休暇
今回の投稿はここまでとします。
後書きにも書いていますが、これからは投稿が遅くなると思います。
キャラの統一感や感情、個人の特徴、文法、特に誤字脱字等の指摘されたことに気を付けて書いていくので感想をよろしくお願いします。
今日はフィノと一緒に過ごすことになっている。
大通りをぶらりと歩いて何か見つけたら近寄ってみる。昼食はおいしそうなところを見つけたり、珍しい食べ物を食べてみる。
所謂デートをする日、ということになる。
まあ、後ろにはツェルがいるけど。
「シュン君、早く行こうよ」
「ちょっと待って。急いだらこける……っと。だから言ったじゃないか」
フィノは後ろに振り返って歩いていたから、地面から生えていた子石に躓いてこけそうになった。
僕はすぐに体を移動させてフィノの手を取って勢いよく僕の胸に抱き寄せた。
「ごめんね。で、でも、あそこのお店がおいしそうなものを売っているのが悪いんだよ」
「フィノ」
「うー」
串屋のおっちゃんはにっかりと笑って僕達に気にするなと言ってくれた。
僕はそれでも悪いと思って串肉と皮に肉を詰めて焼いたものを買った。
串肉は迷宮で手に入ったボア肉で間に辛味のあるレッドオニオンという玉ねぎが挟んである。甘いタレとマッチしておいしい。皮を焼いたものは中に鶏肉のような感触のフライチキンの肉をミンチ状になって入っていた。香辛料のニンニクと胡椒が効いていて、香ばしい味わいを醸し出している。
「これ、おいしい! いくらでも食べられるよ」
フィノはそう言って買った串肉と皮巻きを交互の頬張っている。その姿は頬袋を満タンにしたリスのようだ。
僕とツェルは微笑ましさに苦笑してフィノを先に促す。
「さあ、フィノ次の場所に行こう」
「ああ、私の串焼きと皮巻きが~」
フィノはおいしいものに目がない。
毎日おいしいものを食べている王族で、僕の料理を食べ始めて肥えていた舌が余計に肥えてしまったのだ。
僕はフィノの手を取って引き摺るようにお店の前から立ち去る。後ろの並んでいたお客さんが僕達を見て苦笑していたのは言うまでもない。
「今度フィノの好きなものを作るから許して。お願い」
「……本当?」
「うんうん、本当だよ。いくらでも作ってあげる」
「なら、許してあげる。さ、行こう? シュン君」
先ほどの出店から連行するかのように連れて行ったため、フィノの機嫌が少しだけ悪くなってしまっていたんだ。
僕にとっては重大な事件だよ。
何とか宥めて、フィノの好きな料理を作ることで機嫌を直してくれたけど、これじゃあ意味がないな。
「シュン様、それでは本末転倒だと思いますが。どうされるおつもりですか?」
僕の一歩後ろを歩いているツェルは、僕と同じことを思っているようだ。
「出来るだけカロリーの控え目に作るよ。……さすがに太るよ、とは言えないからね」
僕がフィノに言えるわけがない。
フィノが起こる原因を僕が作るわけにはいかない。しかも凡ミスのようなことで。
ツェルは額に手を当てて小さく溜め息を吐いた。
「わかりました。私の方からそれとなく言っておきます。シュン様も気を付けてください」
「うん、わかってるよ」
僕とツェルは目の前でお店の料理を輝かしい目で物色しているフィノに向けて、やれやれと溜め息を吐いて近づく。
「おばさん、この食べ物は何?」
「これかい? これはね、迷宮で手に入った果物を磨り潰してサツイモと砂糖を混ぜて焼いた物だよ」
フィノの前には色とりどりの色のデザートが並べられていた。
形は五センチほどの楕円形で手のひらサイズのスイートポテトのように見える。
「おいしそう~。この黄色いのは何味なの?」
「これはサツイモだけで作ったスウィートサッツだよ。こっちの似た色はアプル味、こっちのオレンジ色はオレン味、緑色はハーブ味。他にもカボチャや胡麻、バナバとかたくさんあるよ。一つ食べてみるかい?」
おばちゃんはフィノにデザートを指さしながらそう言った。
「え!? いいの!?」
後ろから見ている僕とツェルにはフィノのが大きな尻尾を振っているのが良く分かる。
「うんうん、遠慮せずに食べな。そんなにおいしそうな目で見られたのは初めてだからね。おばちゃんから別嬪さんのお嬢ちゃんにプレゼントだよ」
「やったー! じゃ、じゃあ、このアプル味でお願い!」
「アプル味だね。はい、こっちの出来立てを上げよう。熱いから気を付けるんだよ」
おばちゃんはそう言って葉っぱに包んだ黄金色のスウィートサッツをフィノに手渡した。
フィノは恐る恐る受け取り、はふはふと口から息を吐きながらおいしそうに頬張った。
「はふ、はふ……(もぐもぐ、ゴクン)。おいしい~。シュン君の料理と同じくらいおいしい!」
「そりゃあよかった。そのシュン君という子も料理を作るのかい?」
おばちゃんは先ほど焼いたスウィートサッツを並べながらそう言った。
フィノは残りのスウィートサッツを口に放り投げながら僕の方に振り返って言う。
「あの子がシュン君っていうの。シュン君の料理は頬っぺたが落ちるほどおいしんだよ」
フィノは両手を頬に当てて少し振って答えた。
おばちゃんは僕の方を向いてにこやかに笑って手招きをしてきた。
「坊やも一つどうだい? お眼鏡に叶うかわからないけどね」
おばちゃんはフィノと同じ味のスウィートサッツを差し出しながらそう言った。
「ありがとうございます」
僕は一言お礼を言って一口食べてみた。
食べた瞬間に暖かな果物の匂いと芋の匂いが鼻を通り抜ける。味はスウィートポテトと同じような感じだけど、ペースト状にされたアプルの実がほんのりと舌の上に広がり、柔らかな味わいを伝えてくる。
ふんわりホカホカのスウィートサッツは適度な芋の甘味と果物の甘味がいい感じに合わさっている。とてもおいしいデザートだ。
「これは、すごくおいしいです。この外が焼かれて皮になった中に、滑らかな舌触りの生地が入っているのがいいですね」
「さすが料理人が言うことは違うね」
僕達はそれぞれ四つずつ買っておばちゃんに挨拶をしてから次の場所に移動した。
「ルン、ルン、ルン! ああ、おいしい物がたくさんあって目移りしちゃう。バラクの料理がこれだけおいしいんだから食の都リーヨンの料理はもっとすごいんだろうなぁ」
フィノは串肉を食べながらそう言った。
食の都リーヨン?
