを持って来ている。

 僕達を見つけると軽く頭を下げて準備を始めた。


 学園には昼食を取るための食堂がありそこで昼食を取るものがほとんどだが、僕達の様にテラスや庭等でお弁当を広げて食べる人もいる。

 どちらも学園で許可されていることなので問題ない。

 ただ、上級生とかち合うこともあるため気を付けなければならない。


「待たせたね」

「今日の昼食は何かな?」


 僕達は席に座ると言葉を交わし、フォロン達が僕達の目の前に昼食を置いて行く。


「今日のメニューはサラダ、卵とハムとレタスのサンドイッチ、クリームスープです」


 フォロンが蓋を開けながらそう言うと籠っていた匂いが辺りに漂い食欲を掻き立てる。


「これはフォロンが作ったの?」

「はい。学園で料理をされたものを運ぶか厨房を借り自分で作るかを選べたもので、私が作らせてもらいました」


 フィノの疑問にフォロンは笑顔で答える。

 最近のフォロンは最初のころと比べて上がらなくなり、今みたいにしっかりと受け答えができるようになった。


 二人は僕達が食べ終わった後に食べるようで僕達の後ろに控えている。一緒に食べてほしいけどここは人の目もあり、王族であるフィノのことも考えて従っておいた。


 食べ始めて少しするとアル達が食堂で買ったであろう昼食を持って僕達の方へ歩いてきたのが見えた。


 周りにはフィノと話そうとする貴族達が多く目を見張りチャンスを掴もうとしているが、僕とフィノは常に話をしその介入を許していない。

 まあ、僕にいろいろな視線が突き刺さっているのは仕方がないのでスルーするしかないだろう。


「すまん、遅れた」

「食堂が込んでて遅れちゃったわ」


 二人は軽く謝罪の言葉を言うと席に座って食事を始める。


 アルとシャルが来たことにより先ほどよりも周りの貴族は介入し辛くなった。だが、僕達に向けられる不快な視線は増えていく。


 恐らく、王族のフィノと親しくし、愛称で呼び、気軽に話しているのが気に食わないのだろう。昨日の今日なので僕のことを知っているものが大半だろうが、アルとシャルについては知らないだろうから余計に拍車をかけていた。


「今のところ授業は復習みたいなものだから簡単だな」


 アルは持ってきた昼食を口へ運びながらそう言った。


 確かに受けた授業は試験内容に触れているところが多かった。多分、試験の答案が返ってこないから自分達で間違えたところに気付き、覚えさせるためだろう。


「そうね、私でも何とかついていけるわ」


 シャルもスプーンを軽く振ってそう答えた。


「俺はお前が寝ないようにいつでも起こせる準備をしていたんだが、取り越し苦労だったな」

「ちょ、ちょっと!」


 アルは当然といったように両腕を組んで頷きながら言い、シャルはそれを聞いて顔を赤らめるとアルの胸ぐらを持って振る。

 いつものやり取りがあるのを見て、フィノは二人がこの視線にそれほど不快感を持っていないのだと考え、自分も気にしないようにしたみたいだ。


 駄弁りながら昼食を取り終え午後の授業について話していると、背後から取り巻きを付けた派手な服装の男の子がこちらに歩いてきたのを確認した。

 服装からして上級の貴族であろう男の子の目はフィノを見ている。僕の雰囲気が変わったことを察した三人は僕が向いている方向を見た。


 フィノはその男の子を見ると眉を細めて僕の耳に顔を近づけ小声で伝えてきた。


「絵でしか見たことないからわからないけど彼は帝国の第四皇子だと思う」

「じゃあ、彼がフィノの嫁ぎ先だった人?」

「うん」


 改めて彼を見ると貴族の服は似合っているが、むくみ上がった顔に足元が見えないまで出たお腹、大根……いや豚の様な手足、此処からでも彼の額がテカっているのが分かる。

 とてもじゃないが彼をフィノの嫁ぎ先だったとは思いたくない。


「実物を見ると鳥肌が立ってきた」


 フィノはぶるっと震えると腕を擦って僕に体を近づけてきた。

 僕はフィノの肩を抱く様に取り、耳元に顔を近づけると囁き安心させる。


「大丈夫だよ。もう関わり合いはないからね。フィノには僕がずっとついてるから」


 フィノはそれを聞いて顔を赤らめると目を閉じて僕の胸に頭を傾けた。頭を撫でて離れるとフィノは椅子を僕の隣に近づける。

 アルとシャルも皇子を見て眉を細めた。


 皇子達はフィノの周りにいる僕達を無視するとフィノの前で腰を曲げ一礼した。地面に黒い染みを作った。

 それを見たフィノは不快感に顔を歪め僕に近づく。


「フィノリア、お初にお目に掛かります。私はジュリダス帝国第四皇子フォトロン・ラン・クイット・エレバノン。あなたの婚約者であります」


 フォトロン君はもう一度一礼するとこの場の空気を凍り付かす一言を吐いた。


 …………へ? え? どういうこと?


 僕はよくわからずフィノを見たがフィノもよくわかっておらず困惑した表情で僕を見ている。若干青褪めているのは気持ちが悪いからだろう。


 僕達がわけもわからず固まっているとフォトロン君は片膝を着いてフィノの手を取ろうとして来た。

 僕はそこで反射的にフィノの手の上に手を置き、こちらを不快な目で見てきたフォトロン君を見下ろした。


 フォトロン君は僕の冷めた目に少し体を仰け反らせたが怒りに顔を歪めると僕を指さしながら怒鳴る。


「貴様は何者だ! なぜ邪魔をする!」


 僕は立ち上がってフィノを立たせると後ろに庇い、フォトロン君を見て言う。


「僕はシュン・フォン・ロードベル。あなたが気安くフィノの手を触ろうとしたからですよ」

「フィ、フィノだと……? 貴様如きがフィノリアを愛称で呼ぶな! 気安く触るだと! 何様のつもりだ! 俺は皇子なんだぞ!」


 フォトロン君は立ち上がると唾と汗を飛ばしながら僕に怒鳴り散らす。僕は風魔法を使ってこちらに汚いものが飛んでこないように追い返す。

 僕の背中を掴んでいるフィノの体が震えているのが分かる。


「いいのですか? 学園で貴族という地位を笠に着ても。それは王族だからと言って逃れることは出来ませんよ? それに僕がフィノのことを愛称で呼んでいるのはそう呼んでほしいと言われたからです。あなたにとやかく言われる筋合いはありません」


 僕がそう言うと後ろでニヤニヤしていた取り巻きが焦り始める。フォトロン君は顔をさらに赤くする。

 周りには野次馬が集まり始めている。

 アルとシャルが心配そうにしているのが分かるが、周りに誤解を与えたままで解散させるわけにはいかない。


「それに、あなたがフィノの婚約者? ふざけるのも大概にしていただきたい。現在は伏せられているためお答えできませんが、フィノにはれっきとした婚約者、いえ、国王夫妻が御認めになられた国公式の婚約者がおられます」


 僕は凄んで言うとフォトロン君は驚愕に目を見張ったが口をにやけさせた。


「だから、それは俺なのだろう? そちらの王妃から連絡があったのだがな」


 いつのことを言っているんだ。

 それは半年前の話じゃないのか。


「それは破棄されたと思いますが。いえ、破棄される以前にあなたとフィノが婚約者だったという事実もありません」

「ど、どういうことだ!」

「どうもこうも、あなたがフィノの婚約者となるのは半年前に開かれた魔闘技大会で女性が優勝した場合だった時です。ですが、優勝者は王国が誇る大英雄『幻影の白狐』でした。この中にも知っておられる方はいるのではないでしょうか?」


 僕が周りの野次馬に確認を取るとちらほらと声が上がっていく。


「俺知ってるぞ! 王国を魔物二万と魔族の大規模侵攻から救ったんだよな!」

「私はその大会を見に行ったわ! その時も魔物が攻めてきたのだけど英雄が救っていたわ!」

「その後の表彰式は前代未聞の王国全土中継だった! 空に国王様の姿が映った時は驚いたぜ!」

「その大会の副賞ってフィノリア様との婚約だったよな? なら、帝国の皇子が言っていることはおかしくないか?」


 他にもちらほらと声が上がり拡散するかのように広まっていく。

 その状況に気圧されていくフォトロン君達。


「これでもあなたが婚約者だと言い張るのですか? それが駄目なら王国に帰り正式文章を持ってきますが……どうします?」

「ぐ、ぬぬぅ……」


 僕はフォトロン君に顔を近づけてにっこりと笑ってそう言った。

 周りの野次馬達も僕の味方となり全員がフォトロン君を見る。


「まだ納得できないのであれば、フィノ本人に聞きましょう」


 僕はフィノを隣に立たせてフィノに頷く。

 フィノは僕の顔を見て小さく頷くとフォトロン君を睨むように見て言い放つ。


「私の婚約者はあなたではありません。詳しくは言えませんが婚約者はシュリアル王国の人間です」

「で、では、私とフィノリアは……」

「あなたこそ気安く私の名前を呼ばないでください。ええ、あなたと婚約したという覚えはありません」


 フィノは言い終わると僕の後ろに再び隠れ腕から顔を出してフォトロン君を見る。

 フォトロン君は崩れ落ちると茫然としていた顔を怒りに染め上げ、僕を睨み付けて指をさす。


「フィノリア……様と婚約者じゃないというのは納得できないが今は納得しておいてやる! だが、貴様は何だ! 何様のつもりで俺に立て付いている! フィノリア様とくっ付き過ぎじゃないのか!」