資料室の地図にそんな場所あったっけ?
でもまあ、あの地図相当古かったから書いてなかっただけかもしれないな。
「ねえフィノ、その食の都リーヨンってどんなところなの?」
「シュン君知らないの? リーヨンっていうのはね世界中の食材が集まるところなんだよ。いろんな食材が集まるから自然と人も集まって、独自の料理文化が発達したところでもあるんだ」
フィノは僕に教えることが少ないから胸を張ってエッヘンと答えてくれた。
やっぱりあらゆる食材が集まり場所だったのか。
独自の料理も発達しているのなら一度行ってみたい場所だな。
更にツェルが補足する。
「また、リーヨンは元が商人達の中継地点であったため、王というものが存在しません。有力な商人が仕切っている、という感じですね。商業都市リューリックに似ている都市となります。ここと魔法学校の丁度中心の位置にありますから、学校に行かれる最中に寄ることになりますね」
「そうなんだ。二人ともありがとう」
「いつでも聞いてよ」
「いえ、私はメイドですから」
商業都市リューリックを食材バージョンにした感じなんだ。
王がいないということは民主制という感じかな? でも、商人達が仕切っているというから半民主制に近いっていう感じかな。
食の都リーヨンか、魔法学校に行く途中にあるんだな。忘れないでおこうと。
大通りを抜けて大広場に出ると何やら人だかりが出来ていた。
古びた噴水をバックに大きな舞台のようなものを見に来ているようだ。老若男女種族問わず、いろんな人がそれに集まっているみたいだ。
「何かやっているね」
僕は二人に指差しながら聞いてみた。
二人は僕が指をさしたほうを見てこの人だかりに何やら納得したようだ。
「あれはこの辺りで有名な『ローズリング』劇団の皆さんですね。砂漠での愛や勇者物語等の演劇をする中で最も華やかで物珍しいことをすることで有名な劇団です」
ほう、そういう劇団なのか。
見たところ女性の人数の方が多い気がするから恋愛関係のものをするのかな?
二人も見たそうにしている。
僕としては見てもいいと思っている。
「それに劇は魔法使ってくれるんだよ。空を飛んだり、光ったりするんだ。もしかしたらシュン君の知らない魔法を使ってくれるかもしれないね」
何? オリジナル魔法を使ってくれるのか。
それが本当なら見てみる価値があるかもしれない。
他のお客さんと違う目的なのはちょっとあれだけど……。
「そっか、今からちょうど始まるみたいだから見てみる?」
僕がそう訊くと二人は満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。
「魔王! 姫様から離れろ!」
「フハハハハハ、離れてほしくば我の手足となれ! 勇者よ」
「ぐっ、卑怯だぞ、魔王」
魔王は姫と呼ばれた女性を抱きながら傲慢不遜に言い放った。
勇者は苦虫を噛み締めたように苦しそうな顔をして魔王に正々堂々と戦いを挑もうとする。
「勇者ロード。魔王の言葉に乗ってはいけません。私に構わず魔王を倒してください」
「姫様!」
「フハハハハハ、勇者よ、姫の方が分かっているぞ。貴様は我を撃ちに来たのだろう? 一つの命と万の命どちらが大切だと思っている」
魔王は勇者に説教をする。
自分の力があれば魔王をたやすく葬り去ることが出来る。
だが、姫様を巻き込んでしまう。
勇者はどちらの命も守りたいと心の底から思っているのだ。
「来ぬのならこちらから行かせてもらうぞ、勇者」
「ぐっ、くそ! 卑怯だぞ魔王! 姫様を離せ!」
「フハハハハハ、その言葉は褒め言葉だな。離せば死ぬとわかっているのに離す馬鹿がどこにいる」
やっていることは卑劣だけど魔王の言うことは正しい。
撃たれた光弾を勇者が剣で斬り払うと激しい光が放たれる。
二人が飛び上がれば数メートルは簡単に飛び上がる。
二人の声は耳に響いているように聞こえる。
両脇からは霧が出たり、フラッシュが出たり、効果音が聞こえてきたり、周りの雑魚魔物が勇者の仲間と闘っていたりする。
「ぐああああ」
「勇者は弱いな。姫よ、本当にこいつは勇者なのか? 強さはあるようだが、何も考えていないぞ」
「ええ、魔王よ。彼は正真正銘勇者です。脳筋なのでしょう」
「そうか……。姫も苦労していたのだな」
「魔王は分かってくれるのですね。これも好いた者の弱みというものです」
魔王と姫は勇者に憐れみに目を向けて言いたい放題言う。
勇者は魔王の攻撃を切り裂き、いなし、避けて姫に被害が及ばないようにしている。
が、勇者が避けることで爆風や破片が飛び交い品家に被害が出る。
豪華なピンク色のドレスが破れ、穴が開く。
あられもない姿を曝け出されている。
「魔王! 姫様に乱暴をするな! ドレスが破れているじゃないか! この変態!」
「馬鹿かお前は! 姫のドレスが破れたのは貴様のせいだ!」
「そうです。勇者が魔王の攻撃を避けるから爆風と破片で避けてしまったのですよ」
「…………」
魔王は自分のせいにされて憤慨し、姫は首を振って勇者を憐れむ。勇者は気まずそうに目を逸らしてオロオロとしている。
「くっ、魔王が姫様を脇に抱えているのが悪いんじゃないか!」
「脇ではない。腕だ」
「どっちでもいい! お前が姫様を抱いているのが悪い! (俺なんて手も繋いだことがないっていうのに)」
「勇者よ、聞こえているぞ」
「はぁー、勇者は奥手なのです。私が近づいても顔を真っ赤にさせて逃げるだけなのですよ」
ここでも勇者の罵倒が飛び交う。
勇者は顔を真っ赤にさせて魔王を涙目で睨み付けた。
魔王は笑いを我慢して上を向いていた。
姫は虚空を見るかのような目で勇者を見下ろしている。
「二人は僕の敵か!」
「我はそうだ」
「私は違います」
「……」
勇者の馬鹿さ加減が暴露、いや自爆した。
「姫よ、勇者がいじけてしまったぞ。これでは作戦が……」
「ですが、魔王よ。これが最後のチャンスなのです。何か……」
「だが、どう見ても戦う意欲が感じられんぞ」
「仕方がないですね。ちょっと話してくれますか」
「ああ、帰って来いよ」
魔王が手を離すと姫は飛び降りてツカツカ、と勇者の傍まで歩いてきた。
そのまま勇者の前に立ち腰を屈めた。
「……ん? あれ? 姫様。なんでこパアアァン、いいいったあああぁぁ!」
姫は勇者の頬を思いっきり平手で叩くと魔王の元へ戻った。
勇者はしだれかかるような体勢で自分の頬に付けられたもみじを擦っている。
「……姫よ。やり過ぎではないか」
「いえ、このぐらいなら勇者ですから大丈夫です」
「……そうか。ゴホン、おお勇者よ、フラれてしまうとは情けない! 姫は私が娶ってやろう」
「もうそれでもいいかもしれません。近くで見るとかっこいいですし、強いですから。私が娶るということで人族を襲うのをやめてもらいたいのですがいいですか?」
「おお、いいぞ。我は人族を襲いたかったわけではないからな。人族に嫁探しをしに来ていただけだからな」
「あら、そうなのでしたか。では丁度いいですね。あんな軟弱者の勇者等放かって魔王城もとい、我が家に帰りましょう。あ・な・た」
「『あ・な・た』か。一度は言われてみたい言葉であった。勇者よ、これで人族から手を引いてやろう。国王にはあとで手紙を出すから事情を説明しておけ」
「軟勇? 真実を伝えなさい。お父様は絶対にわかって下さるから。ではまた今度」
そう言って魔王と姫は仲間の魔物を引き連れて魔大陸へ帰って行った。
残された勇者は状況に頭がついて行けず、ポカーンと口を開けて呆けていた。
仲間は魔物達が退いて行ったことで戦闘をやめて、各自の愛する人達が待っているところへ帰って行った。
酒場で見つけた日雇いの仲間というものはこんなものだ。
それから数時間後勇者は再起動し、とぼとぼと剣を引き摺りながら王城に帰っていく。その背中は哀愁の色を漂わせていた。
王城に帰ってくる頃には魔王と姫に対する怒りが込み上がり、国王に魔王達の討伐を直訴したが、魔王の手紙が勇者が返って来るよりも速かったため聞き入れられることはなかった。
残された勇者は一人で寂しく、誰も愛することなくその人生を終わらせたとか。
なんだこれは……。
僕の知っている勇者物語と全く違うぞ。
こんなものに人気が……あるんだ……。
僕の周りでは年配の女性が涙をうっすらと浮かべたり、意気地のないヘタレ勇者に罵倒していたりする。
ふむ、これは感動ものというより日頃の夫に対する鬱憤を晴らすという名目、なのか?
よく分からんことだな。
隣のフィノとツェルは嬉しそうに拍手をしている。
それを見れただけでも満足だと思って演劇の場所から離れる。
因みに僕が知らない魔法はなかった。
同じような魔法ばかりだったけど、僕が考えていた方法よりも使いやすい感じの魔法が多かったように感じた。
もうすぐ夕方になるということで最後に服屋によって帰ることにした。
服屋は前と違うところで女性物がたくさん置いてあるところだ。
「シュン君、この服はどうですか? 少し肌を出し過ぎだと思うのですが……」
フィノが着ている服は肩を出した半袖型のワンピースでエメラルド色の線が縁に入ったシンプルなデザインだ。
「うんとても似合っているよ。フィノの肌は白いから陽の光に気を付けた方がいいね。えー、あの帽子を被ったほうがいいかも」
「あれですか?」
僕が指差したのは麦わら帽子のようなものだ。
迷宮で手に入る細く中が空洞の撓る枝を組んで作った帽子だ。
この地域は荒野が近く暑くなることが多い。だから、こういった鍔の大きい帽子が多く、軽く通気性のいい帽子や服の人気があるんだ。
ツェルは僕が言った帽子を取ってフィノに被らせてあげていた。
「これでどうですか?」
「うん、とってもいいと思うよ。その恰好なら一緒に海に行きたいね。砂浜でゆっくりするのもいいかもしれない」
今のフィノの格好は川とか海の砂場で科座に髪を揺らしながら眺めているといった感じだ。
前世では海で泳いだり、遊ぶっていうことをしたことがないから今度四人で行ってみるのもいいかもしれない。
「海に行くの? 海は結構危ないよ。陸地と違って狂暴な魔物がたくさんいるから」
フィノは次の服に着替えながらそう言った。
「まあ、そうなんだけど比較的安全な所なら僕の魔法で魔物を排除することが出来ると思うよ」
「そうなんだ。じゃあ今度海に遊びに行きたい!」
「うん、僕もそれを考えていたよ。とりあえず、学校に着いてからになるね。それまでは無理だから」
魔法学校があるところは季節や海が近くにある。
聞いた感じでは日本に近い環境だということだ。
学校にも行事があって、季節ごとにイベントのようなものがあるらしい。
早く学校に行ってみたいと思っている。
前世では考えられなかったことだ。
「次はこの服です」
次に着て出てきた服はベルトの付いたスカートの下にスパッツのようなズボンを穿いている。上は青色が下に向かって白色になるというグラデーションがかかったシャツだ。その上に腰までのスカーフのような服を着ている。
ゆったりとしていていい感じだと思う。
「この服も似合ってるね。青い色が黒い髪に栄えていてよりいい感じに見えるよ。後、髪に何か着けてもいいじゃない? カチューシャとかいいと思うよ」
フィノは髪を下しているだけだ。
たまに耳の後ろに結いでいるけど、ほとんど括ったりしない。
だから、フィノが髪を括ったりアクセサリーを付けるとまた変わった感じに見えると思う。
「かちゅーしゃ? それはいったいどういうものなの?」
あれ? この世界にカチューシャってなかった?