 僕はそれを聞いてやれやれと首を振り、彼の腕を横に避け顔を近づけて言う。


「僕は国王夫妻より頼まれたフィノの護衛役も務めています。フィノを護り切ってくれと言われています。それは力だけではなく、あなたがおっしゃった嘘が広まり、フィノが気分を害することも防がなければなりません。ですから、フィノ様にくっついているのです」

「くっ付き過ぎじゃないのか!」

「それはあなたが決めることではありません。あなただって周りにくっついている人が多くいるではないですか」


 僕はフォトロン君の肩を持っている取り巻きを指さしてそう言うと野次馬の中から息を吹き出す音が聞こえた。


「ぐぬぬぬぅ……」


 フォトロン君は立ち上がり僕にどす黒い顔を向けると徐に右手の手袋をはずし始めた。

 僕以外の貴族達の中からちらほらと面白そうだという声が上がった。

 僕は訳が分からず首を傾げていると後ろにいるフィノが説明してくれた。


「体に触れたら決闘をしないといけなくなるからあの手袋は避けて」

「決闘? それは冒険者ギルドでしたみたいな?」

「うん、似たようなものだよ。でも、違うところは相手が何をしてくるかわからないところだよ」

「それは、お金を使って雇うとか、立会人を買収するとかって言うこと?」

「うん。でも、もっと悪いのが罠を仕掛けていたり、始まる前に毒を飲ませたり、人質を取ったりする人がいるの」


 そんなことする人がいるの!?

 それなら僕も負ける可能性があるか……。


「わかった。避けるのはどう避けてもいいの?」

「うん。あてると決闘が成立だから。避けるのにルールはないよ」

「そうか、ありがとう」


 僕はそう言ってフィノの頭を撫でる。

 フィノは嬉しそうに目を細めて僕の身体にくっつく。

 何人かの野次馬がそれを見て黄色い声を上げ、男子生徒が嫉妬の目を向ける。


 フォトロン君はそれを見て激怒するが、ブクブクに太った手と汗が手袋に吸い付き先ほどから外れないでいる。


「くそ! お前達のを貸せ!」

「は、はい!」


 フォトロン君は取り巻きから手袋を奪い去るとそれを僕に向けて投げつけてきた。


「シュン!」


 よそ見をしてピンク色のオーラを出している僕とフィノにアルが声をかけるが、手袋は僕が視認することなく突如上へ舞い上がりフォトロン君の頭の上に落ちた。


 不思議な現象を見た野次馬達の間に静寂が訪れ、誰かが吹き出すと連鎖されるように笑い声が轟く。

 フォトロン君はプルプルと震え始めると手袋を握り取り、今度は僕に近づきながら投げつけてきた。


 だが、今度も結果は同じく上へ舞い上がりフォトロン君の頭の上に落ちる。

 不思議現象を何度か繰り返しているとフォトロン君は後ろに振り向き取り巻き達にも投げさせ始めた。


「お前達も投げろ!」

「は、はい!」


 だが、結果は同じく手袋は空へ舞い上がりそれぞれの頭の上へ落ちていく。

 笑い転げている周りの野次馬の中に僕がしていることに気が付き驚愕する者が出てきた。


 僕がしているのは空間把握で手袋を察知して風魔法で頭の上に落ちるように道を作っている。

 だから、このような不思議現象が起きるのだ。


 わからない人は魔法がある世界で魔法を見ているような気分だろう。

 僕が一度も手袋を見ていないのも結構笑いに来ているのだと思う。まるで手袋に意志があるかのように動いているんだからね。


「クソが!」


 痺れを切らせたフォトロン君は僕達に近づいて手袋を直接叩き付けようとして来た。さすがにこれは風魔法で対処ができないので、フォトロン君を見て指を鳴らす。


「ぐべっ」


 フォトロン君は見えない壁にぶち当たり蛙が潰されたような声を上げた。頭から後ろにひっくり返り、ジタバタと暴れている。

 それを見た野次馬達は再び笑い声を上げる。


 周りから見たら一人でコントをしているようなんだろうなぁ。


 僕は呑気にそんなことを考えていた。

 そろそろ授業も始まる時間だということに気が付き、僕は結界の中から声をかける。


「一度で当てることが出来ない時点であなたは僕に勝てないことを認めなさい。そろそろ午後の授業が始まるので僕達は行かせてもらいますね」


 僕はフィノと手を繋ぐとアル達を見て先に行くことを伝える。


「アル、先に行くね」

「おう、俺達もこれを片付けたらすぐに行く」


 僕はもう一度指を鳴らして結界を消すと風魔法を使って上空へ飛び上がり、第二訓練棟へ向かった。

 浮遊魔法を見て驚愕した声を後ろから聞きながら僕とフィノは皆から離れていく。


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