まあ、アクセサリー自体が貴族のものだし、アクセサリーと言ったらイヤリングとか体に付けるものが多かった気がするな。
一番多かったのはネックレスだったな。
頭に付けるものはほとんど聞いたことがないや。
「シュン様、私も存じません。それはどういったものなのでしょうか」
ツェルも知らないということはないと思った方がいいな。
よし、じゃあ作ってみるか。
僕は収納袋からよく撓る木と布を取り出す。
まずフィノの頭を手で測って、木をその長さ分切る。長さは大体二十センチ、幅一センチほどだ。
それを木魔法で少しずつ卵型に曲げる。
曲げ終わったら空色の布を切り取って表面に巻き付ける。裏面は滑らかで滑り止めの効果がある布を張り付ける。
そこまで加工がすむとカチューシャの出来上がりだ。最後に片側、頭の斜め上にリボンがくるように布を加工して取り付けて完成だ。
僕は出来上がったカチューシャをフィノとツェルに見せながら、フィノの頭に付けてあげる。
「きつくない?」
「うんん、大丈夫だよ。どんな感じ?」
フィノはその場でクルッと回ってそう訊いてきた。
僕はニッコリ笑ってフィノを褒める。
「とっても似合ってるよ。フィノはアクセサリーをあまりつけないから、そういうのを付けると新鮮だね。新しいフィノを見れた感じかな」
「もう、シュン君ったら」
フィノはもじもじと照れながら、嬉しそうにしている。
ツェルも物珍しそうに僕が作ったカチューシャを見ている。
「フィノ様、とてもかわいらしいですよ。シュン様が言ったカチューシャがとても似合っております」
ツェルは次の服を取りながらそう言った。
フィノとツェルが更衣室に入ると僕に店員さんが声をかけてきた。
「あのー、すみません」
「はい? 何でしょうか」
「あのカチューシャですか? あれをどこで知ったのでしょうか?」
うーん、なんて答えるべきか。
地球で、とは言えないから僕が作ったものと言ってもいいのかな?
まあ、いいよね。
「あれは僕が考えたものです。女性は髪を長くする人が多いですからね。それを風で煽られないようにするためだったり、前髪を後ろにもっていくためのものだったりします」
僕が言ったことを吟味するかのように店員さんは考えている。
恐らく、お店で売りたいのだろう。
「……このカチューシャをお売りして頂くことは出来ますか?」
「ええ、いいですよ。タダでお譲りします」
まあ、僕が考えたものじゃないからお金をとってもなぁ。
それに売れてもそんなに高くないだろう。
所詮その辺の迷宮でたくさん手にはいるものだし、金属を加工するとなると骨が折れるからな。
「え!? よろしいのですか!」
「はい。まあ、今回買う服を安くしてくれるのなら」
「ええ、ええ、お安くいえ、タダでお譲りします」
「タダですか。僕としては嬉しいですがいいのですか?」
そんなことを一店員さんが決めていいことなのかな?
僕がそんなことを考えているとこの店員さんが自己紹介をしてくれた。
「大丈夫です。私がこのお店の店長ですので」
「ああ、店長さんでしたか。何着買うかわかりませんがタダでもらいます。代わりと言っては何ですが他の髪飾りもお教えします」
「他にもあるのですか! それっではぜひ教えてください」
僕はツェルとフィノにちょっと離れることを伝えて台がある方へと行く。
そこで僕は収納袋から取り出した紙に羽ペンで絵を描きながら説明をする。
「まずはリボンですね。これはある程度浸透していますが、先ほどのように何かにつけて飾るという方法があります」
「なるほど。括る手間がかかりませんね」
「作るのは普通の木や金属ではダメです。折れたり錆びたりしますから。その代りこの迷宮で手に入る木なら撓るので……『火よ』……このように火で炙ると少しずつ曲がっていきます。卵型にすると丁度いいでしょう。表はいろいろなデザインが出来ます。リボンではなく布で作った花を付けたり、段々に布を付けたりできます。裏面は櫛のようにして滑り留めをするか髪が引っ掛かりやすい布を使うことをお勧めします」
これは先ほどのカチューシャのようなものだ。
「なるほど。これはいろいろと加工が出来そうですね。アクセサリー職人が燃えそうです」
「次はこういうふうにぐるぐる巻きにした細い金属の両端をハの次に伸ばします。それに硬く頑丈な木を加工して髪を編んだところや結いだところに噛ませることが出来ます。蝶の形だったりですね」
「これは鍛冶職人に頼まなければいけませんね」
「あとはシンプルに細い金属を二つ折りにして髪を挟み物や飾りのついた棒を留めた髪に差す物だってあります」
他にもいろいろな髪留め用のアクセサリーと飾り用のアクセサリーを紙に描いていく。
店長さんはそれを見て感嘆の声を漏らす。
どれも実用できるものだと感じ取ったのだろう。
こういったものは貴族に売れるからな。それに、安くなれば庶民の女性にも使うことが出来る。
そう言ったものを多くして店長さんに伝えた。
話し合いが終わった頃には先ほどの格好のフィノとツェルが僕達の傍までやってきていた。
「話し合いは終わった?」
「うん、いい感じに終わったよ。僕も店長さんも満足だね」
「ふーん。後で私にも作ってね」
「うん、任せてよ。フィノに似合うものをたくさん作るね」
「うん!」
ツェルは数着の服を抱えている。
僕はそれがタダになったことを伝えて収納袋にしまわせる。
店長さんが他にもいる服がないかと聞いてきたけど、それほど服を必要としていないから断っておいた。
「では、何か服のご利用がありましたらこの店『アロマ』にお越しください。全国に展開しておりますのでお安くさせていただきます。私は店長のククリと言います」
「僕はシュンと言います」
「私はフィノです」
「私はこのお二人に仕えるメイドのツェルと申します」
「シュン様とフィノ様とツェル様ですね。全国の店舗に通達させてもらいます」
僕達はいい伝手が出来たみたいだ。
ククリさんに挨拶をして『アロマ』から出て宿に帰る。
宿に帰ると既にフォロンがゆっくりとしていた。
今日はツェルの代わりにフォロンが僕達に付いて来ている。
昨日は食べ物を中心に回ったから、今日は観光を目的に回ることにした。
迷宮で手に入ったアイテムを見たり、魔物販売所で魔物と遊んだり、いつもはいかないところにたくさん行こうと思っている。
「そういえば、フォロンは昨日どこに行っていたの?」
僕は後ろで歩いて付いて来ているフォロンに気になった事を聞いてみた。
「昨日ですか? 昨日は魔道具屋や骨董品屋に行っていました。僕は歴史を感じるものや奥深しいものが好きなんです」
フォロンは収納袋から昨日買ったと思う古そうなコップを取り出した。
コップからは魔力を感じるから魔道具なのだろう。
一体どういう効果があるんだ?
「それはコップ?」
「ええ、このコップは魔力を注ぐと水が出てくる魔道具です。以前、水が出てくる短剣を迷宮で手に入れましたよね? これはそのコップバージョンということです」
フォロンはコップに魔力を注いだ。
するとコップの底からポコポコ、と音が鳴り始め水が並々と溢れてきた。
零れる前に自動で止まったみたいだ。
「この水は注いだ魔力でおいしさが変わります。僕の魔力だと普通の水よりも少しおいしいと感じるくらいです。低級貴族の水といったところでしょう。お二人の魔力であれば、今までに飲んだことのないくらいの水が出てくると思います。試してみますか?」
フォロンは僕にコップを差し出してきた。
疑問形だったけどフォロンも僕とフィノに試してほしいのだろう。
まあ、僕も試してみたいしフィノもワクワクしているから試したいんだな。
僕は快くコップを受け取って壊れない程度に魔力を注いでいく。
コップが僕の手から魔力を吸い上げ、透明でキラキラと光る水に変わっていく。
この手のひらから魔力が抜けていく感じは卵に魔力を送っていた時と同じ感じだ。
すぐに水がいっぱいになったから、僕は一口飲んでみることにした。
「(ゴク)……あー、おいしい! 今までに飲んだことのないうまさだよ! 本当に水? っていう感じがする」
「本当? 私にも飲ませて」
フィノが両手を出してきたからコップを手渡す。
「(ゴク……ゴクゴクゴク)……プハァ、こんな水飲んだことないよ! 王族でも飲んだことがないんじゃないかな? 私が言うんだから間違いない」
フィノは腰に手を当ててコップを突き出してそう言った。
王族のフィノがそう言うんだからそうなのだろう。
僕は地球の水と比べても遜色がないほどのおいしさを感じた。泥や埃の濁りがなく、舌に滑らかな感触が伝わり、ほんのりと甘味を感じる。
冷たくはないから、これが冷えたらもっとおいしくなると思う。
「はい、シュン君。今度は私が入れてみたよ。シュン君には一歩劣るけど、これでもおいしいって感じるよ」
「ありがとう」
僕はフィノが注いだ水を飲んでみる。
僕が入れた水より少しザラザラとしたような舌触りを感じるけど、それでもすごくおいしい。
まあ、まずくてもフィノが入れてくれた水だから何が何でも飲むけどね。
僕は飲み終るとフォロンにコップを返した。
フォロンはポケットからハンカチを取り出して水を拭き取って収納袋に戻した。
「このコップで今度から紅茶を入れようと思います。この前のものよりもおいしく出来上がるでしょう。楽しみにしていてください」
「うん、楽しみにしている」
「フォロンの紅茶はおいしいからね。そうだ、ついでに新しい茶葉を買いに行こうか」
「そうね! 私もそれに賛成」
僕達はそうと決めると大通りから少し離れて、千葉を売っているお店に向かった。
僕達が好んで飲んでいる紅茶はシュリアル王国の南部で取れる茶葉から作られたもので、ほんのりと黄みがかった色をしている。オレンジに似た香りと風味があり、舌触りは円やかで、味は飲んだ瞬間に苦味を感じるけど、その後舌全体に暖かな甘味を感じる喉越しのいい紅茶だ。
お店に着くと早速中に入る。
扉を開けると来客を知らせるベルが鳴り、お店の中から紅茶のいい匂いが鼻を刺激した。
「いらっしゃい」
僕達が茶葉を売っているお店に入ると、お店の奥の方から渋い声が聞こえてきた。
僕達はお店の中に置かれているいろんな器具と茶葉を見ながら、カウンターで挨拶をしてきた男性に近づく。
「今日はどのようなご用で?」
口髭を綺麗に整え黒いエプロンを着た男性がコップを拭きながら訊いてきた。
ここでは喫茶店もしているようだ。
机の上にはメニュー表もある。
「今日は茶葉を買いに来ました。ここにある茶葉を見せてください」
「茶葉か。ここにあるのが全部だ。この表にないものは家では扱っていない。すまないが他をあたってもらうことになるが、家でないものはどこにもないだろうな」
僕は男性から茶葉の名前が十数種類書かれているメニュー表を貸してもらった。
三人で覗き込むようにして見る。
ここにあるのはここバラクを中心としたものが多く、渋みがきついものが多い。
隣国のシュリアル王国の茶葉も扱っているようだ。僕達の好きな茶葉が書かれている。
「いつものと何を買おうか」
「私は苦くなければどれでもいいよ。これなんてどうかな? アプルの実を茶葉にしたものだって」
フィノが指差したのはアプルの実を原料にして作ったものだ。所謂、アップルティーだね。
その下にはオレンジ味、アールグレイ、ローズ、ハーブティーなんかもある。
前世であまり紅茶を飲む機会がなかったから、味には詳しくないけど少しだけならわかる。
まあ、ほとんどフィノが決めてくれるんだけどね。
「アプルティーね。うん、いいじゃないかな。後は普通の紅茶も買っておこう」
僕はいつもの茶葉と違うものを二種類買った。
百杯分ほどの量の布の袋に入ったものを二つずつだ。
「また来てくれ」
僕達は男性に挨拶をして喫茶店から出た。
喫茶店から出た僕達は大通りを通って、競売場と迷宮のアイテムの販売をしている商店街に向かった。
競売場というのは迷宮で手に入れたアイテムや持ち寄ったものをセリにかけたり、オークションに出したりして売るところだ。
セリは一般的に毎日行われていて、誰でも開けるし参加できる。落札するには落札時間までに店主に報告するだけだ。
オークションは一日一回午後から開かれるもので、参加するには参加費を払わなければならない。こちらは一カ所に集まって司会者に口頭で値段を言っていくだけだ。
どちらも、値段が吊上げっていくのは変わらない。
また、セリとオークションとでは規模も違うし、落札価格も違う。オークションには貴族が参加することが多く、争い事が多々起きるけどオークションの規定で暴れた者は退場されることになっているらしい。
商店街は活気に満ち溢れ、セリを開いているお店からは店主の煽る声と客の値段を言う声が飛び交っている。
奥の方には赤と白の大きなテントが設置され、あと一時間ほどでオークションが開催される頃だ。
「おいしい水が出るコップに新しい茶葉も買ったから、新しいティーセットも買おう。どこかに売っているかもしれない」
僕はセリを始めているお店を見ながら二人に言った。
「そうだね。折角だから新しいティーセットで飲みたい」
「僕もそれでよろしいですよ」
二人はすぐに僕に意見に賛同してくれた。
「じゃあ、端から見ていこうか」
「千ガル! なんでも切れる万能包丁! 野菜! 肉! 根菜! なんでも切れる! まな板も、岩だって切れちゃうかもしれない! こんな万能包丁見たことがない! それが今なら、たったの千ガル! たったの千ガルだ!」
いや、まな板を切ったらいけないだろう……。
「寄ってらっしゃ見てらっしゃい、ここにあるのはただの棒じゃねえ。迷宮の奥深~くで手に入った転ばぬ先の杖。これを使えばこけることがなくなるっていうじゃねえか。おじいちゃん、おばあちゃんには必需品だ! 今ならこれがたったの五千ガル! 五千ガルだ!」
転ばぬ先の杖。
そのまんまだな。
数人のご老人がその杖を買うかどうか値定めしている。
「おらの店は迷宮食材だす。肉に野菜、ミルクにバター、嗜好品の砂糖や塩もあるだす。こちらにあるのは世にも珍しいゴールドアプル。一口食べれば十歳は若返ると言われている伝説のアプルの実だす」
黄色いアプルの実は魔力を帯びていてその果実を食べれば、その魔力が体の中で活性化して肌を若返らせると言われているらしい。
まあ、全くと言っていいほど魔力を感じないけどね。
「兄ちゃんに売った! 決して滑らなくなる伝説の赤っ鼻! これを付ければ何をしても滑らない。これもあれもそれも滑らないこと間違いなし!」
「うおおおおおぉぉぉ! これで天下を取れるぞぉー」
これは芸人だな。
所謂ピエロの鼻だ。
五センチ大の大きさの丸い鼻。
そこまでして滑らないようにするのか……。
あれを付けても滑るものは滑ると思うけど。
「このカップも綺麗で可愛い感じで気に入ったんだけど、これ一つしかないんだよね」
フィノはセリにかけられているティーカップを両手に持ち、底を見たり縁を指でなぞったりして確かめていた。
フィノの持っているカップは軽い陶器製で、金色の縁の取っ手と濃淡のあるピンク色の薔薇が描かれている。ソーサー(受け皿)は縁が金色に塗られ、緩やかな波が出来ている。
そのカップはフィノが持っているこれ一つしかないようだ。
「仕方ないよ。この辺りだとそれほど需要がないみたいだから。気に入ったのならそれだけでも買っておいたら?」
僕のフィノが持っているカップを覗き込むように見ながらフィノに訊ねた。
「うーん、そうなんだけど……やっぱり、シュン君とお揃いがいい。できれば、ツェルとフォロンも一緒に」
フィノはカップをお店の人に戻しながらそう言った。
四つ組のものを運よく見つけることもできていたけど、カップが欠けていたり、絵柄が削れていたり、全てが揃っているものに出会うことが出来なかったんだ。
「お客さんはティーカップをお求めなのか?」
僕達が落胆しているとお店の人がカップを元の位置に戻しながらそう言った。
「はい、そうです。新しい紅茶を手に入れたので、ティーカップも新しいものにしようということになったんです」
「だけど、いいのが見つからなくて。あっても壊れていたりしてて……」
「そうか……」
僕とフィノが肩を落としてそう言うと、お店の人は顎に手を当てると少し上を向いて考える仕草をした。
「そういやぁ、今日のオークションでアンティークもののティーセットが出るっていう話を聞いた」
「え、本当ですか!」
僕とフィノはお店の人に詰め寄った。
お店の人は若干引きながら頷く。
「あ、ああ。どこぞの大貴族が売り払ったものらしい。微かに金色の光沢を放つポットやスプーン、細かな花の絵が描かれたティーカップと皿。他にもケーキスタンド、皿、花瓶、テーブルなんかも付いているそうだ」
またどこかで聞いたような話だ。
もしかしてその大貴族ってシュリアル王国の貴族じゃないだろうな……。
そう思ってフィノの方を見ると、フィノも僕と同じことを考えていたみたいで、目が合うとしっかりと頷いてきた。
「はぁ……。情報、ありがとうございます。そのオークションに出てみようと思います」
僕はどこまでも縁があるな、と溜め息を一つ付いてお店の人に感謝を言った。
「出る気なのか? 聞いた話が確かなら最初の入札額は中金貨五枚からだぞ。お金の方は大丈夫か? 少なくとも大金貨単位で必要になるはずだ」
お店の人は半分驚きながら詳しい情報を教えてくれる。
大金貨単位なら大丈夫だ。
この二か月で稼いだ額は王金貨に届くか届かないかといったぐらいだ。
これはBランクパーティーの一年分に相当する。
まあ、これだけ集まったのも怪我や消耗で道具を使わなかったこととほとんどのアイテムを売り払ったからだ。他にも、ヘルクラッシャーやダイナソーモンキーも起因している。
「大丈夫です。これでも結構貯めこんでいますから」
「そうね。私達はこれでも有名な冒険者だから」
フィノがお店の人に胸を張って答えた。
「まあ、金があるんなら俺から言うことはない」
お店の人はそう言って首を振った。
「買えなかったら大通りにある骨董屋にでも行ってみろ。あそこまで揃ってはいないがティーセットぐらいならあるだろうよ」
「わかりました。いろいろとありがとうございます」
「ああ。じゃあな」
僕達はお店の人に挨拶をしてオークション会場に向かった。
オークション会場は屈強な冒険者や豪華な服や従者を連れた貴族達で溢れていた。まだ、開始時間まで時間があるのにこれだけに人が訪れている。
僕達は出品物が置かれている隣の天幕に入って行く。
この天幕は出品される数十種類の品を並べて置いているところだ。
持ったり使うことは出来ないけど、予めどのようなものなのか見ることが出来る。そこで買うかどうか決めるのだ。
予防策として出品物は鎖で囲まれ、盗難防止用の魔道具も設置されている。
「あ、あそこにあるのがティーセットだ」
フィノが奥にある円形のテーブルを指さしてそう言った。
僕達はすぐにティーセットの置かれているところまで行き、どのようなものか確認する。
「結構綺麗だね。銀食器に錆は見つからないし、テーブルやカップに欠けたとろが見つからない」
「ええ、絵柄も落ち着きがあり、ゆったりとリラックスしてティータイムを過ごせそうですね」
僕とフォロンはテーブルの裏を覗き込んだり、絵柄や色合いを見て感想を言い合う。
僕は先ほどから一言も喋らないフィノの方を向くと、フィノは眉を細めて下唇を噛み何やら難しい顔をしていた。
僕はそれを疑問に思い、フィノに聞いてみることにした。
「どうしたの? このティーセットに何かあった? 僕は結構いいと思ったんだけど」
「……いえ、このティーセットをどこかで見たことがあると思っただけ」
「やっぱり、あの事件で売られた物って言うこと?」
「うーん、そうだと思うけど何か違う気もする。私が見たことがあるっていうことは王城であるっていうことになるんだよ?」
ああ、そういうことか。
フィノは僕と初めて会った数か月前まで王城の外に出たことがなかったんだ。そのフィノが見たことがあるということは王城という可能性が極めて高い。
城下で見たという線もあるけど、それは低いだろう。
常に僕と一緒にいたし、これが庶民の手にあるとは考えにくい。それにこれは貴族が持っていたものだ。フィノが見つけるにはもっと限られてしまう。
「そっかー。僕は見たことがないから王城だと思うけど、僕はお城でも見たことがないよ」
「そうなんだよね。私の記憶にもほとんどないの。最後に見たのは二、三年前だと思う」
二、三年前というと五、六歳ということになる。そのぐらいの歳だと覚えていなくても仕方がないだろう。
「思い出せない。でも、気に入ったからこれにしようかな? シュン君もこれでいいんだよね?」
「うん、僕もフォロンもこれでいいよ」
「わかった。じゃあ、これにする。入札額は五十万だよ」
フィノはテーブルに付けられている金額の札を読みながらそう言った。
「買えない、っていうことはまずあり得ないと思うから安心していいと思うよ。まあ、王金貨まで到達するとさすがに買う気が失せてくるけどね」
「そこまでしてほしいわけじゃないからいいよ」
そろそろ開始時間となる時刻だから、僕達は天幕から出てオークション会場の方へと向かう。
会場口で僕一人の参加費小金貨一枚を払って中に入る。二人は付き添いとして中に入れるけど参加の権利を持っていない。
僕は係員から番号の付いた札を貰い会場内に入って行く。
会場の中は扇状に広がった段差のある客席と中央にステージと幕がある。
既に二百人ほどが中に入って開始を待っていた。
オークションに仕方は簡単に説明するとステージ上に出品物が出され、その出展物を買いたい人が貰った札を上げて金額を言う。最後に最高金額を言った人が落札できるということだ。支払いはオークション終了時となり、品物と交換となるから持ち合わせがない場合は迷惑行為を働いたとして捕まってしまう。
オークションの最低増額額は十分に一だ。
だから、あのティーセットを落札しようとすると
「ええ、お待たせしました。これより、オークションを開始したいと思います」
右側の天幕から出てきた黒いスーツのような服を着た男性が拡声魔道具を使って開始の宣言をした。
それと同時に第一出品物が中央まで出てきた。
「まずは一つ目。上級迷宮、王の迷宮で入手された魔剣だ! 能力は切れ味増大、速さ増大! 素材は黒曜銀で作られているためアンデットに有効な魔剣だ! 最初は百万ガルから!」
言うときはガルで言うらしい。
司会がそういうと次々に札が上がり、数分のうちに金額が二百万ガルとなった。
二枚となると札を下して悔しそうにするものが現れ、それから数分後に二百五十万ガルで落札された。
終了すると魔剣が下げられ、二品目に入った。
この魔剣の他に雷を放つ魔槌、初球の魔法を跳ね返す光の鎧、拳大や掌大の属性の魔石、欠損も治す霊薬、万病に効く万能薬等々。物珍しいものが多く出品されているみたいだ。
僕が作った回復薬を売るとどうなるのだろうか。
最初に冒険者が好む物から出されるようだ。
今は三十品目の鞄だ。
この鞄は蛇の皮から作られているみたいで、収納を掛けられているようだ。容量はそれほど多くなさそうだけど、使われている素材がAランクの魔物シロオロチみたいだから金額が高い。
「三十七番! 落札額は百三十三万ガルで落札!」
「これで物運びが楽になる」
ホクホク顔で満足そうにしているのはセリフからして商人だろう。
通常の収納袋は小さいものでも中金貨一枚はする。僕達が持っているものは一番大きなもので、僕とフィノが持っているものは特注のものだ。
まあ、知り合いということで安くしてもらっている。普通に買おうとすると大金貨三枚はするだろう。
「次はとある貴族が売り払った年代物のティーセットとテーブル一式だ! 錆汚れ一つない銀の食器と精細に施された花の絵柄を描かれたティーカップ。どれもが一流、いや最高級品だぁ! 開始は五十万ガルからスタート!」
四十番目で出てきたのが僕達の目的のティーセットだった。
「シュン君。任せたよ」
「うん。任せて」
司会がそういうと貴族が座っている方から感嘆の声が上がり、活気に包まれていった。冒険者はほとんどこの場からいなくなっていて、残っているのはほとんど貴族か商人だ。
「六十万」
「七十五万」
「百万!」
「百三十万」
「百四十万」
「二百万だ!」
一瞬で元値の四倍となった。
僕はぎりぎりまで言うのを控えることにした。
今言い合ってもまだ上がりそうだから吊り上げるだけ意味がないだろうしね。
「四百万」
「くっ、四百五万」
「四百二十万」
「……四百二十……」
「四百五十万」
値段は大金貨五枚近くとなった。
ティーセットとそのテーブル一式が日本円で五千万だ。どれだけ高くなったかわかるだろう。
手を上げている客が残り数人になった。
そろそろ僕も加わるか。
僕はゆっくりと手を上げて言う。
「五百万」
後方に座っている僕の声はこの場ではどこまでも通るように聞こえたみたいで、一瞬静寂が訪れた。
一斉に僕の方を向いて手を上げていた数人が舌打ちをした。
「五百万ガル! 他にいませんか?」
「五百五十万だ!」
先ほどから値段を一気に吊り上げていた横に広い貴族がそう言った。
言った後に僕の方を向いて勝ち誇った目を向けた。
僕はその顔に腹が立ち、値段を上げる。
「六百万」
「なっ、く、六百五十万!」
「七百万」
「七百五十万」
「八百万」
「九百万」
「九百五十万」
「くそっ! 一千万だ!」
僕とその貴族以外は既に手を下してこの成り行きを見守っている。
予定の王金貨に突入してしまった。
僕はどうするかフィノに確認を取ってみる。
フィノは目を細めてジッと出品されているティーセットを見ていた。
僕が手を下そうとするとフィノがハッと目を見開いて僕の方を見てきた。
「思い出した! シュン君、あれを落札して!」
フィノは僕を捲し立てるように僕に腕に抱き付いてそう言ってきた。
僕はよくわからないけどフィノの願いだからもてる財力を注ぎ込んでこのティーセットを落札することにした。
「一千万。一千万でよろしいですね?」
司会の人がそういう。
僕と競り合っていた貴族は息を荒くしながら、僕の方を向いて再び勝ち誇る。
僕は下しかけていた手を挙げて金額を一気に吊り上げた。
「千五百万」
「なっ!」
貴族は仰け反るように驚愕の声を漏らした。
今度は僕が勝ち誇ったように見下ろしてやった。
貴族は顔を真っ赤にさせて僕を睨み付ける。
「千五百万。他にいませんか?」
「千……」
「二千万」
「……」
僕が二千万というと再び僕の方を皆が見る。
僕は恥ずかしくなって下を向いてしまった。
何人から舌打ちを送られた。
「他にいませんか? ……では、番号札百二番、二千万ガルで落札!」
僕はふぅー、と息を吐いてフィノの方を向いた。
フィノも安堵の息を吐いていた。
フォロンは落札額に驚愕して魂が抜けかかっていた。
僕はフォロンを目覚めさせて、三人ですぐにここから出る。そのまま受け取り口まで向かい、落札額の代金と出品物の交換を行う。
「こちらが出品物となります。お確かめください」
僕達はそう促されてティーセットの確認をする。
フィノは近づいてテーブルを擦ると微かに呟いた。
「やっぱり……」
「思い出したの?」
僕はフィノの傍に行って先ほど言っていた事を聞いてみた。
「うん。これは三年前まで王城に在ったものなの」
「お城に在ったの?」
「うん。王族が使っていたもので、三年前に盗まれたものなの」
「盗まれた!?」
僕はフィノが言ったことに驚愕する。
この一式は元々フィノ達王族が代々使ってきたものらしい。
中庭の空中庭園の離れに設置されていたものだそうだけど、三年前に盗まれていたそうだ。
王城の中を隅々まで探したけど見つからなかったみたいだ。盗まれたにしても誰が盗んだかもわからず、盗んだ目的もわからなかったそうだ。
代々使ってきたものとはいえ、替えの効くもので、何かしらの能力があるわけでもなかったから、新しいものを買ったみたいなんだ。
ここにあるということは盗んだのは捕まった貴族達の誰か、ということだろう。
これが見つかれば窃盗罪も加わるからなぁ。すぐにわからないところに売り出したのだろう。
それが巡り巡ってフィノの元へ帰ってきたということか。
まあ、王族が代々使ってきたものと考えれば王金貨二枚なんて安いものだろう。欠損もなく、掃除が隅々まで行届いているみたいだしね。
「よろしいでしょうか」
その声に僕達は会話をやめて購入に入る。
「落札額は二千万ガルとなります」
僕は収納袋から王金貨二枚を取り出して手渡した。
係りの人は王金貨を手に取ると本物かどうか模様を見たり、翳したりして確かめていた。
「確かに。それでは商品をお引き取り下さい」
僕達は落札額の王金貨二枚を支払って、一つずつ丁寧に収納袋に入れていく。
全てを入れ終えると係りの人に挨拶をして受け取りの天幕から出ると、遅めの昼食を食べに向かった。
商店街を戻り、大通りに向かった。そのまま大通りにある出店で昼食を取ることにした。
串肉や饅頭、パンの野菜包み等を大広場にある休憩所でゆっくりと食べる。
「二千万ガルですか……。王金貨なんて初めて見ました」
フォロンは飲み物を飲んでそう言った。
「私は一応見たことがあったけど、間近で見たことはなかった」
フィノも食べるのを中断して僕の方を見ながらそう言った。
「僕はちょっと前まで金貨すら見たことがなかったけど、この半年の間にいろんなことが起きて白金貨までフルコンプしたよ」
「白金貨、ですか……。驚きを通り越して、何と言っていいかわかりません」
「私も見たことしかないよ」
二人は僕が言ったことに微妙な返答をしてくれた。
「見てみる?」
「い、いえ! いいです! ここで見せびらかして盗まれでもすれば……」
僕が収納袋に手を突っ込むとフォロンが慌てて止めてきた。
フィノは興味津々だったようだけど盗まれるというところでやめたようだ。
「そう? 見たくなったらいつでも言ってね」
僕が面白半分にそういうとフォロンは絶対に言いません、といった感じに背筋を伸ばして首を振っていた。
僕とフィノはそんなフォロンを見て笑った。
あと二話ほどで迷宮編を終わらせたいと思います。
思考が定まらないため中々続きを書くことが出来ません。
学園編ではこのようなことにならないよう気を付けたいと思うので、これからもよろしくお願いします。




